■無色透明■
底が知れない、と思う。 齢14といえば、子供だ、と思う。 思春期で自意識の強い年頃に、にべもなく言ってしまうのは失礼かもしれないが。 十よりも歳の離れた彼に対して、半ば当り前のように思ってしまうのはいたし方あるまい。 子供だと、そう思う。 天才と呼ばれていようと、それは変わらない。 けれどもやはりどこか、他と違う。 俊敏で正確な身体能力であったり、或いは奇抜でありながら合理的な思考能力であったり。 プロと比べても遜色のないほどのものを秘めている。 飄々と戦場を駆け抜けたかと思えば、わざとらしいほどに幼く振舞うことすらある。 どれが本当の顔なのか、知れない。精神的にも、そして物理的にも。 得意の変装に関しては、この学園の数人の教師を凌駕しているかもしれない。 彼の顔は常、友人のものだ。友人に成りすますことはしない。ただ顔を借りているだけ。 恐らくは意図も目的もなく、そうしている。余りにも自然に、不可解な行動に出ている。 その心持など、誰も知らない。もしかしたら、本人とてわかっていないのかもしれない。 誰の手にも捕らえきれない。 鉢屋三郎という少年は。 「俺に関しては小難しい見解なんていらないんですよ」 「……」 「ヒトコトで済むでしょう?ワケのわかんないヤツだって。それだけで」 「ひとの心を読むのはやめてくれ」 唐突で、それでも的を絞った言葉。鉢屋の会話はいつもそうだ。 否、会話に限らない。どの行動をとっても大抵は突発的で、真意はともあれ傍から見るには脈絡も何もないふうに見える。 今のこの状況にしても、例に違わず鉢屋が作り出したのだ。 食堂でひとり、遅めの昼食を摂っていた最中に突然姿を現して、何も言わずに目前に座った。 何か用かと尋ねると、何でもないと首を振った。それきり、暫くの沈黙が続いた。 そしてその沈黙に、否応なく流れた思想をまるで読み取ったかのように、不意に口を開いたのだ。 本人の言葉を借りるなら、全く、わけがわからない。 「何が目的だ」 「何のことです?」 「どういうつもりでそこに座った?」 鉢屋は一瞬きょとんとした顔をしてみせる。幼いそれが、わざとなのか、或いは素の表情なのかどうかは、測りかねた。 そしてにこり、とこれもまた他意のないような笑顔を見せる。 「どういうつもりだと思いますか?」 「はあ?」 「土井先生が何かあるとお思いになるのならあるのかもしれない。ないと思うなら、ない」 「どういうことだ」 「僕はただここにいるだけ。それを怪しむのは、先生の心持に過ぎないでしょう」 落ち着いた口振りに、まるでこちらに非があるような錯覚に陥りそうになる。 わけがわからない。ほんとうに。 何か意図があるのかどうかすら、推し測ることもできない。鉢屋はただ悠然と微笑んでいるだけで。 「謎かけなら、他を当たってくれないか。どうしてわたしなんだ」 少し刺を持たせた口調。 鉢屋は臆さない。後ろめたいことなどありませんとでも言うように、肩を竦めた。 「別に謎などどこにもありませんよ。土井先生が謎だと思うから、謎になったんです」 「鉢屋、わけがわからない。何なんだ」 「だから何もありませんよ」 うんざりしたように眉を顰めた。 わがままを言う子供だと判断していいのだろうか。たかだか14の子供の発言だと。 だが14にしては幼すぎないだろうか。自分の理論が通らぬことにあからさまな不快を曝け出すなどと。 再び落ちた沈黙の中で、こちらの無遠慮に観察する目を、平然と受け止めて。 鉢屋はまた、不意に口を開いた。 「ひとつ言っておきましょうか」 「……なんだ」 「うどん、延びてますよ」 「え!?あ、あちゃあ…」 先程まで汁の中で泳いでいた麺は、たっぷりと汁を吸い込んで太く重くなっていた。湯気さえ、もう見えるか見えないかくらいにしか立っていない。 美味しそうだった昼食が、無残に変貌していた。 鉢屋はくすくすと小さく笑って、立ち上がる。 「ついでですからもうひとつ。もうすぐ昼休みも終わりますよ」 「何ぃ!?」 「あと1分も残ってない。はやく食べないと遅刻しますよ。お残しも許されませんし」 格子から外を見遣って、涼しく告げる声がなんとも妬ましい。 すっかり味の落ちたうどんを掻き込みながら、出て行こうとする後姿を呼び止めた。 「どういうつもりで…、いや、何が目的だったんだ」 振り返った顔はきょとんとしていた。やはりわざとか本気かはわからなかった。 「さあ…?私はただ――」 言いかけたところで、予鈴の鐘が高らかに響いて、続いた声を掻き消した。 読唇した言葉の真意を尋ねる暇もなかった。鐘の音の余韻が消えないうちに、鉢屋は再び背を向けた。 口の端だけで笑う、性質が悪そうな、とも、幼い子供のような、とも取れる笑顔を残して。 遠ざかっていく微かな足音を聞きながら、麺に吸われて殆ど残っていない、すっかり温くなったうどんの汁をすすった。 そして、鐘の音に紛れた鉢屋の言葉を反芻する。 「私はただ、あなたに興味があるだけですよ」 わけがわからない、という言葉で済ましていいものだろうか。 やはり、底が知れないと形容するのが、ぴったりなような気もするのだけれど。 ぼんやりと、思った。 +++end+++ 鵜飼舟様に捧げる鉢屋と土井のコンビネタ第二弾。 鉢屋の纏う不思議なオーラに困惑する土井先生。というのが、テーマでした。楽しかったですv この鉢屋は白くもない、黒くもない。敢えて言うなら無色透明。何にも考えてないのです。 鉢屋の自称にばらつきがあるのもその所為かと。(ミスじゃないですよ…ミスじゃ…) 第一弾は土井の圧勝だったので、今度は鉢屋に軍配を上げてみました。 謹んで捧げさせていただきます |
以前「鉢屋VS土井」というのをリクさせていただいたことがありまして、そのとき「昼下がりの口車」をいただきました。 ものすごく私好みのお話で大好きなんですが、 何やらしゅう様が納得しきれなかったようでリベンジ(?)を約束してくださいまして、一粒で二度おいしい思いをさせていただきました。 こ、この不思議感覚が三郎らしいですねえ。 私が下手な説明をするよりもと、作者様のコメントをあえてそのまま載せさせていただきました。 ああ、好きだなあ、三郎v 結局最後くすりとさせる辺りもさすがの筆運びです。 改めてありがとうございました。 ぜひ「昼下がりの口車」を合わせてお読みくださいませ。 |