長嶋監督の誤算といってもオリンピックの話ではない。球場にでかでかと長嶋監督の顔の看板が掲げられている「セコム」の誤算である。といってもセコムが悪いわけではない。 今日の夕方、私はとある家に赴いた。防犯に関する事なので、これ以上は説明しないが、夕刊配達などの走りまわる時間帯の閑静な住宅地とだけ言っておこう。私にしては珍しくマメな気分だったので、留守番がてら、最近凝っているカレーを作っちゃおうと思い、材料を仕入れ、車で現地に乗りつけた。この家はセコムに入ってて、鍵の開け方とか、ちょっとややこしいから、ほんとはあんまり一人では来たくないのだが、「何事にも最初はある」からと、鍵を開け、飛んでいってセコムを解除し、一息ついた。うまく出来てよかった。セコムを解除するまで、警告メッセージが秒読みで響くから、慣れないとけっこうあせるのだ。 さて今日のカレーは、このあいだテレビでやっていた「水を使わない夏野菜カレー」だ。 おあげとトマトとおなすとしし唐、生姜にりんごジュースを使って市販のカレールーで煮込む。野菜から水分が出るから、水は加えなくていいという説明だった。早速初挑戦。 ところが案の定、ちょっと水分が足りない。そのため「おたま」に入れたルーが溶けにくい。「やっぱり水入れよう」 ここで水道の水を入れりゃ良かったんだが、ちょうど梨木神社で汲んで来た美味しい水が車に入っていた。せっかくだから美味しい水を使おう・・・と火はそのままに、車に走った。 「いそがなな」 門を出て、素早く水を持ち出し、戻る。 ・・・はずだったが、「あれ? 開かない」 門が開かない。 門がオートロックで閉まってしまった! 「うそやろ」 ちょっと一人で笑ってみて、もう一度手を伸ばす。やっぱり開かない。 「・・・・・」 どうすんの!台所で水分がどんどん蒸発してる鍋がグツグツいってるんやで!どうすんの!! 私の手には車のキーとペットボトルに入れた美味しい水があるだけで、携帯電話はもちろん、小銭10円すらない。 家人はまだまだ帰ってこないはずだ。いや、もしすぐこちらへ向かったとしても、その頃には家は焼けているかもしれない。セコムに電話して、来てもらうか?セコムの人って鍵持ってるの?いや交番探すか?でも免許証もなんもかも家の中なのに、どうやって私の身元を信じてもらうわけ?他人が騒いだからって、いちいち鍵を開けてたら「防犯」の意味ないだろうから、きっと無理だ。近所の人に頼むったって、近所の人も鍵なんか持ってないだろう。とにかく、こんなことしてるうちに、鍋は煮えくりかえり、家が燃えるかもしれないのだ!家が燃えなくたって火災報知器で家中水浸し・・・ 夕刊や宅急便やらのバイクや車が行き交う道路に立ったまま、私は空を睨んでいた。 「これしかない」 ・・・決意は固まった・・・ 「塀を乗り越えるんや」 セコムは解除してある。 「ちょっと怪しいけど、大分恥ずかしいけど、グズグズしてる暇はない。家が燃えてしまう。」 撮影用の車なら、脚立も積んであるのだが、この車には水しか入ってない。辺りを見回しても、防火用の赤いプラスチックのバケツがあるだけだ。「あれでは無理だ」 私は車を塀にピッタリと横付けし、車のトランクに登って(幸い車はへこまなかった)、そこから更に塀によじ登り、瓦を壊さないように細心の注意を払い、塀の向うへ飛び降りた。我ながら、あっぱれ! 大急ぎで台所に向かい、火を止める。危機一髪。おたまでかきまぜてみる。 あぢー!! 我が家のおたまは柄がプラスチックなので、鍋に入れっぱなしでも、すぐ持てる。けどここのおたまは鉄そのものだった。ジュっ・・・とこそいわなかったが、火傷や、火傷。もう踏んだり蹴ったり。 おまけに鍋はかなり焦げ付いて、カレーも酸っぱくなっていた。一応美味しい水を入れて薄めてみた。家には他に食べる物はなかったが、もう家人が帰ってくるまで、1歩たりとも家を出たくない。このまずそうなカレーを食べるより仕方ないな。家が無事だったんだ。カレー位まずくても、めでたしめでたしや。 自分の失敗を棚にあげ、けっこう満足感すら感じていた。 「まだまだ私の運動神経も捨てたもんやないやん」 あとは後日、あの姿を見ていたかもしれない近所の人が、チクらないことを祈るばかりである。 押入れの中 Copyright (C) 2004 Yuka Hoshino. All rights reserved. |