「過ぎゆく時と友だち」

  

  漫画家の竹宮恵子先生が、ブレインの増山法恵先生と共にボーイ・ソプラノによるレコード「ガラスの迷路」と「過ぎゆく時と友達」を企画・制作したことは、この分野の愛好者にはよく知られているところです。特に「過ぎゆく時と友達」には、12曲の独唱曲(一部バリトンの平野忠彦や少年合唱とのかけ合いもある)が収められています。この当時の日本のボーイ・ソプラノの歌唱力の水準を知る上でも貴重なLPですが、四半世紀以上経つ今も未だCDに復刻されていません。このレコードのCD化をすすめる運動を展開したいものです。
 と、言っていたら、竹宮漫画ファンのSIXさんと更紗さんが、平成18(2006)年2月、このLPのCD化運動を展開しはじめ、ホームページを立ち上げました。

  (クリックするとCD化運動のホームページに行きます。)

  このホームページには、制作者の増山法恵先生が、このLP作成にかかわる秘話を書き込まれ、竹宮恵子先生もこの運動に協賛の意を示す文をご自身のホームページに書かれました。私も及ばずながら、この運動に協賛し、ホームページを通して、このレコードの日本のボーイ・ソプラノ史における位置づけを明らかにし、この運動を推進しようとと考えました。
 イギリスには、聖歌隊のトップソリスト(トレブル)の歌声を録音して残す伝統があります。それらを集めたCDも存在します。しかし、EPの1〜2曲ならともかく、日本のボーイ・ソプラノをまとまって聴けるCD(LPレコード)は、極めて少ないと言わざるをえません。古いものでは、山田耕筰の薫陶を受けた金子一雄による歌曲をSPから復刻したものがありますが、この30年間のいろんなジャンルを入れても、坂本秀明、岡浩也、玉元晃、村上友一、KOUJI、ウィリアム W. スピアマンIV、上野琴久ぐらいしかありません。しかも、これらは、芸能界に入って人気を得た少年俳優や少年歌手を除けば、保護者の熱意によって息子のボーイ・ソプラノの想い出にと自費制作したものしかありません。
 その中で燦然と輝くのが昭和54(1979)年に発売された「過ぎゆく時と友だち」です。当時、竹宮恵子先生の「空がすき!」「ファラオの墓」「風と木の詩」と続く一連の漫画は、一世を風靡していました。一方、ウィーン少年合唱団員を主人公にした「アンドレア」や架空のまちを舞台にした「ヴィレンツ物語」などクラシック音楽系の作品も独自の美的センスで人気を集めていました。そこには、増山法恵先生の強い影響を見ることができます。しかし、増山先生は黒衣となって表面には出ず、あくまでも「竹宮恵子の世界」ということで、このLPは世に出ました。選曲は、「ちびっこのどじまん」ではなく、「竹宮恵子好み」の歌の中から、12曲が選ばれました。歌い手の少年は、当時毎年LP「天使のハーモニーシリーズ」を発売し、ソロにも力を入れていたビクター少年合唱隊員から、歌声のイメージに合致した少年がオーディションで選ばれました。そして、数ヶ月のレッスンの後レコーディングが行われましたが、その間に変声期を迎えた少年があったりして、予定通りには行かなかったこともあったようです。しかし、これまで、日本の少年によって歌われることがほとんどなかったこれらの歌は、高い完成度で1枚のLPに刻まれました。このような企画はそれまでにもなく、その後もありません。
 しかも、このレコードのCD化には新たな意義が加わってきました。平成18年3月13日、このレコードの合唱編曲と指揮を担当されたビクター少年合唱隊(TOKYO FM 少年合唱団の前身)の中心的指導者であった北村協一先生がご逝去されました。19日に行われたTOKYO FM 少年合唱団の第22回定期演奏会で、太刀川悦代先生はこの定期演奏会を北村先生の追悼演奏会と位置づけました。そして、それにふさわしい名演奏が繰り広げられました。このCD化運動も、北村先生の追悼という新たな意義が加わってきます。

