第十二章 騎士の休日(中編)




午後の暖かな日差しが道場へと降り注いでいる。

小鳥のさえずりと、心地よい板張りの香り。

そんな空間に、溢れるほどの闘気が満ちてくるのが分かった。


シュナイダーは深く腰を落とし、下段に剣を構える。

一方、キースは中段に自然な形で構えを取った。

お互いを見つめる視線。

その鋭い眼差しは、数分前まで子供のように騒いでいた時のものとは違う。

少し腕の立つものなら分かるだろう。

見た目とは違う、戦う者としての眼光を。


道場の中に溢れる闘気で、二人の戦いを見学しようとしていた幼い少年たちは、

その圧力によって息が詰まりそうになっていた。


「・・・・・。」


「・・・・・。」


彼らもまた、思っただろう。

目の前にいる二人と、自分たちの違いを。

そう、ちょうどシュナイダーがネルソンとフォルの戦いを見た時のように。


カイルもまた、驚きを隠せずにいた。

自分の下で稽古に励んでいた少年が、わずか数週間見ないうちに、

まさかこれほどの闘気を発するようになろうとは・・・。


嬉しくもある。

が、どちらかと言えば不安と心配の要素の方が上回っていた。


自分の教えは正しかったのか?


この子達に正しい剣を教えることが出来ただろうか?


嬉しさと迷いの入り混じる中、闘気が・・・弾けた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




先手を取ったのはいつものようにキースだった・・・かに見えた。

先制の合図とも言うべき初激をキースが打ち込もうとした瞬間、

それを上回る速度でシュナイダーが間合いを詰め、踏み込む。

一瞬の虚を付いて出来た空白の時間、それを使って右に旋回し脇を狙って剣を振るう。


「シッ!!」


虚を付かれた攻撃なのは誰が見ても思ったろう。

キース自身も、シュナイダーから攻撃してくることは予想外であった。


この一撃で決まった。


周囲はそう思う。

だが、キースはその一撃を見もせずにかわして見せた。

更に驚きを見せる幼い子供たち。

それとは逆に、対峙しているシュナイダーはそれが当然だと言うように、

一つ呼吸をおいて再び剣を構えなおした。


笑っているのはカイルである。


(普通の人間なら、今の一撃で決まっているかもしれませんね。

 あの動物的感と言うか、なんと言うのか・・・。

 頭で考えるより、体が先に動くと言うのは彼みたいな人のことを言うのでしょうね。)


くすくすと笑いながら、カイルは再び二人に目を向ける。

最初のやりとりの後、一呼吸をおいた瞬間キースのお返しと言わんばかりの猛攻が始まった。


「おらおら、どうしたシュナイダー!!」


「まだまだ、そんなものかキース!!」


受けては返し、返されては打つ。

二人の戦いは常に持久戦だった。

シュナイダーとキースは戦闘の型が正反対である。

その上、戦いの組み立て方もまた違っている。


キースは本能のままに動くのに対し、シュナイダーは例えるならチェスのように、

先の先を考え戦いを組み立てていく。


二人とも学問に関しては並程度だが、少年のあどけなさを残す年齢で騎士となれたのは、

彼ら自身の実力が大人をも上回っていたからだと言わざるを得ないだろう。


だが、騎士となり、二人を取り巻く環境が変わったことにより、徐々に変化が見えていた。


(シュナイダーのやつ・・・前みたいに正面から受けなくなりやがった。俺の勢いがかわされてる・・・・!?)


自分より、数段レベルの高い人間と稽古を積んできたシュナイダー。

そこで身につけつつある防御の型、『受け止める』から『受け流す』への変化。

これまでのように、自分より力の強い者の攻撃に対して正面から受けるのではなく、

その勢いを巧く逸らしつつ隙を見つけていく・・・。

カウンターの一撃を入れられれば、シュナイダーはたった一手で勝ちを得ることが出来るのだ。


対してキースは、激しい攻撃を繰り返し浴びせ、隙を見つけるのではなく、自ら作る。

彼もまたシュナイダーと同じく、騎士団の中でもまれることで、戦いに変化が生まれていた。


(キース・・・攻撃に無駄な動きが無くなってきてる。それに、剣を構え直す時間が短い。

 動きを先を読むのが・・・難しい!?)


