「用意はいいか?……ぶっ」
「ああ」
「いいか、くれぐれも本性を現わすなよ……くくっ」
「わかってるよ」
「猫の皮10枚ぐらい……くくくっ……かぶってろよ。たとえどんなにむ、むかつくことをい、言われても……ぷっ、くくっ」
「わかったからいいかげん笑うのをやめろ! どうしても止まらないなら俺が止めてやろうか! 息の根ごと!」
「うあ、よせ! 悪かったって!」
 今ジョージは髪を黒く染め、黒い角縁のメガネをかけ、どこにでもありふれた黒っぽいローブに定番のとんがり帽子を目深にかぶっていた。
 10日ほど前にも一度、ジョージはこの格好をした。その時もフレッドは、髪の色を除けば誰かに似てる、そうだ、今は亡き優秀にして親孝行な三男殿だ、と言って大笑いした。そしてその後、おまえってやっぱりパーシーと兄弟だったんだなあ、と他人事のように言って、やはりジョージに絞め殺されかけたのだった。
 その格好でジョージはハーティ社に客を装って商品を購入してきた。そして仕方ないので今回は二人で分け合って両方とも交代で実験台になった。当然予測された結果になった。それを持って、再びハーティ社を訪れようというところだ。
 ただし、今度はジョージのローブのポケットに、二人で新たに開発した改良型伸び耳を仕込んでいた。ハーティ社のドアに『邪魔よけ呪文』が施されているかもしれないと推測し、以前から少しずつ手を付けてはいた伸び耳の新型を完成させて使ってみることにした。マグルの使う盗聴器に近いもので、両側の先端を切り離しても使えるようにしたものだ。その上に、オムニオキュラーを応用し、伸び耳を通して伝わってきた音声を記録しておけるようにしたのだ。
 ジョージが中に入ると、フレッドはハーティ社の店の脇の狭い路地に入り込んで伸び耳の一端を耳に入れた。
「感度良好」
小さな声で独り言を言って、にやりと笑った。
 ジョージがおずおずと(という様子を装って)商品に対する苦情を申し入れると、店の人間は
「ではこちらの奥の部屋へどうぞ。ゆっくりお話を伺います」
と、おそらく表から声の聞こえない部屋へと案内しているようだった。顔には笑顔を張り付かせたままなのだろうが、その声は最初と違って無機的な響きがあった。
 奥の部屋に入ったら、もしかして伸び耳が聞こえなくなるかもしれない。だがジョージがあくまでここでと言い張れば不審を買うかもしれない。フレッドは少し緊張して耳を澄ませた。かさかさと布のこすれる音がして、ジョージはおとなしく店の人間に従って移動したようだ。
 ドアの閉まる音が聞こえた。それからジョージがごくわずかなささやき声で
「2人出てきた」
と言ったのが聞こえた。
 その後は予想どおりの展開だった。3人を相手に再度ジョージが(嘘の)事情を説明すると、それは説明書に書いてあった、納得の上で買ったはずだとドスの効いた声ではねつけられる。
 アーサーに言われて二人はそれもチェックしていた。確かに商品を買ったときに、3枚にもなる説明書が付いてきた。細かい字でびっしりと、会社の宣伝から始まって、わかったようなわからないような商品説明が書かれていた。たかがマントや帽子を身に付けるのに、こんなものを隅から隅まで読む人間は普通いない。そのぎっしり書かれた文章の中に埋もれるように、稀に相手の魔力が非常に強い場合効力を100%発揮できない場合もある、と一言だけ書かれていた。
 ジョージが精一杯弱々しい声で、そこまでは読んでいないと答えると、ならそっちが悪いだろうといきなり怒鳴り声がした。フレッドは思わず「いてっ」と言って伸び耳を外してしまい、慌ててまた付け直した。
 この前の小心者の中年男でなくても、普通の人間ならこれで涙目になってすごすご帰るしかないだろう。しかも被害者がほかにいることを知らず、自分だけだと思っているのだから。
 だがフレッドとジョージはもう少し決定的な場面がほしかった。ジョージは、商品を無料で交換するか返金してほしいとおそるおそる(という振りをして)申し出た。すると、W.W.W.に来たあの男が言っていたように、強請るつもりかとか、こっちがおまえを訴えるぞとか警察に突き出すぞとか、3人がかりで恫喝し始めた。フレッドはジョージの反応が気になったが、内部の様子を見ることまではできない。とりあえず言い返さずに大人しくはしているようだ。
 ジョージはといえば、役者ではないのでそんな微妙な表情を作れるはずもなく、なるべく顔を見られないようにとにかく硬い表情でうつむいていた。ちゃんとフレッドに聞こえているのだろうか。記録は取れているのだろうか。そんなことを心配しながら黙って言われるままになっていると、子供の頃よく学校の教師や親に怒られている間、神妙な顔でとにかく時間が過ぎるのを待っていたことを思い出しておかしくなってきてしまった。しかしもちろん思い出し笑いなんぞするわけにもいかないので、唇をかんで我慢していた。それがかえって効果的だったようで、疑われることもなく、相手がひとしきり怒鳴り散らした後、わかりましたとぼそりと言って出てきた。
 ジョージが外へ出た音がすると、二人でいるところを見られないために、フレッドは先に姿をくらました。ジョージは路地をちらりと見ることもせず、歩いてアパートに向かった。


 それからまた数日後のこと。今度はフレッドとジョージは二人してハーティ社を訪れていた。ただしジョージは今度は髪を濃い茶色に染め、顔を半分も隠すようなマスクをし、大きなカメラを抱えていた。フレッドのほうは髪を明るい金色に染め、髪型も二人わざわざ違えていた。
「取材ですか」
「はい」