  それでは、このレコードで歌われた1曲1曲がどのように優れたものであったのかを、このホームページを通してお伝えしましょう。

収容曲:1 サマータイム(「ポギーとベス」より)         7 ピノキオへの手紙
     2 虹の彼方に(「オズの魔法使い」より)        8 なんでもやるさ(「オリバー!」より)
     3 マンマ                           9 グリーン・グリーン
     4 バンビーノ(ガリオーネ)               10 君、恋し君(わが心の花)
     5 シューベルトのセレナーデ              11 逃げた小鳥
     6 マルセリーノの歌(「汚れなき悪戯」より)     12 グリーンスリーヴズ

 @ サマータイム
 ジャズのスタンダード・ナンバーの1つになっている「サマータイム」は、1935年にロシア系移民のガーシュインが、オペラ『ポーギー&ベス』のために書いたアリアです。このオペラは、アメリカの貧民街を舞台に、ほとんど全部の登場人物が黒人という異色の作品ですが、「サマータイム」は、冒頭シーンで、漁師ジェイクの妻クララが赤ちゃんを寝かしつけるための子守歌です。
 歌っている古賀潤の声はハスキーで細く、どの曲にも合うというわけではありませんが、この曲にはかえってその持ち味が生かされてよい雰囲気を出しています。ただ、少年が歌うために母性的なものはあまり感じません。

   サマータイム
サマータイム 夏が来たなら 
暮らしも豊かになる
夏の日を 夢に見ながら
坊や 泣かずに お休み

あのころは お前もきっと
よちよちと 歩き出すさ
パパとママは 幸せだろう
坊や お前を 見つめて

 A 虹の彼方に
 「虹の彼方に(Over the rainbow)」は、ミュージカル映画化したボームの童話「オズの魔法使い」の冒頭で、主人公のジュディ・ガーランド演ずる少女ドロシーによって歌われるナンバーです。「虹の彼方に子守歌で聞いた夢の国がある。虹の彼方の青い空で、あなたの夢が本当になる。いつの日か私は星に願う。・・・」といった歌詞も旋律もロマンティックなもので、映画公開当時大ヒットし、現在に至るスタンダードナンバーとなっています。
 もともと少女の歌ですが、このレコードでは、中2の久世基弘によって原語で歌われます。日本語にすると、雰囲気が異なるためにそうしたということです。開始早々いきなり1オクターブ飛ぶような難しいところもありますが、久世基弘はそつなく歌っています。ジャズ風の洒脱な伴奏と生真面目な久世基弘の歌の対比もなかなか面白いものです。 

 B 「マンマ」
 前回の「ピノキオヘの手紙」に引き続き、今回は「マンマ」。
この歌との出会いは、テレビ番組で五十嵐喜芳が歌っていたのを聴いたのが最初です。もう35年以上前でしょうか。ところが、この歌の創唱者は何と、名テナーのベニアミーノ・ジーリです。この歌を歌って戦地を慰問したそうです。そのためか、ジーリは戦後一時期ファシストの協力者として不遇でした。しかし、この歌は親子の愛情を歌った普遍的なものだと思います。ほの暗い短調から始まって長調に変わり、「マンマ」と大きく歌い上げるところが魅力です。日向理は、この歌を真っ直ぐな愛の歌として歌いきっています。

 イタリア語では「マンマ」というふうに発音しますが、これはもちろん「ママ」(おかあさん)のことですね。「夜のヴァイオリン」「マリウ,愛の言葉を」など、かずかずの名曲を世に送ったイタリアきってのポピュラー作曲家ツェザーレ・アンドレア・ビクシオの作品で、作詞も「夜のヴァイオリン」と同じくケルビーニ。1943年に楽譜が出版されました。第二次大戦中に作られ・戦地にある兵士たちは、故郷の母を思いながらこの歌を愛唱していたということです。素朴な美しいメロディーの中に、母に対する愛情がみちあふれ、聞く人の心を暖かく包みます。なお、これは同名映画の主題曲になりました。

“ママ,私はこんなにしあわせです。
あなたのもとへ帰ってゆくのですから・・・。
私の歌はあなたに告げます、私にとって、今こそ最もすばらしい日・・・と。
どうして、遠く離れて暮せましょう。
ママ、私の歌は、あなたの方へ飛んでゆきます。
ママ、あなたは私といっしょに暮すでしょう。
あなたはもう、ひとりぼっちじゃなくなるのです。
私はとてもあなたを愛しているのですから‥‥‥。
私の心があなたにささやくこの愛の言葉は、
おそらくもう流行おくれかも知れませんが、
ママ、けれど私の一番突しい歌は、あなたなのです。
あなたは私のいのちです。いのちのかぎり、もう決して私は、
あなたを放っておいたり致しません。”

