もう深夜になっていた。
「おかしい……」
何杯目かのコーヒーを口に運んで、ジョージがつぶやいた。
 すでに机につっぷしていたフレッドが、むくりと顔を上げた。
「おかしいのは最初からわかってるじゃないか」
 あの後二人はコイントスでどちらがどの役割をするかを決めた。負けたのはフレッドだったので、ジョージが盾のマントと帽子を身に付け、フレッドが呪いをかけた。帽子に狙い目を付けた呪いがしっかりはね返るのを見て、中年男は、ほお、と感心した声を上げた。が、フレッドのほうは思わず生物としての防衛本能が働いて、戻ってきた呪いをまたはね返してしまった。
「あ、ばかっ!」
ジョージは咄嗟にマントで顔を覆い、それをまたはね返してしまった。そしてフレッドが今度はそれを、また返してしまってはしょうがないと思い、杖を振って光線をそらせた。そしてそれがたまたま(ジョージは絶対故意に違いないと思っているのだが)男のほうに向かってしまったというわけだ。
 よけることも返すこともできなかった中年男の鼻や頬がみるみるうちに腫れ上がり、東洋のマンガのなんとかマンのような顔になってしまった。反対呪文で元に戻るまでの間、男はかんかんだったが、フレッドとジョージは怒ってよけいに赤くなる男の顔を見て笑いをこらえるのに必死だった。それから、それでも男は盾の商品一式と、その他にも防犯に役立ちそうなグッズをあれこれと買い込んでようやく帰っていった。
 そして二人は手に入れたハーティ社の欠陥商品を分析にかかったのだった。細かく刻んであれこれと魔法をかけたり薬液に浸けたり。ライバル社の商品の欠陥なり脆弱性なりが分かれば、これからの販売戦略に大いに役立つ。そう考えてのことだった。だが、それどころではないかもしれない……。
「そうじゃなくて。これ、本当にただの偶然でこんなことになるかな」
残っている切れ端を指先でもてあそぶように裏表にさせながら、ジョージが考え込んでいた。
「意図的にってことか? あそこはオーダーメイドだったか?」
「なわけないだろう。なんでだ?」
「もしあのオヤジから注文受けたんだったら俺でもやるね」
「止めるつもりはないけど……」
冗談とも本気ともつかないフレッドの言葉に適当な返事を返して、ジョージはまた考え込んでしまった。
「意図的だとしたら、これだけそう作られてるってことなのか……」
「……俺は違うと思うね」
 フレッドも少し考えてからそう断じた。
「なんでそう思う?」
「まず第一に、あのオヤジは正真正銘ただの小者だ。そんなやつにわざわざ痛い目見せて何の得があるのか分からない。第二に、あいつがハーティ社に返品に行ったときの対応だ。手慣れてるって印象を俺は受けたな」
「ほかにも同じ被害が出てるかもしれないわけだ。だとするとまともに商売をやろうって連中じゃないな」
「そうだな。稼げるだけ稼いだらさっさと消えようってわけだ。だったら俺たちにとっては好都合じゃないか。ほっとけばいい」
 フレッドは気分良さそうに、コーヒーポットに手を伸ばして自分のカップに注いだ。
「そうかな」
「なんか気になるのか?」
「今回はそれでいいかもしれないけど、こういう手合いは次々品を変え、名前を変えて同じこと繰り返すだろう? また俺たちの店が迷惑被らないとも言えないし、それに下手すると盾の商品自体の信用がなくなる恐れがある」
「なら警察にでも通報するか? あるい魔法省の『没収局』とか」
「それも手だけどな。なんだか……」
「ま、タレ込みなんて俺たちらしくないか」
「公権力に頼るっていうのも好みじゃないな」
 フレッドは目をつぶって考え込み、腕組みをしてまた机に伏せてしまった。ジョージは近くを浮遊していた開発途中らしいダーツのようなものをつかんでフレッドの頭にコツンと投げつけた。
「寝るな」
「寝てない」
「俺としてはあの広告のお返しをしてやりたい」
「そうだな。これを利用してむしろ流れをこっちに戻してやろうか」
「となると……」
「こっちも『日刊予言者新聞』を利用させていただこうか」
フレッドはあくびをしながらそう言った。


