第十一章 騎士の休日(前編)




「ん・・・ん・・・ふわぁ〜ぁ・・・。」

雲一つ無い空を、数羽の鳥が気持ちよさそうに泳いでいる。

時間は午前九時を過ぎていた。


久しぶりの朝寝坊。

数週間ぶりの自由な時。


太陽は既に空高く昇り、眩しい位の日差しが部屋に降り注いでいる。

「あふっ・・・。」

規則正しい生活から突然開放された事で、再び閉じようとするまぶたをこすりながら、

シュナイダーはゆっくりと体を起こした。

「・・・何だか・・・変な感じだ。」

騎士となり、兵舎で暮らすようになってから数週間。

キビキビとした生活に慣れた体は、急な変化に対応しきれていなかった。

昨日までと何ら変わらぬ朝なのに、眠さと体のだるさが激しい。

覚醒しきれていない頭であるが、いつもとは違う朝だという事は分かっている。


なんとなく物足りなさを感じている自分がいる・・・。


そう。


普段なら既にシャルロットが飛び込んで来てもおかしくない時間なのだ。



(物足りない・・・?)



自問自答するようにしばし考えた後、シュナイダーは思わず笑っていた。

あれほど嫌だったプリンセスガードという自分の立場。

騎士として戦場に出で、剣を振るい、国を守る。

そんな英雄像に憧れていた自分。

国に凱旋し、人々から称えられ、それに向かって手を振る自分。

・・・力があると思っていた。

大人にも負けないと思っていた。

そんな自分に与えられたのがプリンセスガードとしての使命。

いらつきもする。

自分はもっと凄い人間なのだと自惚れていたのだ。

・・・完膚なきまでの敗北。

ジャンに教えてもらった。


プリンセスガードの事。

シャルロットの事。

騎士の事。


少しだけ考えが変わった気がする。


そして・・・。

自惚れていた自分を打ち砕くように受けたジャンからの洗礼で、初めて知った世界がある。

今まで感じたことの無かった・・・死への恐怖。

騎士とは何か?

本当の騎士とは??


長い長いと思っていた一日一日が、今では瞬く間に過ぎていく。

毎日が充実している証であった。


そんな中で、ふと与えられた休日。


特に何がしたい訳でもなかった。

むしろ休みなど要らないと思っていたくらいだ。

今だうつろな瞳と覚醒しない頭。

とりあえず着替えでもしようかと起き上がった瞬間、腹の虫がグゥと鳴る。

普段なら既に朝食を食べ終えている時間だ。

「もうこんな時間なのか・・・。」

休みをもらったからと言って、ここまで遅く起きることになるとは自分でも思わなかった。

結局毎日の起床の手助けを、シャルロットがしてくれていたのだろうか・・・。

苦笑いを浮かべるシュナイダーの耳に、地鳴りのような音が飛び込んできた。


あぁ・・・。


普段なら起きるのと同時と言ってもいいほどのタイミングで飛び込んでくる、シャルロット。

今日はそれが無いのは分かっていたし、誰がこんなに慌てているのだろう?

そんなことを思いつつ、シュナイダーは着替えを済ませ、一度大きく伸びをした。

さて、腹の虫でも鳴き止ませようと、ドアノブに手をかけた瞬間、

壊れるのではと思うほどの勢いで、ドアが勝手に開いた。


「おいシュナイダー!! せっかくの休みなのにいつまで寝てんだ!?