 レコード ルチアーノ・タヨ−リ、クラウデイオ・ヴィルラ、
ロベルティーノ、コニー・フランシスほか

と、いうふうに。ところが、私の持っているジーリのCDでは、録音が1940年と記載されています。1943年の楽譜出版との間の3年というのが謎です。これだけの大ヒットなのに・・・また、ロベルティーノは、前半の語りがとにかくうまい。ちょっとハスキーな声で静かに語りかけるような歌い方は説得力があります。これが少年の歌とは。日向理の真っ直ぐな歌い方とは対照的です。

 さて、邦訳はいくつかありますが、私が好きなのは五十嵐喜芳訳のものです。原作に忠実で、しかも日本語としても美しいからです。

マンマ 僕はしあわせ
ふるさとへ帰る
今日の喜びをたからかに歌う
マンマ 僕はしあわせ
別れたのはなぜ
マンマ 僕の歌はあなたのもの
マンマ これからはいつもふたり
大好きなマンマ
ひとりつぶやいたこの愛の言葉も
今日かぎり
マンマ 僕の歌より美しい
僕の命もう離れないいつまでも

 それと比べると、「過ぎゆく時と友だち」における荒川ひろし、竹宮恵子共訳は、むしろ少年のための「作詞」と言えましょう。

マンマ ぼくが大人になっても      
マンマ そのほほえみ いつまても
幼い日のぼくの あこがれのマドンナ
やさしいしくさと黒い瞳と          
マンマ 変れらぬ愛の心を
美しくうたってあくれ いつまても
マンマ どうぞうたって
あの子もり唄を        
昔の佳き日のやさしい声て       
マンマぼくのたいせつな 
思い出の日を   
マンマほくが大人になっても     
マンマ そのほほえみ いつまても       
幼い日のぼくの あこガれのマドンナ      
やさしいぐさと黒い瞳と       
マンマ 変わらぬ愛の心を
美しく歌っておくれ
いつまても               
マンマ マイピュ

  C 「ガリオーネ」
 「過ぎゆく時と友だち」シリーズ第3弾は、「ガリオーネ」。実はこの曲を初めて聴いたのが「過ぎゆく時と友だち」でした。やんちゃで、洒脱な歌詞なのに、歌っている久世基弘君は、とてもまじめに歌っていて、すれっからしではないところがかえって可愛いかったです。

 ところで、世界の名曲とレコード」シャンソン・カンツォーネ編(永田文夫著 S、42 誠文堂新光社)には、次のように紹介されています。 
                             
「ガリオーネ」とは「腕白小僧」を意味するナポリ語です。エーザ作詞、ファンチウリ作曲のこの歌は、1956年のナポリ・カンツォーネ・フエスティヴァルで優勝の栄冠をかち得ました。これはピェディグロッタの歌祭りを再現しようとして、戦後1953年からはじめられたフエスティヴァルで、’56年はその第4回目にあたります。この歌はフランスに入ってジャック・ラリュのフランス語歌詞がつき、「バンビーノ」という題のシャンソンになり、ダリダがうたって大ヒットさせました。さらにアメリカでは「リトル・ボーイ」の題で流行し、映画「一万人の寝室」の中にも使われました。

“おまえはいつもここにいる。道のまん中に立ちどまって、
食べもせず、眠りもせず、なんてゆううつそうなんだ。
子どものくせに、やきもちをやいてるのかい? 
おまえは悩みたがり、死にたがってる。
いったい誰のせいなんだ。
ママの腕に走っておゆき。坊や、馬鹿なことをするんじゃないよ。
本当のことをみんなお話し。そうすりゃママが教えてくれるよ。
 このバルコニーの下を行ったり来たりしてみても、
おまえはまだほんの子ども。女のことなどわかりゃしない。
まだこんなに若いんだ。おまえはほんの子どもだよ。
いったい何を考えてるの。ポール遊びでもしにおゆき。
その涙はどういうわけ。おゆき、笑わせないでおくれ。”……
といったぐあいに,マセた少年をユーモラスに皮肉った内容です。
 
