「榎木津礼二郎の友人で、中禅寺秋彦と申します」
 
 突然かかってきたその電話の相手を、何故信じる気になったのだろうか。
 その声音こわねと口調だけで、何故か信頼に足る人物だという気がした。
 勿論、そんな印象だけで顔も見えない相手を信用するなんて馬鹿げている。榎木津の名を出すということは、私の見合いの件を知っていると云うことだろうけれど、そんな情報は何処からでも手に入れることは出来るだろう。
 此方こちらの逡巡を感じ取ったのか、返答する前に、その男は、自分は一高時代の榎木津の一年後輩で、今でも付き合いがあることや、自分の家の住所と電話番号まで伝えた。その上で、疑うのは尤もなので調査してもらって構わないが、時間がないので一両日中に調べて連絡してほしいと、勝手なことを云われた。
「時間がないと云うのは如何どういうことでしょうか?」
 思わずそう尋ねてしまった時には既に相手との会話に応じてしまっていたのだということに、その時は気付いていなかった。
「神奈川の大磯と平塚を中心にして、最近次々と殺人事件が起こっている事はご存じですか?」
 大磯と平塚──。
 妹が死んだ辺りだ。
 妹が死んでから、新聞など見ていない。
 だから如何だと云うのだろう。警察だって何も云ってこない。
「妹さんは、事故や自殺ではなく、毒殺されたのではありませんか?」
 私は受話器を握りしめた。
 何故、その事を知っている。
「同じ毒を使って、次々に人が殺されているのです。このままでは更に被害者が増えるかもしれません」
 緊迫した、それでも尚落ち着きのある声がそう云った。
「それが私どもと何か関係があるのでしょうか?」
 努めて冷淡に聞こえるように、そう答えた。
「澤井健一についてお伺いしたいのです」
 受話器を握った手が、震えた──。
「事細かには非常に説明し難いのですが、これは所謂連続殺人ではありません。しかし全く無関係でもないのです。そしてその発端には澤井の事件があり、妹さんがそれに巻き込まれた可能性があります。凡てをお話しするには他の方の個人的な事情も話さなければなりませんので、つまびらかには出来ない部分もあります。いずれにしろ、凡てはまだ僕の推論にしか過ぎないのです。ですから今、その推論を固めるための状況証拠を集めているのです」
 そして彼は、酷く直裁的に、私が澤井に暴行された上、その事で脅迫されていたのではないかと尋ねた。
 私の返事を待たず、彼は話を続けた。
 彼が憑物落としという仕事を請け負っており、事件の関係者の一人の憑物落としを依頼されたこと。一刻も早く何が起こっていたのか解明し、この事件を終わらせたいこと。そのために、私からの情報が必要であること。それに、澤井の犠牲者が私のほかにもいたこと……。
 淡々と、それでいて私への敬意と思い遣りを持っていてくれることを、その声音と言葉の端々から、私は感じることができた。
 彼の仕事はどうでも好かった。ただ、事件の凡てが解明されるなら、妹の身に何が起こったのか、何故妹が殺されなければならなかったのか、そして、妹が何をしたのか、解るのだろうと思った。
 だから──。
「解りました。協力致しましょう。その代わり、私の質問とお願いも訊いてください」
「勿論です」
 深い声だった。
「先程貴方あなたは、妹が澤井の事件に巻き込まれたとおっしゃいました」
「はい」
「気を遣って下さったのは有り難いのですが、妹は巻き込まれたのではなく、何か関係していたのではありませんか?」
「それはまだ解りません」
 即答だった。
「解らないからこうやって不躾にお電話迄して情報を集めているのです」
 それは、そうなのかもしれないが……。
「ではお願いです。真実が解ったら、それがどのようなものであれ、もう一度私に連絡してください。よろしいですね?」
「それが、貴女にとってつらいことでもですか?」
「勿論です」
 もう、迷いはなかった。
「お約束します」
「ありがとうございます。では、凡てお話し致します」







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