 どうせすることも無いんだろ? それならどこか出かけようぜ!!!!」

「っ〜〜!!」

「ん・・?」


『超』が付くほどのハイテンションで入って来たのは、親友のキースだった。

気力充実、久しぶりの自由な時間を満喫しようとする準備は万全なようだ。


「シュナイダー・・・お前いつも床で寝てんのか?」

「いきなりドアを・・・開けるから・・だっ・・・て・・・。」


ハイテンションのキースの視線の先で、シュナイダーはしたたかに頭を打ち、

床で痛みと戦っていたのだった・・・。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





オライオン城下町。

四方を城壁に囲まれた、いわゆる城塞都市である。

他国からの侵入を防ぐために備えられた、城と町を包み込む壁。

戦乱の世に生まれるべくして生まれた町。

一見街の出入りが不自由にも思えるが、人々はこの城壁と騎士団イオに絶対の信頼を置いていた。

オライオンに暮らす人々の間には、笑いが耐えなかった。

レオV世の政治が人々に受け入れられ、また、歓迎されていることの証でもあった。


その城下町の一角に、まだ少年と呼ぶ年齢の騎士2人が揃って歩いている。


「おぅ、シュナイダー。騎士になっても変わらねぇなぁ。」

「騎士マニアが、本当に騎士になるとはね〜。」


町に入ると、懐かしさを感じてしまう顔が二人に声をかけてくる。

共に勉学を学び、共に体を動かし、共に遊んで来た友人たちは、自分とは違う道を歩みだしている。


将来の目標へ向けて修行をする者。

家業の手伝いをする者。

オライオンを出ていく者。

更なる勉学を学ぶ者。


皆、それぞれの道がある。

それぞれの生き方がある。

自分はその中から騎士になることを選んだ。

・・・幼い頃からの憧れだった。

オライオンに生きる人間なら、誰もが一度は夢見る存在。

大陸最強の騎士団・・・イオ。


その通り名を持つ騎士の一人になる・・・。


今、夢は現実となり、騎士として、プリンセスガードとしての自分がある。

確かに、理想と現実は少し違っていたかもしれない。

どれだけ背伸びをしても、まだ自分は未熟なのだと思わざるを得なかった。

剣の腕に自信を持っていた。

今も良きライバルであり、親友でもあるキースと、毎日競い合って腕を磨いてきた。


町の人は帰しになっても変わらないと言った。

騎士になった自分だが、何が変わったかと聞かれたら、なんと答えるだろう?

剣の腕は更に上がっていた。

だが、未だに目を疑うほどの実力の持ち主が、騎士団の中には何人もいる。


オライオンの町並みは何も変わっていない。

自分でも騎士になったから特別に変わったと思えることは・・・無い。

それが良い事なのか悪い事なのか。

騎士としての自覚が足りないと言われるかもしれないが、今、ここにある自分が全てだった。


シュナイダーとキースは一月ぶりの自宅へと帰って来ていた。

自分の家だと言うのに、一月も離れるとなんだかほっとするような、懐かしいような気持ちがこみ上げてくる。


「んじゃ、シュナイダー、また後でな。」

「うん。後で先生の道場にも挨拶に行こう。」


・・・実はキースもこれといってやらなければいけないことは無かった。

正直な所、やりたいことも特に無かったのだ。

それ故、今日は家族に顔を見せることと、騎士になるために剣術を習った道場へ挨拶に行こうと話し合って決めた。

ともかく、今の自分を母が見て、なんと言うだろうか?

ちょっとした期待と緊張を感じながら、久しぶりの我が家のドアを開ける・・・。


「ただいま、母さん。」

「あら、シュナイダー? なに、帰って来るなら帰って来るって連絡ぐらいよこしなさいよ。

 突然帰って来るなんて、母さん驚くじゃない。」

「今日は初めての休日がもらえたんだ。特にすることも無いから、キースと一緒に顔を見せに来ただけだよ。」

「んまぁ〜する事が無いから帰って来ただなんて、いつからこの子は親不孝なことを言うようになったのかねぇ。

 まったく、そんな育て方は母さんしてなかったつもりだけどねぇ〜。」

「親不孝だなんて、そんな事無いよ。」

「いやいや、どうだかね。」

「う〜・・・僕だってオライオンの騎士になったんだから、もう子供扱いしないでよ。」

「はははっ、お前なんかまだまだひよっ子の子供さね!」

そう言うと、母は大声で笑い出した。


がっくりと肩を落とすシュナイダーだが、母にとってはまだまだ子供に見えるのだろう。

密かに期待していた特別な反応も無く、町の人と同じ反応にシュナイダーはため息しか出なかった。

だが、少し安心したとも言える。

シュナイダーは変わらず明るく笑う母の姿を見て、少しほっとしていた。

自分が家からいなくなることで、母が寂しい思いをするのではないかと思っていたからだ。

その心配もどうやら取り越し苦労だったようで、母は以前の母のままだった。


「何もする事が無いんじゃ、少しはのんびりしていくんでしょう?

