君の言葉 3
パディントンからマグルの電車に乗った。乗り心地は快適だ。この快適さを知ってしまったら、ナイトバスなんか二度と乗る気にはなれない。 とはいえ、そもそもわざわざマグルの電車に乗る必要もない。姿現ししてもいいし、夜まで待って箒で移動してもよかった。 ただ、今は時間をかけて、景色の移り変わりを見ていきたかったのだ。 やはり少し感傷的になっているのかもしれない。 車窓の外は大きな建造物の建ち並ぶロンドンから、ほどなく田園や森の風景へと変わっていった。 1時間ほどで、目的のスウィンドンに到着した。 外国から来たらしいマグルの観光客が数人、地図を広げて、バスだタクシーだと相談していた。 ジョージは人目のないところに行って、そこから姿くらましした。 小さな町の周縁にある森の中に姿現ししてから、辺りをのんびり歩いて回った。 マグルの観光客の姿もちらほら見えた。円形に並べられた大きな石の写真を撮っている。 何だっけ、この石は。たしかマーリンが若いころに並べたんだったな。何かの授業で習ったはずだけれど、今となってはもう覚えていない。最初から覚えていなかったんだろうけれど。 そうしてジョージは夜になるのを待った。太陰暦サウィンの夜を。 日が暮れ始めたころに、ジョージはその町からほど近い丘に歩いて向かった。 歩くことに意味があるのかどうかわからない。わからないが、自分の足の裏で、この地とつながっていたほうがいいような気がした。 すでに刈り入れの終わった麦畑に囲まれるようにして、その丘はあった。 周囲は柵で囲まれていて、立入禁止になっている。あいにくそんなものを守る習慣は子供の頃から持ち合わせていない。 柵を乗り越えて、杖を手にして丘に沿ってしばらく歩いた。半分も回らないうちに、そこは見つかった。魔法の痕跡だ。丘の土が少し崩れて岩の一部が露出している。 ダイアゴンへの入り口と同じように、杖の先でコツコツと叩くと、岩が飴細工のようにぐにゃりと曲がって、周りの土が崩れ落ち、ぽかりと穴が開いた。 杖に明かりを灯し、暗く黴くさい中にジョージは入っていった。 丘の内部には、ピラミッド状の構造物がある。マグルにとってはただそれだけだが、そこにも入り口が開いている。ピラミッドの中に入ると、神秘部のあの部屋と同じように円形の窪みがあり、中心に向かって降りている階段がある。 そしてその底部の中心には、石のアーチがあった。 心臓の鼓動が速まるのを抑えながら、ジョージは一歩一歩、階段を降りた。 アーチの前に立ち、杖をかざしてゆっくりと隅々まで眺め回す。 神秘部にあったものよりは多少風化は免れているようだった。 アーチなので、当然向こう側の階段が見えている。 なのに、アーチの内側から何か人の声が聞こえるような気がする。 足元は粒子の細かい土が平に敷き詰められている。 ジョージは鞄の中から一枚の羊皮紙を取り出した。そこにはペンタクルが一つ、描かれていた。 杖の明かりをかざしてその図形と書き込まれた文字を確認する。もう今まで何度も何度も見て、書き写して、覚えてしまっているものだけれど。 それから一つ深呼吸をし、杖で地面の上にそれと同じペンタクルを描き始めた。 息を詰めるようにして正確に、慎重に。 1時間近くもかけて描き終わるころには、顎から汗がぽとりと落ちた。 再度羊皮紙と見比べて、間違いのないことを確認してから、そのペンタクルの2箇所に、切り込みを入れるようにすっと線を引く。 鞄を開けて、2本の木の小枝を取り出して、その切れ込みの上に置く。 現世と霊界を隔てるヴェールを開くリンボク。 冥界に至る道を安全に守るイチイ。 その魔法陣の真ん中に立って、杖をかざして呪文を唱える。 「ティル ロクマリア アイミ」 一呼吸の間を置いて、古ぼけた石のアーチが青白い光を放った。 その光がアーチの内側を侵食するように広がり、やがてその内側が白いぼんやりした光で満たされると、ジョージは杖を足元に、ペンタクルの中心に置いた。帰ってくるために。 そして、アーチの中へと足を踏み入れた。 |