 レコード ファウスト・チリアーノ、ダリダ。

   D シューベルトのセレナーデ
 シューベルトの歌曲の中でも最もよく知られ単独で歌われることも多い「セレナーデ」は、歌曲集「白鳥の歌」の第4曲であり、レルシュターブの詩による7曲のうちの1曲です。セレナーデは、恋人のいる窓辺でギターを奏でながら歌う歌なのですが、シューベルトのこの歌は伴奏がギターの感じを出しています。
 竹宮恵子は、本当はシューベルトの歌曲では「いずこへ」や「楽の音に寄す」の方が好きだそうですが、あえてこの曲を選んだ理由は、聴きやすさだそうです。
 ビクター少年合唱隊のコーラスをバックに日向理は、この歌を気品のある歌声で端正に歌い上げています。ただ、いわゆる2番を省略したのはなぜでしょうか。よいできばえだけに、それが惜しまれます。
 訳詞は、「音楽の泉」の解説で有名な堀内敬三。文語体の上質な恋の歌は、あからさまでなく秘めた情熱がすてきです。

秘めやかに 闇をぬう 我が調べ
静けさは 果てもなし 来よや君
ささやく木の間を もる月影 もる月影
ひとめもとどかじ たゆたいそ たゆたいそ

君聞くや 音にむせぶ夜の鳥
我が胸の秘め事を そは歌いつ
鳴く音に込めつや 愛の悩み 愛の悩み
わりなき思いの かの一節 かの一節   (省略されている)

深き心をば 君や知る
我が心 騒げり
待てる我に 出で来よ君
出で来よ

 E マルセーリーノの歌
 映画「汚れなき悪戯」のテーマ曲でもあるこの歌は今では小学校の教科書にも登場しています。このスペイン映画は、カトリシズムに貫かれたものですが、キリスト教徒でない私が何度見ても涙の止まらない映画でした。原曲の映画のサウンドトラック盤では、男声のソロと、マルセリーノ役のパブリート・カルボ少年と神父のセリフからなっていましたが、このレコードでは、ソロを河村卓也のボーイ・ソプラノと神父役のバリトンの平野忠彦というアレンジです。河村卓也は作為のない素朴な歌い方で6歳の少年の純粋さを表現しています。また、神父役の平野忠彦の歌の慈愛に満ちた表現はどうでしょう。少年と男声の掛け合いという歌はこのレコードでは、「グリーングリーン」でもみられましたが、実によくマッチしていると思います。なお、作詞はPablo Sorozabal とJose Maria Sanchez、Silva で、作曲はPablo Sorozabal の親子です。

   マルセリーノの歌
おはよう マルセリーノ おめめをさませ
お日様 野原で笑って見てる
マルセリーノ マルセリーノ 
可愛い天使
一日おもてで仔馬のように
マルセリーノ マルセリーノ
走っておいで

おたべよたんと
お行儀よく おあがり
オムレツ このパンも

よく鳴る鐘だ この鐘は
鐘つき坊さんお手伝い
ティリン タラン ティリン タラン

2と2はいくつ? 4つ
4と4は? 8つ
8と8は? 20!!
ばかなことを!

祈れ祈れ マルセリーノ
よい子はお祈りするのだよ

野原にゆうべぼ鐘がわたると
お空を見上げて母さんを呼ぶ
マルセリーノ マルセリーノ
まつ毛がぬれた
おやすみ マルセリーノ
夢をみながら

 F 「ピノキオヘの手紙」
 「カリシモ ピノキオ」って何だろう?この歌の冒頭を飾るこの言葉は、イタリア語に疎い私には十年近く謎でした。その後、どうもフォルテの最上級がフォルテッシモだから、可愛いを表すカーラやカーロの最上級のカリッシモではないかと推察するようになりました。合っているでしょうか?

