第52回演奏会 大垣少年少女合唱団
平成30(2018)年4月8日
(日) 大垣市スイトピアセンター音楽堂

   見せ方・立ち位置を変えることによって   

 団員数は、昨年度とほぼ同じで、オープニングが「ゆかいに歩けば」であることも同じですが、中央横の出入り口からから2手に分かれて歩きながら歌って舞台に上がるところは昨年と同じですが、2番が群像劇のようになっており、3番の途中から舞台上の定位置に立つという演出は、同じ曲でも見せ方を変えることによって違う味わいをもたせることを面白く感じました。今回のコンサートでは、全体を通して一人一人の団員の定位置というものがなく、曲によって意図的に移動することを面白く感じました。2時間近いコンサートを通していつも同じ位置に同じ団員がいて、振り付けどころか動きがないという合唱団のステージも見たこともありますので、大垣少年少女合唱団の今回の試みは、実験的な意味を超えて、立ち位置によって響きは違って聞こえることや、一人一人の団員を生かすという意味で共感を覚えました。また、入団期・学年ごとのステージもありましたが、これは、この合唱団に入団すれば、みんなここまではできるようになると感じさせることがよいと思いました。

   選曲とその順列・組み合わせ

 今回のコンサートは、オープニングを除いて3ステージ約20曲が歌われましたが、ステージ1では新しい曲を中心に、ステージ2ではわらべ歌を合唱曲にして聞かせ、ステージ3では音楽劇、ソロ、アンサンブル、愛唱歌という選曲と順列・組み合わせで行われましたが、この選曲とその順列・組み合わせは絶妙でした。ステージ1では、「青い地球は誰のもの」以外は比較的新しい合唱曲でしょうが、この中からきっとこの合唱団だけでなく、日本の児童合唱団の定番曲が生まれることでしょう。ステージ2は、幼い頃耳にしたことのある単純な旋律のわらべ歌を合唱曲に編曲することで、面白く聴かせることができるというステージで、ステージ3で歌われたこの合唱団のアンサンブル定番曲「はくさいぎしぎし」「からすかねもん勘三郎」「一番はじめは」につながっています。ステージ3は、「ないた赤おに」の音楽劇で始まりました。これは、2人ずつの赤鬼と青鬼の衣装を着けた団員の歌を中心にした視覚的にも楽しめるものです。これは、この合唱団がただ合唱曲だけでなく、ミュージカルや音楽劇を通して、合唱曲にふさわしい振り付けを研究してきた成果と言えます。合唱曲における身体表現は自然さが何よりです。また、この合唱団の特色の一つは、ソロを採り入れることです。カッチーニの「アヴェ・マリア」と呼ばれている曲は 、最近ではソ連のウラディーミル・ヴァヴィロフの作曲であることが明らかになってきましたが、ソリストの少女は、曲の山場づくりを工夫して情感豊かに歌い上げました。これまで、トップソリストとして活躍してきた松野孝昌君は、曲の紹介の声から既に変声期に入っていることがわかりましたが、この日は、ロイド・ウェッパーの「ピエ・イエズ」を歌いました。約2年間、松野君のボーイ・ソプラノの一番きれいな時期にその歌声に接することができたことは幸福でした。
 多くの人にとって親しみのある、「気球にのってどこまでも」「線路は続くよどこまでも」「さんぽ」「野に咲く花のように」が連続してステージの最後に続くことは、聞き手に合唱に対する親しみと充実感を感じます。この日の大垣少年少女合唱団のコンサートからは、選曲とその順列・組み合わせがいかに大切かを痛感しました。

