欲望の地で


「まだ来ていない? 馬鹿な!」

普段はあまり見せないイラついた表情で、アリアは声を荒げた。

ジーナの怪我もあって町の薬屋へと足を運んだ。

一歩、アルベルトは一足先に宿へと戻り、剣の素振りをすると言っていた。

その後、自分との手合わせをしたいと言って来たのである。

しかし店の主人が言うには、アルベルトは朝三人でこの宿を出てから一度も戻って来ていないと言うのだ。

確かに町は広いが、道に迷うほどではない。

アルベルトははっきり言って運動音痴だが、頭の回転は早いので、どんな方法を使っても戻ってこれるはず。

しかし・・・しかしだ。

「まさか・・・な。」

アリアの頭に浮かんだ推測。

それを察知したのか、ジーナが不安げな表情でアリアを見つめている。

「ジーナもそう思うか? だが、万が一にもそうだったとしたら、何処にいるのか分からない限り助けにはいけない。」


・・・ふと、アリアは考える。

何故これほどアルベルトの事を気にしているのだろう?

いや、それなら何故ジーナの為に薬屋などに行ったのか?


アルベルトに会い、ジーナに出会ってから、どこか自分の中で咬み合っていない部分がある。

他人とは・・・あまり関わりたくなかった。

マリアヴェールとして、その使命を果たす事だけが自分の生きる意味だった。

そこに何かが入り込んでいる。

邪魔なはずなのに・・・受け入れ始めているもの。

アリアはそれを素直に受け入れようとしている。

しかし、もう一人のアリアは今もそれを拒絶している。

その事を考えると、やはり強烈な頭痛がして思考すら止めてしまう。


とにかく、今はアルベルトがどうなっているのかが知りたかった。

もしも自警団の人間に連れて行かれたのなら、その場所を探さなければならない。


・・・どうする?

ゴードンの屋敷に乗り込むことは出来ない。

もし、アルベルトがいなかった場合、悪人はこちらになってしまう。

かと言って町中を歩き回っていては時間がかかるだけ。

何か方法はないかと考えるアリアの服の袖を、ジーナが引っ張った。

「・・・本当にそれが可能なのか? 居場所も分からない人間に言葉を伝えるなんて・・・。」

ジーナの提案は、アリアには不可能だと思った。

だが、それが可能ならば最も安全かつ手っ取り早い方法ではある。

「ジーナ、貴女に任せるしかない。言葉が届いたら、こう伝えてくれ・・・。」

アリアと同じくらいアルベルトを慕うジーナの挑戦・・・すなわち力の解放が、行われることになった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