 さて、この曲について、「世界の名曲とレコード」シャンソン・カンツォーネ編に(永田文夫著 S、42 誠文堂新光社)に載っていましたので、ご紹介します。
                     
 有名なサン・レモ・フエスティヴァルやナポリ・カンツォーネフェスティヴァルのほかにイタリアには数多くの歌祭りがあります。その中でも異色的なのが、ゼッキーノ・ドーロという催しで、これは1959年からはじめられた童謡コンクールです。北イタリアのボローニャでおこなわれ、歌い手は12歳以下の子どもにかぎられています。作品は専門の作詞・作曲家でなくても・素人でも応募することができ予選を通過した子ども向きのカンツォーネを、全国から選ばれたのど自慢の少年少女が,1か月の養成を受けて歌います。そして、審査員グループの採点と、会場の子どもたちの反応とによって第1位がきめられ,優勝曲を歌ったかわいい歌い手には、金貨のメダルがプレゼントされます。それゆえ、この催しは、金貨という意味の「ゼッキーノ・ドーロ」という名で呼ばれているわけです。
 「ピノキオヘの手紙」は、ゼッキーノ・ドーロの入賞曲の一つで、ジョニイ・ドレルリが歌ってヒットさせ、今日ではスタンダード・ナンバーとして愛唱されています。題にあるピノキオは,申すまでもなくコロッディ作の童話の主人公。木で作ったあやつり人形の名まえです。ディズニーの漫画などでもおなじみですね。このカンツォーネには,ピノキオと遊んだころの思い出が、やさしくつづられています。作詞・作曲はサン・レモ・フエスティヴァルの「夢みる想い」や「黒い瞳に青い空」などの歌詞を書いているマリオ・パンゼリ。

“かわいいかわいいピノキオ。楽しかった日々のお友だち。
ぽくの秘密のすべてを,ぽくはきみに打ちあけた。思いだすかい、
ぼくが赤ちゃんだった頃を‥‥。
白い小さなぼくのベッドで、ぼくはきみの服をぬがせ、
きみと話し、きみを夢みたものだった。きみはどこにいるの? 
きみに会いたいよ。きみの世界を知りたいよ。
多分ジェペットおじさんがきみといっしょにいるんだろうね。
それから、きみをだました猫はどこにいるの?
きみに話をした善良なこおろぎはどこにいるの?                                         
かわいいかわいいピノキオ。楽しかった日々のお友だち。
ぽくの秘密を、みんな知っている。あのころと同じように、
今でもぼくの心の中にいておくれ。”

レコード モノヨニィ・ドレルリ、ジェニィ・ルナ、ロベルティーノ

 ということで、あのロベルティーノも歌っているんですね。それにしても、荒川ひろしと竹宮恵子の訳はなかなか名訳です。もちろん、変声期に入りかけの久世基弘の名唱も忘れられません。

 G なんでもやるさ(「オリバー!」より)
 ミュージカル「オリバー!」は、イギリスの文豪 チャールズ・ディッケンズの名作「オリバー・ツイスト」をもとにしたミュージカルで、ライオネル・バートの作詞・作曲により1960年にロンドンで初演されて以来、日本でも何度か上演されました。「オリバーのマーチ」「ウンパッパ」などのナンバーは人気曲です。この「なんでもやるさ」は、本来スリの誓いの歌なのですが、峯陽によって邦訳されるとき上質の友情の歌に生まれ変わりました。「みんなのうた」でとり上げられて以来、今でも歌い継がれています。
 レコードでは加藤恵夫君と河村卓也君が一番ずつ歌っています。作為のない加藤恵夫君の歌と、器用で流麗な河村卓也君の歌が対照的です。

なんでもやるさ 君のために それが友達さ
どこへでも行くさ 君のために どんなところでも
つらいことだって、我慢してみせる
僕たちが二人力合わせてやれば、何でもできる
くじけないで、君と僕は友だちさ

なんでもやるさ 君のために それが望みなら
どこへでも行くさ 君のために 空の果てまでも
いじわるな雲が じゃまをしていても 
そのうちにきっと晴れるときがくるさ
何でもできる くじけないで
君と僕は友だちさ。

