「獅子寮の異常な日常茶飯事」第4幕を読む前に。
よく考えたら、英語って女性語と男性語ってないんですよね。もしかして「女性が主として多く用いる表現」ぐらいはあるかもしれませんが、日本語ほど極端ではないはずです。
そのほかにも突っ込みどころ満載かもしれませんが、あえてその点は触れずに読んであげようという、海のように深く広い遊び心をお持ちの方のみ、想像力をフル回転してどうぞ先にお進みください。






獅子寮の異常な日常茶飯事


4幕 前編 (by 鵜飼舟)

 ロンは女子トイレから飛び出してすぐ、きき〜っ! と音がしそうな勢いで止まるとトイレの中に慌てて引き返した。そして、
「はい、これ、こっち着てろよ」
と、自分のローブを脱いでハーマイオニー(?)に押しつけるように渡した。それから再び飛び出していった。
「あ……」
ハーマイオニーが「ありがとう」という隙もなかった。
 袖も丈も短すぎるハーマイオニーのローブの上からロン当人のローブをはおると、女の子の制服が隠れて、ハリーの目には今度こそ本物のロンとの区別がつかなくなった。
 ハーマイオニーは、いくらロンの身体とはいえ、超ミニスカ状態になってしまった制服から脚が伸びているのが恥ずかしく、ローブにくるまるようにして足を隠してしまうと、少しほっとした。
「ねえ、ハーマイオニー」
先ほどより落ち着いてきたハーマイオニーに、ハリーはそっと声をかけた。
「僕ら、ここにいるのまずくない?」
ハリーの言葉にハーマイオニーもはっとした。
「そうね。女子トイレですもの」
ロンの顔と声で女言葉はやめてほしい、とハリーは心底思った。笑いをこらえるのが一苦労だ。だけどここで吹き出したら、またハーマイオニーが怒るに決まってる。
「じゃあ個室に隠れてましょ」
平然と言い放ったハーマイオニーにハリーは驚いて聞き返した。
「隠れてって、君のことだよね? 僕は外へ出るよ?」
「ひどいわ! ハリー! こんなときにわたしを一人にするのね!」
 だからロンの顔でそのセリフはやめてくれ。ハリーは今度は鳥肌が立ちそうになるのを懸命にこらえながら
「なら一緒に出ようよ。ロンが戻ってきたときに、もし女の子がいたら入ってこられないよ。ネビルもいるんだよ? 4人で個室に入れると思うかい?」
「でも、でもこんな姿をだれかに見られたら……」
「こんなって……」
ロンに失礼じゃないか? という言葉をハリーは飲み込んだ。女の子が男の子に変身してしまったのだ。それはショックだろう。
「猫よりずっとましだと思うけど……」
 精一杯励まそうとしたつもりで、逆に逆鱗に触れたらしい。さっとハーマイオニーの、いや、ロンの顔なのだが、表情が変わったのが見て取れた。こういうのって外見が変わっても分かるものなんだな、と妙なところに感心しながら、ハリーは必死の説得を試みる。
「それに万一見つかったらどうするのさ。女子トイレの個室に潜んでいたなんて、言い訳のしようがないよ。減点で済めばいいけど、へたしたら学校で顔上げて歩けなくなるかも……。君がじゃなくて、僕と“ロン”がだよ?」
 この言葉は効いたらしい。いくらけんかをしているとはいえ、ハーマイオニーだってそんな状況にロンを追い込みたいわけではない。
 そっとドアに近づき、細く開けた隙間から廊下にだれもいないのを確認すると、2人は女子トイレから外へ出た。
 少し離れたところで、ハーマイオニーは廊下の隅にうずくまって顔を膝に埋めてしまった。幸い次の授業が始まってしまい、人通りはない。当面だれかに見られる心配はなさそうだ。
「大丈夫だよ、ハーマイオニー。原因が分かればマダム・ポンフリーかマクゴナガル先生がきっとなんとかしてくれるよ」
 ハリーも女子トイレから出て気持ちが落ち着いたので、そっとハーマイオニーの(?)肩に手を置いて慰めた。
「……ええ、きっとそうだと思うけど……」
「けど?」
「ロンになっちゃったら駄目なのに……」
「え?」
「わたしがロンになったら駄目なの」
「???」
『女心』という言葉を知っているかどうかも危ういハリーは、ハーマイオニーの言葉の意味が皆目分からず、
「とにかくずっとこのままってことはないんだから」
などと一生懸命励まし続けた。


 一方ロンは、必死で次の教室に向かって走った。授業が始まる前にネビルを連れてこなければ身の潔白が証明できない。なんでこんなことになったのか早く原因を突き止めないと、ハーマイオニーも気の毒だし、何よりも自分が嫌だ! だれかに今のハーマイオニーを見られたら、絶対自分が誤解される。それだけは避けなければ!
 多少ずれた心配をしながら走っていたロンは、前方からこちらに向かって全力疾走してくる人物を見てぎょっとして足を止めた。
 ところが向こうはロンの姿を認めると、露骨に安心した顔をしてすがりつくように近寄ってきた。
「ロン! よかった! 無事だったんだね! さっき君たちがこっちのほうへ行くのを見てたから、急いで来たんだよ」
「ハ、ハ、ハ、ハリー!?」
 どういうことだ。さっき女子トイレで分かれてきたハリーが、なぜ正反対の方向からこちらに来るのだ!?
「な、な、な……」
 ロンは今日二度目の口あんぐり状態だった。ハリーがここにいるなら、さっきのハリーは一体だれだ!?
 疑問に答えるかのように、目の前の人物はロンの腕をつかんで必死に訴えるように言った。
「僕ネビルだよ! ほんとにネビルなんだ! 昨日君にあげたあのキャンディーを食べたら、なぜだかこんなことになっちゃったんだ! 信じてくれよ〜!」
「ええぇぇえ〜〜!?」
 そりゃ信じるさ。今なら信じられるけれども。ロンはぐらぐらしてきた頭を抱えた。
「ネビル、あれハニーデュークスの新作だって言ったよね? 確かにそうだよね?」
「うん。僕は確かにそう聞いた」
「聞いただって!? だれに!」
「君のお兄さんたちだよ」
「……ってフレッドとジョージかあ〜!?」
「うん。だってパーシーはもう……」
「そういうことじゃな〜〜い!!」
 ロンは本気で頭痛がしてきた。
「つまり、つまり、あのキャンディーはフレッドとジョージからもらったってこと?」
「そうだよ」
「なあ〜んでそんなものうかうか食うんだよ! あの二人が親切にしてくれるときは100%怪しいと思えよっ!」
 ロンの八つ当たり気味の怒りに恐れをなして、ネビルは後ずさりを始めた。
「と、とにかくそういうわけだから、僕はこれから保健室へ……」
行こうとするネビル(?)の腕を、ロンがむんずとつかんだ。
「その前にこっちへ来てくれ」
ロンは元来たほうへネビルを引きずるように歩き始めた。
 








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