「で、今日は何用?」 「せっかくの正月は満喫しないとね。風も強いし」 そう言ってにっこりと掲げた物は、
「カイト、か」
「羽つきはこの前皆でやったし、凧揚げも一回くらいやっておかないと」 次の瞬間二人の間を通った風は、その言葉を裏付けるように強かった。
「他に質問は?」 「ひとつ。そのコート女物に見えるんだけど?」 上質さを感じさせる雪のように白いコートは、年齢的には若者向けだが性別的に間違っている造りをしている。 ………なにより間違っているのはそれが違和感が無い事だろうけど。 「当たり。出掛けに姉さんに捕まってね」 ふわりと微笑むその姿が少女に見えるというわけではなく(といって見えないとも言わないが)、彼はいつでも自然体だというだけの事。 「そうっスか………」 だからって普通素直に着るか? 「あのね、越前」 そんな思いが伝わったのか、不二が覗き込むように両肩に手を付いた。 「我が家は年功序列なんだ」 「………えーっと………」 返答に窮していると、不二は遠くを見つめるように空を仰ぎ、ひとつ息をついた。 「裕太帰ってこないかな………」 彼にしては珍しい、やや実感込もっているような声色に、これは当分あの弟は戻らないだろうなと思ってしまった。
「学校なんだ」 「公園行ってもいいけど、中学生にもなって幼児に混ざりたくなくない?」 「そりゃま、確かに」 でもって子供がやるものという認識はある、と。
「静かでいーよね」 ただでさえ正月という期間は人のいなくなるものな上、休校中の学園は人どころか生き物の気配すら希薄に感じる。 「本当に誰もいないんスか?警備員とか」 門乗り越えてから言う台詞でもないけどさ。 「そりゃいるだろ。無用心過ぎるし」 さらりと肯定されると何を言っていいのやら。 「だったら…………」 言い掛けた言葉が声になることは無い。 何故なら
「何をしている!」 「「あ」」 野太い声に遮られたから。
不二が警備員室に消えてから五分といったところか。 連れ出した身として、と自分だけ行くところがやっぱり保護者意識持たれている気がする。 とはいえあの人が怒られている姿など想像つかないケド。
「おまたせー」 ほら、相変わらず笑顔のままだし。 ホントに怒られたのか? 「許可とれたよ」 何で 「話の判る人だよね。見なかった事にするから気が済んだらこっそり帰れって」 「って事はやっぱ本来見逃しちゃまずいわけっスか」 それでどうやって丸め込んだ。 「だって僕、見た目からして優等生だし」 「答えになってないって」 「こう、『中学最後の思い出作りをしたいんです』って言ったら通った」 こう、の辺りで胸の前で手を組んで、上目遣い。 再度言うが女物のコート、と対で白いふわふわの耳あて。 「何割わざと?」 「何のことかな」 聞くまでもないか。
「持ってもらわなくても飛ばせるって、なかなか凄い風だよね」 糸を操りながら、にこにこと言う。 結局コレでグラウンドを勝ち取ったか。 「楽しそうっスね」 「楽しいよ。やる?」 「遠慮しとく」 「それは残念。気が変わったらいつでも言ってね」 幸せな十五歳。いやまだ十四だっけ。
「ところでちゃんと聞こえてんの?」 「何のこと?」 「耳」 耳あてしながら呟きも拾ってくるのだから侮れない。 「ああ、だって愛しい君の声だからね」 さようで。 「って冗談はさておいて、だってこれ輪状だし」 アンタの冗談は境界がわかんないっての。 「それ、無意味じゃ……」 「ちゃんと暖かいよ?兎の毛仕様とかで」 材質まで聞いてないって。 そう言おうとした時、
「わっ!?」 一段と強い風が吹き、引っ張られて不二がよろめいた。 「っ先輩!」 とっさに彼の手ごと持ち手部分を掴む事によって何とか転倒は免れたものの、手応えが重い。
おかしい。 部内であれば小柄とはいえ、曲がりなりにも中学男子。それも平均よりも遥かに鍛えた。 二人ががりでやっとなものが、子供に支えられる筈がない。 逆に言うなら、子供用の玩具がこんな状況を想定して作られている筈が無い。 耐えられる筈が、