 ウィーン少年合唱団 2018 日本公演
平成30(2018)年5月26日(土)  大阪 ザ・シンフォニーホール

 「カぺルマイスター(指揮者)の成長が、その指導を受ける団員の少年たちの成長につながる。」今回のウィーン少年合唱団のコンサートで一番感じたことは、そのようなことでした。これは、4年前にもハイドンコアを率いて来日した香港出身のジミー・チャン先生は、才気あふれることは伝わって来ましたが、音楽の流れが全体的に現代的なアップテンポで、曲によってはもっとウィーン情緒を感じさせてほしいと思える曲もあったからです。それが4年後のこの日は、緩急自在の音楽へと変貌を遂げていました。2回目の来日となる団員もいるようですが、それは大変珍しいケースではないでしょうか。この日は、Bプログラムでしたが、全公演の7割超がBプログラムというところには、どのような理由があるのでしょうか。

 第1ステージは、「ウィーン少年合唱団の伝統の歌」と題されて、宗教曲あるいは宗教に題材をとった曲が声楽のコンサートでは定石の古典から現代曲へと時代を追ってプログラムされていました。最後には修道院を舞台とした映画「天使にラブソングを2」より「オー・ハッピーデイ」というところが型破りで、隊形移動のある振り付け入りの演奏でした。しかし、全体としては、聖歌隊の伝統を大事にしているというメッセージも込められていたように思います。この中では、カルダーラの「我は生ける糧なり」のデュエットを面白く感じました。今回のソプラノのトップソリストと思われるモーリッツ君がアルトのパートを歌い、もう話し声からすると変声期に入っているのではないかと思われるコウダイ君がかなり強めのファルセットを駆使して歌うのです。その後のバッハ=グノーの「アヴェ・マリア」がモーリッツ君の独唱でしたが、折り目正しい丁寧な歌い方であったと思います。

 第2ステージはヨハン・シュトラウスⅡの「千夜一夜物語」から始まりましたが、オリエンタルな異国情緒が感じられる好演奏でした。続く、ヴェルディの歌劇「マクベス」の冒頭の場面という珍しい曲でしたが、悲劇の予兆のするドラマを感じさせるものでした。その後が、ウェルナーの「野ばら」というのは、ちょっと一息という位置づけでしょうか。歌劇「ヘンゼルとグレーテル」よりの2曲は、愛らしさを感じるものでした。ここから後は、「世界の伝統の歌」という位置づけで、世界各地の演奏旅行の中でレパートリーにしていった異国情緒あふれる曲が続きます。最後の2曲は、ヨハン・シュトラウスⅡの「水兵のポルカ」と「美しく青きドナウ」でしたが、ポルカは速く、ワルツは、小ワルツごとに緩急の差がつけられてこの辺りに、ジミー・チャン先生の音楽的な深化を感じることができました。

 アンコールには、何と最近のコンサート会場ではあまり聞かれなくなってきた「千の風になって」。これが、ゆったりしたテンポで、じっくりと聞かせ、最後は速い速い「トリッチ・トラッチ・ポルカ」で締めくくるという合唱曲によるドラマがここでも演じられました。そして、今年のBプログラムは、近年のウィーン少年合唱団のエンタメ化の流れを止めるものであったとも思います。

 ウィーン少年合唱団 2018 日本公演
平成30(2018)年5月27日
(日)  大阪 ザ・シンフォニーホール

  それでは、今年のAプログラムの特色はと言えば、第1部はグレゴリオ聖歌から、ヨハン・シュトラウスⅡの「トリッチ・トラッチ・ポルカ」までの主としてオーストリアやウィーンに根ざした選曲でありますが、全体として「ウィーン少年合唱団と動物の世界」という題が付けられており、アルトのヤン君の活躍が心に残るステージでした。

 第1部に題はつけてありませんでしたが、古典から現代曲へという流れは、Aプログラムと同じです。前半が宗教曲で後半が歌曲や、ヨハン・シュトラウスⅡのギャロップやポルカという軽快で速めの曲でしたが、その中ではフックスの「サルヴェ・レジーナ」が初めて聴く曲ですが聴き応えのある曲で、7人のソリストの声部の重なりが重厚で、バロック時代に声楽曲が大きく発展したことを改めて感じました。また、モーリッツ君の独唱による「ます」は、第3節で曲想が変化するところを特に面白く感じましたが、歌っている本人は、この歌の裏の意味など多分知らないでしょうね。

