氷刃


「伝説のマリアヴェール!! 貴様の命、この私が貰ったああああぁぁぁっっ!!!!!」

空中へと跳ねたゴードンは、コートの下に隠してあったと思われる二組の剣をアリア目掛けて振り下ろした。

「っ!!」

アリアは紙一重でその攻撃をかわし、横へと転がる。

すぐさま受身を取って起き上がるが、着地したはずのゴードンは目の前にはいなかった。

「もう一度か。」

見上げた視線の先には、再び宙へと跳び上がっているゴードンがいる。

「甘い甘い、伝説のマリアヴェールとは名ばかりですねぇ。逃げ惑う貴女の姿は惨め極まりない。

 クズどもを倒したからと、調子に乗っては困りますよ。」

二撃目が振り下ろされる。

もう一度同じ様にアリアは横へと跳んでかわした。

またしてもゴードンは宙へと飛んでいる。

「馬鹿の一つ覚えか・・・。罪を反省する気も無いな・・・。」

アリアは剣を鞘へとしまい、左耳の十字架を外す。

「観念したかマリアヴェール!! 貴様を殺し、更にこの町を支配してやる!!

 いや、この大陸中をだ!! この星全てを私が支配してやる!!」

三度、ゴードンの双剣が振り下ろされる。

その攻撃を、アリアはかわさなかった。

振り下ろされた刃を、光が弾き返す。

「ぐはっっっ!!」

急降下の勢いを全て弾き返されたように、???は吹き飛んだ。

「私の十字架を知らないのか・・・? 全てを裁く、この十字架。

 マリアヴェールの力は、お前如き下賤の輩に敗れるものではない。」

フランクとの戦いで見せた、あの光の十字架が再び姿を現している。

ゴードンは剣を構えた。

だが、その瞬間、双剣は砂漠の砂のように粉々に砕け散った。

「くっ、おのれ、おのれ〜!! お前などに私の野望を邪魔されてたまるか!!

 まだだ、まだ私は諦めん!! 私は最強だ、ラキの人間でありながら、ガラの人間も支配する存在なのだ!!」

そう言うと、ゴードンはもう一度、コートの下から剣を取り出した。

剣と呼べるほどの長さではないようだ。正確に言えば短剣、ナイフ程度の長さの武器だ。

今度は宙へと跳び上がらず、両手の短剣を巧みに使い、圧倒的なスピードの攻撃を仕掛けて来る。

アリアはそれを全て受け流した。

まるで稽古でもつけているかのように捌いていく。

ふと、アリアの脳裏に一つの想像が浮かぶ。



稽古を続ければ、アルベルトもこれ位強くなるだろうか?



一瞬浮かんだその想像を激しく否定するように、強烈な頭痛が再びアリアを襲った。

「・・・ぁあっ!!」

あまりにも激しい痛みに、ほんのわずかだが守りの隙が出来た。

その隙をゴードンは決して逃すような相手ではない。

「マリアヴェール、隙を見せるとは愚かなりっ!!!」

鋭い一撃がアリアの右足を切り裂いた。

同時に、ゴードンは宙へと舞い、最後の一撃を加えるべく構えた。

「もらったぞマリアヴェール!! その命、このゴードンが頂いたーーー!!」

完璧な攻撃に思えた。

だが・・・。



「・・・をした・・・? ・・・私に何をしたーーーーー!!!!!!!!!!!!」



初めて見る、アリアの絶叫。

その声はいつものアリアの姿からは想像出来ないものだった。

怒りの感情が、誰の目から見てもはっきりと分かる。

遠くから見ていたアルベルトとジーナにも当然聞こえていた。

「アリアさん・・・?」

「・・・。」

果たして、あれが本当にアリアなのか?

あのいつものアリアと呼べる存在なのだろうか?

二人には分からなかった。


アリアは間違いなく怒りの表情を見せている。

これまでの淡々とした口調や、常に変わらないポーカーフェイスではない。

しかし、その怒りの矛先が本当にゴードンに向けられたのだろうか?

