そして僕は 4 

   休暇の最後の金曜日。僕は懐かしくも忌まわしいホグワーツへ戻った。不思議と、それはやはり「戻る」という感覚だった。
 すっかり修復されたホグワーツ城を、僕は敷地の外からしばらく見上げていた。
 ここで、あの日、僕らが失ったものはどうしようもなく大きかった。

   僕はマクゴナガル先生に会いに来たのだ。先生は文字通り両腕を広げて僕をオフィスに迎えてくれた。そして、まあ立派になってとか、あなた方の商品にはまったく手を焼いていますよとか言いながら、紅茶とクッキーをすすめてくれた。
「デニス・クリービーも先日手紙をくれました。あなた方が元気にしていてくれると、本当に安心できます」
 マクゴナガル先生は、僕が学生時代には見たこともなかったような穏やかな笑みを浮かべていた。デニス……。そうだ。彼もあの日、兄を失ったのだった。
「ジョージ・ウィーズリーは最近姿を見せなくなったけれど、変わりありませんか?」
 え?
   最近? では以前にここへ来たことがあるのだろうか。なんとなく自分自身がそうであったように、ジョージもここへ戻るのはつらいのだろうと思い込んでいたけれど、そうではなかったのだろうか。もしかしたら命日にでも訪れていたのだろうか。
 僕が疑問を口にする前に、マクゴナガル先生が教えてくれた。
「最後に来たのが半年ほど前でしたか。一時期よく顔を見せていました。図書室で調べものをさせてほしいと言って。そうそう、それからビンス先生やフリットウィック先生のところへも何か聞きにいっていたようです。学生時代よりよほど熱心でしたよ」
 そう言ってマクゴナガル先生は声を出して笑った。
 図書室、また調べものか。何だというのだろう。しかもマグルの何とかいう図書館と、ホグワーツの図書室では共通点が皆無だろう。
 しかし、とりあえず僕は何もジョージの追跡調査をしに来たわけではない。自分の用件を切り出すことにした。
 僕はもう迷ってはいなかった。マクゴナガル先生には相談をしに来たのではない。
「実は、先生にお願いしたいことがあって……」
 先生は先を促すように黙って聞いていた。
 僕は、闇祓いになるつもりだということをはっきりと告げた。
 試験を受けるだけでも2人以上の推薦人が必要だ。学生時代の成績・素行に関する書類も必要だということだった。成績に手心は加えようがないけれど、素行のほうは……自慢できたものではないし……しかし僕は自分自身としては、闇祓いになるのには決して恥じ入るような行いはしてこなかったつもりだ。
 ダンブルドア先生がいたなら、きっとわかってくれたことなのだと思うのだけれど……。
 なんとなく遠回しに、お願いなのか言い訳なのかわからないことをもごもご言う僕に、マクゴナガル先生は途中で掌をこちらに向けてストップをかけた。
「ロナルド・ウィーズリー、その決意は本当にもう揺るぎないものなのですか?」
「もちろんです」
 僕は即答した。
「そうですか」
 そう言ってマクゴナガル先生は、一度うなずいた。
「では調書のほうは心配いりません。お任せなさい。それに、私でよければ喜んで推薦人になりますよ」
 僕は思いも寄らなかった先生の申し出に、一瞬声も出ず、目を見張ってしまった。正直誰に推薦状を頼もうかとあれこれ悩んでいたところだった。
「もちろん、もう1人の推薦人には、ハリー・ポッターが喜んでなることでしょう」
一遍に解決してしまった。
「あ、ありがとうございます! お願いします!」
 先生は満足そうに目を細めて笑った。

 僕が先生の部屋を辞そうとしたとき、マクゴナガル先生は僕の右手を先生の両の手で包み込むようにして、そして僕の目を見上げて言ってくれた。
「ロナルド・ウィーズリー、あなたがその道を選ぼうとしていることを、私は誇りに思いますよ」
 先生にそう言ってもらえたことを、僕は心から誇りに思った。
「でも……」
先生は言葉をつなげた。
「万一あなたが試験に落ちて、それで闇祓いになることを断念したとしても、あなたがこれからも自分の兄弟を支え、子供たちに罪のない笑いを提供する仕事を続けるなら、私はそれもやはり誇りに思いますよ」
 僕は、なぜか涙が出そうになった。
 僕は左手を添えて、先生の右手を包み込むように握り、「ありがとうございます」ともう一度言って部屋を出た。

 ホグワーツは授業時間中だった。僕は一人、廊下を歩き回った。どの部屋に入るでもなく、ただ歩いた。
 階段を昇り、下り、グリフィンドール寮の前、マートルのトイレの前、校長室へと続くガーゴイルの前、それに。
 必要の部屋の前……。
そこには何もなかった。まるで何百年も何もなかったかのように、ただの普通の、綺麗に修復された壁に床。
 そのタペストリーの向こうに部屋があることに気づく生徒たちはきっと今でもいるのだろう。
 あの日の出来事はきっとこれから歴史として語り継がれていくのだろう。
 けれどあの日この場所で何が起こったかなどということは、何も知らずに今の生徒達は笑いながら歩いているのだろう。
 それがもたらした傷痕は、まだ決して癒えてなどいないのに。
 この廊下で、あの階段で、大広間で、そして建物の外で。
 生徒達は今の平和のために命を捧げた多くの先輩達の名も知らず。

 それから僕は東の棟に行った。
 ジョージは、あれからここへ来たことがあっただろうか。
 そこにはしっかり残っていたのだった。小さな泥水の水溜まりが。「二人」が生きていた証が。
 僕は、なんだかそれでいいような気がした。
 例えばあそこにフレッドの名が刻まれるよりは、ここにいつまでもあの伝説の逃避行の記念碑があるほうが。


 そして僕は、3週間の休暇を終えて家に帰った。


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