がむしゃらな攻撃から、無駄な動きを削る。

少ない動作の中で、最大威力で攻撃を放つ。

隊長クラスの人間には、無駄な動きが入るとその一瞬で打ち倒されたという経験が活かされている。

キースもまた、シュナイダーと同じようにその腕を上げていた。


一段階上のレベルでの戦いが繰り広げられていることを、カイルは感じ取っていた。


(やはり恐ろしいところですね・・・騎士団イオとは。大陸最強の名は飾りではない・・と言うことですか。)


カイルが思いにふける中、終わることの無いような一進一退の攻防が続いている。

何度も見てきた光景、だが、その内容は自分の知っていた頃とはまるで違う。


「せいやっっっ!!」


わずかな動きの中で、キースの鋭い一撃がシュナイダーの左を狙って繰り出される。

それをシュナイダーは軽く逸らし、自らの間合いを取ってカウンターの一撃を放つ。

それに素早く反応して受けの体制を取るが、キースの予想した位置に剣は無く、

空を切ったシュナイダーの二の太刀はキースの手前で止められていた。


戦闘中に生まれる一瞬の空白の時間。


ほんの一瞬、時が止まったかのような錯覚の中、その位置からそのまま突きとなって、

シュナイダーの攻撃が繰り出される。


「はぁっ!!」


まさに体のど真ん中に向けられたその一撃は、超反応を見せるキースの横っ飛びによってかわされた。


(こいつ・・・ますます攻撃のパターンが増えやがった・・・)


(今のもかわされるなんて・・・くそっ・・・)


荒い息遣いが道場の中に響いている。

音として聞こえるものは、それだけしかない。


「ふぅ・・・。」


同時においた一呼吸。

そしてまた始まる攻防。


キースの猛攻が終わった後、逆にシュナイダーが攻めの主導権を握り始めた。

筋骨たくましく見えるキースと比べると、シュナイダーは一回り小柄に見えてしまう。

普通に力と力でぶつかっては勝負にならない。

その分、シュナイダーは複雑なパターンで攻撃を組み立てていた。


「はっ!!」


上段に振りかぶった剣を突進の勢いそのままに振り下ろす。

キースはそれを読んで守りを固めるが、剣と剣とがぶつかり合い、

弾ける反動を使ってシュナイダーが一回転し、逆同を狙ってなぎ払う。

それをもぐりこむようにしてかわすキースが反撃に転じようとするも、

その動きを更に読んでいたシュナイダーは既にキースの頭上に剣を構えていた。


「はあああっっ!!!」


全力で振り下ろした剣は、またも空を切った。

キースは剣閃を見ずに、今度は後ろへと跳んだ。


どれぐらい時間が過ぎたのか、二人は分からない。

考えても・・・いない。


ただ、次第に疲れが溜まってきている。

それだけは分かった。


熱くなる二人を他所に、カイルは冷静にこの戦闘を分析していた。


二人の力は未だに互角といっていい。

道場で自分が見ていた時、あの頃とその力の均衡は変わっていないように思えた。

ただ質そのものは格段に上昇している。

いや、上昇しているなどと言うものでは無く、むしろ異常なほどであった。

これならたぶん、大抵の人間となら互角以上に戦えるだろう。

二人の特徴を察し、稽古をつけていたものが更に飛躍的に伸びているのだ。


ただ、二人に決め手となるものが無い。


互いが互いの攻撃を熟知しすぎている。

一人がその力を伸ばせば、片方もそれを補うように力を伸ばす。

現状では互角のように見える。

その分析は恐らく間違っていないだろう。

が、どちらかが決め手となる一撃を持っているとしたら・・・。


そろそろ疲労が限界に達する頃だ。

この戦いの決着がどうなるのか、思考は最終段階へと移行していった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




