君の言葉 5 

 池の畔に並んで座った。
 風がないし、魚も住んでいないようなので波一つ立たない。
 それでも淀んでいるわけではなく、恐ろしいくらいに澄んでいた。そしてそんなに澄んだ水なのに、どこまでも底が見えなかった。
 どれだけ深いのだろう。ジョージは石を投げ入れてみたくなったが、あいにく周囲の地面には石ころ一つなかった。
 あの石垣を一つ破壊してみようかとも思ったが、さすがにそれは憚られた。理性とか良識とかいうよりも、本当に危険なこと、禍々しいことはうまく避ける嗅覚のようなものを持っているのがこの双子だったのだ。
 どうやってここに来たのか、まずジョージが先に説明した。
 歴史や言い伝え、物語やウィーズリー家の先祖のことを調べられるだけ調べたこと。
 ホグワーツの図書室はもとより、マグルの図書館にまで行って、魔法や「死の世界」について書いてある本を調べたこと。
 その結果、ドルイドの子孫であり、魔法使いである自分なら、こちらの世界に来て、戻ることは可能だと確信し、その方法もホグワーツの図書館の「禁書」の中から探し出し、他のいろいろな伝承に含まれていたヒントと繋ぎ合わせてほぼ解明したこと。
 そして今日、とうとう初めて試してみたということ。
「で? ここは正確にはどういう所なんだ? おまえはどうやってここへ来たんだ」
「ここは、そうだな、おまえが見当付けたとおりだよ。狭間、とでも言ったらいいのかな。どうやってって、あそこを越えるのはどうってことない、んだろうな、多分」
「多分ておまえ……」
 ジョージは呆れた。越えてから何かあったらどうするつもりだったんだ。
「考える余地もないじゃないか。何となく、歩いてたら不意にあの石垣が目に入ったんだよ。話を聞いたことはあったが、自分が実際見たのは初めてだったからな。そしたら普通近づいてみるだろう? そしたらおまえがいたから驚いて思わず飛び越えてきちまったんじゃないか」
 フレッドは、おまえのせいだと言わんばかりに少し唇をとがらせてジョージを見た。
「それよりおまえのほうこそ、本当に戻れるのか?」
 フレッドは心配そうにアーチを見やった。
「戻れるさ。杖を置いてきたからな。その杖を動かされたりペンタクルを壊されたらおしまいだが、あそこなら誰も入りゃしないさ。そのために魔法省のほうのは諦めたんだからな」
 それでもフレッドはなお眉をひそめた。
「何があるかわからないところへ行くのに杖を置いてくるなんて不用心じゃないか」
「それも大丈夫だ。これがあるからな」
   ジョージはにやりと笑って、ローブの中から1本の杖を取り出して見せた。
「おまえ、それ……」
 フレッドは目を丸くした後、嬉しそうに笑って手を出した。
 ジョージはその手のひらに、持ってきた杖を載せた。
 フレッドは杖を握って、目の前で少しくるくると回してみた。
「懐かしいな……」
「必要なら置いてくぞ」
「いや、いいよ」
 フレッドはあっさりそう言って杖をジョージに返した。
「こっちでは必要ないし、多分役に立たない。うまく説明できないけど、魔法はそっちの世界の仕組みの中でのみ有効なんだ、多分ね。そっちの法則はこっちには当てはまらない」
「そうか……」
 ほんの少しの間を置いて、ジョージは少し訊きにくそうに言った。
「こっちは、こっちっていうか、あの向こうというほうが正確なのかな。どんなふうなんだ? おまえは何をしてた? 誰かに……会ったか? つまり、その……」
「どんなふうっていうのは、そうだな、一言で言うなら快適、なのかな」
 フレッドは屈託なく話し始めた。
「でも、少し退屈かもしれないな。いや、何をしていたかっていうと、何だかぼんやりしていただけかもしれないなあ……。どれぐらい時間がたったのかもわからない。でもまだ行ってみてない所もいっぱいあるみたいだし。うん、そうだな、ぼんやりは終わりだ。これからあちこち探検してみるよ。
 シリウスに会ったよ。最初に状況を理解したとき、シリウスがいるんじゃないかと思ったら本人が現れた。それから……ルーピンとトンクスが来た」
 そう言ってフレッドは少し顔をしかめてジョージを見た。
「それからトンクスの親父さん、マッドアイ、そうそう、セドリックに、ハリーの両親もね」
「スネイプは?」
「スネイプだって!?」
「ああ」
 ジョージはロンから聞いた事のいきさつを話した。
「ふーん……。多分、こっちが認識してなかったから会ってないんだな。そういうことだと思うんだ」
「だけどルーピンには会ったんだろ?」
「それは向こうがシリウスを見つけたんだろう」
「ならスネイプも……」
 言いかけてジョージは黙った。
「会いたくないんだろうな、やっぱり。俺もどっちかと言ったら遠慮したいかなあ」
「だな」
 二人はくすくすと笑い合った。
「おまえは? 何してた?」
 ジョージがこれまでのことを語るのは少しつらかった。店のこと、家族のこと……。それでも事業は順調だし、ビルのところに子どもが生まれたことや、ハリーとジニーがうまくいっていることを伝えられて良かったと思えた。
「だったらなんでこんなことしたんだ」
「え?」
 フレッドの顔は真剣だった。
「絶対帰れるなんて保証はないじゃないか。せっかく俺たちの店だってうまくいってるってのに、なんでこんな危険を冒した」
 ジョージは改めてフレッドに向き合い、その目をまっすぐに見た。
 声が震えそうになる。
「言い遺したかったことが、あっただろうと、思って」


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