 久しぶりに帰って来たんだから、お昼ぐらい食べて行きなさい。」

「確かにする事は何も無いんだけど、道場の先生にも挨拶しに行こうと思うんだ。」

「先生ももうじきお昼の時間でしょ。邪魔にならないようお昼の後に行きなさいな。」

(・・・がくっ。)


やはり母には勝てない。

そう悟ったシュナイダーは諦めて母の言う通りにすることにした。

今すぐに昼食にするには時間が早く、それまでの余った時間、シュナイダーはキースの家に行ったり、

部屋でゴロゴロしながらのんびりとした時間を過ごした。


母の手料理は、なんとも食べ慣れた味だった。

兵舎で食べている食事とはやはり違う。

母の思いが伝わるような気がする・・・・とシュナイダーは感じた。


「隊長の職に就いている人達はやっぱり凄い人たちばかりなんだ。

 僕なんか、まだまだ稽古が足りないと思ったよ。」


騎士になってから、見たこと、聞いたことをシュナイダーは母に語った。

そんな息子の姿を、母は喜ばしく思いながらも、依然として心配でしょうがなかった。

息子の剣の腕は、自分が見ても確かに良いと言えるだろう。

幾度も道場を見学に行き、大人と互角以上に戦う息子の姿を何度も見ていた。

だが、それは道場の中の試合という形での姿だ。

騎士というのは、稽古や試合で他人と戦うのではない。

命のやり取りをしているのだ。


それは、自分の命の危険だけではない。

他者の命を奪うことでもある。


そのことが未だに心配でいた。

誰かがそのことを教えるのか、それとも自分で直接知る事になるのか・・・。


その心配は、確かに的中していたと言っていい。

シャルロットとのデートの際、暗殺者1人をシュナイダーは殺した。

シャルロットを守るという目的があり、言い訳も出来る。

だが、事実は事実。



人を殺したことには変わらないのだ・・・。



その後の心の迷いを断ち切り、覚悟を決めたとはいえ、

払いきれない思いとなって心に残っているのは間違いない。

事実、シュナイダーは母との会話の中でたった一つ言わなかったことがある。



そう・・・。

人を殺してしまったこと。



・・・何故かは分からなかった。

何かこれだけは言ってはいけない様な、これを言ってしまったら、

二度とこの場所へ戻ってこれなくなる様な、そんな気がしたからだ。


「じゃあ、母さん。また出かけてくるよ。」

「ああ、行っといで。病気と怪我には気を付けるんだよ。」

「だからそんなに心配されるほど子供じゃないんだって!」


そう言って家を出て行くシュナーダーを見送って、ゆっくりと腰を下ろす母。


「どこが子供じゃないんだか・・・。」


騎士団イオに入れたことは、純粋にシュナイダーの剣の腕を褒めてやりたい気もする。

だが、戦場へと出かけて行く我が子を、心配しない親などいるだろうか?

何か商売でも始めるなりして、普通の仕事に就いてもらいたかったと今でも思う。

『親の心、子知らず』とはこういう時に使うんだろうなと思いながら、

まだまだ幼さの残る我が子の姿を見て、母はふぅとため息をつくのだった。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「よし、それじゃ道場に行くか。」

