近藤英隆 雑誌 Training Journal 2006.11


投球障害を予防するための若田接骨院の試み1
~野球選手のコンディショニングについて考える~


はじめに


 野球選手の投球障害を予防するうえで、姿勢の問題が伴っていることを避けて語ることはできない。とくに成長期における 野球選手は姿勢の問題から身体の機能障害を招き、その結果として投球障害を起こした症例をみることがある。筋の機能的病変が招いた姿勢変化と投球障害の関係について考えてみた。


若田接骨院の試み

 私どもの接骨院では、開院以来スポーツ障害に対する治療に力を注いでおり、野球が盛んであるという地域性もあって、最近では他のスポーツ障害に比べ投球障害に関しての受診率が高いようである。成長期の野球選手が投球障害肩や野球肘を訴えて来院することが多い。
 肩や肘の障害は、腰や膝などの障害に比べ、野球をするうえで重篤な障害となることが多いにもかかわらず、練習を休むのが嫌で指導者にケガを隠したり、部活が終わるのが遅くなってしまい、医療機関の受診が難しいこともあり、投球ができない状態まで悪化させて受診する選手も少なくない。
 若田接骨院では学生アスリートを対象としたトレーニングジムを併設しており、スポーツ障害を起こしてしまった選手に対し競技復帰のためのトレーニンクを指導している。他のスポーツ選手に比べ、とくに野球選手のスポーツ障害は機能的側側症などの姿勢的な問題を伴うことが多く、肩や肘などの投球障害に対する運動療法を局所だけに行うのではなく、下肢から体幹部を含めた全身的な運動療法を積極的に行っている。


臨床において日常的に遭遇する投球障害について

 投球障害にはリトルリークショルター、内側側副靭帯付着部の剥離骨折、離断性骨軟骨炎などの骨損傷から軟部組織損傷にいたるまでさまざまであるが、その主たるものは軟部組織の損傷が多い。
 どこの野球チームにおいても、肩や肘の痛みを我慢しながら練習を続けている選手が少なからず存在していると思われる。肩関節においては関節唇・関節包の損傷と腱板に関するものが主なもので、肘関節においては内側側副靭帯の損傷が多い。投球障害では骨損傷がある場合や軟部組織損傷が著しいときには投球時にうまく腕が振れなくなったり、損傷が軽度で投球ができたとしても肩と肘の痛みを交互に繰り返す選手や、肩と肘の同時に痛みを訴える選手が急激に増える時期がある。
 一年を通してみると、とくに試合期になるとピッチャーだけでなく野手も含め肩や肘の痛みを訴える選手が非常に多くなる。損傷程度によっては選手にノースローにするように指導する必要があるが、試合期ではなかなかノースローにするように指導することは難しいことも多い。
 損傷が軽度であれば痛みが少ないというわけでもないが、損傷=痛みでもない。投球障害を起こした肩や肘が急性期であれば上肢の運動痛は著明であるが、慢性的な炎症がありいつまでも痛みが軽減しないまま肩や肘の障害を繰り返す選手は、投球フォームが悪いことが原因で損傷を起こしていることが多く、このよう な選手は投球フォームの改善が急務であり、フォームが悪いまま投球を続けると損傷部をさらに刺激するため症状を悪化させてしまい、損傷部を安静にして治っ たとしてもすぐに再受傷してしまう。
 したがって、投球フォームが悪く肘と肩の痛みを繰り返す選手は、投球相の加速期に理想的な肘の高さよりも肘が下がっていることが原因であり、肘の内側靭帯や肩関節の関節唇、腱板に過度のストレスが加わっていることを選手に理解させることが大切である。


姿勢的な問題が原因で起こる上肢の機能不全
 
 身体の機能不全が問題で投球時に肘が下がって投球障害が起きているとすれば、機能障害を起こしている身体の部位を特定し、身体の機能不全を取り除くことで、投球時に肘の位置が理想的な高さで投げることができるようになれば、損傷部が完全に修復していなくても、投球を続けながらでも治っていくことが可能と言える。
 肩関節においても、ほとんどの野球選手に上方関節唇の損傷がみられると言われているが、上腕骨がゼロポジションまでスムーズに外転しながら肩甲骨がうま く上方回旋した角度で投球することができれば、投球時に上腕骨頭が上方関節唇損傷部を刺激しにくくなるために痛みは軽減するはずである。
 つまり、投球障害肩では損傷部位と機能障害を起こしている部位が必ずしも一致しているわけではない。とくに肩甲骨は胸郭上を自由に移動することができるため、身体のあらゆる部位からの影響を受けやすいので、上腕骨の外転時に肩甲骨がうまく上方回旋できるようにするために、影響を与えていると思われるあらゆる身体の機能障害を取り除く必要がある。
 たとえば、上肢の動きに影響する姿勢的な問題としてよくみられるものは、下肢のアライメント不良が原因で起こる脊柱の側弯や肩関節における上腕骨のアライメント不良などがあげられる。
 したがって、このような症例では上肢の動きを阻害している原因となっている身体の姿勢の問題による機能不全を見つけ出し、改善することが投球障害を治療するうえで重要であると考える。


