広島少年合唱隊
  



プロフィール

 広島少年合唱隊は、広島市児童文化会館に所属し、「少年の持つ清純な歌声をのばし、合唱音楽を通して国際平和文化都市ひろしまの街づくりに役立とう」という目的で昭和35(1960)年に誕生しました。当初は、隊員は小学3〜6年生で、ビクター少年合唱隊とのつながりも強く、予科・本科(A・B・C組)という分け方にそのなごりが残っています。
 現在は、隊員は小学校1年生から高校3年生までで、小学3年生以下は予科、4〜6年は本科、中学生以上は研究科と分けています。隊員数は平成の初期までは3桁を数えましたが、最近は30名ぐらいになっています。隊員は、広島市や近郊から集まって練習に励んでいます。レッスンは毎週土曜日に広島市立袋町小学校で行い、合唱活動を通して、挨拶や返事、自分自身でやりとげること、責任を持つことなど社会性を身につけることや、仲間づくり、国際感覚を身につけることにも力を入れています。海外公演もしばしばおこなっており、ハワイ、マレーシア、中国、アメリカ本土、フランス、イギリス、オーストラリアへ演奏旅行しています。また、最近では、平成13年はアメリカ公演をしましたが、その成果はCD「CHILDHOOD DREAMS WORLD PEACE CONCERT」に結実しています。平成14年は中国大連市で、平成18年はアメリカ演奏旅行(フィラデルフィア・オークリッジ・ワシントン)で、平成23年はドイツで公演をしてきました。「歌のもっているメッセージ」を大切にした演奏が特色で、平和の歌や宗教曲はもとより、ジュニアソングと呼ばれるようなジャンルの歌や組曲を積極的に取り上げ、ステージによって、混声合唱と、少年合唱の両方を聞くことができます。最近では音楽劇・ミュージカルのステージにも取り組んでいます。
 

  
           旧制服                        新制服                   聖衣     

延原俊介君ソロの「メサイア」



 クリスマス前になるとよく上演される名曲ですが、このジャンルに疎い私は、CDでは聴いたことがあっても、生演奏は初めてです。ソプラノ独唱に広島少年合唱隊の延原俊介君が出演ということで、それをお目当てに行ってきました。
 演奏会場は、西宮市の夙川カトリック教会聖堂という、この演奏にはもっともふさわしい場所です。早めに着いたので、チケットを買ってプログラムを見ると、指揮者の名前にびっくり。延原武春・・・独唱の延原俊介君のお父さん?それとも、おじいさん?これは、後でわかったことですが、偶然名字が同じということです。人の出会いの不思議さを改めて感じました。
 日本テレマン協会は、この教会を本拠に活動をしているということで、さすがに、管弦楽は古楽らしい独特の音色を出していましたし、長い残響が独特の宗教的雰囲気を出していました。ヘンデルは高音男声が殊の外お好きだったようで、美しい旋律を与えています。初演当時はソプラノ及びアルトのパートはカストラートが担当していたのかもしれません。合唱では、あまりいい旋律がもらえないアルトにも光が当たるようにできています。アルトのソリストは少しくすんだ声だなとか、テナーのソリストはもう少し朗々としたところがあってもいいのにと、思うところもありましたが、延原俊介君のソプラノソロ3曲は、次第に調子をあげてきたようで、繊細で曇りのない歌声を聞かせてくれました。楽譜に忠実に丁寧に歌っていたことも特筆できます。これまでCDで聴いたツェンチッチやアレッド・ジョーンズのような太い線は感じませんでしたが、日本の少年らしい可愛らしさを感じました。この可愛らしさは、日本のボーイ・ソプラノの特質と言ってもいいでしょう。演奏が終わっても、一番人気は延原俊介君で、拍手も一番大きかったようです。指揮者の延原武春さんは、優しそうなまなざしで、まるで孫を呼ぶように何度も俊介君を手招いているのが印象的でした。
(平成12年7月2日)

少年のための5つのソング「君がいるから」

 広島少年合唱隊創立40周年記念演奏会で副隊長の登先生が指揮された「君がいるから」は、私がこれまでに聞いた日本の児童合唱曲の中で最も好きなものの一つです。この曲は全曲を通して、少年期の精神の美しさを知り尽くした人たちによって作られたことが伺えます。また、組曲ではなく、単独の5つの曲の集合という感じを受けました。標題でもある第1曲目の熱い友情は、何度聴いても胸が熱くなります。こういう人間関係を少年時代に築いた少年は、成人してからもきっと豊かな人間関係が築けるでしょう。「言葉って不思議」は、流麗さの中にある、「ホラ」といった言葉の輝きが心に残ります。とりわけ・・・どうせならいい言葉たくさん使って暮らしていこう・・・とても共感できるところですね。言葉で傷つけあっている姿をよく見ていますから。「雨の日のラブソング」は、少年の日の淡い恋心が描かれていますが、少しずつずれながら追いかけている声の重なりの部分が非常に美しいです。「ぼくたちのひろしま」を聴いたとき、私の中に半分眠っていた広島の血がよみがえりました。「やわらかくて、あたたかくて」、これは広島県人の美質だと思います。「わたしのママはウィーン生まれ」と共通するものを感じました。「花はなぜ咲く」は、リズム処理に特色があり、壮大なフィナーレはありませんが、小宇宙の完結という感じがしました。

広島少年合唱隊第42回定期演奏会



― とにかく嬉しかった。こんな真摯で気品のある少年達が日本にいてくれたことが。 ―
 夜の闇が深くなるほど、夜空の星は輝きを増します。日本の子どもをめぐる情報は嫌なことばかり。わがままと個性をはきちがえた教育や子育ては、正義を疎み、楽しかったらええやんかという子どもを大量生産してきました。しかし、広島少年合唱隊は、時代に媚びることなく、美しいものを美しいと言い切ることができる少年を40年以上にわたって営々と育ててきました。

 広島少年合唱隊の生演奏には、これまで3回接する機会がありましたが、どれも他の少年合唱団との共演ということで、20分程度のステージでした。それでも、プログラムに多様な曲を盛り込むことで、年齢幅の広い隊員をどこかで必ず活かそうというあたたかい配慮が感じられました。ぜひとも、広島少年合唱隊の定期演奏会に接したい。そんな想いから、11月11日(日)広島アステールプラザ大ホールで行われた広島少年合唱隊第42回定期演奏会に行って来ました。快晴のこの日の広島、原爆ドームから折り鶴に飾られた平和公園内を歩いて約10分のアステールプラザに着くと、ご厚意で、最終の舞台練習の一部も参観させていただきました。練習を通じて感じたことは、指導者の先生方に対する信頼と、見えない部分を大切にする姿勢でした。

 第1ステージは子どものための合唱組曲「春のしらせ」。指揮は平田昌久先生。広島少年合唱隊委嘱作品で10年ぶりの定期演奏会上演ということです。隊員たちは緑の襟飾りの白い聖衣で登場しました。標題でもある第1曲目「春のしらせ」は、早春の瀬戸内の季節の変わり目がみずみずしく描かれていました。やや異質な2曲目「おばすて山」の荒涼さは、3曲目の「おかあさん」のぬくもりと対峙し、「風」は、春風と子ども達の接点を爽やかに表現していました。浜田君の張りのある美声と西田君の繊細なソロは心に残りました。

 第2ステージの指揮は、引き続き平田昌久先生。このステージは「平和と祈りの歌」。今「平和」を語ることは、政治的な難しさが絡んでいますが、祖父母の代、被爆を体験したこの地の少年達には理屈ではなく、血の中に平和を求める心があると思います。「明日への伝言」や「青い空は」の本気の歌に接したとき、思わず「わかるよ。」と叫んでしまいそうになりました。ここでは、この合唱団のポリシーを感じましたし、後半の「パニス・アンジェリクス」「イン・パラデズム」「アヴェ・マリア」「さやかに星はきらめき」は曲を追うごとに清冽な祈り心を感じました。

 第3ステージは、文部省唱歌をアレンジした「ふるさとの四季」。指揮は登浩二先生。服装はおなじみの制服に変わります。この制服は約30年前に制定されたそうですが、古さは全く感じさせず、シャツ出しで、ステテコ風迷彩色ハーフパンツといっただらしない服装が全盛の今こそ、輝きを増して少年をりりしくしてくれます。さて、この曲は、この8月の全国少年合唱祭で栃木少年合唱団によっても歌われましたが、混声合唱の広島少年合唱隊によって歌われると、繊細さだけでなく力強さも感じました。それと同時に、日本民族はこんなに豊かで繊細な自然観をもっていたのかということに改めて感動しました。家族におけるよき縦社会が崩壊し、一家で揃って歌える歌が少なくなっている今こそ、こういう歌を見直すべきではないだろうかと思います。

 第4ステージは、林久雄隊長指揮による、「授業や集会で歌える遊び歌・海外演奏旅行で学んだ楽しい曲集」ということで、振り付けが楽しい外国曲でした。林隊長は肩の力を抜いて、自分も楽しむといった姿勢で「よき羊飼い」という雰囲気の指揮をされていました。特に主役の小学校低・中学年の子どもは、振り付けが少し遅れたり、立つのが遅れたりすることもありましたが、それがまた可愛らしさにつながっていました。ここでは、変声後の中学生・高校生は脇役でした。しかし、ステージでもう一つ心に残ったのは、「ソーマッチ・イン・ラブ」を歌った沖野君達の完成していないけれども、みずみずしい男声でした。この歌声を聞いて育った変声期直前の隊員たちは勇気を与えられたのではないかと思いました。

 第5ステージは、「ぼくたちの愛唱歌」。指揮は平田玉代先生。「隊員たちは、今流行している歌にも関心がありますが・・・」というアナウンスにうなづきながらも、不易を求める姿勢に共感しました。ここで選ばれた曲は、児童合唱のスタンダードナンバーであるだけでなく、これまで共演した合唱団との友情を大切にした曲も含まれています。例えば、「ひろい世界へ」は、桃太郎少年合唱団の委嘱作品。「しあわせ運べるように」は、まだ見ぬボーイズ・エコー・宝塚のもち歌。こういう選曲の中にも広島少年合唱隊のポリシーを感じました。それは、人と人とのつながりを大切にしようということで、これらの曲に共通している心です。平田先生は流れるような指揮で、歌の心を伝えてくれました。

 第6ステージは、フィナーレ。再び登先生の指揮で、「君がいるから」「ぼくたちのひろしま」「昴」「シング!」。最初の2曲はまさに少年の美しい心を歌った名曲です。この曲は何度聞いても大きな感動を呼びます。元気を与えられる歌です。聞くところによると、来春には録音されて、その後CDも発売されるとか。「昴」は、声域の広さを生かし雄大な歌を、「シング!」は、客席と共に楽しもうというそれぞれ、この合唱隊のもつ多様な側面を見ることができました。

 定期演奏会は、毎年趣向を変えて選曲していくと思いますが、今回は約45曲を聴くことができただけでなく、この合唱団が何を大切にしてきたかを垣間見ることができました。歌の感動に、隊員の少年達の態度の感動が重なって満たされた想いで広島を後にしました。


