Abend Lied 2




 半助は喜平次と落ち合うと、二人、六丸城下に向けて出立した。
 それぞれ物売りのような格好はしていたが、この喜平次という男、見る人が見れば、その眼光の鋭さですぐ商人でないとばれてしまうような気がした。
 しかし案外ときさくに喜平次は半助に話しかけてくる。
「お噂はいろいろ聞いていますよ。まさかこんなにお若いとは思いませんでしたがね」
「噂、ですか。ろくなものではないでしょう。甘いとか軟弱とか」
「いや、俺は逆に恐ろしいと思っているんだがな。ろくに武器も使わず、どんな難局もかわしてみせるとか。余裕ですな」
「とんでもない。ただ、手裏剣も火縄銃も苦手なので、なんとか逃げるだけですよ」
半助はにこにこと話しに応じる。忍者としてはそのほうがよほど不気味だというのに。
「ところで、六丸城に捕らえられている方はなぜ潜入されていたのですか?」
 喜平次は半助をじろりと横目で見た。
「そんなことは今回の任務とは関係ない。わが城の機密だ」
「そうですか。それは失礼しました」
半助は悪びれずにそう言った。
「ただ、もしやり残したことがおありなら、それをわたしたちがやらなくてもいいのかなと思ったものですから」
喜平次の頬の筋肉がわずかに動いた。やりにくい、と思っている風情だ。そう思われるのも、はっきりそう言われるのも半助は慣れている。自分ではたいした意図もない。忍者の基本に従っているだけだと思っているのだが。
「それはまた改めてこちらで考える。外部の者にはせいぜいこんなことしか手伝ってもらうわけにはいかん」
「ま、それももっともですね」
 そして探るようにもう一度確認をする。
「捕らわれた方を助け出せばよいのですね」
意図を察して喜平次が慎重に返事をする。
「情報をまだ漏らしていなければ、の話だ」
「あなたのご同僚でしょう?ずいぶんドライなおっしゃりようですね」
「仕方あるまい。忍者とはそういうものだ。俺が逆の立場だったら仕方ないと思うさ。ま、俺は決して口を割ったりはしないがね」
「杉元様は『助けなくともよい』とおっしゃっただけですよね。ということは、“助けても”よいのですよね」
喜平次は鼻先でふっと笑った。
「やはり甘いな。いや、若いと言うべきか。秘密を漏らした者の口はふさぐ。常識だろう」
「わたしは暗殺は請け負いませんよ。その手助けもするつもりはありません」
「暗殺ではない。処刑だ」
 そんな言葉を平然と言うこの男に、半助はなぜか不快感を感じた。仕方のないことだとしても、それを簡単には言ってほしくない。涙を飲んで仲間を見捨てた忍者なら何人も知っている。それなら半助とても仕方ないと思う。慰めさえした。しかし、この喜平次は何か違う。あまりかかわりたい種類の人間ではない。どうせなら一人で行きたいぐらいだ。一人でもこの任務、できないとは思わない。もちろん、その忍びが深手を負ってでもいたら一人より二人のほうが助けるに都合がよい。だが、本当に助けるつもりがあるのか。最初から口封じのために行くのか。いざとなったら自分一人でも、この喜平次をうまく撒いて捕らえられている者を助け出そうとさえ、半助は思った。
「若いころは人の命がどうのと理想を掲げやすいものだ。だがそんなことを言っているものに限って、途中で自分の命を落とす」
「そうでしょうか」
「ずいぶんお若くてご活躍のようだが、修行はどちらで?」
 丁寧な口調が皮肉に聞こえる。
「近江のほうで」
半助は漠然と答える。
「お生まれもそちらか?」
「いえ、瀬戸内のほうです」
「ほう」
こういう話になると、半助は言葉の接ぎ穂を与えない。
 いつもならばだれかと組んで仕事をする場合、その場限りとはいえそれなりに無言の信頼関係を築くものだ。忍者だからと猜疑心が強すぎると、かえって危ない。そして半助は、大抵の人間とうまくやっていける自信があった。もちろんいけすかない忍者もたくさんいたが、それはそれなりにやってきたし、こちらは誠意をもって相手に対するようにしていた。だがこのたびはなんとなくしっくりこないまま、二人は六丸城下に到着してしまった。








土井先生が修業した場所が近江というのはもちろん私の捏造。法然上人が比叡山で修行したということでこうしてみました。




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