上肢の動きがうまくいかない主な原因は肩甲胸郭関節の機能不全

 野球選手の姿勢を観察すると特徴的な姿勢になっていることがある。これは同じ方向に繰り返し投球や打撃をしていると左右で肩の高さの違いが著明となり、頭部が傾いてしまう。右投げ右打ちの選手の多くは右肩下がりが著明であることが多く、反対に右肩が上がっている場合は他の部位に機能的病変があることを示唆している。多くは体幹部の捻りが原因で起こっているように見受けられる。なお、通常右利きの人はわずかに右肩が下がるのが正常であるとも言われている。
 投球側の肩が下がる原因として、野球選手は腹筋群、股関節周囲筋群などの規則的なアンバランスがあり、骨盤の傾くことから側弯をまねき、右投げ右打ちの選手であれば左足に重心が傾いた身体を真っ直ぐにしようとする。その代償として右肩を下げることでバランスをとっている選手が多いと考える。
 そして、右肩下がりの側弯に伴い、右側の肩甲骨は下制して、肩甲骨の内側縁が胸郭から持ち上がった姿勢をよく観察するが、このような姿勢になるには肩甲骨周囲筋群(図1)のアンバランスも存在する。肩甲骨の内側縁と下角が胸郭から持ち上がった状態を翼状肩甲骨(写真1)と呼んでいるが、翼状肩甲骨は前鋸筋の弱化が原因で起こっている。
 このような投球側の肩甲骨の内側縁が浮き上がった姿勢は、投球障害を起こしてしまった選手に頻繁に観察されることがある。
 前鋸筋が弱化する原因として、投球時の筋肉の疲労やそれに伴う筋肥大により、僧帽筋上部、肩甲挙筋、肩甲下筋、肩甲舌骨筋が過緊張して短縮したことによって括抗筋である前鋸筋が神経的抑制から機能低下を起こした結果であろう。
 突発的に片側が翼状肩甲になった症例では、神経学的な問題から起こる長胸神経の障害による前鋸筋の弱化をみることもある。


図1 肩甲骨周囲の筋 写真1 翼状肩甲
図1 肩甲骨周囲の筋 写真1 翼状肩甲


投球側の肩が下がると肩甲骨は上方回旋しにくくなる

 上部僧帽筋が硬くなり、さらに肩甲骨が下制してくれば、肩甲骨は上方回旋しにくくなってくる。筋肉や関節の連鎖は複合的に神経系を介して行われるため、反対側の筋や同側の括抗筋に対しても機能冗進や機能低下を起こしやすくなっていることも原因である。
 たとえば、上腕二頭筋に対し上腕三頭筋は括抗筋であるが、上腕二頭筋が疲労から硬く短縮すると、その括抗筋である上腕三頭筋は神経学的な連鎖により弛緩しやすくなる。このことから、姿勢的な影響を及ぼしやすい筋では、右の上部僧帽筋が疲労から硬く短縮することで左の上部僧帽筋は弛緩しやすくなり、左右の肩甲骨周囲筋群がアンバランスになりやすい。
 また右の上部僧帽筋が硬く短縮することで、括抗筋の前鋸矧ま機能低下を起こし、右側の肩甲骨は上方回旋がうまくできなくなる。
 そして、上部僧帽筋のほかに姿勢的な影響を与えやすい筋肉として腹斜筋があり、右の外腹斜筋と左の内腹斜筋が硬く短縮すると、その反対側である右内腹斜筋と左外腹斜筋は機能低下を起こしやすくなる。こうしたことから、他のスポーツ選手に比べて野球選手を立位で正面からみると腹斜筋を原因とした側弯があることが多い印象がある(写真2)。
 右投げ右打ちの選手を正面から観察すると、側弯に伴い、向かって右側の肋骨部(選手の左の肋骨部)が変形し凸になっている。このように肋骨部が変形してくると肋骨の疲労骨折を起こしやすくなり、さらに、右肩が下がることで安静時に肩甲骨は下方回旋を起こし、上方回旋しにくくなっているのを観察することができる(図2、3)。