プツン 「「あ」」
ない。
突如無くなった手応えに、対応しきれるわけも無く、二人して後方に倒れこむ。
「………ったー」 うめき声は不二のもの。それは下から聞こえた。 自分はといえば、予想していた衝撃は無く、回されていた腕に庇われた事を知った。
「あはは………越前くん大丈夫だった?」 「…………………」 また、守られてる。
「越前?どっか打ったりした?」 返事が返ってこないことに、心配そうな声が掛かる。 「おかげさまで、どこも」 「それはなにより………って、え?」 不二の視界が翳った。 腕の中にいた存在に圧し掛かられていると理解するには時間が掛からなかったようだが、意図が判らないのだろう。 「越前く、ん…………」 それでも 降りてくる顔が触れてくる前には目を閉じていられたのは、無意識か。 そういえばちゃんとしたキスはこれが初めてだなとボンヤリ思った。
唇を放すと、真下にいる不二が短く息をついた。 額に口付けると、ゆっくりと目を開く。
「………どうしてかな」 とろりと見上げる、色硝子のような瞳が理由を問うている。
彼が警告を止めた時から、選択権は常にこちらにある。 だから、すべては自分次第。 続けるのも………壊すのも。
だけども、おそらく終わりはもう近いところにある。 それを感じるのは今みたいな時。 継続か?終了か? 選ぶのはオレ。 だけども、それを告げるのはきっと。 オレじゃ、ない。
「………別に。気まぐれ」 「そう」 見つめていた瞳がふっ、と緩む。 「ならいいよ」 ふわりと微笑む様子から見て、今の答えは継続の範囲内であったとわかる。 「何が?」 お好きにどうぞ、とくすくす笑う人に問う。 「気まぐれなら、いい。間違っても本気になったりしないように」 するりと首に腕を回してきながらふと笑みの気配が消えた。 「何で?」 「邪魔だから」 にっこりと締め括って、もうこれ以上の問いは無効。 癪にさわるのでそのままその首筋に唇を落とした。
「ん………」 時折ピクリと竦む体を押さえつけ、緩ませた襟元に口付ける。 抵抗は、ない。
「………り」 「え?」 聞き取れなかったが、意味を持つ言葉を発したらしい声音に動きを止める。
「とり……が……」 「鳥?」 仰向きに開かれた彼の視界に入ったのかと空を見るが、どこか灰色がかった青が見えるのみ。 「見えないけど」 「ん………そうかもね」 「なにそれ」
「鳥葬、って知ってる?」 「ちょう……え?」 唐突に出てきた単語に一瞬頭がついていかない。 「火で葬るが火葬、土に葬るが土葬。鳥が葬る、で鳥葬」 「はあ………」 「こう言って大体日本でイメージされるのはどっちかっていうと風葬の一種に近いんだけどね。 実際のところ鳥葬っていったら食べ残されないように肉から骨から内臓や脳とかまで本当に細かく分けて潰………」 「って待った、何でそんな話に」 どちらかというと、話の方向が止めた方がいい方に移っている事を感じて遮った。 「いや、啄ばまれてる気がして」 クスクスと告げられた言葉に脱力。 オレは餌を食いにきた鴉か。 「アンタね………」 「はい?」 「………萎えた」 笑ってゴメンと謝るこの人は、多分わざとだろうな。
「嫌なの?」 聞きながら、そうじゃないだろうなと思った。 「まさか。ああでも、ちょっと大胆過ぎるかな」 それは確かに。 真昼間の広い校庭。いつ警備員が見に来るかもわからない。 でも、それが理由ではないように感じた。
「どこまで飛んだかな」 「え?ああ凧か」 身を起こして、彼方を眺めながらの言葉が何に向けられたのか一瞬わからなかった。 「うん、実は手製」 「ああ、どうりで丈夫だと思った」 普通糸が切れる前に壊れるだろうし。 「その分重くてね、今日くらい強い風でないと飛ばなかったから」 「それ、不良品じゃん」 「強風用だってば」 「でも糸切れたし」 「そうだねぇ。どこまで飛んだかな」 ループ型思考回路。 それともただ単に押しが強いだけか。