頭の中に、イメージが浮かぶ。

戦いの渦中の中で、シュナイダーは別の戦いを思い浮かべていた。

思わず鳥肌が立つような光景。

それでいて、体の芯から熱くなるようなあの戦い。

たった一度、運よく見れたあの戦いのことは恐らく生涯忘れないだろう。


騎士団最強を誇るネルソン。

その息子であり、四部隊長の一人でもあるフォル。


その本気の戦いは、今まで見たことが無いほどシュナイダーを興奮させた。


得物は正に実戦そのものである。

ネルソンは長年使ってきた愛剣を、フォルも同じく戦場で振るうハルバードを。

研ぎ澄まされた刃。

それを更に上回る鋭さと圧力を持った闘気。

魅了されると言うのは、あの時のことを言うのだろう。

一歩間違えば死を招く状態でありながら、見るもの全てが惹きつけられていた。


その中、決着をつけたあの一撃。

フォルの繰り出した、彼唯一の技であり、絶対の奥義。

いわく、『一閃』と呼ばれるカウンターの技。

見よう見まねで出来ることじゃないことは、自ら受けてみて分かった。

攻撃が当たったと思った瞬間、逆にこちらが吹き飛ばされた。


つまり。


限界まで攻撃を引き付けてから放つカウンターなのだ。

しかも、攻撃を受けると同時に反撃をしている。

相手の攻撃の勢いをそのままに、自らの攻撃の力もプラスして放つ。

決まれば確実に、相手を行動不能に出来るだろう。


そこに問題がある。


失敗した時。

間違いなく、こちらがやられる。

もしもこの戦闘が真剣同士だとしたら、確実に・・・死ぬ。


生と死の狭間を見極めることが出来なければ、絶対のタイミングで放てはしない。

失敗すれば死ぬのだ。

フォルを見た目で判断する人間は、間違いなく一撃の下に葬られるだろう。

何が起こったのか、それすらも分からないままに。


シュナイダーは考えていた。

彼自身の思い描く先に浮かび上がった一筋の道。

自分自身の戦闘の型で考えうることのできる、決め手となりえる技。

一度見た時から、それだけしか考えていなかった。



『一閃をものにしてみせる』



少年の思考は、その年齢では及びもつかないほど最終段階へと移行していた。

自分でも分かっている。

あの技は、生と死を分かつものだと。

だが、更なる高みを目指すにはそれも辞さない・・・と。


それも若さが成せるものなのかもしれない。

16年という短い生涯の中で、死の感覚を体験したのは二度。


ジャンと全力でぶつかり合った時。


シャルロットを狙う刺客と戦った時。


片方は自分が、もう片方は相手が。

騎士となってからのわずかな時間の中、人としてシュナイダーは大きく成長した。

だが、それでもまだ16歳という年齢なのだ。


そして、思いの中で想像するだけの『戦争』というものをまだ知らない・・・。


そのことをまだ、シュナイダーは理解していなかった。

いや、キースも同じであろう。


二人の求めているものは同じである、『騎士としての強さ、そして名誉あるもの』

命を懸けてすら、そこにこだわりたかった。

それが、幼い頃からの二人の目標だったのだ。



・・・戦いは最終段階に進んでいる。

シュナイダーの思考は、一つの道を指して停止した。



決着を。



つける!!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




先に焦りが生じたのはキースであった。

確かにシュナイダーとの力は互角である。そう認めざるを得なかった。

がしかし、疲労の蓄積はこちらの方が上回っている。

騎士となり、今まで以上の多くの人間と稽古を積んできた。

その稽古の内容では、確実にシュナイダーを上回っている。


そんな思いを持っていたのだ。

しかし、自分と同じように、シュナイダーも確実に腕を上げていた。

もともと戦闘のタイプが違うことは分かっている。

お互いに相手の手の内も熟知している。

そんな力の拮抗を崩すように、シュナイダーの防御が著しく変化を見せ始めている。


こちらの誘いに乗ってこない。

逆にこちらが誘いに乗せられているような感覚に陥っているのだ。

気がつくと、体が反応しシュナイダーの攻撃はかわしている。


だが、そろそろ限界だった。

疲労は澄んだ感覚を鈍らせる。

焦りが余計に体を動かなくしていく。


認めたくない現実がある。

自分以上にシュナイダーが強くなっていたということだろうか?

