獅子寮の異常な日常茶飯事


第3幕 (byメロンソーダ)




ネビルから貰ったキャンディーをポケットの中で何度も確認しながら、早足で男子寮にある寝室への階段を上る。
いつもならとっくに包みを開けて口の中に入っている筈のキャンディー。
しかもハニーデュークスの新作とあっては、正直味わってみたくて仕方ないのだが。
ロンは何とかその衝動を抑えて、明日のハーマイオニーとの仲直りを優先することに専念した。
寝室に入り、ポケットの中のキャンディーを失くさないように丁寧にローブを掛け、既にカーテンを閉めて静まり返っているハリーのベッドに「おやすみ」と挨拶をし、自分のベッドへと潜り込む。

ついさっきのネビルの嬉しい言葉を反復したり、明日どんな顔をしてキャンディーを渡そうか、なんて事を考えながらロンはいつしか眠りについていた。






「ロン、朝だよ。起きて!・・・ロンってば!」
寝付くのは赤ちゃん並みに早いのに、寝起きはいかにも最近の若者であるロンは、彼よりも少し目覚めのいいハリーに起こされるのが日課になっていて。
今日もハリーの最初の「起きて」から10分程経った頃になって、ロンはようやく重い目蓋をゆっくりと開いた。

「・・・おはよう・・・。」
焦点が合ってないまま無愛想に挨拶をし、くしゃくしゃになった赤毛をかき上げる。
枕元の時計を覘くと、とっくに朝食が終わってる時間で。
途端に眠気が吹っ飛んだ様子でベッドから飛び起き、もたつきながら慌ててシャツに袖を通しネクタイを引っ掛ける。結ぶのなんか後回しだ。

「ハリー、なんでもっと早く起こしてくれなかったんだよ?!」

「起こしたじゃないか!君がいつまでも『後5分・・・』とか言ってるからだろ?!」

自分勝手な文句を言うロンと正当な意見で応戦するハリーは、ばたばたと騒がしく階段を駆け下り、長く古い廊下を走り抜け、ようやく本日の1時間目の授業『変身学』の教室へとたどり着いた。

「間に合った・・・。」

息を整えながら目指す教室の扉に手を伸ばし、開けたその時。

「危なかったですね。グリフィンドールから2人合わせて10点の減点になるところでしたよ。」
背後から厳格なマクゴナガル教授の声。

「それからロナルド・ウィーズリー。あなたはもう少し監督生らしい行動を心がけた方がよろしいですね。」

くすくすと笑い声があがると、ロンの顔はみるみる紅くなって。
振り向く事すら出来ずに「はい」と一言短い返事をして、前を向いたまま目だけを動かし、先に来ている筈のハーマイオニーを探す。
彼女のふわふわと柔らかな栗色の髪はすぐに見つかった。
窓際の前から4列目、3人掛けの椅子の端っこに1人。残りの2人分の席は、彼女の教科書数冊と文房具などで取ってある。遅い親友2人の為に取っておいたものらしい。
きちんと角を揃えられた教科書達が彼女の性格を表わしている。

「ハーマイオニー、おはよう。」
ハリーが席に着きながら小声で挨拶をする。

「おはよう、ハリー。 遅かったわね。」
ハーマイオニーは監督生らしい少し厳しい口調ではあったが、笑顔で挨拶に応えた。

「・・・おはよう、ハーマイオニー。」
ロンが後から席に着きハーマイオニーへの挨拶をすると、彼女はやはり昨夜のバトルから冷めてない様子で、わざとらしくプイとそっぽを向いた。
・・・・・・まあ、ロンも予想していた反応ではあるが・・・。

ハリーを挟んでロンとハーマイオニーは一言も口を利かず、でもお互いにちらちらと横目で様子を見たりして。(そんな2人の様子にハリーは慣れたもので。)
落ち着かないロンはしばしばポケットに手を入れては、今日の為にとっておいたキャンディーを弄んだ。

「はい。では、今日の講義『変身呪文・変身薬の悪用と対処法』について、羊皮紙1巻きにまとめて来週のこの時間までに提出してください。」
マクゴナガル教授が最後の言葉を言い終えたところで終了の鐘が鳴った。

賑わいながら教室を後にする生徒達から見えないように、ロンはハーマイオニーの傍へ歩み寄り、隣に座る。

「・・・なによ。」

「・・・昨日は・・・・・・ごめん。」

怪訝な表情のハーマイオニーに、ロンはポケットから一粒のキャンディーを差し出し「ハニーデュークスの新作だってさ。」と全く別の方向を向いたままそう付け足した。

「・・・・・・・・もう・・・・仕方がないわねぇ、今回限りよ?」
ロンの手の中で暖かくなったキャンディーを受け取ったハーマイオニーの声が、ちょっとだけ柔らかくなったように聞こえた。
ロンは今更ながら照れくさくなり、暫らく窓の外を眺めたままで。