広島少年合唱隊が原爆慰霊碑に献歌  



 「原爆慰霊碑にペンキかけられる事件を聞き、広島市民として慰霊碑に眠る被爆者に申し訳ない思いがしています。広島市民として何かできることはないかと考え、両演奏団体で献歌を行い、被爆者の霊を慰めたいと思います。」という想いで、献歌が行われました。聞くところによると、林隊長先生のご両親も被爆されたとのこと。原爆慰霊碑にペンキかけられる事件、本当に情けないことですね。政治的な意見の違いはともかく、人間としてしてはならないことです。広島少年合唱隊設立の理念からしても、献歌によって被爆によって亡くなられた方の鎮魂するということは、できうる最高の鎮魂。私も、人間として、一人の日本人として、亡くなられた方の御霊に祈りを捧げたいと思います。
 この催しが3月16日(土) 午後4時30分 広島市中区・平和記念公園原爆慰霊碑前で行われました。演奏は、広島国泰寺高校吹奏楽部25人による「主よ人の望みも喜びも」「浜辺の歌」、広島少年合唱隊50人による「明日への伝言」「ふるさと」。合同演奏による「パーニス・アンジェリクス」「つばさをください」等でした。この催しは、各界の注目を集め、新聞にも掲載されました。
  

CHILDHOOD DREAMS
    WORLD PEACE CONCERT


 “生命への畏敬”を通して世界平和を呼びかけるというテーマで、アルベルト・シュパイツアー生誕125年 J.S.バッハ生誕250年の記念すべき年2000年(平成12年)に、“シンポジューム2000”が、アメリカ テネシー州 ナッシュビルで行われました。21世紀のシュパイツアー博士の哲学“生命への畏敬”とバッハの音楽を携えて世界平和を希求するチャイルドフツドドリームズ世界平和コンサートは、“シンポジウム2000”の行事の 一つとして開催されました。この催しに、日本からの使節として参加した広島少年合唱隊コンサートも行われ、被爆国からの平和と祈りの歌声が届けられました。このときテネシー州立大学での演奏がCD化されたのは、翌年の夏でした。

 このコンサートのプログラムは、「広島から平和の声を世界に」という平和希求の祈りの曲と、新旧の日本紹介の曲を数曲ずつ交互に歌うという構成です。
 冒頭に、「明日への伝言」と「折り鶴の飛ぶ日」を配置したのは、このコンサートの意義を考えるとき、最もよい配置であったと思います。特に感銘を受けたのは、「折り鶴の飛ぶ日」の中で繰り返し歌われる「これはぼくらの叫びです。これはわたしらの祈りです。世界に平和を築くための。」という言葉です。この言葉こそ、このコンサートの生命です。数十万人もの無辜の民が被爆し、生命を奪われ、あるいは今もその後遺症で苦しんでいる実態を知るとき、広島からの叫びと祈りの声には重いものを感じます。しかし、少年たちの歌には人を責めたり憎んだりするようなことは全くありません。ひたすら、こんな悲しみを繰り返さないでという祈りと訴えだけがあります。その後に続く「パ―ニス・アンジェリクス」やバッハのカンタータ等の宗教曲では、むしろ魂の浄化を感じます。延原俊介君の「メサイア」からのアリアは、よく響く声で、絶頂期のボーイ・ソプラノの魅力を満喫できました。
 日本の歌では、合唱曲にアレンジされた「さくらさくら」や「荒城の月」のような古典的な曲から「昴」や「怪獣のバラード」のような現代的な曲が選ばれていますが、実際の演奏では演出を伴って、日本のいろいろな姿を紹介していますが、むしろ音声だけに絞って聴くと、明るい声質がそこでは生きています。混声合唱であることを活かしたアレンジがしてあることを感じました。
 さて、標題の「チャイルドフッド・ドリーム」は、夢見るような曲の流れの中に、力強さを感じる佳曲。今後、広島少年合唱隊によって歌い広められることが期待されます。「シング」は、舞台の上と客席が一体になって大きな盛り上がりを作れる曲で、この日も、そのような一体感を感じました。最後は、「アメ―ジンググレイス」で、しっとりと締めくくるというプログラム構築でした。部分的にはやや単調になるところもありましたが、このまっすぐな歌づくりもまた広島少年合唱隊のよい特徴と言えましょう。少年たちの叫びと祈りが世界に広まることを信じつつ。


広島少年合唱隊第43回定期演奏会


   新指導体制のもとで
  今年度は、広島少年合唱隊にとっては激変の年となりました。それは、これまで指導の中心として活躍されていた登副隊長先生が広島市教育委員会指導主事にご栄転され、副隊長として隊に残られたものの、教育委員会の仕事が激務のため、新指導体制を組む必要があったからです。それは、声楽家である平田先生ご夫妻をメインに据えた指導体制という形で実現しました。今回の定期演奏会では、平田昌久先生の指揮、ヴォイストレーナーの平田玉代先生という布陣により、これまでの特色に加えしなやかな表現とまろやかな発声という成果として現れました。
  また、隊員の構成を見ると、小学生30人に対して、中学生・高校生で構成されている研究科が20人(変声前4名)と男声部の比重がかなり高くなったことも大きな変化です。そうなると、必然的に厚みのある演奏になります。少年合唱団である以上はボーイ・ソプラノの比率がもっと高い方が望ましいのでしょうが、その分を今年度はプログラムの多様性ということで積極的に活かしていたのも心に残りました。
  さて、広島少年合唱隊の選曲の特色は、メッセージ性の高い歌をよく採り上げることです。それが清純な声や真摯で裏表のない隊員の態度と結びついて独特の美しい世界を創り上げていくのです。だから、広島少年合唱隊のコンサートの楽しみ方の一つは、歌に込められたメッセージを聴きとって自分の心に響かせることと言えましょう。

      「マイバラード」が底流になって
 第1ステージの「ぼくたちのレパートリー」は、日中国交回復30周年記念大連演奏旅行からという副題が付けられていましたが、心ときめく「マイバラード」に始まり壮大なスケールの「昴」で結ぶ歌の数々には、広島少年合唱隊の特色がよく現れていました。それぞれの歌に込められたメッセージは確実に心に伝わってきました。また、第1曲目の「マイバラード」の歌の心は、このコンサート全体の底流として流れていました。それにしても、「花を贈ろう」における平田先生のやさしさに満ちた指揮はどうでしょう。心和む指揮とはこういうことなのかと思いました。広島少年合唱隊の平和の歌は人を責めるのではなく、人が本来もっているやさしさに直接訴えかけます。また、海外公演となると歌詞の理解という壁があるでしょうが、それを補って余りある「斉太郎節」や「怪獣のバラード」の舞台演出は、観客を楽しませるという要素も満たしていました。これは、日本の少年合唱に欠けている要素かもしれません。
 
   「遊び歌」は、楽しくなくっちゃ
 第2ステージは小学生隊員による英語の遊び歌。ここでの主役は3年生以下の予科生たちで、それを本科生が支えるという構図で創られていました。現在井口明神小学校の「総合的な学習の時間」で英語活動を指導されている林隊長先生の指揮は、昨年度の定期演奏会の遊び歌の指揮でも「よき羊飼い」という雰囲気でしたが、今年度はさらに一層見守っているという感じが強くなってきました。それだけで少年たちが闊達に動くようになっていることの裏には、よほどの信頼があるものと推察されます。歌はどれも動作を伴う楽しいもので、英語へのアプローチだけでなく小学校低学年の音楽は、もっと「遊び歌」を採り入れてもよいのではないかと思いました。ここでは、明るい声質と楽しそうに歌う隊員の創り出す雰囲気があいまってほほえましいステージになっていました。

   研究科を生かしたステージ
 第3ステージは「無伴奏男声合唱の響き」と題して、変声後の研究科の隊員のステージでした。このようなステージをこれまで設けたことがあるかどうかは知りませんが、研究科が20人という現在ではむしろやってみたい試みです。小学校卒業後も残って歌いたいと思う隊員がたくさんいるということは、歌や合唱の魅力もあるでしょうが、合唱隊の生活に離れがたいよいものがあるということの証でもありましょう。昨年度まではボーイ・ソプラノの中心として活躍していた少年たちがその声を失うことには多かれ少なかれショックもあることでしょう。しかし、みんな乗り越えれば怖くない・・・特に中1の少年たちの姿からはそんな想いさえ感じ取れました。変声を終えて安定し伸びやかな声になっている隊員と、まだ変声中の隊員が混じっていますが、演奏は無伴奏だけに、声そのものに集中して聴くことができました。男声としては未完成であっても、その青竹のような若々しい魅力はまた格別でした。

   神秘的な響き
 前半の最後、第4ステージは「平和と祈りの歌」。「アオギリの歌」は、アオギリに託した平和への祈り心が爽やかで、おなじみの「Panis Angelicus(天使のパン)」は、変声前と変声後の声の絡み合いが実に美しくきれいな仕上がりになっていました。そして、この日の白眉は、ヴィクトリアの「O magnum mysterium(おお、大いなる神秘 )」。16世紀・声楽の黄金期に作曲されたこの曲の神秘的な響きとクライマックスへ向かっての高まりは、いつまでも耳の底に残っています。技術的にも高度なこういう曲がプログラムに入っていることも、広島少年合唱隊の魅力の一つです。

   
混声・同声の聴き比べ
 後半の最初、第5ステージは少年のための5つのソング「君がいるから」。この心ときめく全曲の生演奏を聴くのは3年ぶりですが、前回は混声合唱でした。初演当時のインパクトがかなり強かったのですが、今回は同声3部合唱ということで、少し違った印象を受けました。1曲目の「君がいるから」は、混声の方が力強いのですが、例えば「僕はもう違う」という一節を強めることによって、全体として引き締まった感じを出していました。この歌によって私は友情の本質を学びました。2曲目の「ことばは不思議」と3曲目の「雨の日のラブソング」は、特にボーイ・ソプラノで演奏することによって繊細でまろやかなイメージが一層強くなります。4曲目の「ぼくたちのひろしま」では懐かしさが、5曲目の「花はなぜ咲く」では、きっぱりとした心が伝わってきました。混声・同声どちらにもそれぞれのよさがあるというのが、私の印象です。

   指導者の理想的な出番
 第6ステージは指導者の先生方だけによる演奏。こういう試みは初めてということですが、声の重なりが美しい2曲をもう少し聴きたいと思うところで終わったという構成が絶妙でした。これだけでも、先生方の声やハーモニーの美しさは十分に伝わってきました。
 
   後世に伝えたい歌
 最後の第7ステージは、昨年度に引き続き「ふるさとの四季」。日本には優れた童謡・唱歌がたくさんあります。このような歌を繰り返し歌って、後世に伝えていくこともまた大切なことだと最近強く感じるようになってきました。そして、広島少年合唱隊が営々としてそのようなことをやっていることに改めて感銘を受けました。源田俊一郎の編曲は流麗にそれぞれの曲をつなぎ、それを歌う少年たちは時には力強く、時にはたおやかに、自然の変化とそこで生きる人の営みを詩情豊かに表現していました。
 ところで、10年あまり前、「とまや」ということばが難しいからといって「我は海の子」を教科書から抹消したことがありました。また、それに類する愚挙がいくつも行われてきました。ことばの意味がわからなければ、教えてやればいいじゃありませんか。それが教育です。時代に媚びた音楽産業と、日本の過去を必要以上に悪く捉える歪んだ思想は結びついて、美しい日本の歌を過去のものにしようとしましたが、よいものは残さなければなりません。これらの歌を通して自然と人間の共生があたり前だった日本のよさを見直そうではありませんか。いささか論調が激しくなりましたが、現代の日本への警鐘も含めて、この定期演奏会の最後のメッセージは訴えているように感じました。


全日本ジュニアコーラス・フェスティバル2003
 平成15年7月29日朝日新聞朝刊に、全日本ジュニアコーラス・フェスティバル2003の紹介記事が、一面のほとんどを使って発刊されました。朝日新聞社が主催しているためでもあるのですが、出場18団体のうち特色のある合唱団として、広島少年合唱隊が福島市少年少女合唱団、江戸川区少年少女合唱団、子どもコーラス・ララ(福岡)と共に紹介されました。ここでは、解説・感想を入れながら紹介します。