だが、これまでのシュナイダーの攻撃では、自分を倒すことなどできはしない。

そう思うしかなかった。

自分にも、これ以上の決め手となるものが無いのだ。


騎士として、戦う者として。

同じ学び舎で育ったシュナイダーの自爆を期待する気にはなれなかった。



『俺には、最後まで攻撃するしかない』



その思いが、キースの体をつき動かしていた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




長く、そして一瞬の時間。

持てる技全てを繰り出して戦う少年二人。


いや。


姿形は少年だが、その戦う力は、戦いに向ける姿勢は、大人をも超える勢いを持っていた。

相乗効果によって、互いに高めあっている力。

そのぶつかり合いに、幼い子供たちは声を失っている。


「そろそろ終わりにしようぜ、シュナイダー。」


「ああ、僕もそう思っていたところさ、キース。」


残り少ない気力を振り絞り、二人は前へと進み出た。

もはや、どちらも必死の構えである。

戦いを始めた段階の動きには到底及ばない。

キレが無く、力もこもっていない打ち合いだった。

だが、お互いの負けたくないという思いだけは恐ろしい程込められていた。


今までで一番長く続いた攻防であろう。

シュナイダーの先読みはほぼ完璧に成功している。

キースもうっかりとしたミスで攻撃を食らったりはしていない。


「どおおりゃぁぁl!!」


「・・・!!!」


これでもかと言わんばかりの一撃を、キースが豪快に打ち込む。

大分先読みの感覚が鈍ってきてるとはいえ、これもまたシュナイダーは受け流す。

勢いあまってキースがバランスを崩した。


好機。


又とないチャンスに、シュナイダーは決め手となりうる一撃を振るった。

が、バランスを崩したと思ったキースは、しっかりと踏み止まり反撃の態勢を作っていた。

シュナイダーが誘いに乗った形だ、キースの瞳が鋭く光る。


「もらったあぁぁ!! 終わりだシュナイダー!!」


空を切ったシュナイダーの剣を見ることもなく、

キースの全力の一撃がシュナイダーに迫る。


勝った。


誰もがそう思う。

タイミング、込められた力の強さ。

間違いなく決まったと思える一撃だった。


だが、シュナイダーの瞳が一瞬燃え上がったように輝いた。

キースにはそのように感じられた。


勝ちを確信したほんのわずか、一瞬の出来事だった。

振り下ろした剣先を、宙を彷徨っていたはずのシュナイダーの剣が待ち構えていた。

ぶつかり合うと思われた切っ先が、逆を向き、柄尻によって左へと流される。

剣の勢いはかわされた。

だが、体の勢いはまだシュナイダーの方へと向かっている。

体制を立て直そうとしたキースだが、それよりも早く、

ひるがえされたシュナイダーの剣閃が、キースの勢いを受け止めるように打ち込まれる。


「ぐあぁぁぁ!!」


振り抜かれたシュナイダーの剣が停止すると同時に、吹き飛ばされたキースが床へと落ちる。

道場を包み込んでいた闘気が、その瞬間霧散した。

シンとした空気の中に、更なる静寂が訪れる。

同時に、周囲で見ていた子供たちが一斉に声を上げる。


「すげー、すげーよ!!」

「騎士って凄いんだな!」

「俺も絶対騎士になるぞー!」


はしゃぎたてる子供たち。

正反対に停止したシュナイダーとキース。

そして、一人青ざめた表情で二人を見つめるカイル。


最初に動き出したのは、キースだった。

騎士になった時に授かった剣を手にし、振り返ることなく道場から飛び出した。

一方、呆然としていたシュナイダーだったが、それを見てふと我に変える。


「おい、キース・・・!!」


呼びかけも空しく、その場に取り残されたシュナイダー。

相変わらずの子供たちを他所に、つかつかとカイルが近づいてくる。

疲れきった表情で、シュナイダーはそちらに向き直った。

が、カイルの表情が尋常ではない。


先ほどまではうって変わり、蒼白な顔面から、赤黒い怒りに満ちた表情へと変わっている。


「先生・・・。」


言い終わるが早いか、カイルはシュナイダーの頬を叩いた。