 第2部は、動物を描いた曲が並んでいましたが、アニメから各国の民謡、あるいは歌曲と言えるものまで幅広い選曲を合唱曲に編曲して多くの言語で歌う楽しいステージと言えるでしょう。その中で印象に残る曲を挙げてみましょう。「となりのトトロ」は、編曲のくせが強すぎると違う曲に聞こえるのですが、原曲の持ち味を生かした編曲なので、美しく聞こえました。「コンドルは飛んでいく」は、駅の近くで南米出身の方々の器楽演奏を聴くことのある曲ですが、身長の高いヤン君の歌声は、この曲の憂愁な雰囲気を感じさせるのにぴったりしていました。「ほたるこい」は団員が声部ごとに3ヶ所に分かれて歌いましたが、合唱だからこそこのように表現できるという合唱の醍醐味を味わえるものになっていました。「猫の二重唱」は、一人はセーラー服で、一人は民族衣装のレーダーホーゼンで歌うという演出はありましたが、演出だけでなく、掛け合いの歌としても面白く作られていました。ボーイ・ソプラノの歌声と猫の鳴き声(特にノルウェージャンフォレストキャット)には、共通点があるのではないかと、私はずっと思っています。続くオーストリア民謡「カッコウ」では、さらに8人がレーダーホーゼンを着て登場して、民族舞踊まで入って楽しませてくれました。そして、ワルツ「ウィーンの森の物語」では、小ワルツごとに違った物語が展開するという意図が明快でした。Aプログラムにおいてもエンタメ化は抑え気味であったと思います。アンコールは、「千の風になって」と「美しく青きドナウ」でじっくりと聴かせてくれました。ジミー・チャン先生の学びの深化が、団員たちの演奏にも奥行きを与えてくれました。

 B×b LIVE MIRAI
平成30(2018)年5月31日(木)  四谷区民ホール

 もしも、未来和樹がミュージカル「ビリー・エリオット ~リトルダンサー~」大阪公演の大千穐楽を立派に飾っていたならば、おそらく、私の心はプログラムに掲載されたビリー役を演じた少年の一人として、この少年歌手・俳優を素通りしていき、やがて記憶の彼方に去って行ったかもしれません。ところが、突然の降板という苦悩の中でも、twitterやブログに刻まれた自責感が強く人間的な豊かさを感じさせる文章は、私の心を動かし、ネット上に残された映像を追いかけ始めました。そのような事情を知っていながら、見て見ぬふりをすることはできませんでした。ところが、少年が再び船出をするときは、意外に早く訪れました。しかも、幸いに、毎週月曜日は仕事があっても、5月31日(木)には、仕事が入っていません。もし入ってきても、断ればいいや!新幹線に乗って日帰りで東京の古本屋街を巡りながら、午後3時前に会場に着くと、昼の部という時間帯の関係もあったでしょうが、母親世代を中心とする女性が95%ぐらい。こんな男女比に差のあるコンサートは、生まれて初めてでした。しかし、恥ずかしいという気持ちは全く起きず、むしろ誇りをもって入場しました。きっと、仕事や学校が終わってから開かれる夜の部の男女比や、年齢層は、もっと違うものになっていたことでしょう。

