小川歩夢 ボーイソプラノ リサイタル
平成28(2016)年3月27日(日) 半田市赤レンガ建物


 日本でボーイ・ソプラノのリサイタルがどれほど行われていたのかはっきりわかりませんが、村上友一が平成2(1990)年に行ったのが最初であると考えられます。その後、東京ヴィヴァルディ合奏団のゲスト出演等を除けば、秋山直輝・栗原一朗のリサイタルが行われました。今回の小川歩夢のリサイタルは、在住の愛知県半田市の赤レンガ建物で行われました。この建物は、明治31(1898)年にカブトビールの製造工場として誕生した歴史的建造物ですが、昨年リニューアルオープンして、今ではいろいろな催しやワークショップが行われている場所です。会場に着くと、屋外には多くの屋台が開店していました。コンサート会場は閉ざされた空間ではなく、入り口のカフェの一角に100席ほどの椅子が並べられた音楽ホールのような雰囲気の場所でした。

 小川歩夢(あゆむ)についての予備知識は、キンゴジュさんのブログとチラシから昨年常滑少年合唱団に参加して、ロイド・ウェッパーの「ピエ・イエズ」のデュエットを歌った小学6年生の少年であることと、半田市にあるFa Fleur児童合唱団に所属していることがすべてでした。また、このリサイタルが開催されることが決定したのは、2週間前ということで、直前に決まったということです。これまでの持ち歌もあったでしょうが、このリサイタルのため急遽決まった曲もあったことでしょう。このリサイタル開催には、師事した波田光保先生のご指導はもとより、ご家族や会場の赤レンガ建物関係者の方々のお力添えがあったことが伺えます。しかも、このリサイタルは11時〜と14時〜の2回の長丁場公演のため、心身共に巨大なエネルギーを要するリサイタルになることが予想されます。開場前に、エントランスでキンゴジュさんにご挨拶して、声楽の教科書等のイラストに描かれた理想的に声が共鳴してよく響きそうな胸郭の豊かな小川歩夢君を紹介されました。

プログラム

T My Favorite Songs
エーデルワイス(作詞 オスカー・ハマースタイン2世 作曲 リチャード・ロジャース)
もののけ姫(作詞 宮崎駿 作曲 久石譲)
君をのせて(作詞 宮崎駿 作曲 久石譲)
浜辺の歌(作詞 林古渓 作曲 成田為三)
オンブラ・マイ・フ(作曲 ヘンデル)
貝殻(作詞 新美南吉 作曲 大中恵)
ハナミズキ(作詞 一青窈 作曲 マシコタツロウ)
旅立ちの日に(作詞 小嶋登 作曲 坂本浩美) 

U Piano 賛助出演者による演奏

V 唱歌メドレー ふるさとの四季 源田俊一郎編曲

  アンコール 見上げてごらん夜の星を (作詞 永六輔 作曲 いずみたく)

   声のもつ力だけでないもの

 「エーデルワイス」が始まると、低音から高音まで均一な音色で予想していた以上のボリュームのある声が響きます。しかし、その声はまっすぐでありながらもしなやかです。1番は日本語で2番は英語で歌い分けられます。続く、「もののけ姫」「君をのせて」は、ほの暗くなだらかな始まりから徐々に高まっていき、山場をつくることを意識した陰影のある演奏になっていました。「浜辺の歌」は、アルペジオの伴奏に乗ってリリックな表現が求められる曲です。美しい声で旋律が歌われるのですが、やや直線的でした。これは、今後の練習によって変容していくことでしょう。「オンブラ・マイ・フ」は、いきなりアリア部分から始まりましたが、高音の伸びが美しく、その延長線上にユッシ・ビョルリンクの輝ける響きを感じました。さらに、レスタティーボの部分を入れることで、歌に面白い変化が出てくるのではないでしょうか。「貝殻」は、半田市が生んだ作家 新美南吉の詩に大中恵が作曲した初めて聴く曲ですが、哀愁を感じさせる大中恵の旋律美をせっせつと歌いあげました。さて、このリサイタルで一番心に残ったのは、歩夢君が歌いたい歌として紹介された「ハナミズキ」です。この歌は折り目正しく歌っただけでは、面白くありません。かと言って歌い崩しても全体の中で浮いてしまいます。歩夢君は、自然な節回しで歌うことで、人を想う心が世界の平和につながるというこの曲の本質に迫っていました。「旅立ちの日に」は、少し前にあった卒業式でも歌ったのではないかと推察しましたが、この曲は妹の小川綺華さんとのデュエットで歌われました。言葉一つ一つを大切にして大きな山場を形作っていました。

   日本の少年だからこそ表現できるもの

 唱歌メドレー「ふるさとの四季」は、本来合唱のための曲です。だから、いろいろな声部に光が当たるように編曲されて、それによって変化をつけています。これを独唱で歌うと、どんな感じになるのだろうか。そんな想いを抱きながら聴きました。確かにリズム型が同じである曲については同じ色彩になったところもありますが、「村祭り」では、祭囃子の部分を歌ったり、抒情性の強い歌と力強さや元気さを強調した歌とリズムに特色のある歌は、きちんと歌い分けられていました。何よりも、青竹のようにまっすぐな日本の少年だからこそ表現できる張りのある歌声が生きていました。アンコール曲は、「見上げてごらん夜の星を」。ここでは、再び表情に富んだ歌を聴くことができました。しかも、短い準備期間の中で、第1部からアンコール曲まで全曲暗譜で歌ったというのは、リサイタルとして立派な姿勢です。変声期が早くなっている現代において、ボーイ・ソプラノの全盛期であるこの時期にリサイタルを開いたということは意義あることです。願わくば、ボーイ・ソプラノであるうちに、もう一度リサイタルをという想いをもったものです。また、11時〜と14時〜の2回公演では、2回目の方が声がよく響いて、疲れを感じさせない堂々としたステージでした。

                                                                                                                戻る