小林佳美 :訳(原作)
「えっ、またなのぉ。」 ミツコはヒステリーに近い状態で言った。
三男のタカユキから電話である。超特急で体操用ジャージィを学校まで届けてと言うのだ。
兄たちとは違い、タカユキはよく忘れ物をする。ミツコはいつも弁当、教科書・・・何だって届けている。
校舎に掛っている時計はもう、授業の始まる8時30分近くを指していた。生徒たちは正門を走り込んで来ている。
「よぉ、間に合ったな。」
「こんどの日曜日は時間がないんだよ。模擬テストを受けなきゃいけないって。忘れたの?」
このせりふがミツコの耳に入った時にはタカユキの姿は目前にはなかった。タカユキが走って門の中にいるグループに戻った途端、どっと笑い声が渦巻いた。
ミツコは台所でカップのコーヒーをのぞきこんでいた。
ミツコは、自分がまだ中学生で小さな町に住んでいた頃を想い出していた。
「そうだわ、私もパンプスにしなくちゃ。」
彼女は公衆電話に走った。
「ミコちゃん、ひとっ飛びでいってあげるよ。」
ミツコはコーヒーをゆっくりとすすり続けた。
「あら、またおじいちゃんのお見舞いに行かなくちゃいけないわ。」 (終) |