「その辺の木に引っかかってたら切ないね。見に行かない?」 「どうやって?」 「高いところに」 不二は指を1本、立てたのか上を示したのか、自信たっぷり笑って見せた。
「鍵閉まってるんじゃないっスか?」 「だろうね」 連れて来られた非常口。 なんとなくこの先の展開、予想はつくけど………。 「都合よく姉さんのコートだし、もしかしたら……あった」 ポケットを探っていた不二が取り出したのは、予想に違わずヘアピン。 「できんの?」 早速ピンを広げ、片端を鍵穴に差し込む様子は妙に手馴れている。 「多分。屋上の鍵なら英二と良く外すから」 そうか、屋上は普段閉まってるのか……とかいう問題じゃないんだろうけど。 昼休みは開放されてるのを知ってるから、 「エセ優等生」 「若いうちに色んな経験積んどかないとね。 あ、タバコとかは吸ってないよ?のんびりするだけ」 「手段の割には目的がショボイっスね」 「なかなか貴重な時間だと思うけど。……開いたよ」 おさすが。
同じ手段で屋上に。 やっぱり手際よし。
開くなり不二は手摺に駆け寄った。 辺りをざっと見渡し、楽しそうに振り返る。 「見つからない。相当遠くまで飛ばされたみたいだね」 「嬉しいの?」 「うん、どうせなら手の届かないところまで」
聞けば、答えるけど 遠くを見る瞳から伝わるのは、やっぱり………
―――――糸の切れた凧は、どこへ行く?
「越前?」 両手に握った手摺から痛むほどの冷気が伝わってくる。 「越前くん?」 手摺と腕と、簡易な柵に閉じ込められた形の不二が、二通りの呼び名で問う。 彼特有のこの呼び方は存外気に入っている。 狭い空間を壊そうとはせずに、だけども向きあう形になろうと振り返る。
糸を、切るような行為になるのだろう。これからしようとしていることは。
許容限界以上の風を受けて、壊れるのを眺めるか糸を切るか。
「先輩」 「うん」 「キレイに閉じたい?」
すぐに答えは無かった。 一拍おいてから、 「お好きなように」 ぎこちなく目を細めた。
伸び上がるようにした口付けは、先ほど触れたにも拘らず少しカサついていた。 湿らすように舌を這わせると、後ろ手で手摺に捕まっていたらしい手が滑った。 ズルズルと座り込むことになった体を追い、上に被さる。 「つ・・・・・・・・・!」 唇を首筋に落としつつ、上着の裾から手を差し込むと、冷たいと言いかけたらしい不二が自らの唇を咬むのが見えた。 「・・・・・・ぅ・・・・・・」 時折はねる体は、単に素肌を冷たい手が這うことへのものだろう。 「・・・・・・・・っあ!」 下肢に触れた時に初めて声をあげた。
息遣いに混じり、ガリガリと耳障りな音がする。 「・・・・・・・・・う・・・・・っん!」 彼の中に埋めた指を動かすたびに、堪える中から洩れる声はやはり苦痛が大半を占めているらしく、このままでは傷つけると分かってはいるもののどうしようもない。 表情は見えない。声を殺す事を目的に彼の掌が押し当てられているから。 『痛い』だとか『嫌だ』とか、少しでも否定の言葉を口に出せばそこまでなのに、おそらくそれが分かっているのだろう不二は何も言うまいと必死だ。 ガリ、また音がする。 空いた方の手が、コンクリートに爪を立てている。 スポーツをする者の常として、短く揃えてある爪が剥けることはないだろうけど、ひどく擦れているであろう指先の様子は、わずかに漂う血の臭いから察せられる。
「もう一度聞くよ」 指を抜き、顔を抑えていた手を掴んだ。 反射的に上がった顔の、生理的にだろう涙の滲んだ瞳に少しだけ怯みそうになりながら。 「キレイに終わりたい?」 片足抱えて、最終通告。 「言ったよ。君の、好きなように」 無理に細めた眦から、一筋の流れを作る。 「ああでもできるならひとつだけ。啄ばむなら残さず浚えて欲しいかな」 「この期に及んで鳥扱い?」 「血肉をすべて捧げよう、だからどうか」 不二はそこで口を噤み、ゆるく首を振る。 床を掻いていた手が、無意識にか前をはだけられたシャツの端を掴んだ。 ちいさな、あかいしみ 「お好きなように」 「あ、そ」 「っぐ・・・・・・!」 これ以上は無意味と、竦む体に押し入った。