「ロ〜ン! 僕にもちょうだい!」
事の一部始終を見ていたハリーが嬉しそうに声をかける。

「ごめん。1個しかなかったんだ。」

「なあに〜?! 僕なんか君に付き合って朝御飯抜きなのに・・・・・またハーマイオニー優先?」

ちょっと黒く微笑んだハリーが擽るようにそう言うと、姿勢を変えずに聞いていない振りをするロンの耳が真っ紅になっていくのがわかった。

「おいし・・・。」

ロンの隣でほんのり頬を染めたハーマイオニーが、ポツリと新作のキャンディーの感想を呟いた。


・・・・・・2人の仲直りはこれで円く収まったかのように見えたのだが・・・・・・。





ガタンッ
突然ハーマイオニーが立ち上がり、口を押さえながらばたばたと教室から出て行った。
彼女が急いで入っていったのは女子トイレで。
驚いて後を追ったロンとハリーは入っていける筈もなく、ドアの外で彼女が出てくるのを待つ事になった。


どれくらい待った頃だろうか。

女子トイレの中から何人か分のとんでもなく大きな悲鳴が聞こえてきた。
中にいた女子達は逃げるように次々とトイレから走り出て行き、すれ違いざまにロンの顔を見ては驚いている。

「何があったんだ? それよりハーマイオニーは?!」

何か恐ろしいものがトイレに入り込んだんだろうかという不安がよぎり、ロンとハリーは思わず女子トイレへと踏み込む。
・・・・・中は静まりかえっていて、一番奥の個室のドアが開け放されてあった。
中には誰かがいるらしい。
他には人の気配は無く、ハーマイオニーの姿も無い。

・・・・・・まさか・・・・・・。

「おいっ! ハーマイオニーをどうした?!」

ロンが怒鳴りながら開け放してある個室に入っていこうとして、足を止める。
後ろから覗き込んだハリーは、その光景を見て言葉を失った。

個室の中にいた人物は、酷く怒っている様子でロンの事を睨みつけている。
スカートから見える脚は白く細く、長い腕にローブが窮屈そうで。モデルのような長身、いや、バスケットボール選手並だ。
淡い蒼色の瞳はとても美しく、鮮やかな赤毛に顔いっぱいのそばかす。

・・・・・・ロンじゃないか。

トイレの個室の中から、女装したロンがドアで立ち尽くしているロンを睨みつけているのだ。
ある意味、確かに「恐ろしいもの」であるのだが。

「騙したわね・・・」

思いっきり女口調で口火を切る女装ロンに、ロンはただ口を開けているのがやっとのようで。
第三者の立場から落ち着いて言葉を発する事が出来るハリーは、とりあえず確かめなきゃいけない事を口にした。

「君・・・ハーマイオニー・・・・・・だよね?」

ハリーの確認にロンを睨みつけていたブルーの瞳をハリーに向け、女装ロンは怒りで真っ赤になりながら答えた。

「そうよ!私よ!・・・なによこれ?! あのキャンディーを食べてから吐き気がして、その後は体中が痛くって! 治まったと思って鏡を見たら・・・・・・っ!」

内股でいかにも女の子らしい身のこなしのロンが、いつもの低い声のまま完璧な女言葉で怒っているのを見て、ハリーは吹き出しながら

「ロンになってた、と。」

「笑い事じゃないわよハリー! ちょっとロン!どう言うことなの?! 何で私があなたにならなきゃいけないの?!」

おかまになった自分を見ているようで、軽い目眩をおぼえたロンは数分口も利けない状態だったが、やっとのことで彼の口の筋肉が動き始めた。

「し、しし知らないよ! 僕は確かにハニーデュークスの新作だって聞いたんだ!」

「聞いたって誰によ?!」

「ネビルだよ! 昨日インクを溢して困っているのを助けたら、お礼にってくれたんだ!」

「嘘おっしゃい!」

「嘘なもんか!」


・・・ロンとロンが喧嘩をしている。
しかも片一方は女装している。
それはとてつもなく奇妙な光景で。

お互い顔を真っ赤にして押し問答をしている2人に、姿かたちが変わってもやっぱりロンとハーマイオニーはこうなんだな、とハリーはいつものように頬杖をついて観戦しながら、ひとつ当たり前の提案をした。

「ネビル、連れて来たら?」

ハリーの声を聞き、ロンとロンの姿のハーマイオニーは、まるでそこにハリーがいたことすら忘れていたようにはっとして。

「そ、そうだな。そうだ。 ネビルを呼んで来るよ! ・・・・・・ネビルのやつ・・・!」

ロンはそう言い残すと、どう見ても今は男子が3人しかいない女子トイレから、大きな足音をたてて慌しく走り出て行った。
 








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