目を開けると空が見えた。雲一つ無い快晴だ。

太陽の無いこの大陸、空に輝くのは幾千の星々。

そして月。

今日は珍しく雲一つ無い天気だ・・・。

「!!」

そんな事を考えている場合ではない。

ここはどこか? 良く見れば見たことの無い風景が、見渡す限り広がっている。

目を覚まし、意識がはっきりしてくると、アルベルトは自分の身に何が起こったのかを思い出してきた。


・・・町で会った商人の男。

名は・・・マールと言ったか、あの男がまた自分に物を売ろうと近付いて来た。

その時、脇道から出てきた『自警団』の人間にぶつかってしまい、それを理由に連行すると言った。

そんな理不尽な事はない。

慌てて止めに入った・・・までは覚えているが、そこからの記憶がない。

「僕は・・・っ・・・!!」

急に腹の辺りに痛みが走る。

そう、止めに入ったアルベルトは逆に、自警団に一人にぶっ飛ばされた。

見事にみぞおちへの一撃に、一瞬で気を失ってしまった訳だ。

「じゃあ・・・ここは・・・。」

「あんたの想像通り、ここはオーウェイの町のラキティスの採掘場だよ。」

不意に声をかけてきたのはマーネだった。

「しかしついてないネ。あんた達に会った時から私の運は下がる一方。

 剣は向けられる、物は売れない、挙句の果てに捕まって強制労働とは・・・。」

「はあ。」

「『はあ』じゃないヨ、ここに連行されたが最後、死ぬまで働かされるという話をあなた、知らないのかネ?」

「今日、初めて聞きましたけど・・・。」

「私の商売道具も、あなたの腰にぶら下がってた剣も、当然だが没収されてしまった。

 逃げようと思ってもここまでの道のりを考えると・・・溜め息が出るネ。」

アルベルトはもう一度、頭の中を整理した。

確かにここはラキティスの採掘場らしい。

自分とマーネのいる場所、この場所はどうやら連れてこられた人間の待機場で、檻の中に閉じ込められていると言った感じだ。

逃げ出す事は可能だろうか?

今自分には武器と呼べる物は無い。

マーネの姿を見ても分かる通り、着ている物以外は全て没収されてしまったようだ。

とは言っても、アルベルトには戦って勝つ自身など無かったから、あまり関係ないと言えば関係ない。

ただ、身を守る保険として武器は欲しかった。

自分より大きい相手を素手で殴り倒す事なんて出来やしない。

だが、武器さえあれば少しは時間稼ぎが出来る。

「マーネさん・・・でしたよね? マーネさんはここに連れてこられるまでの間、ちゃんと起きていたんですか?」

「寝てた方が気楽でよかったヨ。連れて行くとは言われたけど、殺されるんじゃないかと冷や冷やして寝る所ではなかったけど。

 だけど、それがどうしたって言うのかネ、少年?」

「僕はアルベルト、アルと呼んで下さい。質問の続きなんですが、僕の剣とマーネさんの荷物が置いてある場所は分かりますか?」

「まぁ、覚えてるヨ。だけどとてもじゃないけど取り返す事なんて出来やしないネ。

 私が見ただけでも30人近い自警団・・・いや、兵士達がこの場所には待機しているはず。

 逃げ出す事なんて絶対不可能。それとも何か? 実はあなた・・・ん〜、アル君は凄腕の剣士とか?」

「いや、僕は全然駄目です。だけど、もしここの場所が伝えられたら・・・。」

町で聞いた限り、この場所を特定するのは難しかった。

どうやらこの採掘場に来る為の道は極秘らしく、そう簡単には特定出来ないだろう。

では、こちらから伝える方法はないのか?

いや、たとえその方法が見つかったとしてもアリアは助けに来てくれるだろうか?


・・・助けに来てもらう?

また、僕は助けてもらえると思っている。

自分に力が無い事は分かっている。

分かっているが、初めてアリアに会った時から助けてもらってばかりだ。

自分の不甲斐なさを少し恥じる気持ちがある。


だけど・・・どうすればいいんだろう〜。

ああっ、何も出来ない自分が憎い。


ぐしゃぐしゃと頭をかきむしるアルベルト。

色んな感情が混ざってしまってどうにもいかない。

「・・・えっ?」

どこからか、自分の名前を呼ぶ声がした・・・ような気がした。

空耳かもしれないが、なんだか聞いた事のあるような声。

「・・・。」

少し落ち着いて耳を澄ましてみる。

「どうしたのか、アル少年? 騒いでみたり、静かになってみたり。」

「だあ〜、すみませんマーネさん。少し静かにしてくれませんか?」

「おかしな人だネ。それにしてもこれからどうすればいいのか、私こんな所で死ぬはごめんだネ。」

「もしかして、ジーナ・・・ちゃん?」

遠く離れた場所、本当なら今いるはずの宿から、ジーナの声(テレパシー)が届いたのだ。

「ジーナちゃん・・・本当にジーナちゃんなの? 凄いじゃないか!!

