実務の友 実友・判例集
 
 最三小判平成18.1.24 集民219号243頁(裁判所判例検索システム)
(判決要旨)
1 利息制限法所定の制限を超える約定利息と共に元本を分割返済する約定の金銭消費貸借に,債務者が元本及び約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の約定が付されている場合,同約定中,債務者が約定利息のうち制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は,同法1条1項の趣旨に反して無効であり,債務者は,約定の元本及び同項所定の利息の制限額を支払いさえすれば,期限の利益を喪失することはない。

2 利息制限法所定の制限を超える約定利息と共に元本を分割返済する約定の金銭消費貸借において,債務者が,元本及び約定利息の支払を遅滞したときには当然に期限の利益を喪失する旨の約定の下で,利息として上記制限を超える額の金銭を支払った場合には,債務者において約定の元本と共に上記制限を超える約定利息を支払わない限り期限の利益を喪失するとの誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,制限超過部分の支払は,貸金業の規制等に関する法律43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」ものということはできない。 (2につき意見がある。)

(参照法条) (1,2につき)利息制限法1条1項,民法136条 (2につき)貸金業の規制等に関する法律43条1項
(判決理由抜粋)
2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次 のとおりである。

 (1)貸金業法43条1項は,貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基 づき,債務者が利息として任意に支払った金銭の額が利息の制限額を超え,利息制 限法上,制限超過部分につき,その契約が無効とされる場合において,貸金業者が ,貸金業に係る業務規制として定められた貸金業法17条1項及び18条1項所定 の各要件を具備した各書面を交付する義務を遵守したときには,利息制限法1条1 項の規定にかかわらず,その支払を有効な利息の債務の弁済とみなす旨を定めてい る。貸金業者の業務の適正な運営を確保し,資金需要者等の利益の保護を図ること 等を目的として,貸金業に対する必要な規制等を定める貸金業法の趣旨,目的と, 同法に上記業務規制に違反した場合の罰則が設けられていること等にかんがみると ,同法43条1項の規定の適用要件については,これを厳格に解釈すべきものであ る。

 貸金業法43条1項の規定の適用要件として,貸金業者は同法17条1項所定の 事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を貸付けの相手方に交付しな ければならないものとされており,また,貸金業者は同法18条1項所定の事項を 記載した書面(以下「18条書面」という。)を弁済をした者に交付しなければな らないものとされているが,17条書面及び18条書面には同法17条1項及び1 8条1項所定の事項のすべてが記載されていることを要するものであり,それらの 一部が記載されていないときは,同法43条1項の規定の適用要件を欠くというべ きであって,有効な利息の債務の弁済とみなすことはできない(最高裁平成14年 (受)第912号同16年2月20日第二小法廷判決・民集58巻2号380頁,  最高裁平成15年(オ)第386号,同年(受)第390号同16年2月20日第 二小法廷判決・民集58巻2号475頁参照)。

 そして,貸金業法17条1項が,貸金業者につき,貸付けに係る契約を締結した ときに,17条書面を交付すべき義務を定め,また,同法18条1項が,貸金業者 につき,貸付けの契約に基づく債権の全部又は一部について弁済を受けたときに, 18条書面を交付すべき義務を定めた趣旨は,貸付けに係る合意の内容や弁済の内 容を書面化することで,貸金業者の業務の適正な運営を確保するとともに,後日に なって当事者間に貸付けに係る合意の内容や弁済の内容をめぐって紛争が発生する のを防止することにあると解される。したがって,17条書面及び18条書面の貸 金業法17条1項及び18条1項所定の事項の記載内容が正確でないときや明確で ないときにも,同法43条1項の規定の適用要件を欠くというべきであって,有効 な利息の債務の弁済とみなすことはできない。

