2006年3月1日(水曜日)、下宿の大家と話をしていて、面白いことが分かった。私が書いたアスペルガー症候群という独り言を当の本人が読んでいて(彼に読ませるために書いているのだが......)、大家が「電話で文句を言われた」というのである。いわく「どうして羽角さんに、カプセルホテルに泊まったことを教えるんですか?」とのことで、彼女は「わざわざ電話をかけてきて、何を言うのかと思えば......」と呆れていた。彼は、どう見ても頭の良い人間ではない。そんなに知られたくなければ、カプセルホテルに泊まったことを誰にも言わなければ済む話なのだが、それが理解できないところが、アスペルガー症候群のアスペルガー症候群たる所以(ゆえん)なんだろうなあ。私のホームページを読んでいながら、自分の言動を改めようともせず(否、改めることなど、微塵も考えていないのかもしれない)、逆に私のことを「おかしい」と、行く先々で吹聴して回るのは、気の振れた確信犯以外の何者でもないと思うのだが......(1)。
4月7日(金曜日)、問題の人物が漸く引っ越してくれた。近所の人からも「お前のとこ、なんか『おかしい』のがいるんでねえか。道、歩いてると、いつも大きな声でブツクサブツクサ、独り言、言ってるこて(新潟弁)」と言われ、かなり大家も気にしていたようである。問題の人物に下宿から出て行ってもらいたいことを、大家は前々から遠回しに言っていた。しかし「あんたが出て行くと、寂しくなるすけ」とか「あんたは良い人なんだろすけ」とか、彼に「出て行く必要がない」と思わせるような言い回しをしていた。彼女が「なかなか出て行かないこて」と、私に愚痴をこぼすので「アスペルガー症候群(高機能自閉症: 知的障害を伴わない発達障害)の人は、言われたことを額面通りに受け取るから(つまり、彼には、遠回しの表現は通用しないから)、はっきりと『迷惑だから出て行って欲しい』と言わなければダメですよ」と教えたところ、それを実行したそうである。引っ越した先の住人にとっては迷惑の種になるだろうが、ここの下宿人や大家には万々歳である。これで漸く、平穏な生活が取り戻せるというものである(2)。
5月12日(金曜日)、大学に出かける前に下宿の大家と話す機会があった。先日、問題の人物が溜まった郵便物を受け取りに来たので、彼女は世間話のつもりで「今度の下宿は、大学から近くていいこたね」と言ったのだそうである。すると「かえって遠くなりました。橋を2回も渡らなければならなくなったので」と答えたそうで、彼女が不思議に思って尋ねてみると、彼は新しい下宿がある新潟市西区五十嵐2の町から往来橋を渡って、大学とは逆方向の3の町側に来て、そこから新川沿いに坂を登って新川元橋を渡り、2の町側にある新潟大学五十嵐キャンパスに通っているという話であった(この「新川沿いに坂を登って大学まで行く」という遠回りの道順への「こだわり」は、彼が3の町側の私の下宿にいた頃のものである。下宿先が大学に近い2の町側に移っても、この道順を変えることが出来ないのは、高機能自閉症であるアスペルガー症候群の特徴のひとつとされている)。つまり、直線で行けるところをわざわざ「Cの字型」に、3倍もの時間をかけて歩いているわけである。大家も、まさかこんな答えが返って来るとは思わず、何か聞いてはいけないものを聞いてしまったような、後味の悪さを覚えたそうである。これもカプセルホテルに泊まった件と同じ流れにあるもので、アスペルガー症候群の人は、自分の言動が「傍ら痛い」という自覚がないので、こういった、他人が知らなくてもいいこと、知る必要のないことを平気で口にするのだろう(おまけに、自分自身の異常さを隠そうとして、逆に私のほうがアスペルガー症候群だと言いふらす始末で、迷惑この上ない)。
5月18日(木曜日)の大家の話では、この問題の人物が下宿を出るとき「お金がないから下宿代を待って下さい」と言って来たそうである。その下宿代を2〜3日前に彼が現金書留で郵送して来たそうで「毎日、3の町まで来て大学に行ってるんだったら、家に寄って下宿代を払っていけばいいのに、わざわざ現金書留を送って来るなんて、おかしな人だよねえ」と呆れていた。おまけに、その現金書留には、ぎっしりと彼の近況が記された便せん4枚が同封されていたそうで「手紙に『指導教員が投稿原稿を直してくれず、論文が出ないので、なかなか博士号が取れない』とか『この大学のレベルは低い。私がいた職能開発大学校のほうが、よっぽどレベルが高い』とか書かれても、こっちには何のことやら、さっぱり分からないのにねえ」と大家が二重に呆れていたのが、妙に印象的であった(3)。