 平和の思い、世界発信  広島少年合唱隊

 ボーイソプラノにこだわり、男子だけの編成を44年間貰いてきた。
(これはなかなかできない価値あることですよ。男子が少なくなると、少年少女合唱団に衣替えしたところも多いんですから。)広島市内と近郊の小中高校生55人が集う。(最近では小学校低学年や幼稚園まで団員の年齢幅を広げて努力しています。)声変わりした約10人の「テナー・バス」もまじった深みとバランスには定評がある。(ボーイ・ソプラノだけが好きという人もいるでしょうが、ヨーロッパの聖歌隊ではこれが主流です。)
 市中心部の袋町小音楽室で、週1、2回の練習を積んでいる。(袋町小学校には昨年行ってみましたが、被爆の悲惨さを伝える資料館もあります。学校の敷地の地下は駐車場にもなっています。)指導の教諭が「こんな顔で歌いましよう」と黒板に笑顔の漫画を描く。緊張をほぐし、早口言葉で発声練習してから歌い始める。(楽しさと厳しさが同居する練習風景を見てきました。両方あるところがいいんですね。)
 澄み切った声の調和には、被爆地「ヒロシマ」の平和の使者としての、使命感と祈りが宿る。神をたたえ、祈りをささげる曲目が中心だ。(レパートリーは豊富ですが、平和の歌を歌い続けることがポリシーになっています。)ハワイ、マレーシア、フランスなど、海外公演も豊富だ。(海外の少年合唱ファンにも知られています。)
 「子どもの歌声ならメッセージも素直に受け止めてもらえる」と隊長の林久雄さん。毎年8月6日の広島市平和記念式典では、式典歌「ひろしま平和の歌」を披露する。(広島少年合唱隊の歌には思想の違いを超えて、人の心を動かす力があります。)
 みんな原爆を知らない。それでも海外や国内の公演で歓迎され、「ヒロシマ」の意味を知った。小学6年の斉藤航佑君は「中国での公演でたくさんの拍手を浴びたのが忘れられない」。小学6年の沖中康平君も「平和への思いを語るように歌いたい」。



広島少年合唱隊第44回定期演奏会


   広島少年合唱隊の魅力
 広島少年合唱隊の魅力って、何だろう。「歌のメッセージ性」「清純で明るい歌声」「裏表のない規律ある隊員の態度」、これらが三位一体となって独自の美しい世界を創り出していることです。今回のプログラムを見ると、昨年度のものを下敷きにしながらも、それを一層発展させていることが感じられました。また、今年度から予科を1年生から募集したため、昨年度よりボーイ・ソプラノの比率は高くなりましたが、声が幼くなったという印象はありませんでした。それは、入隊して練習する中で、比較的短期間のうちに「広島トーン」を体得していくためでしょう。さて、今回の定期演奏会のテーマ「とどけ、愛と平和のメッセージ」は、今回だけでなくこれまでもくり返し訴えかけてきたテーマかもしれませんが、このことを意識して練習し、発表することで、隊員の中に内面化していくものでしょう。練習の最後に「これまでの練習やジュニアコーラスフェスティバル参加、合宿・・・すべては、この日のためにあった。」という林隊長先生の檄が飛びましたが、隊員たちは、それをどう自分の中に取り入れたでしょうか。

   ポリシーを高く掲げて
 第1ステージは、宗教曲と平和の歌。いわば、広島少年合唱隊のポリシーというべきものを冒頭に掲げました。「Laudate Dominum」は、合唱の中でハイ・ソプラノのパートを際立たせることで、聖なる世界にいざない、「Ave Verum Corpus」では、聴く者の魂をさらに浄化していきます。その後に歌われる「青い空は」と「折り鶴が飛ぶ日」は、共に原爆投下によって起こった悲劇を歌った名曲。プログラムには、「折り鶴が飛ぶ日」が誕生してから、広島少年合唱隊の持ち歌として歌い広められているまでの経緯が記されていました。これを知ってから聴くことで、また、新たな感動が生まれました。平田昌久先生の指揮は、少年たちから美しい響きを引き出していました。
   
      「英語の遊び歌」を自然体で
 第2ステージは小学校1〜3年生の予科隊員をメインにした英語の遊び歌。ついつい楽しい動きの方に目が奪われがちですが、英語が自然な形で少年たちの身に付いていることにも感心しました。その裏側には、レッスンの中の挨拶や指示を英語で呼びかけたりすることもあるようです。また、舞台の広さを計算した動きが見られました。林先生の「よき羊飼い」ぶりは、いつものことながら、表に見えない指導力の素晴らしさを感じさせます。

   チルコットの歌の多様性を
 今年の夏、東京で行われたジュニアコーラスフェスティバルに参加参加した広島少年合唱隊は、そこで、イギリスの作曲家 ボブ・チルコット先生の指導を受けたそうですが、その成果の発表の場として、第3ステージは設けられました。4曲の歌はおそらく単独の曲でしょうが、この作曲家の多様な側面を見せてくれます。英語の歌詞なので意味はわかりませんでしたが、林先生の指揮は第2ステージと違って雄弁に語りかけてくれました。 

   いい青年が育っているな
 第4ステージは今年も、主として変声後の研究科隊員のステージでした。最近の小学生にとって中学校は「こわいところ」というイメージがあるそうです。荒れている柄の悪いの生徒を見ていたらそういう不安も起きて当然かもしれません。しかし、広島少年合唱隊の卒団生は、研究科として残っても、受付や会場整理役になっても、紳士的です。いい青年が育っているなという気持ちにさせてくれます。4年前の秋、初めて岡山で出会った隊員たちも、みんな中高生になったのかと思うと、感慨深いものがあります。
 この日の選曲は「上を向いて歩こう」「さとうきび畑」「夜空の向こう」「世界に一つだけの花」と40年前から最新の曲までありましたが、どの曲もそのメッセージが浮き彫りにされていました。とりわけ、「さとうきび畑」は、平和を歌う広島少年合唱隊ならではの祈り心が伝わってきました。隊員全員で歌う「世界に一つだけの花」は、会場の手拍子が歌詞を消してしまうのが残念でした。

   振り付けが生きるとき
 ボーイ・ソプラノによる少年合唱を楽しむ第5ステージは、同声合唱組曲「ぼくだけの歌」でした。この曲はTOKYO FM少年合唱団によって創唱され、今でも歌い継がれています。特に「一千億の夢」は、TOKYO FM少年合唱団と聴き比べてみようと思いながら聴いていました。
 全体としては、手拍子交じりのやんちゃな歌い方が、意外性もあって楽しめました。しかし、「ヘイ!」という掛け声は、下手をすると下品になるのに、そうならず品位を保っていました。やんちゃさの中にときどき見せるやさしい表情との対比も生きていました。
 このステージの衣装は、ベレー帽を取って赤・黄・緑・青・紫のバンダナを首に巻くというだけのものでしたが、これが、簡素な衣装でありながら、個性と統一性の両方を満たしていました。振り付けでは、ボックスステップがうまく生かされていました。特に「なにかいいことありそうな」の手を回す動作が、一つからだんだん増えて行くところが美しく、歌と合致していました。ただ、「一千億の夢」は、歌そのものに大きな力があるので、「青い大空飛んでいきたいな」以後の横へのステップは、歌への集中度が減少してしまいます。また、力強くステップすると足音になってしまいます。その部分は足を大地に着けて歌だけにして最後手をつないで上に挙げるようにしたらどうだろうかなどと思いながら見ていました。

   特色あるステージ
 「古き良き日本の歌」と題された第6ステージは、平田玉代先生指揮による独唱、三重唱、混声合唱など多様な表現による日本の童謡・唱歌でした。最初は、宮崎啓輔君のボーイ・ソプラノ独唱による「雨の遊園地」。今年の「童謡歌唱コンクール」本選に出場予定の宮崎君の歌は、どこまでも清純で、憂いのある部分は特に美しく感じました。聴きながら、この声が失われないでほしいと願ったものです。「からたちの花」は、三重唱。伸びやかで表情豊かに歌われました。「里の秋」は、変声前6人、変声後4人の4部合唱。声のバランスがすばらしく、調和的でした。このステージの最後は、昨年も好評だった指導の先生方によるア・カペラの「みかんの花咲く丘」「浜辺の歌」。声そのもの、歌そのものに集中できるすばらしい歌唱でした。このような演奏形態のステージは他の日本の少年合唱団のコンサートにはないものなので、特色のあるものとしてぜひ続けてほしいと思います。

   「ぼくたちのレパートリー」は、メッセージの宝庫
 第7ステージは、愛唱歌のステージでしたが、メッセージの宝庫と言いかえることもできます。それぞれの歌が伝えるメッセージは、確実に聴く者の胸に迫ってきました。とりわけ最後を飾る「歌はともだち」は、歌にはどのような力があるのかということを歌ったもので同名の番組の主題歌。20年ぶりぐらいに聴きましたが、こんなによい歌だとはその当時は感じませんでした。きっとその頃は、あまり悪いものを知らずに生きることができたのですね。人生経験によって、同じ歌でも違って聞こえるということを痛感しました。広島少年合唱隊の隊員の皆さんが、これらの歌のメッセージを心の糧として成長されることを願っています。



広島少年合唱隊創立45周年定期演奏会
                                                            (平成16年10月30日)


   舞台を活かして
 これで、4年連続広島少年合唱隊の定期演奏会に行ってきました。会場のアステールプラザ大ホールの舞台は、横幅が広く幕がないところに特徴があります。この日のステージは、この舞台をよく活かしていました。第1曲目、舞台裏の両袖から「SIYAHAMBA」という声が響き、声が近づきながら隊員が所定の位置に並ぶという演出など、その最たるものでしょう。南アフリカの民謡ということで意味は不明ですが、大地の響きが伝わってくる力強いこの歌は、これから始まるコンサートへの期待を高めてくれます。舞台に全員が並んだ時に気付いたことは、小学生の隊員が例年より小柄に見えたことです。それもそのはず、今年度は6年生が1名のためということがわかりました。「世界に届け!」と題する4曲からなる第1ステージは、「世界に一つだけの花」を除いて初めて聞く曲ばかりでしたが、明るい張りのある「広島トーン」と呼べる声の特色を活かした選曲で、その歌の世界に引き込んでくれました。「世界に一つだけの花」も、今年は拍手によって消されることなく聴くことができました。

   繊細さとユーモアと
 ここ3年ばかり、広島少年合唱隊は、隊員を変声前と変声後に分けてそれぞれ1ステージもたせています。この企画は少年合唱を楽しみたい人、混声合唱を楽しみたい人、男声合唱を楽しみたい人のそれぞれの想いを叶えてくれます。 
 さて、第2ステージの少年合唱による「しずかにしてね」は、こわせたまみの詩による合唱組曲。言葉のもつ繊細なきらめきを高嶋みどりが、色彩感のある曲に仕上げています。いわゆる壮大な曲はないのですが、第1曲の「なみは てかな」のさざなみを想像させるオブリガードの美しさは格別です。「かたつむり」って、こんな動的な生き物だったかなと意外性のある第2曲、ユーモラスな第3曲「おんなじ くまでも」が、特に心に残りました。繊細さとユーモアとが混じりあったこの歌の生命を平田先生の指揮は紡ぎ上げていました。

   毎年聴いても
 変声を終えた研究科の中学生・高校生以上の男声合唱も毎年メンバーが替わり、同じ歌を歌っても少しずつ味わいがちがいます。岡山ではじめて見た隊員がいると、「今年も残っていてくれたんだね。」と、思わず声をかけたくなってきます。「縁の下の力持ち」と題されたこのステージで「見上げてごらん夜の星を」と「夜空の向こう」は2年連続採り上げられましたが、何度聴いてもよいものです。また、「荒城の月」のような後世に残したい名曲をさりげなくプログラムに入れているところも好ましいです。人数的に10人ばかりなので、声部の絡み合いがよくわかるところも聴きどころですし、何よりまだ男声としては成長過程にあるだけに深みは乏しくても、新鮮な感じがしました。