激しい頭痛に頭を押さえるアリアの体から、信じられないほどの冷気が発せられる。

「何だこれは? かっ、体が、動かない。喉が・・・焼ける・・・!?」

ゴードンは剣を振り下ろすどころか、着地の態勢も取れぬまま地へと投げ出された格好になった。

気が付けば、指は動かなくなり、服は凍り付き、まぶたを閉じる事すら叶わなくなっている。

「あっ・・・うっ・・・」

「アブソリュート・・・ゼロ。もはや貴様は動けまい。

 この私に逆らった事、民を苦しめた事をその身で味わうがいい。」

アリアが光の刃を構える。

「魂を殲滅する氷の墓標・・・。」



『ジ=エンド』



身動きの取れなくなったゴードンに対し、あのフランクの時と同じ様に十字が刻まれる。

すると、動けなくなっていたゴードンの体を包み込むように氷の結界が出来、磔にされた格好となった。

もはや言葉も発せられないゴードン。

四肢を十字にされたゴードンの中心に、光の刃が打ち込まれる。


「汝の罪、汝の咎、マリアヴェールの名の下に、月へと滅せよ・・・。」


言葉が終わると同時に、ゴードンの体は氷と共に砕け散り、幻のように消えた。

同時に、アリアに斬られた兵士達の体が光を発したかと思うと、無数の光となって空へと昇天した。


「罪なき者に、来世での祝福のあらんことを・・・。」


オーウェイの町での、戦いが終わった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





アリア、アルベルト、ジーナの三人はオーウェイの町の宿に戻っていた。

戦いの最中、アリアの・・・マリアヴェールの放った力『アブソリュート=ゼロ』によって、

アリア以外の人間は、全て気絶してしまっていた。

記憶を抹消した訳ではない。

だが、凄まじい冷気に包まれた体と気絶による記憶への障害が、アリアのあの姿を幻のようだと人々に思わせていた。

気が付いた時、囚われていた人々の前にゴードンやその兵士達の姿はなかった。

同時に、ゴードンと対峙していた一人の女性の姿も消えていた。

誰一人としてアリアの姿を思い出す人間はいない。

幻のような時間が過ぎ、残ったのは囚われの身となった自分達だけ。

その中には、この出来事はマリアヴェールの救いだと叫ぶ者もいたが、真相は分からなかった。

「次の町に向かおうか・・・。」

一晩を宿で過ごした後、アリアは出発の意思を告げた。

「更に北に向かえと十字架が言っているようだ。・・・この町には確か雪上船が走っていたはず。

 それを利用して行ける所まで行こう。二人とも大丈夫だな?」

その口調は、普段のアリアとなんら変わらなかった。

しかし、アルベルトとジーナは忘れていなかった。

昨日の戦いで見せた、アリアのあの姿。



・・・をした? ・・・私に何をしたーーーーー!!!!!!!!!!!!



あの時のアリアは、どう考えても別人だった。

あれほど殺気をみなぎらせていた事は一度も無い。

離れて見ていた二人にも、声だけではなくその殺気が届いた。

「あの・・・アリアさん・・・。」

「アル・・・まだ体が痛むのか?」

その一言に、アルベルトは更に悩んでしまう。

確かに体が痛い。

みぞおちに食らった一撃と顔面を張り飛ばされた一撃は、今もジンジンと痛みを伴っているが、そんな事はどうでもよかった。

「あ・・・いえ、なんでもないです。行きましょう、次の町へ。

 この町のように、救いを求めている人がまだ沢山いるはずです。」

ジーナとアルベルトの視線が合う。

伝える言葉こそなかったが、二人は同じ事を考えていたようだ。


どちらのアリアが本当のアリアの姿であれ、一緒に旅を続ける事に変わりは無い。


そう、心の中で確認し合う二人。

「行こう、私の存在を気付かれたくない・・・。」

3人は大陸では数少ない町と町を繋ぐ、雪上船の乗り場へと向かった。

と、そんな3人の後ろから一人の男が声をかけて近付いて来る。

「お〜い!! 待ってくれ〜〜アル少年〜〜!! 私も君達の仲間に加えてくれ〜〜〜〜!!」


・・・マーネだ。

アルベルトと共に捕まったマーネが、旅に同行したいと駆け寄って来る。

「君は私のフラワースノーとマッスルZを使っただろう!? その料金を払ってくれない限り、逃がしはしないネ!!