 姿も見えないのに、こんな場所まで声が届くなんて!?」

興奮した面持ちでシュナイダーは話す。

だが、話すとは言ってもそれはシュナイダーにしか届いていない。

近くで見ているマーネには、アルベルトがおかしくなったとしか思えなかった。

「不憫な・・・アル少年、あなたの分まで私は生き続けるヨ。」

とうとうマーネは手を合わせてアルベルトを拝んでしまった。

合掌だ。

しかし、アルベルトはそんなマーネにかまっている暇はない。

「・・・うん。失敗して、自警団の人間に捕まっちゃったんだ。

 ・・・そう。今はたぶん、ラキティスの採掘場にいると思う。

 ・・・大丈夫。まだ何もされてないから怪我はないよ。

 ・・・えっ? ここの場所? ごめん、分からないんだ・・・僕は気絶してたから・・・。

 ・・・いや、待てよ!!」

突然思い出したようにアルベルトはマーネの眼前に迫った。

「マーネさん、僕たちが連れて来られた時の事、覚えてるって言ってましたよね?」

「いや〜、くわばらくわばら・・・って、んん!?

 どうしたのか、アル少年!? 頭おかしくなったのと違うのか?」

「何の事を言ってるんですか! 僕はずっと正気でしたよ!!

 それより、マーネさん。この場所に来るまでの道のり、覚えてるって言いましたよね?

 それさえ分かればここから出れるかもしれないんですよ!!」

「なっ、それは本当なのカ? ちょ、ちょっと待ってくれないかネ。

 え〜と、確か町の中心から北に向かってしばらく行った所にある門から外に出て、

 う〜ん、そのまま北に向かって約30分。そこにある大きな門をくぐってちょっと歩いたカ・・・。」

「・・・その道順だって。ジーナちゃん、分かったかな?

 ・・・うん。アリアさんに、すみませんって言っておいてもらえるかな。

 ・・・自分で言うよ。だけど・・・今、お願いしたいんだ。」

「しかし、アル少年。誰と喋ってるのカ? 本当に助かるのかネ?」

「ありがとう、力を使ったんだよね。無理はしないで・・・アリアさんにも、気を付けてって。

 じゃあ、うん、僕は何とかなると思うから・・・」

そこでジーナの声は途切れた。

初めて使う、長距離の交信。

まだ幼いジーナにとってはほんの数分が限界だった。

頭に直接届いていたジーナの声は、何も無かったように聞こえなくなった。

「マーネさん、助かりました! 何とかなると思いますよ!!」

「ああ、それは良かったネ。・・・だけど誰と話をしてたのカ?

 私にはさっぱり話が読めないのだけど。」

「僕の信頼する人が来てくれると思います。でも、それは助けに来てくれるんじゃなくて、

 悪人を裁くためなんです。その隙に僕たちも逃げ出します。

 この天気なら・・・そんなに時間はかからないと思うので、待ちましょう。」

「なんだか良く分からないが、助かるならそれにこした事はないネ。

 だけど、私達が連れて来た時は吹雪だったから、さっきの道順で合ってるか心配だネ。」

「・・・。」

アルベルトは沈黙した。

「・・・どうしたのか? アル少年?」

突然黙ってしまったアルベルトに、マーネが不思議がる。

「・・・なんでそれを先に言ってくれないんですか!!

 正確な道順じゃなきゃ、辿り着けないかもしれないじゃないですか!!」

「そ、そんな事言ったって突然の話だからしょうがないって話だネ。

 だけど、方角はそれほど変わらないはず。たぶん、何とかなるネ。」

『助かる』という言葉を聞いて、マーネは既にお気楽モードだ。

アルベルトは考えた。

本当に大丈夫だろうか?

アリアはこの場所が分かるだろうか?

心配になった。

だが、アルベルトの心配は、そんな事を考えているどころではなくなった。

「今の声は貴様ら新入りか? どうやらこの場所がなんなのか分かっていないらしいな。

 お前達は明日から働かされるはずだったが・・・覚えてもらわねばならんようだ。

 来い、ここでの生活を身をもって味合わせてやる。」

檻と呼べるほどの頑丈な柵を開け、兵士が一人入って来る。

瞳の色が赤いのはラキの証拠。

やはり2m・・・20cmはあるだろうか?

アルベルトと比べると大人と子供、身体つきから考えるとそれ以上にも見えた。

「お前はガラの人間か? ずいぶん貧弱な体をしているな。そんな体では一月もたんぞ?