   とどけ、愛と平和のメッセージ
 副題になっているこの言葉こそは、広島少年合唱隊存立の基盤とも言えましょう。宗教曲と平和の歌は必ず定期演奏会に採り上げられています。この日も平和への祈りは、戦後10年もたってから白血病を発病して帰らぬ人となったサダコを悼んで作られた「折り鶴が飛ぶ日」へと止揚されていきました。この歌を聴きたいために会場に来る人もいるのではないでしょうか。「平和」の美名のもとに戦争やテロが繰り返される今こそ、広島少年合唱隊は、平和を築く上で歌が果たす役割について問いつづけてくれることでしょう。

   名演のかげに
 広島少年合唱隊は、ふだんの舞台演出でも「見せる」要素を大切にしてきました。今回久しぶりに取り組んだオペレッタ モノドラマ合唱「ごんぎつね」は、総合芸術として見応えのあるものでした。アリアはないのですが5つの合唱曲と朗読を背景にドラマは進められました。この物語は、善意を理解されないごんの悲劇であると共に、自分のことを思ってくれたごんを殺してしまう兵十の悲劇でもあります。
 着ぐるみをまとった森内君のごんは、敏捷な動きで舞台狭しと駆け回ります。狂言においては「猿に始まり狐に終わる」という言葉があります。猿の動きが一番演じやすく(まねやすく)、狐の動きが一番難しいということです。森内君の動きは、姿勢を低くしてちょこまかと走る「動」の部分と、穴の中で考えたり、兵十や加助の後を追いながら自分のことを気付いてほしいと願う「静」の部分の対比がとてもよくできていました。はまり役と言ったら石田君の兵十でしょう。小学生の頃からひたむきな歌いっぷりを注目してきましたが、何をやるにも一生懸命という姿が、存在感のある大きな体格とあいまってときにはユーモラスにも感じられることもあり、それだけにごんを撃ち殺してしまった後の悲しみを大きくしてくれました。幕間のインタビューでは、前日眠れなかったとか。名演でしたよ。加助役の浜田君も、役に共感して演じており、脇から舞台を引き締めていました。
 さて、このオペレッタでは、平田先生が日曜大工で作った大道具、栗、芋、松茸、唐辛子などの小道具が色彩感もよく活かされていました。また、合唱の中に赤系の着物を着た4名の女の子役を入れたりするなど、妖しい魅力を採り入れたりしていました。これがまたよく似合っているんですね。ただ、微細なことですが、主演級は素足で演じたのに、村の子どもたち(合唱)の衣装が和服なのに、白いハイソックスとローファというのがミスマッチでした。しかし、全体としてはたいへん楽しめる舞台で再演されることが期待されます。
 
   大人の声は深い
 3年目になる指導の先生方によるステージは「すべての人に花を」と「ふるさと」の2曲。ここでは大人の声の深さを味わうことができました。「すべての人に花を」の中国語は、興味深く聴くことができました。しかも、いつももう少し聴きたいなあというところでやめるところがステージ全体からしていいです。 
   
   盛り上がった「ぼくたちのレパートリー」
 第7ステージは、昨年同様愛唱歌のステージでしたが、「若い翼」「白い船のように」「Hymn to Freedom」と最後の3曲は、隊員が歌詞に共感して歌っていることが伝わってきて特に聴き応えがありました。力強い「若い翼」、うねるような旋律美と絶妙なハーモニーの「白い船のように」もよかったのですが、この日の圧巻はオスカー・ピーターソンの「Hymn to Freedom」。静かで敬虔な祈りから始まり、次第に壮大なドラマへと発展します。この曲では合唱による表現がどのような可能性をもつかということを味わうことができました。林先生の雄渾な指揮は、大きなドラマを創り上げていました。
 また、新しい広島少年合唱隊の魅力を発見した今回の定期演奏会でした。


多様な合唱音楽で魅せるステージ
 広島少年合唱隊 第46回定期演奏会平成17年10月22日 アステールプラザホール


 これまで、広島少年合唱隊のコンサート評は、ステージごとにコメントを書いてきましたが、今回はむしろ新たな取り組みを中心に書いてみました。

 まず、少年合唱としてのメインは「チコタン」。昭和44年にこの合唱組曲が芸術祭優秀賞を獲得したとき、大阪弁丸出しの庶民性と素朴な恋心がマッチした歌と、「あほ!」で終わるドラマの衝撃が、大きなセンセーションを呼びました。初演は大阪の合唱団ではなく、東京の西六郷少年少女合唱団。東京の子どもにできることですから、距離的により近い広島の子どもに大阪弁の歌がどこまで歌いこなせるかなどという心配は全くありませんでした。むしろ、広島少年合唱隊の元気よさが、この合唱組曲の生命をよくつかんで表現していました。冒頭の「なんでかな」と終曲の「だれや」は、対比的に歌われ、「プロポーズ」「ほっといてんか」「こんやく」が、有機的なつながりをもっていました。広島少年合唱隊は、毎回合唱組曲を採り上げていますが、今回は、歌の有機的なつながりという点で最もよい仕上がりになっていました。

  合唱とミュージカルは両立するのか。この課題は、今年の夏 京都市少年合唱団の「サウンド・オブ・ミュージック」を鑑賞したときから私の頭を悩ませてきました。清澄な響きの修道女の合唱を聴かせてくれた京都市少年合唱団が、代表的ナンバーの「ドレミの歌」や「さようなら ごきげんよう」になると、ソリストの声が非力のために盛り上がらなかった舞台を見たからです。
 広島少年合唱隊は、昨年の定期演奏会でオペレッタ「ごんぎつね」を上演しましたが、これは、演劇と合唱の組み合わせといったもので、ミュージカルにまではなっていませんでした。今回はさらに新たな挑戦としてミュージカル「獅子の笛」に挑みました。結果はまず成功と言えましょう。ストーリーは、日照り続きで雨乞いをして神に祈る動物たちに、神より「彼方の国にある黄金の稲穂」を持ち帰るようお告げがあり、3匹のキツネが申し出、困難を乗り切って持ち帰るというものです。ストーリー的には単純でありながら、キツネをはじめとする動物たちを「善」、黄金の稲穂を守る獅子夫妻を「悪」とするのではなく、それぞれが自分の使命に忠実であったとする「人間観」が、この物語を奥行きのあるものにしています。ここでも指導者(林先生の神、平田先生の雄獅子、昆野先生の雌獅子)が内面的な歌声の演技で劇の骨格をつくり、そこを隊員たちが歌い踊って肉付けをしていくという舞台づくりでした。とりわけ、平田先生の内省的な歌は心に残りました。藤本君たち3匹のキツネのソロも周囲から浮かび上がる歌声で、盛り上げてくれました。しかし何と言っても、色とりどりの衣装を身につけた隊員たちの踊りや動きが、舞台上で統一性をもっていたことが、ミュージカルとしての成功要因であったように思います。
 
 OBステージは、今回の新しい試みです。運営委員で指導者でもある袋町小学校教頭の宮下先生の指揮でOB(男声)と保護者(女声)の混声合唱で、代表的な平和の歌(「ひろしま平和の歌」「平和を我らに」「青い空は」)が歌われました。20人ほどのOBは親子ほど年齢幅が広かったのですが、平和への想いという共通のものをもっていることがすぐに伝わってきました。さらに、この合唱が加わることで、広島少年合唱隊 第46回定期演奏会は、あらゆる形態の合唱音楽を聴くことができました。

 フィナーレは、来年のアメリカ公演を想定した日本古謡やわらべ唄、民謡でした。アメリカ人に日本の文化をわかりやすく伝えるという点で見せる要素を多く採り入れた楽しいステージで、大漁旗を振った行進や船漕ぎの動作、またいろいろな遊び歌にも工夫の跡が感じられました。また、和太鼓との共演では、歌と太鼓を同時に演奏することで、ボーイ・ソプラノを消さずに両方を活かすことができていました。これは、昨年度のフレーベル少年合唱団の定期演奏会で課題になったことです。広島少年合唱隊は、この課題も見事にクリアーしていました。ただ、昨年の「ごんぎつね」でもそうでしたが、浴衣の下に白いハイソックスと黒いローファは不自然です。日本の衣文化が間違って伝わる可能性もあります。足袋か素足に草履か下駄を履くべきだと思います。それでは、まりつきが難しいでしょうか。白いハイソックスと黒いローファは、上がベスト制服と半ズボンだからこそ美しく映えるのです。


広島少年合唱隊 第47回定期演奏会
             平成18年10月28日 アステールプラザ大ホール


   「出会い」と「再会」

 5時半頃並んでいると、OBの西川君と前後になりました。覚えているかなあ、5年前の広島で行われた第3回全国少年合唱祭の終了後の交歓パーティで名刺交換したのは、まだ6年生の時だったのにと思いながら声をかけてみました。そのとき、私はまだこのホームページを立ち上げていませんでした。
「もし、間違っていたら失礼ですが、OBの西川君ですか?」
「はい。」
「5年前の広島で行われた全国少年合唱祭で名刺交換しました。」
もう、そうなったら、覚えている限りのことを思い出して話しました。研究科にいたときの舞台のこと。年賀状だけは細々と続けていること。・・・少しずつ過去と現在がつながってきました。
「研究科の時の男声合唱で一人だけ、楽譜なしの暗譜で歌ってたでしょう。」
「実は、あの日楽譜を忘れたんです。」
「これは、裏話になってしまったね。一人だけ暗譜ですごいなあと思っていたよ。」
やっぱり、広島少年合唱隊はいい少年を育てている。そう感じさせる再会でした。

   エンターテインメント本場の国で

 広島少年合唱隊は、今年の春休みに9日間のアメリカ演奏旅行を行いました。その成果の発表は、ミニコンサートのような形で4月29日に行われましたが、これは、関係者中心のもので、今回の定期演奏会の第1ステージと第2ステージでは、より多くの人にその姿を公開することになりました。
 一言で言えば、エンターテインメント本場アメリカの国民性を考えた演出であったと言えましょう。これまでも、広島少年合唱隊は視覚に訴える演出をかなり行ってきましたが、私は、ステージによってはこういう演出があってもよい、いや、むしろあるべきと考えます。宗教音楽を源流とする少年合唱は、ともすれば生真面目で退屈な音楽というイメージで見られており、それが、日本においてファンの広がりを妨げているのではないでしょうか。例えば、日本の少年合唱団が「マタイ受難曲」のすばらしい演奏しても、少年合唱ファンが大幅に増えるとは考えにくいです。
 大漁旗を振り回す「ソーラン節」、剣舞を伴った「荒城の月」、着ぐるみの怪獣の戦いと仲直りのストーリーを背景に歌われる「怪獣のバラード」このあたりは、日本人でも理屈抜きに楽しめます。ところが、背負った赤ちゃんを背景に歌われる「ゆりかごのうた」や、狸の腹鼓を背景に歌われる「証城寺の狸囃子」となると、その曲を初めて聴くアメリカ人には曲の理解を助ける演出であっても、その曲を熟知している日本人にとっては、むしろ笑いを誘う演出になっているかもしれません。特に、「ごんぎつね」の名演で注目を集めた森内君の狸は、狐と狸の動きの違いを感じさせる入神の域に達する演技でしたが、合唱そのものの印象は希薄になっていました。「わらべ歌」や「童謡」は、素朴さがその魅力の一つです。そういう意味では、アメリカ演奏旅行用の演出と日本人向きの演出は区別した方がよいのではないでしょうか。演劇出身の私は、喜劇でない限り演出におけるリアリズムは大切にしたいと考えます。また、今回、和服に合わせて白足袋を履かせるなど自然な感じが出ていた点は、よくなっていました。
 この日の白眉は、アンコールでも再演された「カンタール」。これこそ、歌唱と自然な演出が一体となって止揚された広島少年合唱隊のよさを最大に発揮した1曲ではなかったでしょうか。

