4幕 後編

 女子トイレ近くの廊下にしゃがみこんでいたハリーとハーマイオニーは、足音が聞こえて顔を上げた。
 が、やって来た2人を見てハリーはそのまま硬直してしまった。ロンの姿をしたハーマイオニーも同様だ。これ以上できないというぐらい目を見開き、口をぽかんと開けている。そんなロンの顔ならハリーは何度も見てはいるが、これがハーマイオニーだと思うとそれはそれなりに見ものである。
 しかし、今のハリーにはそんな余裕はなかった。今度は自分までドッベルゲンガーになってしまったのだから。ハリーは驚愕にひきつっている「自分」の顔を、今自分自身もこんな顔をしているに違いないと情けない思いで見つめていた。
 そのもう一人のハリ−の視線はハリ−ではなく、ハリ−の隣にいるロンの姿をしたハーマイオニーに釘付けになっている。
 ロンはネビルを探しにいったはずだ。ということは、まさか、これが?
   ハリーがあまり嬉しくない事態の推測をしたとき、先にハーマイオニーが立ち上がって言葉を発した。
「ロン! これはどういうことなの!? まさかそのハリーがネビルだっていうわけ!?」
勢いよく立ち上がったハーマイオニーのローブがはだけ、女の子の制服がのぞいた。
「げえええ〜〜!?」
 おかま化しているロンを見て、ネビルは卒倒しそうになった。
「ロ、ロン、き、君、君、だ、だ、だれ!?」
ネビルは自分の隣にいる本物のロンと、前にいる女装ロンとを交互に見比べながらわけの分からない質問を発した。
「どうやらフレッドとジョージのせいなんだ……」
 ロンが3人に成り行きを説明すると、再びハーマイオニーがそのロンの顔の眉をつりあげた。
「あれほど人体実験は駄目だって言ったのに! ロン! あなたあの二人になめられてるのよ!」
「だれが何言ったって二人が聞くわけないだろう! パーシーがあいつらに言うこときかせられたか!?」
「あなた言ってみもしないで諦めてるじゃないの! 監督生でしょう!?」
 ロンとハーマイオニーのけんかがまた勃発してしまった。しかしふだんのけんかなら見慣れているが、ロンと女言葉のロンとのけんかというあまりといえばあまりの光景にネビル(?)はあからさまにおびえた表情を見せた。
 ネビル、僕の顔でそんな表情をしないでくれよ、と思ったハリーは、同じ光景をさっきも見ていたためにさすがに4人の中では一番落ち着いていた。
「ロンもハーマイオニーも落ち着いて! けんかしてる場合じゃないんだから。騒ぎを聞いてだれか来たらどうするの」
 ハリーの言葉に、両方のロンが同じように気まずい顔で押し黙った。
「とにかく、とにかく、まず元の姿に戻らないと……」
ネビルが勇気を振り絞って正論を述べた。
「これはフレッドとジョージを連れてこないとどうしようもないんじゃないかな。今のこの4人でうろうろしてるわけにもいかないし、えーと、そうだな、ネビル、と、ハーマイオニー、は……」ハリーはもう一人のハリーと女装ロンを指差し確認しながら「寮に戻ってて。僕らの部屋にいるといいよ」
 ネビルとハーマイオニーがそろって不安そうにハリーを見た。
「ネビル、ハーマイオニーを頼むよ? 大丈夫だよね? ハーマイオニー」
 そう言われてネビルはさすがに男としてしっかりしなければと思ったのか、ハーマイオニー(?)を促して寮に向かった。
「僕らは?」
ロンがハリーに聞いた。
「フレッドとジョージの予定分かるかい? 教室の前で待ちかまえていて、終わったらすぐ引っ張っていかなきゃ」


 昼休みのグリフィンドール寮の一室。普通は昼休みに部屋まで戻る生徒は少ないのだが、この日はハリー、ロン、ネビルの寝室に6人の人間がいた。もしだれかが今ここに入ってきたら、悲鳴を上げて気絶するかもしれない。
 同じ顔の人間が3組!
 2人のロンは両方とも顔を真っ赤にして怒っていたが、片方はスカートに女言葉だ。
 そんな2人の怒りを気にも留めず、元々同じ顔のフレッドとジョージは腹を抱えて笑い転げている。
 2人のハリーのうち1人はおろおろしてロンをなだめたり女装ロンに謝ったりしている。英雄ハリー・ポッターの滅多に見られない姿だ。
 そんな様子を、残り1人のハリーが、目眩と頭痛をこらえながら眺めていた。
 勢ぞろい 「ねえ、どういうことなのさ、これは。元に戻せるの?」
 双子が笑いたいだけ笑ったと思われるころあいを見計らってハリーが尋ねた。怒って文句を言ったところで双子が相手ではどうしようもない。
「ど、どういうことって、い、言ってもなあ……」
 フレッドがまだひくひく笑いながら言った。
「失敗作、だと、お、思ったんだ、よ」
ジョージも笑いすぎてこぼれてきた涙をぬぐいながら言った。
「どうも効果にばらつきがありすぎる。何に変身するのか、変身するのかどうかも予測できない」
「予想以上の効果を現わしたとも言えるけどな」
フレッドがにやにや笑いながら言った。
「いい加減にして! 二度とやったら承知しないんだから! さっさと元に戻しなさい!」
 ハーマイオニーが噛み付くように怒鳴ったが、
「おおっ! ロニーが初めて監督生らしいことを言ったぜ! しかも俺たち相手に!」
「ママに見せてあげたいねえ、この雄姿!」
そう言って双子はまた爆笑してしまった。
 しかし、
「だったら本当に見せに行きましょうか、あなた方のお母様に!」
ハーマイオニーの一撃に、ようやく双子は笑いを引っ込めた。
「分かった分かった。なんにしてもやっぱりこれは失敗作だな。万が一俺たちに変身する奴でも出てきたらコトだからな」
「俺たちまで混乱しちまったら本末転倒だ。混乱を作り出した本人にコントロール不能な混乱は本当の混乱であって悪戯の域を超えている。われわれとしては不本意だ」
「ジョージっ! 余計頭がぐらぐらするようなこと言うなよっ。お前たちの悪戯哲学なんかどうでもいいから早くハーマイオニーとネビルを元の姿に戻せよ!」
「その前に」ジョージは羊皮紙とペンを取り出した。「2人とも、キャンディーを口に入れてから何秒ぐらいで変身したか教えてくれ。そしたら解毒剤をやるから」
「えーっと、あれはたしか……」
 まじめに考え始めたネビルをハーマイオニーが制した。
「ネビル! この2人に協力する必要なんてありません! いいこと? ネビルを元に戻さなかったら今度のクィディッチはネビルがシーカーやるのよ!」
「ええっ、そ、そんな……」
ハーマイオニーの言葉にびびったのはむしろネビルだったが、ジョージも
「ちぇっ、無茶苦茶なこと言うなよ」
と諦めたように羊皮紙を丸めた。フレッドはポケットから何かを二つ取り出した。
「これですぐ元に戻る、はずだ」
「はず?」
「万一効かなくても毒にはならない。それだけは確認済みだ。安心しろ」
そんな、安心できるのかできないのか分からないことを言いながら、フレッドが掌に乗せて差し出したのは、まるでどろどろの廃油を固めたような、どす黒いキャンディー状のものだった。   


挿し絵「HAPPY DAYS」メロンソーダ様

 








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