 とは言っても俺には関係ない。お前らがきちんと働いているか監視するだけだからな。」

珍しく、いや、初めてかもしれない。

この男の一言に、アルベルトは怒りを感じていた。

自分の体は確かにガラの成人男性から見れば貧弱だ。

だが、パルメラ、そしてアルカの町で行われたアリアの戦いを見ていたアルベルトにとって、

それは関係ないものなのだと思えるようになり始めていた。

ラキの女性は、おそらくこの世界で最も体の小さな人種だろう。

アリアとて、アルベルトに比べれば10cmは低い身長である。

だが・・・強い。

マリアヴェールの力を抜きに考えても、アリアの剣捌きはガラの人間とて圧倒する。

「体が小さいなんて関係ない!! 僕だって・・・」

ガスッ!!

「・・・!!!!」

抵抗しようとしたアルベルトのみぞおちに、強力な鉄拳が叩き込まれた。

「奴隷の分際をわきまえろ。お前らに口答えをする権利など無いのだ。

 威勢の良いお前は最も辛い場所で働いてもらおうか。それだけ元気があれば働き甲斐もあるだろう・・・。」

うずくまるアルベルト、そして脅えるマーネは猫を掴むようにして再び運ばれて行った。


ジーナから届いた連絡、あの時から約10分。

まだ、この場所に到着できるような時間ではない。

死ぬ事は恐ろしくなくなっていた。

パルメラでも、アルカでも、死ぬ思いをして来たせいか、感覚が麻痺しているのかもしれない。

だけど、ここで死んでしまってはこれから先の未来は無い。

自分がどれほどまで成長し、アリアと同じ様に人を救えるのか?

アリアのやり方とは違った方法で、人々を救う事は出来ないだろうか?

その可能性を確かめる為に、こんな所で死ぬ訳には行かなかった。

そう心に決めて、アルベルトは兵士達の命令に渋々従った。

マーネは戦おうとする意思さえ見せず、大人しく言う事を聞いている。

時折見せるアルベルトへの目配せは、大人しく我慢しろ、と言う意味か、余計な事をするな、と言う意味か分からなかったが、

アルベルトが大人しく言う事を聞くようになると、それも無くなった。

連れて行かれる途中、兵士達の待機場所の様な所を通った。

数人の兵士達が中に待機しており、そこにはアルベルトの剣や、マーネの商売道具などが置いてあったようにも見えた。

その中に一際小さな男がいた。

ガラの人間の中に、ラキの人間が一人だけいたのだ。

その男がこちらを見つけ、待機所から出て来る。

「面白い人間を連れて来たな。ガラの人間か? 私と同じ程度の体とは滑稽だ。

 役に立たなそうだが、隣のデブと働かせれば二人で一人分にはなるだろう。

 場所はお前に任せる。死んだら腐らない内に焼却しておけよ。」

「ハッ!!」

これも不思議な光景だった。

ラキの人間に言われて、ガラの人間が簡単に従う事などあまり無いからだ。

つまり、この男がこの町の支配者『ゴードン』だと言う事か。


連絡から約20分。

アリアは今、どの程度までこの場所に近付いているだろう?

真っ直ぐこの場所に向かって来れているだろうか?

その事だけが、アルベルトにとって気がかりだった。

しかし、改めて周りを見渡してみると、実に多くの人間が働かされている事が分かる。

その人々の目に、希望の光は無い。

全ての感情を捨て、生きる事だけしか考えていない人間は、こうも変わってしまうのか?

それほどまでにここでの生活は酷い物なのか?