 オープニングの「アメイジンググレイス」で始まる第1部は、この歌にまつわる誕生秘話のように、人の精神的な転機を象徴していました。続く「ぼく」のピアノの弾き語りは、小学生の頃、未来和樹が作詞・作曲した歌であるだけでなく、この少年の人間としての原点を現すものでした。さて、この第1部のストーリーは、たとえ知らない歌はあっても、「僕の東京物語」を下敷きにしていることが次第にわかってきました。また、幕間のインタビューでわかったことですが、第1部は第2部よりも創るのが難しかったそうです。それは、当然でしょう。第1部のドラマでは、苦難にぶつかった時の人間の心の葛藤が描かれており、それはきわどく人間が陥りがちな負の側面と境を接するものだからからです。それよりも驚いたのは、変声期中という未来和樹の声が意外に低いことで(あえて、今きれいに出せる音域に設定したのかもしれませんが)、ときには美輪明弘を思わせる凄みさえ感じました。また、ときにファルセットを駆使しても、決してファルセットに逃れない正攻法の歌は、直接心に響いてきます。2月頃のラジオで聴いた話し声から、私はリリコ・レジェーロのテノールを予想していたのですが、これは見事に外れました。しかし、このドラマを表現するためには、ただ甘くきれいな歌声が響いているだけでは、歌に添えられた想いを伝え切れません。そのような意味で、変声期であることを感じさせないほどの熱演でした。童謡で精神のデッサンをした少年は、様々な葛藤を伴う心の遍歴を経て、「ぼく」に描かれた花園に戻っただけではなく、本来もっていた常に前を向いて進もうとするさらにたくましい「ぼく」へと高まっていきました。さらに、キレのよいダンスは指先から足先までが一本の直線・曲線のように流麗に動き、そこはかとない色気さえも感じさせました。また、何よりも出演者一人一人がステージ全体の中における自分の役割をきちんと自覚して、誠実に演じていたことが心に残りました。

 幕間の司会者とのインタビューを挟んで、第2部は昭和歌謡やミュージカルナンバーからなる楽しさを前面に打ち出したショーで、それは、未来和樹がもっている別の明朗な側面を見せてくれるものでした。それは、ダンスの動きによってかっこいいい二枚目とずっこけの三枚目を使い分けたり、笑いの要素と採り入れたり、意外なところから登場して客席と一体化する工夫等を採り入れてステージを構成していました。また、それらを可能にするためには、「早替え」という要素も見逃すことができません。歌・ダンス・芝居という演者としてだけでなく構成・演出・振り付けを考案するという才能が、さらにこれからどのように発展・開花していくのでしょうか。そんなことを想いながら観ていました。そして、フィナーレ直前の演目は、「Electricity」。これは、ぜひやってほしく、また観たかった演目ですが、同時に、大阪公演から約半年遅れではありましたが、ビリー役卒業というメッセージでもありました。これからも人生の節目において、自らの原型を探し求めるために演じることにも意義を感じますが、先ずは、ビリー役ご卒業おめでとうございます。一節目の「うまく言えません」は、製作発表会のような憂愁に満ちた歌ではなく、むしろふてくされた歌で、それが次第に高揚して「電気!」で大きく目覚めたように変貌を遂げ、「胸でスパークして」が「胸ではじけて」と日本語訳にすることで、より日本の観客に身近に感じるようになってきました。心は「もう自由!」と束縛から解放され、表現の手法は、語りから歌へ、歌からダンスへとつながっていき、多様な動きを伴った舞踏やアクロバットを経てステージ中央のピルエットに帰結したとき、観客の拍手は壮大な嵐のように聞こえました。未来和樹は、「僕の東京物語 第五章」の冒頭で、“拍手には、壮大な力がある。”ことを発見したと述べています。そうでしょうね。それは、ステージ上の俳優たちと観客たち、あるいは見知らぬ観客同士をつなぐ目に見えない力(千穐楽終演まで演目内容についてSNS等でネタバレする人がいなかった連帯感を含む)になっていました。

 大阪フィルハーモニー交響楽団神戸特別演奏会
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番
指揮 秋山 和慶  ピアノ独奏 牛田智大
平成30(2018)年7月11日(水)神戸国際会館こくさいホール

 学生の頃、ラフマニノフの自作自演のピアノ協奏曲第3番の演奏をラジカセで聴いたことがありますが、その時は、音の貧しさもあって、やたらと豪華絢爛でありながら、難解な曲だとしか思えませんでした。ラフマニノフが身長2mもある巨漢で、指は12度開くことや、ホロヴィッツが、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は演奏しても、人口に膾炙した第2番は演奏しないことといった周辺の知識や、牛田智大は、13歳頃からラフマニノフのピアノ協奏曲に挑もうとしていたことなどは多少知っていましたが、この曲の生演奏を聴くのは初めてでした。