水の音は清涼でいい。 そんなことを思いながら蛇口を止める。 屋上へのドアは、先程よりも重く感じた。 軋むような音はさっきもしたのだろうか。
寒風吹きすさぶ屋上で、彼がそのまま居た事にどこか安堵した。 すぐに動けはしないだろうと思っていたのに、それでも。
特に足音を殺したつもりもなかったが、近付く気配に俯き気味な顔を上げる事もしない。 「これ」 「っ!」 今しがた濡らしてきたハンカチを、きつく閉じた瞼に押し当ててやると、かみ殺したようないらえが返った。 「冷たかった?」 「・・・・・・・・・帰ったかと、思ったよ」 水気の無い、カサついた声に眉根を寄せる。 だけども、彼から続くのは低い含み笑い。 「失敗した」 「何が?」 「君がどんな顔でコレを持ってきてくれたのか、見損ねた」 布地の感触を確かめるように押し当てながら、少しだけマシになった声で笑う。 クスクスと。 クスクスと。 それはさながら、壊れた人形にも似て。
「オレは」 どこかで、間違えたのかもしれない。 だけど今は、言うしかないのだと。 「オレは、アンタを抱けたよ。この意味、わかる?」 クスクス笑いは止まった。 だけども返事は無い。 空気が凍ったかのようだ。
「わかりたくは、ないな」 しばしして、棒読みと言うにも少し違う、抑揚の無い平坦な声がポツリと答えた。
「そう言うと、思った」 吐き捨てるように言ってやった。 「要するに、偶像が欲しかったわけだ。 どれだけちょっかい掛けても、絶対に揺るがない格好の媒体が」 不二は否定しない。ただ聞いているだけ。 彼が始めの頃、時折見せた慎重さは、一時期を過ぎて消えた。 「呆れられようと、嫌われようと、本当はどうでも良かったから好きなようにできたし、言えただけだ」 好きだよ、と。躊躇い無く投げかけられ続けた想いの意味は。 同じ次元に立っていなかったから。 ならば端から反応など求めてはいないから。 「嫌われてもかまわないとは思ってた。だけど君の都合を全く考えなかったわけじゃない」 「それは、アンタの中の、理想像としてのオレだろ。押し付けにしか思えない」 「・・・・・・そうだね、計算違いは認める。正直、君がそんなに優しい人と思ってなかったから」 優しい、という形容詞が自分には似つかわしくないと感じた。 今、こうして全て暴こうとしている自分には。 「だから、僕の言動が君のプライドに少しでも傷を付けたというのなら謝るよ」 「それだけ?」 「そうだろ?君にとってそれ以上の変化は無かったはずだ。 それが君だと思うのは、僕の思い込みじゃない。だから」 「だから?」 「嫌ってくれていい。恨まれたってかまわない。そんなマイナスな思いは、強い君だ、すぐに消えるだろう。きっと執着までに至らない。だから、ひとつだけ」 不二はそこで言葉を切り、薄い瞳を真直ぐにぶつけてきた。
「僕を、好きになるな」
NEXT→凪
前半は去年から書いてあった内容ほぼそのままで、後半は5回くらい書き直したのでノリの差が・・・・・・いえ初めからこういう予定ではあったのですけど。 久々の性描写がイタイ(泣)途中で切り上げましたけど。だって普通に痛そうでしたし。 「ヤオイはファンタジー」説、賛成ですけど限度もある。男で、抱かれる方どころか抱く方も慣れてないのに初回からよがられたら嫌です私。 イタイHも嫌ですけどね。もともとヤオイ自体好きじゃないんですけど、このままもなんだし、今度リョ不二でHだけを目的とした話書こうかな。 今回はかなりぼかして書いたつもりなので、開通した後もこの話は普通に年齢制限なしなところにおく予定ですけど、そんなやばくないですよね? 詰めればたった四十行以下ですし。
キーワードを使い切ってないので、凪を書き直しました。
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