自分の叔父とどちらが酷い事をやっているのか、アルベルトは比べようとした。

だが、そんな事は無意味だとすぐに気が付く。

人々を苦しめている事には何一つ違いは無い。

その酷さがどうあれ、支配する者とされる者。

その両者しか存在しないのだ。

アルベルトは叔父を止められなかった事を、今更ながらに後悔した。

ここで行われている事と、同じ様な事をやって来ていたのだ。

自分はあまり良い暮らしをさせてもらえなかったと思っていたが、そんな考えは全く見当違いであると判明した。

そう思っていた自分とて、『支配する側』の人間だったのだ。

この星に救う病は、想像以上に深く・・・重い。

そう実感せざるを得なかった。

数分歩き、連れてこられた場所は氷で作られた壁の前だった。

「ここはこの採掘所で最も風の強く吹く場所だ。お前ら二人はこの氷の壁をひたすら掘り続けろ。

 ラキティスが出たら傷を付けずに保管しておくんだ。そうだな・・・今日のノルマは10個だ。

 10個見つかるまではお前らに休息は無いと思え。分かったな、分かったらさっさと始めろ。」

一人の男がスコップを投げつけた。他の道具は何も無い。

防寒具や、ドリルのような機械、軍手程度の物すら与えられなかった。

「必死で働かんと凍え死ぬぞ。まぁ、死ぬのは勝手だが、せめて一つぐらいラキティスを見つけておいてくれよ。」

アルベルトとマーネを連れてきた男が、事も無げに言い放つ。

・・・怒りを・・・堪えるので精一杯だった。

寒さに震えるよりも、怒りが体を支配した。

アリアの言う、力なの無い正義の意味がよく分かった。

「とにかく、やる事はやっておかないと命が幾つあっても足りないネ。

 アル少年、『今日のノルマ』とやらを早く終わりにしておいた方が見の為ヨ。

 こんな状況じゃ助けが来てもどうなるか分からないし。さっ、早くスコップを持った持った。」

死ぬのはごめんとでも言わんばかりに、マーネがアルベルトを促す。

マーネの言う事も間違いではないので、アルベルトは作業を開始した。


40分あまりが経っただろうか?

アリアはまだ姿を現してはいない。

考えながら、アルベルトは黙々と氷の壁を削っていった。

「ひーっ、ひーっ。もう何分くらい掘ったのカ? まだ一つも出てこないネ。これはいったいどう言う事カ。

 冗談じゃないネ。10個なんて本当に見つかるのカ?」

作業を開始してからほんの数分しか経っていないが、マーネの息が既に上がっている。

アルベルトは以外にも、こういう地味な作業は得意だった。

と、採掘場全てに響き渡るようなサイレンの音が聞こえた。

「まさか、アリアさん!?」

今、マーネと二人でいる場所は最初に連れて来られた場所よりも高い場所に在る。

下を眺めると、どうやら一ヶ所に向かって兵士達が慌ただしく走っているのが分かる。

「・・・? ジーナちゃん? 僕に話しかけているのはジーナちゃんか?

 もしかして、ジーナちゃんも来たのかい!?」

返って来た答えはイエスだった。

アリアだけでなく、ジーナもこの場所まで来たらしい。

「・・・そうなんだ、この場所に???が今いるんだ。はっきり見たから間違いないと思う。

 ・・・場所? 広すぎて分からないの? なら、僕が何とかしてみせる。ジーナちゃん、アリアさんも無茶はしないで・・・。」

一瞬の連絡は終わった。

アルベルトはスコップを放り出し、一目散に駆け出した。

「アル少年、危険だヨ!! 私達が言った所で何も出来ない、無茶は良くないネ!!」

マーネの静止を聞きもせず、アルベルトは真っ直ぐ兵士達の待機所に向かった。

(マーネさんの持っていたフラワースノーなら、この場所がアリアさんに伝わるかもしれない・・・。)