   私のお墓の前で

 「知らない名曲ってまだいっぱいあるんだなあ。」
そう思わせたのが、ティーチャーズステージで歌われた「千の風になって」。

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を 吹きわたっています

愛する人を亡くした人にとっては、心にしみる名曲です。平田玉代先生のきらきらした声が天上から降り注ぎ、男声がそれを受け止めるという合唱だからこそ表現できる演奏を聴くことができました。 

   メッセージソングこそ

 広島少年合唱隊の定期演奏会では、ここ数年「とどけ、愛と平和のメッセージ」という副題が必ず添えられています。広島少年合唱隊の歌の本質は、この副題に凝縮されています。第4ステージ以降歌われた歌の多くには、かなりはっきりしたメッセージが込められていました。特に、興味深かったのは、「一本の樹」。暁星小学校聖歌隊によって初演されたステージに接していましたので、聴き比べることができました。さわやかで禁欲的な暁星小学校聖歌隊の少年合唱と、明るい声質の混声合唱の広島少年合唱隊は、違った味わいの曲になっていました。前者は、在校生が樹を頌える歌になっており、後者は卒業生も交えて学校生活を懐かしみつつ未来を見つめる歌になっていました。
 OBとお母さんの歌は、今回で2回目です。「遥かな友に」は、このように混声合唱で歌う場合と、男声合唱、少年合唱それぞれの違いを味わってみたいと思わせる演奏でした。
 さて、やはり心に残る曲と言えば、「折鶴の飛ぶ日」・・・2年おきぐらいに定期演奏会で採り上げられる名曲です。この日も私は、「原爆の子の像」の前を通って会場に来ました。折鶴が千羽になったらきっと治ることを信じて折り続けた禎子のことを想うとき、「これは、ぼくらの叫びです。これはぼくらの祈りです。世界に平和を築くための。」と繰り返される歌が心に迫ってきます。この歌は毎回聴いても決して飽きないだけでなく、聴くたびに新しい発見がある歌です。また、この日は、フォーレ作曲『レクイエム』より「ピエ イエズ」と、「インパラディズム」が歌われました。「ピエ イエズ」は、同じような繊細な声質の隊員を3人(檜垣君、福田君、山本君)集めたSoliによって歌われましたが、部分的にでもSoloがあるといいなと感じました。これだけ多様な演奏形態を見せる広島少年合唱隊なのですから、定期演奏会には必ずソロを採り入れることもあってよいのではないでしょうか。2時間近いステージの最後を飾る第8ステージでも、ボルテージは下がることなく歌われました。特に、「地球の詩」と「Let's search for tomorrow」は、最後を飾るにふさわしい大きな構想の歌で盛り上がりをつくっていました。やはり、全体として広島少年合唱隊が歌ってこそという歌を聴くことができたという感じのコンサートでした。


広島少年合唱隊 第48回定期演奏会
             平成19年10月21日 広島県民文化センター


   声と歌の関係
・・・声というものは一人ひとりに与えられた世界で唯一のすばらしい楽器です。声には持主の性格や考え方、生き方があらわれてきます。歌に込められたメッセージを表現するためには、声楽的な技術だけではなく隊員自身の精神的な成長が大切だと考えています。・・・

 広島少年合唱隊第48回定期演奏会のプログラムの冒頭を飾る平田新隊長のごあいさつの言葉に、私は目を奪われました。それは、これまで、私がおぼろげながら感じていた声と歌との関係を実に的確に現していたからです。また、広島少年合唱隊がこのような指導理念で隊員を育てて来られたということに対して、改めて感動を覚えました。そのようなことを押さえた上で、広島少年合唱隊の歌を聴くと、また新たな発見があるのではないかと思います。

   あっと驚くステージ

 客席の後ろから、キャンドルをもって現れた隊員たちが最初に歌ったのは、文字通り「キャンドルを灯そう」。登場したときはブリテンの「キャロルの祭典」の雰囲気でしたが、曲想は、もっと華やかなものでした。次は、おなじみの「カンタール」ですが、今回はどうしてこんな位置づけなんだろう。誰でも、ステージ開始直後は緊張があるので、それが解けた頃か、アンコールにふさわしい曲なのですが、プログラムを見ると、ここしか持って行きどころがない。よもや敬虔な平和の歌や祈りの歌の後には持っていけないでしょう。そんなこともあって、これまでに見たできばえと比べるとやや完成度は低く感じました。しかし、それを取り戻すかのように、「クルルインバダダー」というアフリカの曲は、躍動のリズムと、最後には、脱いだ靴を叩くというあっと驚くインパクトのある展開で、それでいて、決して下品にならない。合唱曲でも「そこまでやるか!」という思いがしました。

   合唱の醍醐味を聴かせる
 第1ステージの「広島ユネスコ活動奨励賞」が、身体全体で表す曲を集めたステージならば、それ以降のステージは合唱の醍醐味をじっくりと味わわせるようなものでした。同声合唱の「ぼくだけの歌」は、3年前に聴いた時は、振り付けの方にかなりのエネルギーが注がれて、歌の盛り上がりに課題が残りましたが、今回は振り付けは、最初の最小限にとどめ、「ぼく」の感情の起伏を歌で表現することに徹していました。全身を投げうって歌を捧げていると感じさせる隊員さえいました。そのためもあってか、最終曲「一千億の夢」の後半部分は大きな盛り上がりを見せました。
 OBとお母さんの歌のステージも、これまでと比べ、より本格的な混声合唱曲「土の歌」を選曲し、「大地讃頌」では、重厚な演奏を聴かせてくれました。
 合唱の醍醐味を聴かせようという今回の選曲のよさは、「平和の歌」や「ぼくたちのレパートリー」でも、遺憾なく発揮されていました。とりわけ、「折り鶴のとぶ日」や「With You Smile」「昴」のような曲想に大きな変化のある曲のできばえがよかったように思います。「折り鶴のとぶ日」は、何度聴いても、そのたびに新たな感動があります。それは、人間にとって根源的なものを歌っているからでしょう。冒頭にご紹介した平田隊長の言葉は、この歌に見事に体現されていました。「With You Smile」を最初に聴いたのは、今年2月の全国少年合唱大会の合同演奏でしたが、出会いの喜びをこんな大きなスケールで表現できるということに心惹かれました。「昴」は、何と言っても混声合唱だから表現できる壮麗な仕上がりになっていました。
 さて、2年後は、定期演奏会は第50回を迎えます。それを飾るのは、第40回の定期演奏会に続き、フォーレの「レクイエム」であることがはっきりしてきました。今回は、その7曲のうち3曲が広島ジュニアオーケストラとの共演で歌われました。ここでは、これまでのステージとは違って楚々とした清澄な響きを聴くことができました。

   さようなら、美しい制服よ
 この定期演奏会から、広島少年合唱隊の制服が変わりました。このことは、合唱隊のホームページで知ったのですが、実際の舞台姿を見て、感じたことを書いてみましょう。予科・本科・研究科の色調が、シックな色で統一されるというのはよいと思います。上は、水色のシャツに緑のネクタイ、下は、予科は黒の半ズボン、本科以上は黒の長ズボンです。ダボダボのハーフパンツでなくてよかったとほっとしました。ステージが終わった後、ロビーで林先生と立ち話をする機会がありました。お話によると、ベレー帽と短い半ズボンが最近の隊員に好まれないようなので、30年以上にわたって使ってきた制服を、隊長が交代したのを機に変えたということです。
 広島少年合唱隊の旧制服を初めて見たとき、気品のある美しい制服だと思いました。昭和の少年なら、きっとみんなあこがれたことでしょう。日本においてベレー帽が少年服の一部として普及したことは一度もありません。しかし、舞台衣装は日常生活から離れた夢の衣装であり、舞台の少年たちは観客にとって憧れの王子様であってよいはずです。また、短い半ズボンは、脚が長く見えるということもあって、日本が豊かになり、スタイルがよくなってきた元気な少年の象徴のように1960年〜80年代にかけて少年服の定番として全国的に普及していきました。それが、この10年あまり急速に衰退して、その代わり、キッズファッションの美名のもと、8分丈のハーフパンツや破れたジーンズといった俗悪な服装が広がってきました。私は、これらがどうしても好きになりません。子供服の劣化とさえ思っています。時代の流れでやむを得ないのでしょうが、美しいものが、またひとつなくなってしまったように感じます。さようなら、美しい制服よ。私の瞼からその美しい思い出は消えることがないでしょう。

広島少年合唱隊 第49回定期演奏会
             平成20(2008)年11月15日 広島県民文化センター


   広島少年合唱隊と桃太郎少年合唱団を聴き比べる
 私は、桃太郎少年合唱団のコンサートには、「声の響き」を、広島少年合唱隊のコンサートには「歌」を聴きに行っています。これは、岡山で最初に両合唱団(隊)の歌声を聴いたときの初発の素朴な感想ですが、10年近くたった今も全く変わっていません。桃太郎少年合唱団が、日本の少年でもウィーンやレーゲンスブルグの響きを出すことができるという目標・理念のもとで指導されてきたのに対し、広島少年合唱隊は、「とどけ、愛と平和のメッセージ」という副題のもと、歌のもつメッセージをいかに観客に伝えるかを目標・理念として指導されてきたという違いが、そこには見られます。だから、歌声をヨーロッパの聖歌隊に近づけることよりも、日本の少年が本来持っている歌声の明るさを育むことが広島少年合唱隊の歌声の理想なのではないでしょうか。
 
   祈りで始まる第1ステージ
 パニス・アンジェリクスで始まる第1ステージは、まだのどが暖まりきっていないと感じましたが、2曲目のLaudate Dominumに入ると、好調な3人のSoliにひきづられるように全体が高まってきました。3人の声質が揃っていたこともよかったのですが、将来トップソリストになる予感をさせる3年生の予科生が見事な響きを聴かせてくれました。「折り鶴のとぶ日」は、何度聴いても感動を新たにすることができます。

   歌詞をじっくり読みたい
 第2ステージの「あしたのうた」は、抒情的な佳曲が並んでいますが、少年合唱の響きともよくマッチして清楚な雰囲気を創り上げていました。ところが、4曲の中で異質な3曲目の「悩みの種」は、「清潔なゴキブリ」などの意外性のある単語だけが耳に残って、全体として何を伝えようとしているのかが最後までわからずじまいでした。プログラムに歌詞が載っていたらよかったのにと思わずにはいられませんでした。

   視聴者参加は
 第3ステージは、海外演奏で学んだ歌という曲で、観客にも参加することで楽しんでもらおうという企画でした。特にナイジェリア民謡の「エクイアオー」は、観客も3つに分かれて歌ったり、手を叩いたりというものでしたが、歌はともかく、手を叩くのは、リズムを間違ってはいけないと思って必死になっていたため、舞台に目が行きませんでした。歌っている少年たちの表情を見ることもまた少年合唱の楽しみです。歌っているときよい表情になる少年がいるんですよね。ステージの最後で「さようなら」や「世界に一つだけの花」を客席と一緒に歌うのとは違う何かがそこにあります。これまで楽しい振付けでおなじみになってきた「カンタール」は、舞台が左右に広いことが振付けを生かす上で大切かと感じました。奥行きが広くても左右に狭い広島県民文化センターのステージは、この曲のダイナミックな振付けには、不向きかなあとも感じました。