「OK!」


家を出たシュナイダーは再びキースと合流した。

続けて道場の方に挨拶に行くのがとりあえず今日の予定である。

道場は、ここから少し離れた場所にある。

急ぐことも無いので、二人はのんびりと歩き始めた。


「久しぶりに家に帰ったのに、『薪割り手伝え』はないよな〜。

 親父にはだらしない格好でイオの騎士の名に泥を塗るなとか言うしよ。

 悪魔だぜ、俺の家族」

「あはは。僕は未だに子ども扱いされて出てきたよ。

 病気と怪我には気をつけなさいって、いつの頃の話しなんだか。」

「そうだよな〜。町の人反応も前と変わらないし、俺たち騎士になったんだぜ?」

「そうそう。これじゃ学校行ってた頃と何も変わってないよね。」


シュナイダーと同じように、キースも家族に変わらない扱いを受けたらしい。

むしろ、シュナイダーよりも酷いのではないかと思うほどである。


「先生はこの姿を見てなんて言うと思う、シュナイダー?」

「どうだろう・・・。結局笑うだけで前と変わらないんじゃない?」

「そうかもな〜。」

「絶対そうだって。」


剣の師匠の姿を思い浮かべて、二人は思わず笑い出してしまった。

どうやら想像の中に思い浮かべた姿が一致したらしい。


「いつもボケーってしてたもんな。」

「足元の雑巾に気が付かなくて滑って転ぶぐらいだしね。」


もう一度二人は大きく笑った。


「あら、なんだか楽しそうね。」


不意に後ろから声をかけられて、思わず二人は飛び上がっていた。


「そんなに驚かなくてもいいのに・・・私も今日は休暇をもらったのよ。」


振り向いて見てみると、声をかけてきたのはイリアだった。

瞬間、シュナイダーは顔が紅潮して行くのを感じる。


「何か凄く楽しそうだったけど、なにかあったのかしら?」

「シュナイダーと二人で、剣の師匠の話をしてたんですよ。

 ドジな人で、思い出したら笑いがこみ上げてきて。」

「そうなんです! 僕達の師匠は面白い人で。

 ・・・意味も無く馬鹿笑いなんかしてません。本当ですよ!」

「笑うことは良い事だと思うわ。どんな時でも笑顔が基本基本。」


そう言って、イリアは微笑んだ。

キースは特に反応を示さなかったが、シュナイダーはその笑顔に引き込まれてしまった。


「イリアさんもどこかに出かけるんですか?」

キースが尋ねる。


「そうね。少し用事があって出かけてきた所よ。

 二人は揃ってどこかに行くのかしら?」

「ぁ・・ぼ、僕たちはさっきの剣の師匠に挨拶に行こうと思って、

 そこで道場と師匠の話になってつい思い出し笑いをしてしまったんです。」

「なるほど。以外に二人はきちんとしてるのね。

 休みの日にお世話になった人に挨拶に行くなんて、感心しちゃうなぁ。」


「あ、俺が最初に言ったんですよ。挨拶に行こうって。」

「な・・! 嘘をつくなよキース。最初に言ったのは僕だろ!!」

「そうか? 俺が言ったと思ったけどな。」

「お前は外に遊びに行こうって言ってただけじゃないか。」


「クスクス・・・。喧嘩するほど仲が良いって言うけど、本当みたいね。」


「・・・!」

「・・・!」


思わず顔を見合わせる二人。


「だはははは。」

「あはははは。」


そう言われて、シュナイダーとキースはまた笑い出してしまった。


「それじゃあ、私も用事を済ませないといけないからこれで失礼するわね。」


「ご苦労さまです〜。」

「は、はい。またお会いしましょう!」


突然の事であったが、イリアは静かに去っていった。

それを見つめるシュナイダー。

一方、そのシュナイダーを横目で見るキース。


「イリアさんて綺麗だよな。なんか、大人の女性って感じがするし。」

突然切り出されたキースの言葉に、シュナイダーははっと我に帰る。


「突然なに言い出すんだよ、キースがそんな話をするなんて珍しい。」

「いや、なんとなくそう思ってさ。シュナイダーもそう思わないか?」

「・・・確かにイリアさんは綺麗だと思うけど、僕たちよりずっと大人な女性だよ?」

「それがいいじゃん。変に同い年の奴より大人の色気って言うかさ。」

「・・・ん〜。」

「俺は彼女なんて作りたいと思ったこと無いけど、付き合うならやっぱりああいう人がいいかな。」

「僕たちなんてまだまだ子供だよ? 相手にされる訳が無いって。」

「まぁ、実際の話は別としてもさ。イリアさんて確か料理も出来るんだろ?」

「うん、一度ケーキを作ってもらったことがある。」

「なら最高じゃん。綺麗だし、料理も出来るし、スタイルもいいしな。」

「そうは言うけどさ、イリアさんにだって好きな人ぐらいいるでしょ?」

「でも、お前好きなんだろ? イリアさんのこと。」

「うん。確かに好きだけど・・・。」

「ほ〜〜〜。やっぱりねぇ。」


「・・・。」

「・・・。」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


「罠にはめたな! キース!!!!!」

「別に罠になんかはめてないさ〜。俺はただ聞いただけだもんね。」

「今のは誘導尋問って奴だろ。このやろう!!」


思わず口にしてしまった言葉に、シュナイダーは顔を真っ赤にしていた。

それに加えて、鬼のような形相でキースの右頬をつねる。

「痛ててて。何するんだこいつ!」

同じようにキースがシュナイダーの方をつねる。

「この・・・キースが悪いんだろうが!!」

互いに右と右の頬をつかみ合った所で、シュナイダーが更に左の頬に手を伸ばす。

「ほの・・・ただほまへがヒリアさんを好きみたひだから、たひかめただへだろ。」

そう言うと、キースも同じようにシュナイダーの左頬をつかむ。

「やひかたがせこひんだよ。それに、キーフにはかんけひないだろ!」

シュナイダーが両の手にぐっと力をこめる。

同じようにキースも力を入れる。


「ぐぬぬぬぬ・・・・。」

「うぎぎぎぎ・・・・。」


大陸にその名を轟かせている騎士団イオ。

その騎士である二人が、情けない顔をして道の真ん中で争っている姿は、

もはや形容しがたいほど滑稽なものであった。

「ほろほろ離へよ、フナヒダー。」

「キーフが離ひたら離すふさ。」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


レオV世やネルソンが見たらなんと言うだろう?

