獅子寮の異常な日常茶飯事


第2幕  (by鵜飼舟)

 ロンはすえた靴底のような味のしたビーンズを吐き出し、不機嫌そうにソファにふんぞり返った。気がつけばハリーの姿もないじゃないか。
 ちぇっ、友達がいのない。絶対今日のはハーマイオニーが悪いんだからな。僕のせいじゃない。ハリーにそう言ってほしかったのに。
 腹の虫の収まらないロンはそのとき、正面のテーブルの上に、まだ開けられていないバタービールの瓶が1本あることに気づいた。
 ハリーだ。
 そうか、僕の分を置いていってくれたんだ。
ロンは1本だけ残ったバタービールの栓を開けると、一気に半分ほどまで飲んだ。
 それでやっと落ち着いて談話室を見回してみると、すでに閑散として人影もまばらだった。これを飲み終わったら自分も引き上げるか。そんなことを思いながらぼんやり眺めていたのだが、ふと、談話室の隅のほうでネビルが何やらごそごそしながら泣きそうな顔をしているのが目に入った。
「どうかしたの?」
 ロンは喧嘩で腹を立てていたことも忘れて思わずネビルに近寄って声をかけた。
 ネビルは情けない顔でロンを見上げながら
「宿題をしてたんだけど、インクをこぼしちゃって……せっかくここまで書いたのに……」
覗き込んで見ると、派手にインクの染みを付けた羊皮紙には、確かにところどころ文字が読み取れる。
 これは落ち込むよなあ……。分かる分かる。
「大丈夫だよ、ネビル。これ、こぼしたインクだけ消せるから」
「え? ほんど?」
「うん。まかせて」
ロンが羊皮紙に向けて杖を振ると、大きな染みが見事に消えて、ネビルの文字だけが復元された。
 ネビルは目を丸くしてロンを見た。
「すごいね、ロン。ありがとう!」
「いや、こんなの……」
実はロンも同じ経験をしており、ハーマイオニーが助けてくれたのだ。しかも2度も。2度目にあきれたハーマイオニーに、3度目に備えて覚えておきなさいよと言われて強制的に練習させられたのだ。
 幸か不幸か、今のところ3度目はまだない。
「やっぱり君は監督生にふさわしいね」
「え? な、なんだよ、急に?」
突然のネビルの言葉に、今度はロンのほうが目をぱちくりした。
「ロン。君が監督生に選ばれたって知ったとき、ほんとは僕、僕……」
「ハリーのほうがって思ったんだろ?」
 ロンは、自分にPバッジが送られてきたときの周囲の反応を思い出して言った。
「ごめん、ごめんね。べつに君がどうだってことじゃなくて。だってハリーはどうしても目立つだろう?」
「いいよいいよ。僕だってそう思うんだから」
ロンは皮肉でも自嘲でもなく、屈託のない笑顔でそう言った。
わざわざ謝ってくれるネビルの正直な反応など、血を分けた兄弟よりよほど人間味があるというものだ。
 しかしネビルは真剣に言った。
「でもそんなことないよ。だって君は公正でえこひいきをしないし、威張ったりしないし、何よりグリフィンドールの仲間を大切にしてるもの。君は監督生にふさわしいと思うな」
 監督生になってから初めてそんなふうに言われたロンは照れくさくて、顔を真っ赤にして口ごもりながら
「あ、ありがとう」と言った。
「これ、今のお礼」
ネビルは宿題を片付けながら、ポケットからキャンディーを一つ差し出した。
「ハニーデュークスの新作なんだ。少ししかないんで1個だけだけど、よかったら食べてよ」
「いいの? ありがとう」
ロンは素直に喜んで受け取った。限られたお小遣いの中では、次のホグズミード行きまでもたせようと思うと、どうしてもいつも買うものが決まってくる。新作にはなかなか手が出せないのが正直なところだったのだから。
 早速、と包みを開こうとしてロンは手を止めた。
 これはハーマイオニーも買ってない。ずっと自分と一緒にいたのだからそれは確かだ。そうだ。これは明日ハーマイオニーにあげよう。仲直りのきっかけになる。うん、それがいい。
 そしてロンはそのキャンディーを大事にポケットにしまい込むと、もう一度ネビルにありがとうと言って寝室に戻った。


 さかのぼることそれより数時間前のことになる。
 ネビルは宿題のために借りてきた図書館の本で前がほとんど見えないまま談話室の入り口まで来た。
 合い言葉を唱えようとしたちょうどそのとき、レディの絵が内側から開いた。よかったとばかり何も考えず中に入ろうとしたネビルは、当然のことながら、中から出てきた人物と正面衝突し、積み重ねて持っていた本を派手にばらばらと廊下に落としてしまった。
「うわっ!」
ぶつかった相手も、何か手に持っていたものを落としてしまったらしい。
「あ、ご、ごめんなさい」
本を拾おうとしてしゃがみこんだネビルが顔を上げると、それは双子のウィーズリーのどちらかだった。廊下には色とりどりのキャンディーが散らかっている。
「おまえなあ、普通扉が開いたら中から人が出てくるって分かんないか?」
赤毛の上級生はぶつくさ言いながらキャンディーを拾い集め始めた。
「ごめんなさい……」
ネビルは真っ赤になった。
「おまえもいきなり飛び出すなよ」
レディの後ろから双子のもう一人も出てきて言った。
「ごめんよ、ネビル」
そう言いながら、ネビルが苦労して本を拾ってまた積み重ねて持つのを手伝ってくれた。それから
ネビルと双子 「これやるよ。ハニーデュークスの新作だぜ。もったいないから二つだけだけどな」
と、ネビルの目より高い本の一番上に、ぽんと二つキャンディーを置いた。
「え? あ、ありがとう」
「早く来いよ、ジョージ」
「ああ」
 双子が行ってしまうとネビルは、すでに閉まってしまった扉を合い言葉で開けてもらい、キャンディーを落とさないように苦労してバランスをとりながらそろそろと談話室に入った。 

 恒例のロンとハーマイオニーの派手な一幕が繰り広げられたのは、その後のことだった。


挿し絵「HAPPY DAYS」メロンソーダ様

 








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