写真2 へその位置が正中線からずれている 図2 肩甲骨が下方回旋している
写真2 へその位置が正中線からずれている 図2 肩甲骨が下方回旋している


図3 肩甲上腕リズム
図3 肩甲上腕リズム


肩甲骨の変位と棘上筋のオーバーユースとの関係

 左右両方の肩が前方に捻れ、腕が前に垂れ下がり、円背になっている選手もよく観察する。このような姿勢の選手は、大胸筋、小胸筋、広背筋の過緊張、短縮がみられ、上部僧帽筋の過緊張と中・下部僧帽筋の筋力低下を伴っている。また日常生活において姿勢が悪いことが多く、普段から座っている姿勢が猫背になっていないかなど、日常生活においても注意するよう指導している。
 円背になって顎が上がり、頭が前に突き出した姿勢を、上位交差症候群(写真3、図4)と呼んでいるが、さらに、胸筋の緊張から肩の前方変位が起こると肩甲骨と上腕骨の相対的な位置関係も変位し肩関節の関節可動域が減少することで、投球時に肩関節の損傷を起こしやすくなることがある。円背になり肩甲骨が外転して下方回旋してしまうと、上腕骨は軽度外転位となり、上部関節包と上腕靭帯が緩んでしまう(図5)。それに伴って投球相のコッキング時に外転、外旋しづらくなる。また、その代償として棘上筋が必要以上に働きオーバーユースとなって、棘上筋が損傷しやすくなる。肩甲骨が外転して下方回旋した姿勢の選手は、落胆したような姿勢となり、実際に気持ちが落ち込んでいるときにもこのような姿勢になりやすい。
 投球障害を起こし練習に参加できなくなってしまった選手は、メンタルな部分でネガティブになっていることが多いため、このように肩甲骨の位置が変位したものに対しては、ポジティブな精神状態にするようモチベーションを上げるようなトレーニング指導を心がけることも必要となる。精神面でも選手を支えていく 必要があり、胸筋、広背筋などをストレッチさせて胸を張りやすくした後に、インナーマッスルのトレーニンクや肩甲骨周囲筋群に対する運動療法を行うと効果的である。


                     
写真3 上位交差症候群 図4 上位交差症候群の概念図
写真3 上位交差症候群 図4 上位交差症候群の概念図


図5 上腕靭帯、関節包が緩む
図5 上腕靭帯、関節包が緩む


100人の学生野球選手の姿勢検査結果

 100人の野球選手(小学校高学年~高校生)を対象に、打撃側と投球側による姿勢の変化を調査してみた。その結果から、3パターンの選手についてのデータをみることができた。
 100人中、右投げ・右打ちの選手が73%、右投げ・左打ちが15%、左投げ・左打ちの選手が11%の割合であった。右投げ右打ちの選手の中では、 65%が右肩下がりで10%は左肩下がり、25%は同じ高さであった。右投げ右打ちの選手は、右肩が下がっている選手が多い結果となった。
 そして踵をつけて上向きで寝たときに、左右どちらのつま先が外に開くのかを調べた結果、右のつま先が開く選手が49%、左のつま先が開く選手が36%、 左右同じ選手が14%であった。このことから、右投げ右打ちの選手が左股関節に比べ右股関節の外旋筋群が硬くなっていることが多い結果となった。
 また股関節周囲筋群の左右のアンバランスが、骨盤の歪みに影響していることが多いこともわかった。左投げ左打ちでは36%が左肩下がり、18%が右肩下がり、5%が左右同じであった。この結果から、やはり投球側、打撃側の肩が下がることがわかる。
 つま先の開き具合については、左のつま先が開くのが55%、右のつま先が開くのが36%、左右同じ選手が9%であった。そして、左投げ左打ちの選手の方が右投げ右打ちの選手に比べ肩の高さが左右同じである選手が多く、左右のバランスのよい選手が多い結果となった。
 そして、右投げ左打ちの選手では40%が右肩下がり、33%が左肩下がり、27%が左右同じであった。右のつま先が開くのが13%、左のつま先が開くのが40%、左右同じが47%であった。この結果から、投球側より打撃側のほうが股関節外旋筋に対する影響が強いことがわかった。つまり、投球は打撃に比べ姿勢的影響は少ないのではないかと思われる。
 そして、投球と打撃で違う方向に捻っている場合、姿勢に変化が出ることが少ない結果となった(図6)。