 H グリーングリーン
 この歌を最初に聴いたのは「みんなの歌」でした。晴れ渡る青空の下広い野原を駆け回る子ども達を背景にして歌われていたので、曲想も明るく爽やかな歌だなあというのが最初の感想でした。しかし、それは浅い聴き方でした。父子の会話からなる7番まである歌詞をよく読んでみると相当哲学的で重いものです。この世に生きる喜びや悲しみについて語り合える父子っていいなあ。しかも、息子は父の死を覚悟しています。
 そのとき、私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃父がよく歌ってくれた楠木正成と正行父子の別れを歌った「桜井の訣別」とつながっているということでした。この歌は長調で描かれているのに、父が歌ってくれた歌は短調のように聞こえました。全くつながりのないこの二つの歌がつながりのある歌に感じられたのです。また、「小さな木の実」ともつながっているように感じます。
 この曲は、B.Mcguite Rspark作曲で片岡輝の作詞ですが、訳詞というより作詞と言ったほうがよいでしょう。
原曲では、「パパ」は登場せず、「ママ」が登場するのです。
http://www.sound.jp/childrensongworld/greengreen.htm(参照)
 なお、この曲は映画「哀しい気分でジョーク」の主題歌としても使われています。息子を失う喜劇俳優の父親役をビートたけしが好演していました。
 レコードでは、歌はバリトンの平野忠彦の父親とボーイ・ソプラノの河村卓也の息子の掛け合いという形で進められます。この掛け合いが実に美しいのです。

   グリーングリーン

1 ある日
  パパとふたりで 語り合ったさ
  この世に生きる喜び
  そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン
  青空には 小鳥が歌い
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がもえる

2 その時
  パパが言ったさ ぼくを胸に抱き
  つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと              
  グリーン グリーン
  青空には そよ風ふいて
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がゆれる

3 ある朝
  ぼくは目覚めて そして 知ったさ
  この世に つらい悲しいことがあるってことを
  グリーン グリーン
  青空には 雲が走り
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がさわぐ

4 あの時
  パパと 約束したことを守った
  こぶしをかため 胸をはり
  ラララ ぼくは立っていた
  グリーン グリーン
  まぶたには なみだがあふれ
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がぬれる

5 その朝
  パパは出かけた 遠い旅路へ
  二度と 帰って来ないと
  ラララ ぼくにもわかった
  グリーン グリーン
  青空には 虹がかかり
  グリーン グリーン 
  丘の上には ララ 緑がはえる

6 やがて
  月日が過ぎゆき ぼくは知るだろう
  パパの言ってた
  ラララ 言葉の意味を
  グリーン グリーン
  青空には 太陽がわらい
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑があざやか

7 いつか
  ぼくも 子供と 語り合うだろう
  この世に生きる喜び
  そして 悲しみのことを
  グリーン グリーン
  青空には かすみたなびき
  グリーン グリーン
  丘の上には ララ 緑がひろがる
   桜井の訣別