   合唱の醍醐味を聴かせる
 後半は、来年度の第50回記念演奏会を視野に入れ、合唱の醍醐味をじっくりと味わわせるような充実したものでした。フォーレの「レクイエム」や「土の歌」といったホンモノ志向の混声合唱の名曲が並びます。この二つの重厚な演奏のため、その間に入った若者らしいはつらつとした合唱曲の「新しい世界へ」や「Let's Search for Tomorrow」がかすんでしまうほどでした。プログラムの4と5を入れ替えた方が、よかったのではないかと思わせるほどでした。そして、来年フォーレの「レクイエム」のソロを歌うのは誰だろうという新たな興味も湧いてきました。帰って「土の歌」のCDを買いました。聴き込んで来年に臨みたいと思います。

広島少年合唱隊 創立50周年定期演奏会
平成21(2009)年10月17日 広島ALSOKホール


   理念重視の広島少年合唱隊
 広島少年合唱隊が創立50周年の記念定期演奏会を開きました。会場は、広島ALSOKホールという大人数を収容するホールが選ばれました。会場のロビーには、プログラムにも掲載されている写真集と年表、50年間のプログラムなどの資料、新旧の制服などが展示され、半世紀の歴史を伝えていました。50年の間には、隊員はもちろんのこと、指導者も変わり、制服のように時代とともに変わってきたものもありましょう。しかし、いつ創られた言葉かは知りませんが、「とどけ、愛と平和のメッセージ」という副題と、その理念に基づく歌は不変でした。この日の6つのステージは、広島少年合唱隊のもつ6つの側面と言ってもよいでしょう。
 
   鎮魂の祈りで始まる第1ステージ
 「この合唱団、この一曲」を挙げるとすれば、私は、広島少年合唱隊にとっては、「折り鶴のとぶ日」を第一に挙げたいと思います。原爆投下から10年以上過ぎてから原爆症を発症し、折り鶴が千羽になったらきっと治ることを信じてだんだん冷たく動かなくなる手で鶴を折り続けた禎子のことを想うとき、「これは、ぼくらの叫びです。これはぼくらの祈りです。世界に平和を築くための。」と繰り返される歌に胸が張り裂けそうになります。この歌は毎回聴いても決して飽きないだけでなく、聴くたびに新しい発見がある歌です。佐村河内守の「レクイエム・ヒロシマ」も、すべての虚飾を排した鎮魂の歌で、心にしみるものでした。

   委嘱作品の種々相
 第2ステージの広島少年合唱隊の委嘱作品では、隊歌にもなっていた組曲「ひろしま」より「平和」。第1ステージの2曲のインパクトが強くて、やや印象が希薄でしたが、卒隊生にとっては忘れられない一曲です。組曲「春の知らせ」より「おばすて山」は、印象的な曲ではあるのですが、荒涼とした精神風景を感じさせるので、選曲としてはもっと温かい曲目がほしかったと感じました。少年期の精神の美を現した「君がいるから」がこのステージの最後に登場したのは、このステージ全体を盛り上げるうえからもよかったと思います。ただ、このステージは、ボーイ・ソプラノによるステージであったために、人数的に30人を切ったことが、ボリューム感と音楽的な不安定さにつながっていたことは否めません。少子化の今、かつての200人のステージは求めるべくもないでしょうが、小学生は各学年10人以上の隊員がほしいと願ったものです。
  なお、歌そのものではないのですが、第1と第2ステージでは小学生は旧制服で歌われていました。白と灰色を基調とし、緑をアクセントにする少年の清純さを象徴したこの美しい制服をもう見ることができないとさびしく思っていたので、そういう意味では満足度の高いステージでした。これからも、ステージによってはこの制服を着てほしいと思わずにはいられませんでした。

   もう一つの持ち味
 第3ステージは、「僕たちのレパートリー」と題して、選ばれた4曲は振り付けに特色のあるものや、歌い上げる合唱曲が選ばれました。この日特にできばえがよかったのは、「With You Smire」で、起伏に満ちた曲想をダイナミックに表現して、感動的に歌い上げていました。振り付けの妙が楽しめる「カンタール」は、舞台が左右に広かったので伸び伸びと動きながら演奏していましたが、初演の頃小学生だった隊員が研究科に移ると年齢的に恥ずかしさが出てきたのか、動きが小さくなっていることに一抹の寂しさを感じたりしました。

   天国的な響きを
 後半は、フォーレの「レクイエム」でスタートしました。30周年以来、10年ごとの記念演奏会にオーケストラの伴奏で演奏されるこの曲のために、広島少年合唱隊は、数年前から取り組んできました。この日は、バリトン・ソロに今田陽次を迎えて、研究科やOBの男声に支えられながら、少年合唱の清澄な響きを味わうことができました。特に、「サンクトゥス」「イン・パラディズム」における天国的な響きは格別でした。今田陽次のバリトンは誇張のない真摯な歌声で、この曲に求められるものを過不足なく伝えていました。この企画では、ソロを歌える少年が成長して変声期を迎えると、それまでの構想を変えなければいけないことも出てくるでしょう。今回は、ソロではなく3人のSoliで行われましたが、声質がそろっていたので、異和感はありませんでした。しかし、やはりここでは、10年前の延原俊介君のようにボーイ・ソプラノのソロがほしいと思ったものです。

   理念のわかるコンサート
 最後のステージでは、「感謝と未来への希望」と題して、OB・保護者も総出演で日本の合唱曲を代表する「大地讃頌」が歌われました。7曲からなるカンタータ「土の歌」の最後を飾るこの曲には、合唱曲だからこそ表現できる壮麗さがあります。中・高校生の合唱の場合、しばしば背伸びしているとか、最後は息切れしていると感じることもあるのですが、OB・保護者も加わった広島少年合唱隊は、この曲をスケールの大きさを感じさせる演奏に止揚させていきました。最後に歌われた「広島平和の歌」は、最初に歌われた「折り鶴のとぶ日」と対になっていました。
 そのような意味で、この合唱隊が、何を追求し、どのような理念をもって半世紀を過ごしてきたのかが克明にわかる演奏会でした。

広島少年合唱隊 第51回定期演奏会
平成22(2010)年10月9日 広島県民文化センター

 広島少年合唱隊の定期演奏会に10年連続行くことができました。秋のこの時期公務や準公務と重ならずに行くことができたのはまさに奇跡としか言いようがありません。来年度はどうなるかわかりませんが、この記録は続けたいと思います。広島少年合唱隊の歌にはそれだけの魅力があります。

   持ち味を生かして

 「僕たちのレパートリー」と題したステージは、これまでにも毎年のようにありましたが、今回選ばれた4曲は広島少年合唱隊の声質の明るさを生かしたものが中心でした。「オリバーのマーチ」を定期演奏会で聞くのは初めてだと思いますが、のどが温まっていない時にこの曲でテンションを上げていく効果もあったことでしょう。将来的にミュージカル「オリバー!」からの抜粋で1ステージを構成してもよいのではないかと思いました。「ビリーブ」「千の風になって」「昴」と次第に歌い上げる要素の強い曲が並び、盛り上がってきましたが、いい気持になって聴いている「昴」の演奏中に、舞台の前の最前列を横断するマナーの悪い青年がいて、雰囲気を壊したのが残念です。
 
   成長を見る

  第2ステージは、予科・本科・研究科と各クラスのステージでした。予科の日本古謡メドレーは、放置すると失われていく歌という印象を強くもちました。「まりつき」が危うかったから言うのではありません。「まりつき」は、もともと男の子の遊びではありません。こういう遊びが子どもの世界から消えつつあるから言うのです。本科の「ほたるこい」は、合唱らしいアレンジを楽しむ曲。求められるものを過不足なく表現していました。研究科の「荒城の月」は、この10年間で何度も聴いていますが、今回は「歌」そのものに集中させるというステージでした。この少年たちのボーイ・ソプラノの時代を知っているだけに感慨深いものがありました。

   「い」が生きていた

 第3ステージは、平和の歌。佐村河内守の「レクイエム・ヒロシマ」を聴くのは2回目ですが、声の重なりがある時は悲痛に聞こえたり、安らぎに聞こえたりしました。「世界の命=広島の心」は、これまで何度か聞いたことがありますが、今回は「命」の「い」に強いアクセントをもって演奏されることで、この曲が伝えようとするものが明確になってきて、心が震えました。それがなければ、意外と平板に聞こえることもあるのです。

   合唱だからこそ表現できること

 第4ステージは、童謡のメドレーですが、特に「証城寺の狸囃子」は、木魚やお経の擬音を交えた合唱だからこそできる表現を面白く感じました。ゆっくりした歌で始まり、だんだん加速して最後にはおだやかな歌に戻っていくという曲の構成も楽しむことができました。それは、源田俊一郎の編曲の力に負うところも大きいと思います。HBCファミリーの演奏でも源田俊一郎が編曲した「ふるさとの四季」が歌われていましたが、これは、流麗な編曲で4つの季節をつなぐところによさがあります。卒業生やその保護者が、いつまでもつながりを大切にしていることは素晴らしいことです。

   「37匹のネコ」

 後半は、ミュージカル「11匹のネコ」でした。私はこの曲をTOKYO FM 少年合唱団の演奏で2回視聴しています。原曲は同じでも、演出によってずいぶん違うものになるということを実感しました。結論的に言えば、広島少年合唱隊の舞台は合唱曲としてとても楽しめるステージでしたし、いろいろなところに魅力的な声のソリストを配置していたこともよかったと思います。また、異年齢の隊員が一つになって肩を組み身体を寄せ合い揺さぶって歌う姿に心を動かされましたし、腹ペコのネコたちが「ベートーベン=弁当」「シューマン=焼売」「ショパン=食パン」などと食べ物とを連想するところなどは脚色の面白さを感じました。
 さて、このミュージカルは11人以上の人数がいれば上演可能です。私には、TOKYO FM 少年合唱団の演奏は、「ニャン太郎と10匹とその他大勢のネコ」、広島少年合唱隊の演奏は、「37匹のネコ」という違いを感じました。このお芝居の台本では、「ニャン太郎」という傑出したネコが全体をリードするのですが、広島少年合唱隊のステージでは最後まで「ニャン太郎」は誰だったのかわからずに終わりました。あえて、「ニャン太郎」を決めないという演出だったのかもしれませんが、ここだけははっきりさせておいたほうがよかったのではないでしょうか。

広島少年合唱隊 第52回定期演奏会
平成23(2011)年11月19日(土) 広島県民文化センター


 第1ステージが始まった時、広島少年合唱隊の歌声が変わったと感じました。ドイツ演奏旅行に行ったためか、指導者に今田先生が加わったためか、清澄なヨーロッパの響きに近くなっているのです。「野ばら」を聴いたときには、一瞬歌声が桃太郎少年合唱団に近づいてきたと感じることもありました。「野ばら」「ローレライ」「別れ」と続くドイツ歌曲というよりもドイツ民謡の系列にある3曲を聴いてそう感じました。これまで、「君がいるから」に代表されるような明るい元気な歌声が広島少年合唱隊の歌声と感じていたこともありましたが、今年は何か違う。そういう期待感をもたせるスタートでした。「ソーラン節」は、林先生の三味線伴奏も入り、ドイツの観客に合唱曲化した日本民謡を聴かせるという意図で編曲されたものでした。歌声の重心がやや高い感じもしましたが、大漁旗を振るなどの視覚に頼らずじっくり聴かせる1曲でした。