図6 検査結果
図6 検査結果


肩の高さの違いは運動学的連鎖による原因で起こることが多い

 野球選手の場合、肩の高さの違いは肩甲骨周囲筋のアンバランスによることもあるが、肩甲骨周囲筋のアンバランスが運動学的連鎖による姿勢的な問題の代償で起こる場合もある。
 投球障害を起こしている運動学的連鎖には、下肢から骨盤、脊柱と連鎖して側弯するパターンと、上肢の機能異常から脊柱に連鎖して側弯するパターンの2パターンが主なものであると考える。
 運動学的連鎖によって身体のある部分に異常が起こることにより、運動学的に関連するほかの部位に影響が及ぶ姿勢の変位が起こる。骨格系、筋系、神経系のいずれかに機能的な障害があれば、これによって身体のどこかに歪みが発生する。
 骨格系は関節を介してつながりを持っており、筋系の運動連鎖は、筋から筋へと力が連鎖的に伝えれていく現象で、一部の筋肉が硬く縮むと、それが原因で身体各部の重心が正中からずれてしまう。その代償として、他の部位が代わって正中に重心を戻そうとするため無意識に身体を歪ませてバランスをとるような姿勢になっている。


腹斜筋のアンバランスと運動学的連鎖の関係

 右投げ右打ちの選手は体を左に捻る動作を繰り返すことで体幹部は右肩が前に捻れて左に傾くような筋肉のアンバランスを生じるようになる。体幹の回旋と側屈の主動筋は内腹斜筋と外腹斜筋であり、回旋時には連動している。
 たとえば、右列腹斜筋と左内腹斜筋が同時に収縮すると左回旋が起こる。そして、左回旋を繰り返すことで左の内腹斜筋と右の外腹斜筋の筋肥大が起こると推測する。
 身体の歪みの原因になっている可能性のある筋肉の量を超音波を使って計測してみた。その結果、右投げ右打ちの選手は右の外腹斜筋と左の内腹斜筋の筋量が明らかに肥大しているのがわかる(写真4)。
 この2つの腹斜筋の緊張や弛緩は、上体の側屈や回旋などの姿勢の変化に大きく関与している。そして、腹斜筋のアンバランスに伴って身体の重心は左に傾くため、右足よりも左足に重心をおいて立ち、右肩を無意識のうちに下げて頭部を左に傾けた姿勢をみることが多い。これは重心を正中に戻そうとしている姿勢である。「右肩が下がっているから右の僧帽筋が弱いのでは」と思いがちだが、超音波を使って筋量を計測してみると、下がっている投球側である右肩の僧帽筋のほうが厚くなっているのが観察できる(写真5)。以上のことから、いかに右肩を下げることで身体のバランスをとろうとしているかがよくわかる。


写真4 腹斜筋の超音波画像 写真5 僧帽筋上部の超音波画像
写真4 腹斜筋の超音波画像 写真5 僧帽筋上部の超音波画像


野球選手の姿勢を観察してコンディショニングに活かす

 先にも述べたように成長期の野球少年の姿勢を観察してみると、肩の高さが左右で違うことが多く、筋肉がバランスよく発達していないこともあり、他のスポーツと比べると、機能的側弯症になっている頻度が高いと感じている。
 機会があれば他のスポーツ選手のデータを取ってみたいと考えている。脊柱が変位、変形しているものを一般的に側弯症と呼ぶが、器質的なものと機能的なものに分類されている。
 選手の姿勢を前方、後方、右側面、左側面の4枚の写真をデジタルカメラで撮影し、パソコンに取込み、解析のための線を引き評価してみる。機能的な側弯は、野球選手はバッティングやピッチングにおいて、同一方向に身体を捻ることが多いため、左右の腹斜筋のアンバランスが存在し、そのほかにも広背筋、腰方 形筋、大殿筋、梨状筋、ハムストリングなどの筋についてもアンバランスな緊張、短縮、または弛緩が存在することがほとんどである。そのために骨盤が歪み、 機能的側弯になっていることがある。
 それに伴い、姿勢的な問題から身体の機能不全を招き、投球障害を起している選手が多いことは前にも述べた。これらを踏まえ、肩関節の上方回旋を阻害している側弯の原因を取り除くことができれば、上肢の動きがうまくできるようになり、さらに、肩や肘の炎症がある程度おさまれば再び投球ができるようになると考える。
 したがって、肩甲骨の上方回旋の機能性を高めるためには、全体的な姿勢をよく観察し、機能的な姿勢バランスを整えることが何より大切であると考える。とくに障害を抱える選手に不良姿勢は著明に観察され、硬くなった筋肉(tight muscle)と弱化している筋肉(weak muscte)を正しく評価する必要がある。
 そして姿勢検査をしていくうえで、全身的に筋肉の状態だけではなく関節の可動域も検査して、腱や靭帯、関節包などの軟部組織の病変を含めて検査し、損傷部位ばかりに目を向けず運動学的な連鎖を理解して、損傷部位と損傷の原因とが必ずしも一致していないことを理解し、その代償で痛みが出ていることを理解することが大切である。この考え方は選手の治療やトレーニング指導にも応用できる。








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