にじのふもとには宝物がうまっています

 

あるとき、よくにまみれた人がその宝をほりおこしてしまいました

 

そのとたん

 

せかいは色をうしなったのです

 

 

 

 

 

「…………言いえて妙」

 ポツリと呟いて、ベッドで仰向けに読んでいた不二はページを捲る手を止めた。

 そのまま本をアイマスクよろしく顔に被せ、目を閉じる。

「そーいえばこんな話だったっけ………」

 模様替えの最中、小さな頃に読んだ絵本が出てきたので懐かしさに目を通していたのだが、どうにも記憶とのズレがあるらしかった。

 気を抜くとため息が出そうだ。

 

「そうだ、模様替えしなきゃ」

 わざわざ口に出してやる事を示し、身を起こした。

 今は見ないように、と思いつつもついつい目線は窓に行く。

 

 お気に入りのサボテンの隣に、水を溜めたガラスのコップ。

 下には白い紙が敷かれている。

 

 傾きかけた日だが、水を透過して白紙に七色の光を投げかけていた。

 つと間に手を差し込むと、途端に虹は見えなくなった。

「手は……難しいよ越前」

 日中の強い日差しならば多少の色は映る。

 それでもあの時ほどはっきりとした像は結ばない。

 条件は同じ筈なのに。

 彼はいとも簡単にやってのけたのに。

 

そんなところにも惹かれる。

 多分信じられてないだろうけれど、それでいい。

 

 手を退けると再びぼんやりとした虹。

 白紙が一番見えやすい。

 白にしか映えないのならば、自分の手に映らぬのも当然な気がした。

 

 

よくにまみれた人が宝を手にした時

 

せかいは色をなくすのです

 

 

「わかってるよ」

 色の無い世界に何の魅力があるものか。

 身の程はわきまえているつもりだ。

 そんな事には、させない。

 何も、望まなければいい。

 それで、守れるのならば。

 何も、望まない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不二先輩、コレあげます」

 朝練に、珍しく早めに来た越前から小さな紙袋を受け取った。

「この、誰かの土産品が気に入らなかったから横流しって風情のこれは何?」

「オレには必要ないから」

 否定も一切せずにそう告げると越前はさっさと背を向けた。

 何なんだろう?

 袋を開けると掌に転がり落ちてきたのは……

 

「クマ?」

 観光地等でよく見かけるような硝子細工。

 より輝くよう加工された破璃のクマは七色のプリズムを発している。

 

(世界を囲む円に見えるって事も知ってたから……)

「ヒグマ落としで世界を掴め?……じゃないか」

 誰も居ないのに誤魔化したくなるくらいにはしゃいでいる。

 あの、一見誰にも無関心そうな後輩が気に掛けてくれた事がこんなに嬉しい。

 

(虹を掴むなんて簡単なことだよ先輩)

「そうなんだね」

 彼には何であれその掌中に収めるやり方などたくさんあるのだろう。

 少しだけ、分けて貰う分にはかまわないよね?

 

 

 

「さて、どうしよっかな」

 これから練習が始まるという時に、その辺に置くのも持ち歩くのも割ってしまいそうで心許ない。

 ちら、と手塚に目をやる。

 あの様子だとあと何分もあるまい。

 手元と、部長と。

 交互に見つめて、不二は殆ど迷わずに部室に走る事にした。

 

 

 

 

 

 戻ってくる頃には案の定練習は始まっていて、

「手塚、何周?」

「『お前は』二十周だ」

「はーい」

 彼の眉間の皺が深くならない程度におどけて走り出した。

 もともと何周だったのか知らないけど、合わせて二十なら悪くないかな。

 そんな事を思いながら。

 

 

 今が何周目かはわからないけれど、いつも一緒に走るレギュラー達は半周近く前に居る。

 適当なグループに紛れ込みながらその様子を見ていると、一人急激にペースを落とした人物がいた。

「不二〜、さっき居たよね?どしたの?」

「英二、まともに走らないと怒られるよ?」

 速度を落として不二の隣に並んだ菊丸が質問してきた。

「それはともかく、何だったわけ?」

「うーん………」

 何、とは自分でもよく判らないのだけれど、しいて言うなら………

「惚れた弱み、かな?」

 

 どがしゃあっ!!

 

 なかなか派手な音を立てて転んだ、親友及び声が聞こえたらしい半径5mの者達を、ひょいと軽く飛び越えて。

「後ろに迷惑だから早めに起きなねー」

 適当に声をかけといた。

 

周回を増やされない内に、遠くでこちらを睨んでいる部長にはニッコリ愛想笑い。

前方で、呆れたように振り返る、愛しい大きな瞳には。

 

 口に指立て片目を瞑って見せた。

 

 

 

 秘密、だからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NEXT→月蝕

 

 

そんな訳での後日談。

ネタは完璧に上がっていたのに少々時間がかかったのは視点が違うからでしょうかね?

珍しく不二視点……ってこの先もう不二視点の話ないんじゃないかと思います。

このシリーズで不二から見ると少女漫画な世界に入りそうなので(笑)

もうベタ惚れですから。

最初の絵本は、確か昔虹の話をしていた時に同級生が「こんな映画あったよね」と言っていたもので、私は知りません。知ってたらご一報願います。

宝がある、まではよくある話ですけどね。