Solace


   その年の冬は雪が降っては晴れるので、一面の銀世界にはなかなかならなかった。
 クリスマス・イブの今日も、灰色の空から雪がまたちらついていたが、庭も果樹園の風景も真っ白になれず、暗い空の下で灰色に見えた。
 フレッドがいなくなった後、3度目のクリスマスだった。

 最初の年は、クリスマスを祝わなかった。まだ、誰もそんな気になれなかった。
 翌年、ビルの提案でクリスマスをすることになった。そうすべきだ、というのがビルの意見だった。両親もそれに同意したということで、ビルはわざわざジョージのところまで訪ねてきて、要するにだからおまえも来いと促したのだが、結局ジョージは行かなかった。
 プレゼントだけは以前と同じようにフレッドと連名で、フラーも含めた家族分送った。
 自分が行かなければ母親が悲しむだろうとは思ったが、それだけの理由で行く気力はまだなかった。家族全員が集まれば、そこにフレッドがいないことを再認識させられる。もちろんそれはみんな同じだろう。だけれども、そんなことを思いやる余裕はない。ただ生きているだけでもうすべてのエネルギーを使い果たしている。これ以上は何も自分に要求しないでほしい……。
 むろん、家族もそれを理解していたのだろう。ビルか父親が説教に来るかと思ったが、そんなこともなかった。母親からはいつものセーターが届いたが、当然のことながら1枚しか入っていなかった。1枚しかないのに、相変わらずGの文字が刺繍されていた。おそらくそれが、ぎりぎりのところで精神のバランスを保てるラインだったのだろう。

 そして今年は、ハリーが来ると、またもビルが直接訪ねてきてそう言った。
 少しずつ、昔と同じように戻していきたいという両親の願いなのか。ロンとジニーが頼んだのか。あるいは去年はハリーのほうが招待を断ったのか……。
 いずれにしても、わざわざビルがそんなことを言ってジョージに出席を促すということは、やはり多少含むところがあるのだろう。
 ジョージは迷った。何を、どう伝えたらいいのか。何も言わないか、行くと言っておいて当日すっぽかせばいいのか。
 べつに、ジョージはハリーに何も思うところはない。だが、ハリーのほうは勝手にフレッドのことに責任を感じている。だからジョージに会うのがつらいのはハリーのほうのはずだ。
 それが分かっていて、ジョージはハリーを快く迎えていらぬ心の負担を取り除いてあげようなどとは思えない。気にするなと言ったところでそんな軽い言葉は無意味だし、ハリーのために笑って元気な姿を見せてやれるほど、ジョージにとってはまだそれは過去のことではない。
 全部、分かっている。自分以外の人間だって、どれほど深い悲しみの中にいるのか。けれどそこから前に進もうとしているのか。ほかならぬ自分が元気な姿を見せることが、何より周囲の人間を安心させるのだということも。
 分かっているけれど、感情が動かない。
 行くなら行ってもいい。でも、笑えない。楽しそうなふりすらできない。そんな人間がいたら場がしらけるだろうし、かえってハリーにも気の毒だろう。
 ビルにはそう答えたが、ビルはそれで良いと言った。優しく笑って、幼い頃のように頭をなでて、ただ姿を見せてくれるだけで十分だからと言ってくれた。

 24日にジョージが隠れ穴に行ったときには、すでにハリーは到着していた。ハーマイオニーもいた。だというのに飾り付けがいまだに完了していなくて、ハーマイオニーとジニーがせっせと、部屋やツリーの装飾を楽しんでいた。チャーリーとパーシーはまだだった。
 ハリー、ハーマイオニーとは型どおりの挨拶を交わしただけだった。ロンからジョージの様子は聞いていたものか、2人とも感情を害した様子もなく、ハリーとロンはすぐモリーに呼ばれて何やら手伝いに出て行った。
 ジニーとハーマイオニーが、飾り付けをジョージに手伝ってほしそうに、遠回しな言葉をかけた。
 ジョージはぼんやりとツリーを見上げた。あそこにフレッドが庭小人を飾り付けたことがあった……。
 ジョージは生き物をもてあそぶのはあまり好きではないから、サラマンダーを暖炉に放り込んだりとか、パフスケインをブラッジャー代わりにしたりとか、そういうことには荷担しなかったが、かといってフレッドを止めるでもなく笑って見てたっけ。
 そんなことを思い出しても、もう今は面白くもない。
 ジョージは黙って外へ出た。ジニーもハーマイオニーもとがめはしなかった。