こんな不毛なことで争っている事こそ、二人が未だ子ども扱いをされる理由でもあるのだが・・・。


「ほろほろひひだろ。ひひかげんに離へ。」

「そっちほほ。もう、我慢できなひんだろ。」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


「じゃあ、同時に離せば問題ないよな。」

「いいよ。それじゃ、せーの・・・。」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


「何で離さないんだよ。この嘘つき野郎!!」

「そっちこそ。離すつもりなんか無いじゃないか!!」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


「僕にいい考えがあるんだけど。聞くかい?」

「いいぜ、言ってみろよ。」

長い時間同じ格好で固まっているため、手の握力が二人とも無くなって来ていた。

自然と頬をつかむ力も弱まってくる。


「久しぶりに道場だろ、そこで先生に見てもらおう。

 勝負だキース、僕がどれだけ強くなったか思い知らせてやる。」

「言ってくれるじゃん。その勝負、乗った。

 今日こそ俺のほうが強いって事を認めさせてやる。」


ばばっ!


同時のタイミングで、頬をつかんでいた手を離す二人。

ここら辺が良いコンビだという証拠でもあるが、今の二人にそんな事は関係なかった。

「お〜〜〜痛ぇ。この痛みの借りは返すぜ、シュナイダー!!」

「痛いのはこっちだって同じだ。絶対に負けないからな、キース!!」


痛みから開放された両者の瞳からは、うっすらと涙が滲んでいた。


「何だお前、泣いてんのか?」

「そっちだって泣いてるくせに!」


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



それからしばらく、シュナイダーとキースはその場に立ち尽くしていたという・・・。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