 それに君と旅を続ければ、もっと儲かる事が分かった。君は金のなる木だネ!!

 上手くいけば、私は世界の五本の指に数えられる人間になれるかもしれないネ!」

「船長、船を出ししてくれないか・・・。」

関わるのはごめんだとばかりに、アリアが船の出航を促す。

(いや〜、出航の時間まではあと3分ある。さすがにそのダイヤをずらす訳にはいかないよ。」

船長は他の客の事もあって、時間通りに出航するのが当たり前だと言っているのだ。

・・・当然と言えば、当然の話だ。

しかし、あと3分も待っていれば、マーネはこの船に乗り込んでしまう。

「・・・。」

何かを思いついたのか、アリアはアルベルトの後ろへと回る。

「どうしたんですか? アリアさ・・・うわぁっ!!」

不意に、アリアがアルベルトを船から蹴り落とした。

「な、何するんですかアリアさん!!」

「アル、私とジーナと旅を続けるのなら、あの男を食い止めろ。」

「えっ・・ええっ!!」

そんな事を突然言われても、アルベルトにはどうしようもない。

船長は出航まで残り1、2分という所で、船内に入っている。

「おおっ、アル少年!! 私と共に旅をしてくれるのカ!?」

喜びに満ちた表情で、マーネがアルベルトに抱き付こうとする。

それを上手くかわし、アルベルトはマーネに足を引っ掛けた。


ズボッ!!


勢いよく転倒したマーネが、雪にめり込む。

(ごめんなさい・・・僕にはこうすることしか出来ません・・・!!)

心の中で謝りながら、アルベルトはマーネに向かって雪を掛ける。

「な゛、な゛、何するカ!? アル少年!!」

出航の合図、汽笛が鳴った。

外されかけている桟橋にひらりと飛び乗り、アルベルトは船へ乗る事が出来た。

「ふう・・・っ。」

一息ついたのも束の間、背中にかかる重みはマーネだった。

「に、逃がさないネ。君と私は命を共にした仲間じゃないカ・・・。

 いっ、一緒に・・・大富豪への夢を見・・・」

サクッ・・・

アルベルトの背中を掴む手に、アリアの剣が刺さった。

「いっ、痛いネ!! 何するカ・・・えっ、あっ、ああ〜〜〜〜!!」

マーネは船から落下した。

「アリア・・・さん・・・?」

「騒々しい人間は疲れる。」

さらっと言い切るアリア。

下ではマーネが何か叫んでいる。

「こっ、この魔女!! 何か私に恨みでもあるのカ!? アル少年、騙されちゃ駄目ネ!!

 そんな女と一緒に行くより、私と旅した方が何倍もお得ネ〜〜〜〜〜!!」

悲痛なマーネの言葉を後に、船は加速し始めた。

あまりにも不憫なマーネを見て、アルベルトは一番高い硬貨を投げる。

「すみませんマーネさん!! 代金がいくらか分からないですけど、それで許して下さーい!!」

ジーナは無邪気に笑っていた。

アリアは既に室内へと入っている。

アルベルトの投げた硬貨はマーネの額にジャストミートし、それがダメージとなって倒れた。 「あっ・・・。」


とりあえず、このオーウェイでの出来事は幕を閉じた。

ジーナは、自らの力を解放した。

イレギュラーチルドレンとしての力をコントロールすると同時に、テレパシストとしての力も使えるようになっている。

単純な戦闘能力で言えば、アルベルトよりもはるかに上だろう。


そしてアリア。

今見せていたアリアの何気ない表情が、本当のアリアの姿なんだと思いたい。

あの時のアリアは・・・恐怖を与える存在だった。


マリアヴェールとはなんなのか?


その力の向かう先は本当に救いなのか?


深まる謎をアルベルトは考えながら、倒れたマーネを見送った。

アリア、アルベルト、ジーナの旅は続く・・・。