   外へ出て、灰色の村の中を歩く。
 家族全員が集まる前に逃げ出したかった。
 どうして自分とフレッドはほかの兄弟たちのようでなかったんだろう。どうして双子だからって、あんなにいつもいつも一緒にいたりしたんだろう。
 ジョージには、フレッドと切り離せる思い出が一つもなかった。両親でさえ、自分たちの楽しかった青春時代を懐かしく思い出すことはできるだろう。ジョージにはそれすらもなかった。
 すべての記憶が、今はただ悲しみとなって重くのしかかるだけ。
 重くて、苦しくて、あのとき時間が止まったまま、自分だけが前へ進めない。
 村へと続く小道も、向こうに見える森も、すべてがフレッドを思い出させる。
 いたたまれなくなって、ジョージは適当にアパレイトした。


     何度か短いアパレイトを繰り返して、さほど家から遠くはないものの、今まで来たことのない場所に出た。フレッドとは来たことのない場所。白い息を吐いて周りを見回す。
 また雪がちらつき始めた。
 小さな川の畔。川の向こう側には数軒の家が固まって建っており、こちら側は林の縁になっている。
 1軒の家からマグルの子供たちが歓声を上げて駆け出してきた。マグルの目を避けて、ジョージは林の中に入っていった。
 樹々の葉はすっかり落ちて見通しが良い。積もった落ち葉をうっすらと白い雪が覆っている。
 かさ、かさ、と音を立ててゆっくり歩いていたジョージは、少し離れたところに人影を見つけて足を止めた。
 もしマグルが見たら、妖精か何かかと思ったかもしれない。こんな日にこんなところに若い女性が1人でいるなんて。しかも。
 まだ少女のようにも見える彼女は、淡い金色の髪を長く背中にたらし、草むらから何かの角が生えたような格好の帽子をかぶっている。温かそうなオーバーコートのボタンはなぜか全部胡桃の殻のようだ。肩から斜めにかけたポシェットにはうさぎの足がぶら下がっている。そして何かを探すように、一心に木の上を眺めている。
 ジョージは彼女を直接知ってもいたし、弟妹から話を聞いたこともあったので驚きはしなかった。こちらから声をかけようとは思わなかったが、わざわざ彼女を避けて立ち去ろうというほどの気にもなれなかった。
 黙って見ていると、ルーナのほうが気付いて、ぼんやりとした声で、こんにちはともお久しぶりとも言わず、聞いてきた。
「何を探してるの?」
 それは不思議な質問だと、ジョージは思った。
「何も」
「じゃあなんでここに来たの?」
 それは説明するのがめんどくさい。
「どうせ見つからないものだからいいんだ」
 質問の答えにはなっていないけれど、ルーナが相手だから構わないだろう。
 探しているわけではない。求めているものは探してもしかたない。永遠に失われたのだから。だが、そんなことを大まじめにルーナと話してもしょうがないし、どうでもよかった。
「なくしたものはきっと戻ってくるわ」
「……こないよ」
 ルーナが何をどう考えてそんなことを言うのか知らないが、あり得ない希望の言葉がひどく悲しかった。
「それは探すものを間違えてるのよ」
「そうか?」
 探したいものなど、ほかにない。
「君は何を探してたんだ?」
「ニーズドーシル」
「ニ……何それ」
「トネリコの木の枝を食べるんですって。夏の間は見えにくいけど、冬になると周りが白くなって……」
 ルーナがよく理解できない説明を続けるのを聞き流しながら、なんでこんなくだらない話をしてるんだろうと、頭の隅でぼんやりジョージは思っていた。でも、決して不快ではない。むしろ心地良い。
「……あたしが見つけたらあんたの分ももらっておいてあげるわね」
 何をだっけ? 全然頭に入ってないが、
「それはありがたいね」
適当に返事をしておく。ルーナはちょっとだけ満足そうにほほえんだ。
 ああ、そうか。
 ルーナの自分を見る目は以前と変わらない。いつも気を遣うような兄弟たちとも、自分の中にフレッドの姿を探すような両親とも違って、以前と変わらず……どこを見ているのか分からない。
 だからなのか。全然かみあっていないこの会話が心地良いと感じてしまうのは。
「まだソレを探すのでなければ、うちに遊びに来るかい? ハーマイオニーもハリーもいるよ」
 1人で帰るより気が楽だ。それだけの理由で誘ってみた。
 ルーナは一度振り返ってトネリコの木を仰ぎ見てから、ジョージを見た。
「ミンスミートパイある?」
「あると思うけど」
「じゃあ行く」
 そう言ってルーナがジョージの前を通り越して勝手に歩き始めたので、ああ、歩くのか、と思って、ジョージもその後ろから歩き始めた。


   


 





何これ?ってちょっと長くなるので別ページにて

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