   ラフマニノフ…ピアノ協奏曲第3番

 第1楽章の冒頭の第1主題は、ほの暗くせつない表情を感じさせましたが、全体的に遅めのテンポで進めていきながらも、決して技巧をひけらかすことなく、第二主題部へと進んで行きます。曲は次第に高揚し、ほっそりした体格の牛田智大の身体からは、信じられないほどの力強さと、情熱を湛えながら、カデンツァは2種類あるうちの「オッシア」へと突入。しかし、技巧だけを感じさせないところに魂が震えました。その後は、再度第1主題が登場し、静かにこの楽章を終えます。第2楽章は、いかにもロシアのどこまでも広がる荒涼たる大地を思わせ、憂愁な雰囲気に満ちています。オーケストラをバックにしてピアノがリリックな音色を奏でながらも、次第にピアノの演奏は技巧的になっていき、ワルツを奏しながらも、第3楽章につながる劇的なフレーズを経て、第3楽章の激しい第1主題へと突入します。全体としては凱歌ではないだろうかと思わせる第3楽章でしたが、技巧に走らず、ピアノを歌わせていることが伺えました。そして、強靭なカデンツァからオーケストラとの協演へと繰り広げられ、力強く全体を締めくくります。「空虚なヴィルトゥオーゾにはならないぞ。」という牛田智大の意志のようなものが伝わってきました。秋山和慶の指揮は、やや控えめの中庸と感じたのは、ピアノを前面に立てるためでもありましょう。鳴り止まない拍手に応えてのアンコールは、何とシューマンの「トロイメライ」。しかし、これは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の灼熱を冷ますのにはちょうどよいかもしれません。それとも、この大曲の演奏でエネルギーを使い果たしてしまっていたのでしょうか。

   大栗裕…管弦楽のための協奏曲(日本初演)

 今年で生誕100年となる大栗裕の名前と作品のいくつかは、学生時代に大フィルの演奏で聴いたことがありましたが、どのような経歴の人かを知ったのは、この日が初めてです。しかも、この作品は今日が初演。作曲してから何十年経つのでしょう。3楽章からなる作品で、いろいろな楽器の響きの特性を生かした作品であることと、日本的な、時には沖縄民謡のような響きを通して、日本の原風景を表現しようとしたのではないかと感じました。しかし、メロディの美しさを聴かせる作品ではないという印象もあります。時がたつと、どんなメロディの作品であったのかを忘れてしまうかもしれません。

   チャイコフスキー…バレエ組曲《くるみ割り人形》

 チャイコフスキーの作品の中でもで、最もポピュラーで耳になじんだこの曲は、季節は真逆でも安心して楽しめました。アンコールのチャイコフスキー作曲の「弦楽セレナーデ」から「第2楽章 ワルツ」は、まるで「花のワルツ」の続編のような感じでした。特にこのようなワルツに見られるチャイコフスキーのこの繊細な感性は、どこから来ているんだろうと思いながら聴いていました。指揮の秋山和慶の姿に舞台で接するのは、約40年ぶりでしたが、当時から白髪だったので、もっとお年かと思っていました。しかし、指揮は、終始中庸という感じで、若い頃の「春の祭典」「惑星」等を指揮した時の巨大なエネルギーは感じられませんでした。それが普通ではあるのですが、第一印象というものは恐ろしいものです。




その他のコンサート


ミュージカル(「葉っぱのフレディ」「ビリー・エリオット」)

バーンスタイン ミサ

少年少女合唱団(横須賀少年少女合唱団・守口市少年少女合唱団・大垣少年少女合唱団・全日本少年少女合唱祭全国大会

市場誠一ピアノコンサート

秋山直輝ソロコンサート

貞松響ソロコンサート


栗原一朗ソロコンサート

小川歩夢ソロコンサート

ウィーン少年合唱団

マイキー・ロビンソン ソロコンサート

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