 第2ステージは、童声合唱とピアノのための「リフレイン」。歌詞がどちらかというと中学生ぐらいの年齢の少年の心を歌っているだけに、小学生中学年ぐらいまでの隊員にとっては背伸びしなければいけないところもあったでしょうが、今年の広島少年合唱隊の歌声はこの歌にぴったり合っているのです。「20年後」とか「遠くへ行ってみたいんだ」といった繰り返される言葉を大切にして歌われていました。また、「リフレイン」は、「繰り返し」という言葉が繰り返されますが、曲想の変わるときに突き抜けるような美しい響きが聞こえるときが魅力的です。第1ステージで感じた歌声の変化はさらに確実になってきました。

第3ステージは、変声後の隊員と指導者の先生方による「夜空ノムコウ」。SMAPの歌とはまた違う雰囲気を創り出していました。一言で言えば、遥かな夜空に向かって憧れを歌っていました。

第4ステージは、平和の祈りとしての「レクイエム・ヒロシマ」「明日という日が」「永遠のゼロ」の3曲が歌われました。「レクイエムヒロシマ」は、すべての虚飾を排した鎮魂の曲。「あ」という音だけがいろいろと変容しながら続いていきます。何度聴いても心の底に響く何かがあります。「明日という日が」は、東日本大震災からの復興を願った歌。被爆と被災は違っても、復興を願う気持ちは共通しています。合唱曲だからこそ表現できる言葉の重なりを通した心の高まりを感じました。「永遠のゼロ」は、初めて聞く歌ですが、これから広島少年合唱隊の持ち歌になるのではないかと感じさせる1曲。特攻隊という昭和の白虎隊を現代の目からだけ見てはその実像を掴むことはできなきでしょうが、この歌には、人の心を動かす何かがあります。ほの暗い歌い始めから、曲想が変わるたびに大きな盛り上がりを見せる曲です。

第5ステージはモノドラマ「ごんぎつね」。これは6年ぶりの上演になります。ただし、舞台がアステールプラザから広島県民文化センター変わると、舞台をちょこまかと動くごんの行動半径が少し狭くなります。ごんは、主役であっても美しいソロがあるというわけではないので、むしろ、セリフや動きに注目していました。語り手と合唱がストーリーを進めていきます。坂倉君のごんは、動と静をうまく組み合わせていました。兵十には、むしろ性格俳優の要素が求められます。10年選手の林君は、加助との会話の時は、手を動かしすぎるかなと思いましたが、ごんを撃ち殺した時の失意の表情はなかなかよくできていました。

 第6ステージはHBCふぁみりーで、「夢の世界を」「広い世界に」「歌よ、ありがとう」と、橋本祥路作曲の作品3曲でまとめました。少年合唱とは違う重厚さのある合唱でした。

 第7ステージはぼくたちのレパートリーと題して「ほたる」「ぼくたちの広島」「花はなぜ咲く」「宇宙に愛を」の4曲。特に、「ほたる」は合唱ならではの幻想的で、蛍の発する光が見え隠れするような合唱でした。「ぼくたちの広島」「花はなぜ咲く」は、単独で歌われても存在感のある歌です。これらの歌に求められるものを過不足なく表現していました。「宇宙に愛を」は、広島から世界を超えて宇宙に発信するという感じの流麗な曲で、歌が進むにつれて大きな山場を作っていました。

 満足度の高い今回の定期演奏会でしたが、「ごんぎつね」以外のステージでは、定期演奏会の看板が前に置かれているために、隊員の歌う表情がよく見える前席は身体が切れたように見えてしまいます。看板は舞台の後ろに吊り下げる方がよいのではないでしょうか。

広島少年合唱隊第53回定期演奏会
平成24(2012)年 10月21日 広島県民文化センター


 広島少年合唱隊の定期演奏会には、偶然か必然かわかりませんが、12年連続行くことができました。広島少年合唱隊の歌の最大の特質は、その歌に込められたメッセージ性の表現にあります。「平和を歌い続けて」というステージが、定期演奏会のどこかにあるのですが、今回は冒頭にありました。ところが、「折り鶴の飛ぶ日」は、いつものたたみ掛けるような高揚感がないのは、どうしたことだろう。この曲は、歌い手も聴き手もある程度精神が高まっていることで、この歌が内面に入っていくのではないか。そんなことを思いながら聴いていましたが、「花を贈ろう」になると、柔らかでたおやかな曲想が浮かび上がってきました。そのような意味で、プログラムの順番は大切です。「花を贈ろう」「折り鶴の飛ぶ日」「永遠のゼロ」と続けば・・・と考えてしまいました。

 第2ステージの合唱組曲「チコタン」、これは、広島少年合唱隊の歌としては、7年ぶりに聴きますが、大阪弁特有のアクセントをこなして、1曲だけ、あるいはある特徴的な言葉だけが突出することなく、全体が一つのドラマになっていました。また、この歌は、混声合唱ではなく変声期前の隊員で歌われてこそ、活かされる曲でしょう。第3ステージでは、変声後の研究科生によるEXILEの「道」でしたが、1曲だけということもあってやや印象が希薄に感じました。その代わり、第4ステージの「僕らのレパートリー」になると、広島少年合唱隊のもう一つの特質、「見せる=魅せるステージ」が活かされていました。このころになると、声もよく響き、日頃からヴォイストレーニングをよくしていることが伺えました。

 第5ステージのHBCふぁみりぃステージは、歌が家庭やOBにまで広がることを期してつくられていますが、これは、フレーベル少年合唱団と同じ理念であり、合唱が各世代の文化として広がる上で大事なことです。「花は咲く」と「fight」の2曲という選曲も、「今年」を反映していました。

 ミュージカル「獅子の笛」がこれまた7年ぶりに再登場しました。7年前の記憶を遡ると、平田先生の雄獅子が大活躍したなあという印象が一番残っている劇でしたが、今回は、同じ音楽でありながら全く違う劇のように感じました。さて、ミュージカルは、よき指導者の指導を受けなければ、ドタバタ劇になったり、生硬なセリフだけが浮かび上がってしまいます。そのような意味で、今回は振り付けが優れており、見て楽しく、聴いてぞくぞくする舞台でした。聴いてぞくぞくした最大の理由は保本祐希君の雌獅子の歌声です。少しかすれるところはありましたが、一旦響きだすと色気のある声で、この声はいつまで保てるのかなあと思いながら聴いていました。3匹の清純なキツネの声とは対照的で、ボーイ・ソプラノにもいろいろな声質があり、それぞれに魅力を感じます。もちろん、芯となる今田先生の雄獅子の歌声が、この劇の骨格を作っていたことは間違いありません。満たされた気持ちで、帰途につきました。

広島少年合唱隊第54回定期演奏会
平成25(2013)年11月4日
(月・祝) 広島県民文化センターホール

   合唱・・・群唱

 会場に入って、「今年もやっぱり!」と思ったことがありました。それは、「広島少年合唱隊第54回定期演奏会」の看板が、舞台前の正面に置かれていたことです。これで、前の6列は脚が切れて見えるなと思いながらも、少年たちの歌う表情も重要な鑑賞のポイントと考えて、前から4列目に座りました。この看板の位置は、ここ数年来、広島少年合唱隊の定期演奏会の課題と考えております。舞台の奥に吊るすとか、もしも重ければ、材質を紙の「拡大くん」にすることで、観客にとってもっと鑑賞しやすいステージが創れるのではないでしょうか。
 そのような中、今回の第1部は、上手側出入り口から「Dona Nobis Pacem」を歌いながら客席横を通って舞台に並ぶという演出をしました。これは、ブリテンの「キャロルの祭典」等にもみられるものですが、この日は、第2部の最後に退場する時と対応させて工夫が感じられました。さて、「平和を願って」と題された第1ステージは、「Dona Nobis Pacem」「折り鶴の飛ぶ日」「Ave Verum Corpus」とこの合唱団によって歌い継がれてきた歌が続きます。このステージでは、「折り鶴の飛ぶ日」のセリフは心に迫るものがありましたが、全体的に合唱そのものは、よく声は前に出ているものの、やや群唱的に感じられました。「群唱」という用語は、演劇で使われます。大勢で同じセリフを同時に喋ることなのですが、そこからは大きなエネルギーを感じます。メッセージソングにおいては、このような歌唱が生きてくると感じました。もとより隊員一人ひとりの声質や歌唱力、あるいは、曲の中で感動するところはみんな違って当然なのですが、指導によってここはこういう声でこのように表現しようと意志を一つにして全体の音色をもっと揃えることが必要ではないかとも思います。それは、特に「Ave Verum Corpus」のような透明度の求められる古典的な曲において言えます。そのような想いは、研究科の「ふるさと」においても感じました。一人ひとりの声は魅力的で歌のもつメッセージ性はよく伝わるのですが、系統の違う音色が同じパートにいることが気になりました。また、予科によって歌われた「にじ」は、まだかわいい歌声で振り付けも幼いところがありますが、一生懸命さが伝わってきました。これは、将来に期待したいです。また、本科も加わった「七色のアーチ」は、なかなか抒情的な作品できれいに仕上がっていました。

   感動が伝わるステージ

 この日一番よい合唱を聴かせてくれたのは第4ステージの「僕らのレパートリー」です。平田昌久隊長作詞・作曲の「大空に」は、初めて聴きましたが、声部の絡み合いが美しいさわやかな曲です。続く「永遠の0」は3年連続聴くことができました。さすがによく歌い込まれていて、この詩が訴えようとするものを表現し、大きな盛り上がりを創っていました。1年ごとに成長を感じることができる1曲でした。(なお、「永遠の0」は、LEGENDのオペラティックな歌唱力を活かすために作られたというところがあります。私は、この夏「永遠の0」の原作を夢中になってぶっ通しで9時間かけて読破しましたが、「永遠の0」の歌詞は、この作品のある部分しか描いていないことにも気付きました。原作を読めば、主人公 宮部久蔵がもっと大きな愛に生きたことに感動します。ちなみに、サザンオールスターズによって歌われる映画「永遠の0」の主題歌「蛍」の方が、この作品の全体像をよく表していると思います。)「花は咲く」は、色彩的なドラマを感じることのできる歌で、前半と後半を歌い分けているところがよかったと感じます。さて、久しぶりに聴く「カンタール」は、舞台が横に狭いために、両手を広げたとき隣どうしがぶつかり合うことが惜しまれますが、みんな楽しげに歌い、動いていました。初めてこの曲の演奏を鑑賞した時の驚きがよみがえってきました。合唱にはここまでの可能性があるのかということを。このような歌では、演劇性が求められます。広島少年合唱隊の持ち味が生かされた第1部のフィナーレとして最高の1曲です。

   OBの想い

 このところ、毎年歌声を聞かせてくれるHBCふぁみりぃステージは、「遠い日の歌」「心の中にきらめいて」と橋本祥路の抒情的な作品でまとめました。男女比は1:3ぐらいでしたが、その人数比がよく活かされた柔らかい歌声の歌唱でした。最初にあいさつに立たれた40年前隊員だったOBの方の「卒隊してからしばらく歌から離れていても、また、歌いたくなる時が来ます。」という話は、歌に対する想いがあふれており、たいへん感動的でした。