 翌日二人はフレッチャーに頼んでハーティ社の製品をひとそろえ購入してもらった。そして何も知らない気の毒なフレッチャーを相手に実験したところ、やはり同じような結果になった。それで二人はわざわざ写真まで撮り、分析結果とそれに対する自分たちの商品の優位性までまとめてレポートを作り、『日刊予言者新聞』のみならずラジオ局にまで送りつけたのだった。ハーティ社のインチキは暴かれ、そしてそれを暴いたのはW.W.W.の経営者であることまで報道される……はずだった、のだが……。
「くそっ!!」
 フレッドは新聞をぐしゃぐしゃに握りつぶして床に叩きつけ、さらにそれを足で踏みつけた。床にはすでに2通の手紙がやはりぐしゃぐしゃに丸められて落ちていた。それは『日刊予言者新聞』とラジオ局から送り返されてきた手紙だった。どちらもフレッドとジョージの告発について、根拠なしということで報道を拒否するものだった。送った写真もデータも「捏造」とされた。そして新聞にはその日もハーティ社の広告がでかでかと出て、若く可愛い魔女が笑顔で呪いをはね返していた。最近この魔女が人気なのだという。
 フレッドはソファにどさりと腰を下ろした。新聞紙に八つ当たりしても少しも気は晴れない。ジョージはテーブルのところの椅子で頬杖をついたまま黙っていた。
「なんでだよ! こんな面白いネタ絶対食いつくと思ったのに! 俺たちの言うことが信用できないってんなら一つ買って試してみればすぐ分かることなのに!」
フレッドは大きく溜息をついて、髪をかき回した。
「追及するどころか取材すらしようとせず、平気でこんな広告載せてるなんて!」
「広告?」
 床に放り出された新聞をじっと無言で見つめていたジョージが、立ち上がってそれを拾い上げた。
「広告……つまりそういうことか」
「広告がどうかしたのか?」
  お行儀悪くソファの上で片膝を立てていたフレッドが、少し落ち着きを取り戻してジョージを見た。
「広告料さ。多分規定の何倍もの金額を出してるんだろう。新聞社としては重要な収入源だからな。みすみす失いたくはないだろう。自分たちから追及するはずがない」
「ばかな。じゃあ金のためにジャーナリズムを放棄してるってのか?」
「そんなに不思議でもないだろう。ここ数年変な報道も目立ったし。いや、元々そうだったのかもな。俺たちが子供で気づかなかっただけで……」
 ジョージもソファに座り込み、新聞をフレッドの手に戻した。フレッドは写真の中の魔女の笑顔を見つめて舌打ちした。
「べつに新聞が正しいことを伝えてるなんて思ってたわけじゃない。けど、ここまで腐ってるとはな。金さえ払えばなんでもありか」
「多分、だぞ。証拠があるわけじゃない。幾ら払ってるのか知らないが、元を取って余りある儲けがなきゃやらないはずだ。いくら手抜きでコストを抑えても、その広告料に見合うだけの儲けがあるのか、ちょっと疑問ではあるな」
「当然この商品だけを扱ってる小さな会社じゃないんだろう。違う名前で別の商売してるに決まってるさ。あるいはグループ化されてる可能性もあるな。いずれまともなもんじゃないだろうけどな」
「案外手強い相手かもな。どうする。このまま奴らが自滅するか、潮時を見計らって手を引いてくれるのを待つか?」
「ありえないね。マスコミは何も新聞とラジオだけじゃない。あいつらが広告を出してないとこをまず探そう」
「『ザ・クィブラー』とか?」
ジョージが面白そうに言った。それを聞くと、ようやくフレッドもくすりと笑った。
「『日刊予言者』が駄目なら『ザ・ムーン紙』とか『週刊魔女セブン』とかいろいろあるだろ」
「けどそれじゃあ、ただのゴシップで終わっちまうぜ。そもそも読む側が事実だと思って読んじゃいないだろう、あんなの」
「うーん……」
「こっちで動かぬ証拠をそろえて『予言者新聞』に突きつけられれば一番いいんだけどな」
「どうかな。この調子じゃあ、証拠があっても握りつぶされそうだぜ。いや、待てよ……」
「何かいいアイディアでも?」
「七光りにも公権力にも頼るのは主義に反するが……この際……」
そう言ってフレッドはジョージの顔を見た。ジョージは一拍置いて、仕方ないというふうに何度かうなづいた。






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