初めてマーネに会った時、商品の一つとして見せて来た物がフラワースノーだ。

空に打ち上げる事で大気中の水分と混ざり、見事な雪の花を咲かせる道具らしい。

それさえあれば、この広い採掘場でも見渡せるはず。

幸い、兵士達のほとんどがアリアの方へと向かっているようだ。

何も役に立てない。立てないからこそ、自分に出来るだけのことはやろう。

その思いだけでアルベルトは体を動かした。

もぬけの空になっている待機所へと侵入したアルベルトは、すぐさま自分の剣を身に着けた。

続けてマーネの持っていた商売道具、大きなリュックサックの中を探り始める。

これでもない・・・あれでもない・・・次から次に出て来るおかしな道具類。

フラワースノーを探している内に、例のマッスルZが出てきた。

・・・ゴクッ・・・。

ちょっと試してみたいという気持ちにアルベルトは駆られた。

ただ、そんな事をしている場合じゃないと、(とりあえず置いておいて)スノーフラワーを再び探す。

「あった、これだ・・・!!」

細長い円柱の形をした筒。

そこから紐が一本出ていて、いかにも引っ張って下さいと言っているようなものだ。

(気付いて・・・アリアさん・・・ジーナちゃん!!)

部屋から出ると、アルベルトは思いっきりその紐を引いた。

ズドーーーーーーーーン!!!!!!

大砲のようなその音と同時に、空へと打ち上げられた物体。

その物体が一瞬光を放ったと思ったのと同時に、物体が雪をまとったように月の光に照らされて輝いた。

「綺麗だ・・・。」

アルベルトは素直にそう思った。

見ている者を魅了する輝きだった。

これでアリアとジーナに伝わっただろうか?

だが、肝心な事をアルベルトは忘れていた。

この採掘場にいる全ての人間にフラワースノーの輝きが届くとすれば、当然兵士やゴードンにもその輝きは見えるのだ。

呆けたような表情でフラワースノーの輝きを見ていたアルベルトだったが、辺りが騒がしい事に気付く。

案の定、空の輝きを発射したアルベルトに対して、いきり立った兵士達が近付いてくる。

(し、しまった〜!!)

慌ててアルベルトは待機所に逃げ込み、カギを閉める。

ドッ、ドッ、ドッ・・・・。

心臓の音が自分の耳で聞こえるように、強く早く動いている。

死ぬのは怖くない、だけど、今は死んじゃいけない!!

どうする? アリアはまだ来ていない、生き延びるには時間を稼がないと・・・。

そのアルベルトの目に飛び込んできたのは、あのマッスルZだった。

マーネの話では、一度飲むだけで力が湧いてくる・・・だったはず。

興味本意じゃない、緊急時だから!!

蓋を開け、一気にマッスルZを飲み干すアルベルト。


・・・。


・・・。


特に変わった感じは無い。

アリアの言う通り、やっぱりインチキな商品だったのか?

そう思った途端、アルベルトの顔は真っ赤なゆでだこの様な状態になり、足元がおぼつかなくなった。

「な、なんだろうこれ・・・すごい体が熱くなって・・・ん〜? なんか、気合が出て来た!!

 やれるぞ!! 僕はつおい・・・かりゃだがひんじゃきゅだっ・・て・・・ゲフッ・・・。

 ひとを・・・こまっていうみんな・・・をすくうんじゃ・・・」

明らかにおかしな状態のアルベルト。

・・・酔っていた。

マッスルZに含まれているアルコール成分に瞬殺されていた。

最強のハイテンションへと昇天したアルベルトは、カギを開け、外へと飛び出した。

「かかってこい、ゴードン・・・!! ありあさんにかわっ・・・ゲフッ・・・。ぼくがあいてになってやる・・・。」

運が悪いとは彼の事を指すのだろう。

アルベルトに向かって来たのは、本当にゴードンの集団だったのだ。

「面白い人間だと思っていたが・・・とんだ厄介者だったようだな。

 お前達、遠慮はいらないぞ。そいつを殺せ、その後侵入者の抹殺に向かう!!」

どこかで見た光景。

自分を殺そうと、自分より大きいガラの人間が迫ってくる。

そうだ・・・これは・・・。

酔いの回る頭の中で、アルベルトは思い出していた。

パルメラの町での出来事。

アリアに助けられた時の出来事。

あの時はここでアリアさんが助けてくれたんだっけ・・・。


だが、現実は違った。

アルベルトは向かって来た男の一人に顔面を殴られ、吹き飛んだ。

「い・・・痛っ・・・。」

激しい痛みで瞬間的に酔いが醒める。

目の前には凶暴な顔で迫る兵士達。

あれっ・・・?

