厚生労働省の周辺に、連日のように車いすの人たちがやってくる。日が暮れても、建物の前から動こうとしない。
4月から新しく始まる支援費制度を目前にして、厚労省が突然、地域での生活を支えるホームヘルプサービスに実質的な「上限」を設ける方針を打ち出したからだ。
障害者や支援団体は、危機感をつのらせ、抗議の声をあげている。
支援費制度は、高齢者の介護保険のように、一定の自己負担とともに、どんなサービスを受けるか、どの事業者を使うかを障害者自身が選べるようにするものだ。ホームヘルパーから食事や入浴などの介助を受けて、地域で暮らすことも夢ではなくなると障害者や家族は期待していた。
その中心となるのは、自治体が行うホームヘルプサービス事業だ。国は10年ほど前から費用の2分の1の補助金を出して、その育成をはかってきた。
ところが、厚労省は実績にあわせて出してきた補助金の配分を変える考えだ。
来年度からは全身に障害のある人で月120時間程度、重い知的障害の人は50時間など、平均利用時間から割り出した障害別の基準にもとづいて人数分の補助金を支給することにしたいというのだ。
「全国一律のサービスが受けられるよう公平に配分するためだ。上限ではなく基準と受け取ってもらいたい」と厚労省は説明している。
しかし、これから取り組む自治体では、国の基準がそのままサービスの上限になる可能性が高い。一方、手厚いサービスを行ってきた自治体では補助金が減らされ、サービスが低下する心配がある。
努力を重ねてきた自治体は、自分たちへの補助金を削って何もしてこなかったところに回すのか、と反発している。
障害者も支援団体も無制限に補助金を出せと言っているのではない。「限りある大切な補助金だからこそ、今の案をいったん白紙に戻して、有益な配分方法を当事者と一緒に考えてほしい」と訴えているのだ。もっともな提案ではないだろうか。
熱心な自治体はこの補助金を活用し、障害者の切実な声に応えてサービスの拡充につとめてきた。厚労省も上限を設けることなく、ひとりひとりの障害に応じたサービスを提供するよう指導してきた。
その結果、1日10時間以上の介護が必要な重度の障害者も施設から出て、アパートやグループホームなどで暮らすことができるようになった。
厚労省の方針が実施されると、せっかく地域で生活を始めた人たちが、また施設に戻らなければならなくなる恐れも強い。
来年度からの「新障害者プラン」で厚労省は「施設から地域へ」という基本方針を打ち出したばかりだ。それなのに、「利用者本位」の支援費制度の内実がこんなことになっていいはずはない。
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群馬県高崎市の山中に何棟もの建物が点在する。重い知的障害のある人たちの大規模入所施設、国立コロニー「のぞみの園」である。(リンクさせてあります)
500人ほどが1棟に25人ずつ暮らしている。1部屋に3、4人。食事や入浴は決められた時間通りに進められる。
作業場も趣味を楽しむセンターも診療所も運動場も広大な敷地に備わっている。人里離れたところで営まれる別世界だ。
唯一の国立コロニー、のぞみの園のあり方を議論してきた厚生労働省の検討委員会が、知的障害者に対する施策の抜本的な転換を求める報告をまとめた。
だれもが地域でその人らしく生きるという考え方に沿って、07年度までに3〜4割の人が施設を出て周辺地域や出身地のグループホームなどで暮らせるように、と提言したのである。
30年も前から、大規模入所施設を反省し、「脱施設」に取り組み始めた欧米諸国とは対照的に、日本は施設を増やし続けてきた。遅すぎた感はあるが、数値目標を盛り込んだ報告が出たことは歓迎したい。
地域での暮らしを確かなものにするには、多くの壁を乗り越える必要がある。
71年に開園したのぞみの園に入っている人の平均年齢は53歳。入所期間は27年に及び、出身地も全国にまたがっている。国が施設に偏った予算の配分を変えることはもちろんだが、全国の自治体も入所者を迎えるための住まいやサービスなどの整備を急がなければなるまい。
滋賀県は、知的障害者が県内どこに住んでも24時間、365日、在宅でサービスを受けられる仕組みを築いている。
ある施設の職員たちが、地域で暮らす障害者のためにボランティアでホームヘルプサービスを始めたのが発端だった。
職員たちが独立し、96年、甲賀郡に地域支援の拠点「れがーと」を設立した。ヘルパー派遣をはじめ日中預かり、夜間預かり、休日に映画や買い物に付きそうサービスなどを多様に提供してきた。
県はこの試みに注目し、県内各地に同様の在宅サービス網をはりめぐらした。
滋賀県の試みでとりわけ注目されるのは、グループホームの体験宿泊だ。
重い知的障害がある26歳の男性は、2年前から体験用のグループホームに毎週通って2泊程度の宿泊を重ねている。50代の両親と暮らしているが、親はやがて老いる。将来のグループホームでの暮らしに備えた予行演習だ。この間、彼は自分でできることが格段に増えた。「先行き、施設という選択肢は消えた」と母親は語る。
長野県や宮城県でも、コロニー縮小に向けた準備を独自に始めている。
のぞみの園には、入居者や親たちにきめ細かく配慮しながら、自治体や民間施設のモデルになりうる「脱施設」を実行してもらいたい。