その光景を見て、シュナイダーはもちろん、子供たちも驚きを隠せないでいる。


「誰が貴方にそのような剣を教えたのです。答えなさい。」


シュナイダーは言っていることの意味が分からなかった。

キースとの勝負には勝った。

実戦において、間違い無いぐらいのタイミングでカウンターが決まった。


『一閃』


フォルの使っていたあの技である。
勝ちを褒められるならまだしも、まさかカイルに叩かれるとは思ってもいなかった。


「私の言葉の意味が理解できませんか。ならば、後で教えてあげましょう。

 それよりまず、飛び出していったキースを探してきなさい。

 二人揃ったら、今の貴方たちを見た私の感想を正直に述べますから。」


まだキョトンとした表情でシュナイダーは立っていた。

しっかり聞き取れたのは、キースを連れて来いと言う所だけだ。


「疲れているでしょう、ですが貴方たちに話しておかねばならないことがあります。

 私も分かれて探しに行きます。日も遅くなる、急いでください。」


言われるままにシュナイダーは道場を出た・・・。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




ふと立ち止まると、大きな二本の木が視界に飛び込んでくる。

オライオンとハイム、二つの国の平和を願って植えられた木々。


先程までの試合を振り返りながら、キースを探しに道場を出た。

ボーっとした状態だったので、なんだか記憶が飛んでしまっているようにも思える。

無意識のうちに、大好きなこの場所へと足が進んでしまったのだろう。


昔から、何かがあるとすぐにこの場所へと来ていた。

嬉しいこと、悲しいこと、腹立たしいこと。

全てをこの二本の木・・・大樹に打ち明けていたような気がする。


勝った。


それだけは間違いなかった。

だが、最後の瞬間は無我夢中だったと言わざるを得ない。

キースの攻撃を絶妙のタイミングで外し、カウンターを決めた。

勝ったことはもちろん嬉しかった。

だが、その実感がそれほどわいてこないのもまた事実だ。


更に、剣の師匠であるカイルが初めて自分を叩いた。

痛くは無い・・・・が、それからずっと何かが心の中に残っている。


肝心のキースは見当たらない。

いやむしろ、見つけていたのかもしれないが気がつかなかったのかもしれない。

なんとなく放心状態のまま、シュナイダーは歩き続けた。


近づいていくほどに、2本の大樹が大きくなっていく。

何度も見ているはずなのに、今日はよりいっそう大きく見える気がした。

疲労と重なって、体の感覚がおかしくなっているのかもしれない。

そんなことを思いつつ、どうせ来たのだからまぁいいやと、大樹へと歩み寄っていった。


そこで、思わぬ言葉がシュナイダーの耳に届く。



「そろそろ実行に移せ、幾度と無く暗殺の機会はあったはずだ。」


驚きに息が詰まる。



暗殺・・・?



その言葉を聞いて、浮かび上がってくる一人の男の顔。

この手で切り倒した、あの暗殺者の・・・顔。


声は小さかった。

だが、はっきりと聞こえた。

音を立てないように、シュナイダーは声のした方へと近づいていく。


そこで見たもの、いや人物にシュナイダーは驚きを隠せなかった。


頭からフードをすっぽり被って顔の見えない人物。

さっきの声はこの人間のものだろう、顔は見えないが、声の質は間違いなく男性のものだった。


「オライオンのシャルロットを殺す。それでレオの世継ぎはいなくなる。」


なおもフードの男は続ける。

キースとの試合で疲れ果てている体に、再び血が廻るのが分かった。

だがそれ以上に、男と話をしている人物がシュナイダーには信じられなかった。


「イリア・・・さん?」


思わず口にしてしまい、慌てて口を手でふさぐシュナイダー。

だが、その行動は既に遅く、確実に眼前で話す二人に届いていた。


「誰だ!」


振り返りフードの男が言う。

慌てて姿を隠してももう遅かった。


「・・・。」

イリアは沈黙している。

表情に感情が出て無いように見えた気がする。



その一方で、恐ろしいばかりの男の殺気がシュナイダーを突き刺していた・・・。