Abend Lied 1




 半助は、今回の依頼主である井尻城家老杉元を、律儀に片膝をついて待っていた。館の中にも上げず、裏庭に呼び出すやつだ。忍者との約束の時間などどうでもいいと思っているのだろう。侍のそんな態度にはもう慣れているから、半助もべつに腹も立たない。 
 やがて現れた杉元は、どっかと腰を下ろすと遅れた非礼もわびず、じろじろと半助を値踏みするように見下ろした。
「最近売り出しの腕利きと聞いたが、ずいぶん若いの」
横柄な態度だ。身分が下の者に対する時、おのずとその人間の品性や度量というものが見えるものだ。その表情や口調を、半助は神経を集中して観察する。
 どちらかというと家来を道具としか思っていないようなタイプだ。権力志向も強そうだ。そんな男の依頼内容に、若干の違和感を覚える。
「六丸城に、わしの配下の草が一人捕まっておる。それを助け出してきてほしい」
こんな男がわざわざ敵に捕らえられた忍者を救出しろだと?
 だがもちろん、半助は自分の分析が絶対とは思っていない。人は見かけによらぬものというのもまた真実だ。
「その者はこの城に仕えるものではない。わし個人の手下じゃ。使いものになる草はそうは多くない。むざむざ敵の手に渡すのは惜しい」
「ではご依頼主はこちらの殿様ではなく、杉元様個人ということですね」
「そうじゃ」
「その者が捕らえられたのはいつのことですか?」
「一昨日。つまり、すでに何かの秘密を漏らしておるやもしれん」
「は…」
「そのときは助けんでもよい」
やはりな、と半助は思う。このような男の考えることは同じようなものだ。どうせそんなところだろう。
「と、おっしゃいますと?」
「助けなくともよい。わしが言うのはそれだけじゃ。お主も忍びなら分かっていよう」
口を封じろということだ。こんな依頼は初めてではない。しかし、だいたい高い地位にいる者は言質を取られまいとしてこんな言い方をする。それをよいことに、半助は思惑どおりにしてやったことは一度もない。
「分かりました」
「手助けにこの喜平次を付けよう」
いつのまにか半助の横に別の忍者が立っていた。
「手段は問わぬ。二人で相談して迅速に事を行え。これは前金じゃ」
杉元は半助の足元に金子の入った袋を投げてよこした。
(金は金だ)
半助は胸の内でつぶやいてそれを懐に入れた。
 杉元はもう半助を見向きもせず、さっさと下がっていった。
 それを見送ると半助は立ち上がり、喜平次と紹介された忍者に向き合った。
「よろしくお願いします」
警戒心のない笑みを浮かべて穏やかにあいさつする。喜平次は半助より十ばかり年上であろうか。鋭い目つきのため、実際の年より上に見えるタイプだ。かなりの経験を積んだ者と見うけられる。
 喜平次もまた半助の顔を遠慮なしに眺めた。
「殿ご自身ではなく、杉元様のご依頼というので不審に思われたろうが」
「いえ。このようなことはよくあります」
「そうか。ここの殿は実直といえば聞こえはいいが、策謀というか、情報を操るということが分かっておいででない。それで杉元様が実質的にはそのようなことを取り仕切っておられる。だが個人で抱えられる忍びとなると、そう何人もというわけにはいかない。敵に捕らえられた者とはいえ、貴重な戦力なんでな」
やけに饒舌だなと半助は思う。何か後ろめたいことがあるのだろう。さしずめ、殿に代わって実権を握るとか、下手をしたら下克上を狙っているのかもしれない。だが、フリーの身の半助にはそれもどうでもよいことだ。
「六丸城の縄張りは多少は分かっている。後刻落ち合って、道々詳しいことは相談しよう。商人の格好でもしてきてくれ」
「分かりました」
 落ち合う場所と時間を打ち合わせ、二人はそこで別れた。


 したがって、半助の去った館の中で、杉元と喜平次がこっそりと密談していることを半助は知らない。
「本当にあの者なのか?」
「間違いありません」
「土井半助というのは笑いながら人を斬るという噂だそうじゃないか。そんな切れ者には見えなかったぞ」
「噂は多少誇張されておりましょう。暗殺は請け負わないということですから。わたしの記憶はたしかです。あの者に間違いありません」
「そうか。ではあとは任せた。油断するなよ」
「心得てございます」
そう言うと喜平次は音もなく姿を消した。








無謀にも連載を始めてしまいました。なんで忍たまでドイツ語なんだという突っ込みはあるでしょうが、なんだか日本語に直すとちょっとイメージ違うんですよね。この壁紙は「おわり兼はじまり」というタイトルだそうです。そういう話にするつもりです。





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