自分が何をしていたのか分からなくなる。

なんで、こんなに顔が痛むのだろう?

この人達はいったい誰なのか?

思ったと同時に、全ての兵士が地へと倒れる。

「力の無い者がむやみに武器を振りかざすな。ジーナ、アルを連れてこの場から離れろ。

 騒ぎを大きくしないよう、離れた所で大人しくしているんだ。ジーナ、あなたも元の姿に戻れ。」

よく見ると、ジーナはあのイレギュラーと呼ばれた時の姿になっていた。

だが、アリアの声は届いているらしく、小さく頷いている。

「アリアさん・・・僕は・・・」

言いかけたアルベルトの声を制するようにアリアが言う。

「離れろと言ったはずだ。死にたくなければ私の目の前をうろちょろするな!」

その言葉を聞いて、アルベルトは完全に酔いから醒めた。

アリアは既に、マリアヴェールの瞳の輝きを放っている。

すなわち、もう一つのイレギュラーの姿。

紫色の・・・瞳。

この姿のアリアは、いつもと違う。

瞳の色が違うだけなのに、どこかアルベルトは違和感を感じていた。



これが・・・マリアヴェール・・・?



そう考えているアルベルトを他所に、ジーナは彼を軽々と運んで行く。

アリアのいる場所から一定の距離を取って、ジーナはアルベルトを下ろした。


そのアリアは、ゴードンと対峙していた。

「ゴードンはお前だな。この場所と、オーウェイの町を裏から操る人物。

 これほどの事を仕出かした罪、お前の魂の消滅を持って償うがいい。」

「面白い事を言う方だ。貴女の様な女性が私の魂を消滅させると? 可笑しさを通り越して呆れてしまいますよ。

 この場所を知った人間は生かして返しません。私の大事な兵を殺めた罪、貴女が償いなさい!!」

同時に、アリア目掛けて十人ほどの兵が襲いかかる。

まだいたのかと思わせるほどの人数だ。

が、アリアはその突進をかわそうともせず、冷たく感じるような剣を構えて切り込んだ。

「ぎゃあ!!」

「ぐわっ!!」

「うああっ!!!!!」

断末魔の叫びは短いものだった。

瞬時に3人が絶命し、地へと横たわる。

その異常なまでの剣技に、兵士達は恐怖した。

どう考えても負けるはずのない相手。

たった一撃拳が入るだけで、その命がかき消されてしまう様な一人の女に恐怖している。

視線と視線が合う。

想像と、太古の歴史に存在したと言われている生物『メデューサ』。

そのメデューサの持つ石化する瞳の様に、アリアの紫の瞳が輝いて見えた。

体が震える。

一歩前へ踏み出す事が出来ない。

圧倒的なその視線の力の前に、兵士達は立ちすくんだ。

「何をやっている。その女を殺せないのなら、私がお前達を殺すぞ!!」

その一言が引き金となって、再び兵士達はアリア目掛けて向かって行く。

「咎人よ、その罪、地獄の底で償ってくるがいい・・・。」

向かって来る兵士を、アリアは次々と切り払った。

全ての兵士が生の無い塊へと変わるのに、一分とかからなかったかも知れない。

息一つ乱さず、アリアは剣をゴードンへと向ける。

「お前の兵は全て片付けた。もう、あがく事は出来まい。」

「その力・・・貴様、何者だ!?」

「滅びの手向けに教えてやろう、私は・・・マリアヴェール。この星に巣食う、亡者どもを裁く為に生まれた存在。

 お前は死では許されん。魂の消滅をもって、罪なき人々に懺悔せよ。」

「・・・なるほど。普通の人間ではないと感じたが、まさかあの『マリアヴェール』とはな。

 しかし、見誤っているな。私はお前の殺したそいつらの力を借りて町を支配した訳ではない。」

ゴードンの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。

「そう、私は己の力でここまで成り上がったのだ!!」

言い終わるか否かの一瞬、ゴードンは空中へと舞った。