ぱすっ

 窓を揺らす軽い音で目が覚めた。

 

 時計と感覚にズレを感じて、すぐにその理由に気付いた。

 明るすぎるのだ。

 

 ある程度アタリを付けながらカーテンを開くと、

 想像以上の雪景色が視界一杯に広がった。

 

 

 

「おはよう越前、見事な銀世界だね」

 東京では数年振りだよ。

 そう告げる、雪に劣らずふわふわした笑顔も確かに予想していたもの。

「いつから居たんスか、不二センパイ」

 

 

 

 玄関に呼び入れると、不二は肩に軽く積もった雪をはたき落とした。

 少し水を吸った、落ち着いた緑のセーターが対比でより重そうに見える。

「来たばっかりだよ?」

 視線に気付いたらしき苦笑と共に。

 

「雪玉投げた?窓に」

「うん1つ。意外とすぐ起きたね」

「あんま握ってないでしょ。音軽かった」

「用がある訳でもないし、朝からあんまり迷惑もね」

「今更」

「年末の忙しい時期だし、お寺は大変じゃないの?」

 また苦笑。

 この、地に足の着いていない雰囲気は牡丹どころか粉雪レベルかも。

 

「どっちにしろ迷惑だったかな」

「別に、もう少し寝てたかったってのは確かっスけど。………来ると思ってたし」

 あれで自分が起きなかったら、ずっとそのままだったんじゃないだろうか。

 そう思わせる程度には、2投目までに間があった。

「どうして?」

「日本来て初めての天気だから」

「そうだね。誰よりも先に一緒に見たかったんだ」

 ふふ、と本当に楽しそうに笑う。

 

「ああでも、どうせならクリスマスに降って欲しかったかも」

「何で?」

「13歳の君に真っ先に会える口実になったのに」

「そんな、口実が無きゃ来れない?」

 引退してからめっきり会う事の少なくなった先輩は、それには笑って答えなかった。

 

 

 

「明日は霰か雹かもらしいよ」

 天気予報で言ってた。

 部屋に上げて、腰を落ち着けると不二は関口一番にそう言った。

「意外と行動派っスよね」

 天候は、この人にとっての理由。

 堂々と会いに訪れる為の、唯一の。

「そりゃあね。それだけ君に……会いたいから」

 初めて言われた時と寸分変わらない、サラリとした物言いで。

 

「好き、だよ?」

 だけども、今は。

「………知ってる」

 そう呟けば、殊更嬉しそうに大好きと言われた。

 

 

「好きだから、行動的にもなる。

 もし望むなら、百夜通いでもやってみせるよ」

 例え大雪だろうとね。

 きっと、その言葉に嘘は無いだろうから。

 この人は、外に積もる雪よりも純粋で、危うい。

 

「残り一晩残して凍死されても後味悪いし。………セーターが『深草』色なのは含み?」

「古典は苦手じゃなかったの?」

 イタズラが成功した子供のような笑顔。

 確かに、この越前という人物を世界三大美女に例えるあたり、イタズラといえばイタズラかもしれないが。

「あいにくと、専属家庭教師が良いもんで」

「教師冥利に尽きるね」

 肩をすくめて言うと、期間限定の家庭教師はクスクス微笑んだ。

「じゃあその特別教師からの質問。

 冬休みの課題に古典は出てる?他の科目でもいいけど」

 

 

 

 

 

 カリカリと自分のシャーペンの音だけが響く。

 チラと不二の様子を窺うと、相も変わらず窓の外を眺めている。

 ペンを走らせる音が止まったのに気付いたか、振り向いた彼とふわりと目が合う。

「わからない問題でもあった?」

 なるだけ自力で、解らなかったら聞く。

 そうでなければ、仮にも受験生がこんな所で時間を割いていていいのかと思うほどに暇そうにしている。

 もっとも、彼なりに楽しそうではあるのだけど。

 

「ここと、ここ。どっから答え探せば良いのか………」

「ああ、これはこの部分が根拠になってるんだ」

「何でこんな離れたとこ?」

「この助詞は理由を示すって言ったと思うけど?」

 好きな教科だと言う通り、教えるのも楽しそうに見える。

「そーだっけ」

「大丈夫?来年は僕卒業してるんだからね?」

 心配だなぁ、と言葉とは裏腹に少しも心配そうじゃなく笑う不二の言葉にひっかかるものを感じた。

「先輩は………」

「ん?」

 先輩は、卒業したらもう来ないつもりなんだ?

 その言葉は言いたくなかった。

 だってそれじゃあまるで、執着してるのは………。

 

 

「どうしたの?」

「………先輩は、宿題しないでいいの?」

 結局出たのはそんな台詞。

 聞く意味のないことだけど。

「よくはないけど、自分で出来るから」

 そう言い切る通り、不二の成績は常にトップクラスらしい。

「先輩、いつ勉強してんの」

「してないよ」

 あっさり言われて二の句が告げない。

「いくら内部で上に行くだけったって仮にも受験生が………」

「だって、勉強の仕方わかんないし」

「何、落ちこぼれ学生みたいな事言ってんスか」

「どっちかっていうと浮きこぼれって言うらしいよ。その内同じ事だけど」

「試験前とか……」

「学校以外で宿題別として教科書開く事はまずないね」

 そういえば、試験期間中に図書委員の仕事が回ってきた時、不二を見たことがある。

 単語帳が見えたから試験勉強をしているのかと思っていたら、洋書の童話だった。

「随分と羨ましい話っスね」

「そお?『五歳で神童十で天才、二十歳過ぎればただの人』ってね。そのうち落ちるよ」

 他人事のような話し振りだ。

 それにしてもこの人が天才と呼ばれるのは一分野だけではなかったのか。

「何でそう言えるんですか」

「だって、努力の仕方が判らないんだよ?持って生まれたものを使い切ればそれまでだろ」

 あっけらかんと言い切った。

 

 時折、越前自身も聞かれることがある。

 天才の名がわずらわしくないのかと。

 その呼び名によって群れる者達が鬱陶しかったりもするけれど、負担に感じた事はない。

 そう告げると、それだけ強いと評されたりする。

 見ていて判る。不二もソレを気にしていない。

 ただ、理由が違う。

 この人は、いづれ手放す物という認識をしている。

 

 

「僕の事は気にしなくて良いよ。君は君の事だけ考えてればいい」

「オレばっか教わってるのも癪に障るし………もし明日本当に雹か霰だったら」

「だったら?」

「英語だったら、見直してあげれるから」

 

 一瞬きょとんとした不二が、次の瞬間見せたもの。

それはさながら

 

 

 雪の融けるような笑顔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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不二が恐い恋愛してますね。

書いてる本人恐いです。そろそろ親の愛情よりも深そうだ。

越前じゃなきゃ逃げますよこれ。だからこその越前なんですけど。

作中に出てきた世界3大美人は言わずもがな、小野小町です。深草の少将の百夜通い。正確には九十九夜で凍死。………でしたっけ?←調べてから書けよ

中一で古典はやらなかったと思いますが、まあ私立はどんな進み方しているのか判らないので。あの台詞入れたかったんですよ〜。

お次は風。一線越えさせます。どの程度までの性描写が許されるものか、まあ雰囲気を壊さない程度にがんばってみます。多分ヌルくなること請け合い。