   ソリストは少ないからこそ価値がある

 広島少年合唱隊は、最近音楽劇に力を入れています。この日の演目は、ミュージカル「Sound of Music」。いろいろな合唱団が、ハイライトを「合唱」として採り上げていますが、ミュージカルとなるとどうでしょうか。ジュリー・アンドリュースの独唱に導かれて・・・というステージにならないのは当然でしょうが、この日の演出は、一人ぼっちの少年をトラップ家に招待して一緒に歌うという設定でした。このような演出はよいのですが、みんなに少しずつでもソロパートを与えるという教育的配慮のためか、誰がどの役かがはっきりわからないまま、トラップ家には30人近い家族がいるように感じてしまいました。また、満席で500人ぐらいの広さの会場で、観客はみんな歌を聴きに来ているのですから、何本かマイクを立てる必要はあっても、個人用のマイクはいらないと思います。かえって声が大きくなりすぎて、聴く方の集中力をそいでしまうことになります。確かに何人かは聴かせる声をもったソリストもいますが、果たしてこれほど多くの隊員にソロパートを与える必要はあるのでしょうか。下級生には、あの先輩のように歌いたいという憧れをもたせることも必要でしょうし、男役が少ないこの劇では、変声後の研究科の隊員は、男声で歌う以上は「エーデルワイス」と脇役に徹する方がよいと思います。ところで、ミュージカル「Sound of Music」になっても看板は、そのまま舞台の前に横たわっていました。「さようなら ごきげんよう」は、座って歌われたため、おそらく前の3分の1の客席からは舞台がほとんど見えなかったと思います。この辺りは、指導者が事前にいろいろな位置の客席に座って舞台を見ることが求められます。このミュージカルは、隊員一人ひとりに活躍の場を与えようとするあまり、全体としての統率が弱く感じられました。合唱において一人ひとりを活かすことは何だろうと考えながら、帰途につきました。


第33回 全日本少年少女合唱祭 西宮大会 
3月28日(金)〜29日(土) アミティーホール


第2ステージ 28日 13:30〜15:30 広島少年合唱隊 

   歌のメッセージが伝わってきた広島少年合唱隊

 第2ステージの3番目に登場した広島少年合唱隊24人は、平田昌久隊長先生の指揮で「大切なもの」と「雨のちハレルヤ」の2曲。「大切なもの」は、この歌詞のもっている根源的な友達への信頼感や大切なものへの気付きの素晴らしさなど、隊員がこの歌詞に本当に共感して歌っていることが伝わってきました。「大切なものに 気づかないぼくがいた」というこの詩の目玉ともいうべき言葉が浮かび上がり、混声合唱としてもきれいなハーモニーで、最近聴いた広島少年合唱隊の歌としては、歌のメッセージがよく伝わってきたという点でもベストと言えるものでした。2曲目の「雨のちハレルヤ」は、NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」のテーマ曲で、テレビから流れるのを聞くだけなら元気の出るよい曲なのに、かえってコンサート会場でじっくり歌詞を味わいながら鑑賞すると、元気さは伝わってきましたが、「晴れ」と「ハレルヤ」の掛け言葉がかえってこの歌の心を浅いものにしているのではないかと感じてしまったりします。そういう意味では、この歌を感銘あるものに創り上げていくことの方が難しいのではないでしょうか。ただ、最後の「ハレルヤ!」の部分はたいへん心に残る歌声でした。

 広島少年合唱隊第55回定期演奏会
平成26(2014)年11月8日(土) 広島県民文化センターホール


   看板が舞台奥にあってすっきり

 会場に入って先ず嬉しかったのは、「広島少年合唱隊第55回定期演奏会」の看板が、舞台奥に吊り下げられていたことです。これで、ステージ全体が見渡せるぞと。それだけで期待が高まってきました。プログラムを見ると、最近減少気味だった隊員も増加に転じているということがわかり、これも喜ばしいことです。この1年の歩みをスクリーンで映像を見たあと、さっと場面が転換して隊員が入場するところが、鮮やかでした。

   歌に共感して歌う

 今年のオープニングは、「隊歌」。いくつかの少年合唱団では「団歌」で始まるところもあるのですが、広島少年合唱隊の「隊歌」は、長年定期演奏会に来ていても、初めて聴きます。いつできた歌なんだろうと思っているうちに終わってしまいましたが、振り付けもある元気な歌で、これからの定番曲になるのかな、そうなると、これまでのような多様なオープニングができないかななどと思いながら聴きました。
 平和のメッセージは、今年は「Bless the Lord」と「Ave Maria」の宗教曲2曲。「Bless the Lord」は、ソプラノ・アルト・男声の2人ずつのSoliを入れて聴かせどころをつくっており、カッチーニの「Ave Maria」は、編曲の美しさもあってきれいな仕上がりになっていました。
 続く、予科ステージは、「虫歯の子どもの誕生日」が無理に背伸びしない年齢相応の歌で好感が持てました。「わたしと小鳥と鈴と」は、多くの作曲家がこの詩に曲をつけていますが、BANANA ICE作曲のものは、「みんなちがってみんないい」ばかりを強調しすぎてくどさを感じてしまう曲になっていました。個人的には、町田治作曲のものが一番清楚で好きです。
 研究科ステージは、「鴎」の1曲だけでしたが、2年前は雌獅子を艶っぽく演じた保本君が特色のあるテノールに成長してこの曲の骨格を形づくり、男声合唱として曲想の変化が面白い曲に創り上げていました。
 第4ステージは、「みんなのうた」からの3曲。「手のひらを太陽に」は、広島少年合唱隊の明るい声質と一致しており、また、表題の歌詞の部分では赤い照明がステージを照らして、曲の雰囲気を盛り上げていました。続くビゼーの「美しいパースの娘」のテノールアリアを原曲をもとにした「小さな木の実」は、少年合唱こそが最も似合う1曲。ところが、私が少年合唱を聴き始めてから、一度も少年合唱で聴いたことのない「幻の名曲」でもありました。ここでは、「手のひらを太陽に」とは対照的に父を亡くした少年が父を慕う心が、むしろ哀愁を感じさせる歌声で表現されて至福のひとときとなりました。続く、「勇気ひとつを友にして」は、有節歌曲でありながら、物語歌としての歌の構成を面白く感じました。
 第1部の最後を飾る「僕らのレパートリー」は、「雨のち晴レルヤ」、「大切なもの」、「SIYAHAMBA」の3曲。最初の2曲は、今年3月に西宮市で聴いているので、8か月間で曲の山場作りに大きな成長を感じました。特に「大切なもの」は、「大切なものに 気づかないぼくがいた」というこの詩の目玉ともいうべき言葉が浮き彫りにされ、歌詞に共感して歌っていることがよく伝わってくる素晴らしい仕上がりでした。これは、昨年までも感じていたことですが、前列のセンターで歌っていた西内君は、感受性の強さを感じさせる歌唱で、まさに歌に共感して歌っていることを体現しており、それが合唱隊全体に伝わり広がっていくように感じました。「SIYAHAMBA」は、演出効果の高い曲で、このステージを締めくくるのにふさわしい演奏でした。

   あこがれの存在

 第2部の最初は、合唱隊OB、保護者、指導者から構成されるHBCふぁみりぃによる「あすという日が」、「今」の2曲。毎年メンバーはほぼ同じで少し入れ替わりがある程度ですが、合唱に先立ち、50年前の東京オリンピックの年に隊員だった方が、当時の定期演奏会のプログラムを紹介してくれたのは、その当時の少年にとって広島少年合唱隊がどんな存在であったのかを知る上で貴重な話でした。きっと当時の広島の少年にとってあこがれの存在であったのだろうなと推測できます。また、私が広島少年合唱隊の定期演奏会に通い始めたころの隊員に会えるととてもうれしいものです。いすを太鼓のように叩いていた熊野君の姿を拝見した時そう感じました。

   みんなで創り上げる「ミュージカル 11ぴきのネコ」

 4年ぶりに再上演される「ミュージカル 11ぴきのネコ」。人間にとって最初の印象は強いものです。それがよいものであればよけいに。私には約15年前にTOKYO FM 少年合唱団の名演を見た残像がいつまでも脳内に残っていたので、4年前は鑑賞後、「ニャン太郎はいったい誰だったの?」という想いが残りました。しかし、今回は、この合唱ミュージカルに対する指導者の理念を感じ取ることができました。背景の絵や巨大な青い魚といった大道具も新たに見栄えのするものになっていましたが、何よりも「みんなで創り上げる合唱ミュージカル」という印象が心に刻まれました。だから、歌詞に「ニャン太郎」という言葉は出てきても、それを特定しようという気持ちが起こらなくなりました。魅力的な歌声の少年が何人もいましたが、特定のソリストをつくらず、むしろ少年の声の図鑑を見るという感じでステージは進められていきました。これは演目次第では、こういう演出もあってよいのではないでしょうか。

 広島少年合唱隊第56回定期演奏会
平成27(2015)年11月21日(土) 広島県民文化センターホール


   しっとりとした混声合唱

 着席して、プログラムを開けると、隊員が46人いることがわかって、この2年間増加傾向にあることを何よりも嬉しく思いました。この日の第1部第1ステージの少年のための5つのソング「君がいるから」全曲を生演奏で聴くのは14年ぶりでしょうか。私にとって広島少年合唱隊との出会いの曲ともなっているこの歌たちとまた出会えたことに喜びを感じながら聴いていました。今回は混声合唱版完成記念演奏ということで、これまで聴いてきたのとどう違うのかを中心に鑑賞しました。初演当時の隊員の声質の明るい元気よさが耳の底に残っていましたが、この日の演奏は、平均年齢が高くなったこともあって、とりわけ「ことばは不思議」と「雨の日のラブソング」の2曲がしっとりとした出来栄えで、この曲の深さを改めて感じました。

   選曲のよさが生きるステージ

 続く予科のステージは、「手のひらを太陽に」と「Blieve」の2曲でしたが、幼さを感じさせない明るくて爽やかな仕上がりになっていました。本科の「大切なふるさと」は、自然災害の被災者へのレクイエムですが、ふるさとの四季の美しさが変わらないからこそ、より悲しみが深まるという味わい深い歌になっていました。ラターの「For the beauty of the earth」、フォーレの「Pie Jesu」、モーツァルトの「Ave Verum Corpus」と祈りの曲が続きますが、「Pie Jesu」では、突き抜けるような岡田礼緒君のソロを聴くこともできました。できれば全部独唱で聴きたかったと思いました。男声合唱の「夕焼け」では、夕焼けの徐々に変化していく色彩感を音の重なりで楽しむことができました。第1部の最終曲の「With you smile」は、隊員数が増えたこともあって大きな盛り上がりを創って心に迫ってきました。

   「土の歌」のダイジェスト
   
 HBCふぁみりいステージは、「土の歌」から3曲。どの曲を選ぶかによって印象が変わってきますが、「死の灰」は人間の愚かさを歌い、「地上への祈り」によって土は甦り、「大地讃頌」によって高まるという構成が全体を大きく包んでいました。この合唱団の歌を聴くたびに生涯学習の大切さを考えます。

   隊員だけで演じた「獅子の笛」

 創作ミュージカル「獅子の笛」が上演されるのはこれで3回目。10年前の初演の時は平田先生が雄獅子、毘野先生が雌獅子という配役でしたが、その時からいる隊員は今では高校生で人数的にもわずかでしょう。3年前のステージでは今田先生が雄獅子役、保本祐希君が雌獅子となりましたが、3分の2ぐらいの隊員はこの舞台を経験しています。そこで、今回は舞台裏から声だけ聞こえる神様役以外の配役は、全員隊員でした。主要な役はダブルキャストで、途中入れ替わりますが、これはできるだけ多くの隊員に主要な役をさせようという教育的配慮だけでなく、急病等のことも考えた場合妥当であったと考えます。雄獅子役と雌獅子役には、変声後と変声前のトップソリストを配置し、きつね役には個性的な声質の少年を配置して脇を固め、それ以外の役も華やかな衣装と動きで全員が活躍できる場を創っています。また、雌獅子役から雄獅子役に変われるというところも、混声合唱団だからこそできることでしょう。隊員が楽しそうに演じていることが客席まで伝わってきました。これがお芝居の場合は大切なポイントです。このように、毎年ミュージカルのステージを積み重ねてきたことが大きな成果になっていたように思います。

 終演後、顧問の林先生が声をかけてくださって、道楽さんやイーストエンドさんと共に喫茶室で語り合えたことも、今回の大きな収穫です。


戻る