この問題の人物は、指導教員や研究室への不平不満をあちこちで吹聴して回る癖が今だに抜けないようで、以前は私も随分と不平不満を聞かされ、自分の時間を持てずに、かなりの迷惑を被ったものである。(2006年現在で)50近い年齢の男が、いい加減、自分の能力のなさや、休学してまで規定数の学術論文を揃えることの無意味さに気付いても良い頃だし、博士号取得を人生の目標に掲げることも、止めたほうが賢明だとは思うのだが......。
[脚注]
(1) 私の場合、他人に迷惑をかけている人物に対して注意する段階は、大きく分けて3つある。まず、本人に直接、注意する。この段階での努力が、全体の8割以上を占めると思う。これでダメなら、一縷(いちる)の望みを託して、第三者を介して注意してもらう。最後の手段が、私のホームページへの書き込みである。いきなり書いているわけではないことを、まずは理解していただきたい。ところが、注意される側の人間(当事者: 福祉分野の専門用語)には「他人に迷惑をかけている」という自覚が皆無なので、自分の悪口を言われたと勘違いして、逆に「私への中傷を繰り返す」という構図が出来上がってしまうわけである。また、私のことをよく知らない人たちは、私のホームページに書かれてある内容をいい加減に読んで「あいつは周囲の人間の悪口ばかり書いている」という勝手な思い込み、誤った認識を持ち(曲解し)、場合によっては愉快犯的に中傷する側に回ることもあるわけである(私の「独り言」への書き込みが、私に迷惑をかけている当事者に読ませて、反省を促す文章であって「第三者が、どうのこうのと言っている文章ではない」という厳然たる事実が存在するにも関わらず、自分の読解力の足りなさを棚に上げて、あるいは自分自身で深く考えることをしないで、つまり、まったくの思考停止状態で、脊髄反射的に私をたたいているだけのファシズムに過ぎないことに、想い至るだけの、知性の欠片[かけら]もないのか?)。私なんかは「普段は良い人を演じているくせに匿名で中傷の書き込みをする人や、文章を『実名で』書いている私に対し「危機管理能力に問題があるから、危なくて、どこも採用するところなんてない」と『匿名で』中傷し、あるいは、それに類する中傷の書き込みをして、ネット世論を誘導しようとする人(名無しの卑怯者)のほうが、性格も歪み切っていて、悪質性も高い」と思うのだが、書いている本人にその自覚がないところが、ネット社会の怖いところでもある。
(2) この問題の人物が、下宿から出て行く直前に1ヶ月間ほど続けていた行為が、(対象となる動物の行動を詳細に観察するのが仕事である)動物行動学者の私でも、今だに理解できないでいる(なぜ詳細に書いているのか、わざわざ説明しないと分からないのか?)。彼は、この期間中、毎朝、出かける前に自分の部屋のドアを開け放ち、たたんだ布団を廊下に出して、そのままの状態で大学に行っていたのである。部屋の中は廊下から見られ放題だし、泥棒に入られることなど、お構いなしであった。それに、布団が廊下の一部を占拠して、他人が通ることも出来なくなっていた。それと、この文章を書いているときに思い出したので、ついでに書いておくことにする。ある日、私が自然科学研究科管理棟2階の休憩室で新聞を読んでいると、この問題の人物が来て「工学部の准教授の先生から『行動が、おかしい』と言われたんだけれど、どこも、おかしいとこなんてないですよね!!」と、私に、いきなり同意を求めて来たことがある(この言葉から察するに、彼自身、自分がアスペルガー症候群だとは、微塵も思っていないのだろう)。私も、彼が、おかしいことは重々承知していたが、面と向かって「おかしい」と言うわけにもいかず「別に、おかしいところなんてないよ」と、優しい言葉をかけてしまったのが間違いの始まりで、彼のような攻撃的で思い込みの激しい人物に、優しい言葉をかけてはいけなかったのだと、今では後悔している(アスペルガー症候群の人は純粋だと思っている人が少なからずいるようだが、仮にそうであったとしても、悪意がない[自分が悪いことをしているという自覚がない]中傷ほど、厄介なものはない)。
(3) 大家は私の母親よりも年上だが、私が大家から色んな情報を得ることが出来るのは、ひとえに大家からの信頼が厚いからに他ならない。人生の先達は、ちゃんと人を観ているのである。従って、この問題の人物が、カプセルホテルに泊まったことを大家に話すこと自体、愚の骨頂なのだが、それが理解できないところに、アスペルガー症候群の悲哀が隠されているのかもしれない。