二人の通った道場は、オライオンにいくつかある道場の内の一つだった。

その中でも、かなり小規模な所・・・でもある。

道場主の名は『カイル=オージェ』と言った。

このカイル本人は、それほど腕の立つ人物ではなかった。

オライオンで言えば、騎士にも慣ることが出来ないぐらいの実力である。

だが、他人の腕や戦い方の洞察力に人一倍長けていた。

その人の個性や特徴に合った戦い方、稽古の方法。

そういったものを見つけ、的確に指示していく。

その力で、道場主をやっていると言った人物である。


それより何よりも、稽古料の安さでシュナイダーとキースはここを選んだと言っても嘘ではない。

カイルは稽古をしている子供を見るのが何より好きで、稽古料は取らなくてもいいとさえ思っている。

ただ、他にとりえが無く、生活出来ないのでは困るから・・と言った感じだった。

シュナイダーも、キースも、このカイルが好きだった。


とは言え、最初の二人の反応は酷いものだった。

「こんなぼろっちい場所で練習するの?」とか、

「先生がこんなに弱すぎるんじゃあ強くなれないって!」

・・・等と言っていたのだ。


どちらにしても、二人には他に行く当てが無く通い続けることとなった。

確かに道場は粗末だし、カイルはへなちょこの剣士であったのだが、

カイルの指示通りに練習すると不思議と自分が強くなってると思えるようになった。


シュナイダーは防御に重点をおいた稽古を。

キースは攻撃に重点をおいた稽古を。


今の二人があるのは、カイルの洞察力のおかげとも言えるだろう。

のんびりとしていて且つ少々ドジなカイルの事を、二人は時間が経つに連れて好きになっていった。

『もう一人の家族だと思う』と、シュナイダーは母に言った事があるぐらいだ。

それほど、二人のカイルに対する信頼は大きかった。



「ふあぁぁ〜〜〜ぁ。さて、午後の稽古でも始めますかね。」

昼食を済ませ、30分ほどの昼寝から目覚めたカイルののんきな口調である。

20代後半から30歳ぐらいに見える姿に、どう見ても重そうに見える剣を携え、

カイルは稽古場へと歩いていった。


道場には既に、午後の稽古に来ている門下生が集まっている。

今日は7〜8人と言った所だろうか。

「先生こんにちは〜。」

「早く始めましょうよ〜。」

「皆こんにちは。いや〜すまんすまん。日差しが気持ち良いので、つい居眠りをしてしまったようだ。」

そう言うと、カイルは特大のあくびをした。

それを見た生徒たちは、可笑しさにケラケラと笑っている。


カイルは門下生に厳しい練習を強制する事はしていない。

強くなりたいという自分の意志を最大限に尊重し、その手伝いをしてやるだけだ。

ただ、剣を扱う者として、最低限の礼儀と作法だけはカイルも教えている。


「それじゃ、始めていこうか。」

「はい!」


どこまでいってものんびりなカイルと、元気いっぱいに挨拶をする子供たち。

カイルが礼をすると、子供たちもしっかりと礼をする。

「打ち込みをしたい人、立ち合いをしたい人、それぞれ別れて・・・始め!」


子供たちは一斉に稽古を始め出す。

その稽古の様子をカイルはゆっくりと時間をかけて見て行く。


「サントス君はもう少し姿勢を良くした方がいいかな。

 腰が引けてると、剣になかなか力が伝わらないからね。」

「シーズ君は剣の振りが少し大きすぎかもしれないよ。

 それだと、振り終わった後に体制を整えるのが難しいでしょう?」


このような感じで稽古は進められていった。

時折、カイルが直接生徒と立ち合う事もあるが、それは稀である。


「ねぇ先生。僕もシュナイダーさんやキースさんみたいに、騎士になれるかな?」

不意に生徒の一人が???に尋ねてきた。

「そうだね。皆にも必ずチャンスはあるよ。

 でもその為にはしっかり剣の稽古をしないとだめだ。

 あの二人は毎日素振りをしたり、走り込みをしたり、色々努力してたからね。」

「そうか〜。僕も頑張らなきゃ!」

「焦る事は無いんだ。じっくりと稽古をして、腕を磨いていくんだよ。」

「はい、先生!」

素直な子供たちを見ていて、ついつい???は笑顔が浮かんでしまう。


剣の腕を上げる。

稽古で生徒たちを強くしてあげる。


それは自分にとって、確かに楽しく、確かに自分の取り柄であると言えた。

だが、その事が全て正しい事であり、喜ばしい事であるとは思っていなかった。

騎士になると言う事は、即ち、戦場に出るという事なのだ。

この場所で門下生を集め、稽古をつけるようになってから既に数年。

生徒の年齢は何も子供だけとは限らない。

何人もの大人たちがここで修行をし、兵士として戦場へ出て行っている。

剣の腕はここで稽古をつけた事によって上がっているだろう。

だが、それでも『死』の存在から逃れられる訳ではない。

実際、数名の門下生だった人間が戦場へ出て、命を落としたという報告も聞いている。

それを聞くと、その瞬間を想像すると居ても立ってもいられなくなるのだ。


幸か不幸か、シュナイダーとキースという生徒二人が騎士として認められた。

強くなる事に一途で、その為の努力を惜しまなかった。

剣の腕は素晴らしい物を持っており、相反する強さがあったと思う。


攻めと守り。


戦いにはそのどちらかしかなく、互いにその片方を磨き上げた事になる。

恐らく、コンビで戦う事になれば無類の強さを発揮するだろう。

それほど自分から見ても良い腕を持っていた。

だが、何しろ若すぎる。

どれほど大人ぶってみても、16歳という年齢はどうだろうか?

耐えられるだろうか・・・。



・・・・。



・・・・闇に。



責任を放棄する訳ではないが、その点をきちんと教えられる事が出来なかったのが心残りでならない。

騎士団の人間が誰かしっかりと伝えてくれればいいのだが・・・・。


生徒のふとした質問から、カイルは少し考え込んでしまった。

とそこで、凄まじい足音が聞こえたような気がして現実に引き戻された。

「先生、この音何かな?」

「何だろう・・・牛でも暴れてるんだろうか?」

生徒と一緒になって首を傾げるカイル。

だが、その足音は真っ直ぐと自分たちのいる場所に近づいて来ていた。



ドガァァァァァッッッッッ!!!!!!



凄まじい勢いで道場のドアが開かれる。

いや、開かれると言うよりは叩き壊されたと言った方がいいのかもしれない。

そのあまりの衝撃に、カイルも生徒たちも、思わず腰を抜かしてしまった。

「な・・何事です?」


恐る恐るカイルがドアに近づいてみる。

そこには二人の少年の姿があった。


「先生! 勝負のために道場を貸して下さい!!!!!!!!」


「き・・・君たち!?」


バッファローの突進の如く道場に現れたのは、他でもない今話していた人物。

シュナイダーとキースであった・・・。