 フレッドはにっこりと笑って1枚の小さな紙切れを差し出した。
「こんな世相ですから……ごほっ……こういう商品が……けほけほっ。失礼、ちょっと風邪を引いて声が……」
そう言うフレッドの声は本当にがさがさで、時折咳が漏れるのを抑えられないようだった。
「夏の間もずっと冷え冷えしていましたからね」
ハーティ社の人間も、同情する様子を見せた。
「ええ……けほっ……こっちのカメラマンからうつされてしまって……」
「それなのに取材のお仕事ですか?」
「あの新聞広告に出ていた魔女が大変な人気で、女優デビューするという噂を聞いたんですよ……こほん……ぜひとも話をお聞きして『ザ・クィブラー』に第一報を……こんこん……載せたいと……」
先ほどの紙切れには、二人が『ザ・クィブラー』から派遣された人間であることを保証するものだった。もちろんルーナの父親であるラブグッド氏が書いた本物だ。そんなことはまずしないだろうが、万一連絡を取られても問題ないようにしてあるのだ。
 ハーティ社の人間は手に取って確認し、少し眉をひそめた。
「『クィブラー』か……失礼だが、なんと言うか……あまり上品な雑誌とは言えませんね……」
そのようなところに掲載してほしくない、とまでは言えないようだが、明らかに気乗りのしない様子は隠さない。フレッドは自信満々に答えた。
「ご存じありませんか? 昨年、ハリー・ポッターの独占インタビューを載せて真実を伝えたのは『クィブラー』だったんですよ。『日刊予言者新聞』なんて、今でこそ彼を“選ばれし者”なんて持ち上げてますが、あの頃は彼を精神病扱いしていたんですから。ごーっほごほっ」
日刊予言者新聞の名が出ると、ハーティ社の人間は一瞬ぴくりと頬を強張らせた。
「特にこの雑誌は若い読者が非常に多いですから、げほっ、顧客層拡大にはもってこいですよ」
 そう言われては断る理由もなく、むしろおいしい話だと思ったのだろうか、ハーティ社も取材を承諾した。
「では、詳しいお話を伺う前に、先に写真を撮ってしまいたいんですが、広告に出ていたあの可愛い魔女は今こちらにいないんですか?」
「ああ、それはここにはいないですよ。彼女はうちの社の人間じゃありませんからね。モデルを頼んだだけですから」
相手は少し肩をすくめて、人を小ばかにしたような顔をした。が、ジョージはお構いなしに何やら普通よりやけに大きなカメラを準備し、フレッドは残念がりもせず話を続けた。
「それじゃあ、皆さんの写真を撮りましょう」
「皆さん?」
「ええ、今こちらに……えーと、さっきほかの方もいらっしゃいましたよね。全部で何人になるんですか?」
「わたしを入れて3人ですが……われわれの写真を撮ってもしょうがないんじゃないですか?」
 明らかに断りたそうだ。こんなことをやっている人間が、自分の写真を撮られたいと思うはずがない。むろん、フレッドとジョージにはそこまで想定の範囲内だった。
「うーん、写真がないとインパクトがないんですよねー。特にクィブラーはほかの記事が派手ですから、読んでもらうには写真の1枚ぐらいないとね。こほんこほん……」
そう言ってフレッドはしばし考え込むふりをした。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう。もしお顔を出すのがお嫌だったら、例の人気商品を皆さん全員で着てもらえませんか?」
「え? 全員で?」
「そうです。帽子を目深にかぶってしまえば顔は見えないでしょう? あの魔女の写真が撮れないんだったら、それぐらいしないと目立たないじゃないですか。目立たなきゃ宣伝にもなりゃしませんよ。最近は宣伝のためなら社長でも広告に顔を出そうってところが多いのに、こちらは随分奥ゆかしいんですね」
 そう言われては、これ以上固持しては不審を招くと判断したのだろうか。フレッドに丸め込まれて、対応していた男が他の2人を連れてきた。フレッドがちらりとジョージを見ると、ジョージもフレッドを見て目配せを一つした。先日ジョージが来たときに会った3人に間違いないということだ。
 それからハーティ社の3人は売り物のマントと帽子を身に付け、注意深く帽子で顔を隠した。
「さ、じゃ、いいですか〜? 撮りますよ〜。3、2、1」
 その瞬間だった。ジョージの持ったカメラのフラッシュが光った。その光量というのが尋常ではなかった。部屋の中で稲光がしたようだった。
「うわっ!」
ハーティ社の3人は全員目をつぶった。そして次の瞬間、3人が目を開けられないでいるうちに、フレッドが振った杖から光線が発射された。
「うわーっ!」
再び3人の悲鳴が上がった。光線は3人を端から端になぎ払うように走り、3人の帽子が次々とぱっくり裂けた。3人の顔が露わになり、呪いに当たって、先日W.W.W.に来た男と同じようになんとかマンのようになってしまったり、大量の鼻水が流れ出て止まらなくなったりと、それぞれに悲惨な姿をさらけ出した。
「よーし、もらった」
 ジョージがマスクを外し、フレッドに向かって親指を立ててみせた。ハーティ社の3人はまだ目がしぱしぱしており、何が起こったのかも分からないうちに、店のドアが開いてどやどやと杖を構えた男たちがなだれ込んできた。
「魔法省の『偽の防衛呪文ならびに保護器具の発見ならびに没収局』の者です。ちょっとお話をお伺いしましょうか」
「グッドタイミング」
「お疲れさん」
フレッドとジョージがアーサーに、にっと笑ってみせたが、アーサーは、困ったものだと言いたげに指で額をかいて首を振った。





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