1 青葉茂れる桜井の
  里のわたりの夕まぐれ
  木の下陰に駒とめて
  世の行く末をつくづくと
  忍ぶ鎧の袖の上に
  散るは涙かはた露か

2 正成涙を打ち払い
  我子正行呼び寄せて
  父は兵庫へ赴かん
  彼方の浦にて討死せん
  いましはここまで来れども
  とくとく帰れ故郷へ

3 父上いかにのたもうも
  見捨てまつりてわれ一人
  いかで帰らん帰られん
  この正行は年こそは
  未だ若けれ諸共に
  御供仕えん死出の旅

4 いましをここより帰さんは
  わが私の為ならず
  己れ討死為さんには
  世は尊氏の儘ならん
  早く生い立ち大君に
  仕えまつれよ国の為

5 この一刀は往し年
  君の賜いし物なるぞ
  この世の別れの形見にと
  いましにこれを贈りてん
  行けよ正行故郷へ
  老いたる母の待ちまさん

6 共に見送り見返りて
  別れを惜む折りからに
  復も降り来る五月雨の
  空に聞こゆる時鳥
  誰れか哀と聞かざらん
  あわれ血に泣くその声を





















 I 君、恋し君
 「ドイツ民謡」と解説書には書いてありますが、どちらかというとドイツ学生歌に分類した方がよさそうな歌です。日本でも慶応大学ワグネルソサエティー男声合唱団などの持ち歌になっています。俗っぽく言えば、大学生たちのコンパで歌われる歌ですが、アルコールが入る場面で歌われていても品格のある歌です。なぜなら、この歌が誕生した当時のドイツでは、大学で学ぶことのできる者は、超エリートであり、それだけに自らに誇りをもっていたに違いありません。その辺りの事情は、ウィルヘルム・マイアー=フェルスターが脚本化した「アルト・ハイデルベルグ」や、それをロンバーグがミュージカル化した「学生王子」を参照すればよいでしょう。今からすれば大時代的でさえある「学生王子のセレナード」や「我が心君に深く」も、プライドのある歌です。
 日本語訳にあたっても文語体のため、恋の歌でありながら禁欲的にさえ聞こえます。そのため、ナポリ民謡の系列にあるディ・カプア作曲の「マリア・マリ」のようなあからさまな恋の歌よりも、秘めたる情熱を感じます。レコードでは、日向理のまっすぐな透明感のある歌が、よい効果を現しています。

   君、恋し君(我が心の花)
君恋しつつ、我慕うも
君つれなくも 心見せぬよ
ラララ ヤアヤアヤアヤア
心見せぬよ

離れていても、胸燃やしつつt
君胸燃やしつつ 幸の日を待つ
ラララ ヤアヤアヤアヤア
幸の日を待つ

 J 逃げた小鳥
 この憂いに満ちた曲を最初に聴いたのも「みんなの歌」でした。1960年代の「みんなの歌」は、外国の曲に日本の歌詞をつけるという曲が多くあり、原曲から離れた歌詞でありながら、その曲の持ち味を引き出したものが多くあります。「逃げた小鳥」の原曲は、ポーランド民謡と表記されているものもありますが、正確には 薩摩忠作詞,. シゲチンスキー作曲,ということです。番組で歌っていたのは「西六郷少年合唱団」ということですが、番組で、あえて「少年少女合唱団」と表記していなかったのは、少年だけによって歌われていたのではないかと思います。竹宮恵子は、「小鳥」とは、かけがえのない友人や恋人ではないかと注釈を入れていますが、果たしてこの歌の原曲の歌詞は、「小鳥」だったのでしょうか。
 さて、歌では「に・げ・た」というテンポの微妙な美しさはシャンソン風です。また、「からのかごをかかえながら僕は探しまわる」という山場の部分には、胸をかきむしられます。レコードでは、変声期に入った中2の久世基弘が「僕は探しまわる」「探すよ」と一人二重唱を聴かせてくれます。レコードだからこそできる高等技術ですが、この効果が活かされて大きな盛り上がりを作っています。

   逃げた小鳥
ぼくの小鳥 雪のような 白い鳥が逃げた
こちらの屋根 あちらの木々 どこにもいない
からのかごをかかえながら ぼくは探しまわる(探すよ)
 ぼくの小鳥 逃げた小鳥
 おまえはどこにいる

ぼくの小鳥 笛のように 歌う鳥が逃げた
小鳥だって せまいかごは 嫌いだろうが
窓の外は 嵐も吹く 恐い鷹もいるよ(いるんだ)
 ぼくの小鳥 逃げた小鳥
 おまえはどこにいる

 K グリーンスリーヴス
 イングランドの最も古い民謡で、エリザベス朝時代(16世紀後半頃)によく歌われていたそうです。この詩は、ヘンリー8世が1530年ごろ、アン・ブーリンに求婚したときに書いたという説もあります。この歌は、シェイクスピアの劇の中でも言及され、1962年のアメリカ映画「西部開拓史」の挿入歌となり、”What child is this?”という歌詞でクリスマスキャロルとして歌われています。また、映画「青きドナウ」の中でも練習でトニーが独唱します。と言うよりも、この歌はウィーン少年合唱団の十八番です。さらに、ビートルズが「愛こそはすべて」のエンディングで使用してみたりと、多くの人々に長く愛されてきた名曲です。
 ゆっくりしたテンポの曲のため、肺活量の少ない少年にとっては息継ぎが難しい曲です。日本のボーイ・ソプラノとしてはたっぷりした声量の日向理によって歌われていますが、息継ぎには苦労したと制作ノートに記されています。

   グリーンスリーヴス
緑の並木に そよ風吹く頃
僕の心も 緑にもえる
君と共に 語る日近いと
ばら色の雲が 呼びかけて 過ぎていった
 
緑の並木に そよ風吹く頃
僕の心も 緑にもえる
君と共に 楽しく語れと
そよ風は今日も ささやいて 過ぎていった


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