 (2)17条書面には「貸付けの金額」を記載しなければならないが(貸金業法17条1 項3号),前記事実関係によれば,本件A〜I,K,L貸付けの各借用証書には, 「契約手渡金額」欄があり,同欄の下部には,「上記のとおり借用し本日この金員 を受領しました。」との記載があるにもかかわらず,上記「契約手渡金額」欄には ,上記各貸付けに係る契約の際に被上告人から上告人らに実際に手渡された金額で はなく,実際に手渡された金額とその直前の貸付金の残元本の金額との合計金額が 記載されていたというのであるから,これらの借用証書の上記事項の記載内容は正 確でないというべきである。そうすると,これらの借用証書の写しの交付をもって ,本件A〜I,K,L貸付けについて17条書面の交付がされたものとみることは できない。このことは,借用証書に別途従前の貸付けの債務の残高が記載されてい るとしても,左右されるものではない。これと異なる原審の判断には,判決に影響 を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 (3)17条書面には「各回の返済期日及び返済金額」を記載しなければならないが(貸 金業法17条1項8号(平成12年法律第112号による改正前のもの),貸金業 の規制等に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)13条1項1号チ) ,前記事実関係によれば,本件@〜F貸付けの各借用証書においては,集金休日の 記載がされていなかったというのであるから,これらの借用証書の上記事項の記載 内容は正確でなく,また,本件G〜J貸付けの各借用証書においては,「その他取 引をなさない慣習のある休日」を集金休日とする旨の記載がされていたというので あるから,これらの借用証書の上記事項の記載内容は明確でないというべきである。 そうすると,これらの借用証書の写しの交付をもって,本件@〜J貸付けについて 17条書面の交付がされたものとみることはできない。このことは,これらの借用 証書に記載されていない期日を集金休日とすることについて,被上告人があらかじ め上告人らに連絡しており,上告人らがかかる取扱いについて格別の異議を述べて いなかったとしても,左右されるものではない。これと異なる原審の判断には,判 決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 (4)18条書面には「受領金額及びその利息,賠償額の予定に基づく賠償金又は元本へ の充当額」を記載しなければならないが(貸金業法18条1項4号),前記事実関 係によれば,被上告人が本件H貸付けの弁済を平成10年12月24日に受けた際 に上告人A1に対して交付した同日付けの領収書においては,受領金額の記載が誤 っていたというのであるから,この領収書の上記事項の記載内容は正確でないとい うべきである。そうすると,この領収書の交付をもって,本件H貸付けの平成10 年12月24日の弁済について18条書面の交付がされたものとみることはできな い。このことは,被上告人においてあえて虚偽の金額を記載したわけではなく,ま た,上記誤記が上告人A1に不利益を被らせるものでなかったとしても,左右され るものではない。これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らか な法令の違反がある。

 3 以上によれば,上記の諸点についての論旨はいずれも理由があり,原判決は 破棄を免れない。

 第3 上告代理人松尾紀男の上告受理申立て理由第3の12及び13のうち貸金 業法17条1項の解釈適用の誤りをいう点について

 後記第4の2(2)のとおり,本件期限の利益喪失条項のうち,上告人らが支払期 日に制限超過部分の支払を怠った場合に期限の利益を喪失するとする部分は無効で あり,上告人らは,支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払いさえすれば, 期限の利益を喪失することはなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限額の支払 を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当である。

 しかしながら,前記のとおり,貸金業法17条1項が,貸金業者に17条書面の 交付義務を定めた趣旨は,貸付けに係る合意の内容を書面化することで,貸金業者 の業務の適正な運営を確保するとともに,後日になって当事者間に貸付けに係る合 意の内容をめぐって紛争が発生するのを防止することにあるのであるから,同項及 びその委任に基づき定められた施行規則13条1項は,飽くまでも当事者が合意し た内容を正確に記載することを要求しているものと解するのが相当であり,このこ とは,当該合意が法律の解釈適用によって無効又は一部無効となる場合であっても 左右されるものではないと解される。

 そうすると,上告人らと被上告人が合意した期限の利益喪失条項の内容を正確に 記載している本件各貸付けの各借用証書は,貸金業法17条1項8号(平成12年 法律第112号による改正前のもの),施行規則13条1項1号ヌ(ただし,本件 @〜M貸付けについては,同号リ(平成12年総理府令・大蔵省令第25号による 改正前のもの))所定の「期限の利益の喪失の定めがあるときは,その旨及びその 内容」の記載に欠けるところはないというべきである。
 論旨は採用することができない。

 第4 上告代理人松尾紀男の上告受理申立て理由第3の12及び13のうち本件 各弁済には任意性がないと主張する点について

 1 原審の判断は,次のとおりである。
 本件期限の利益喪失条項の存在により,上告人らが制限超過利息の支払を強制さ れているとは解されないし,「任意に」支払ったとは,本件各貸付けについての利 息に充当されることを認識した上で,支払うか否かを自己の意思に基づいて判断す ることが可能なことをいうものであり,支払うこととした動機が上記条項の適用を 免れるためであるか否かは,支払の任意性を左右するものではないから,本件各弁 済は,任意にされたものといえる。

 2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次 のとおりである。

 (1)貸金業法43条1項にいう「債務者が利息として任意に支払った」とは,債務者が 利息の契約に基づく利息の支払に充当されることを認識した上,自己の自由な意思 によってこれを支払ったことをいい,債務者において,その支払った金銭の額が利 息の制限額を超えていることあるいは当該超過部分の契約が無効であることまで認 識していることを要しないと解されるものの(最高裁昭和62年(オ)第1531 号平成2年1月22日第二小法廷判決・民集44巻1号332頁参照),前記のと おり,同項の規定の適用要件については,これを厳格に解釈すべきものであるから ,債務者が,事実上にせよ強制を受けて利息の制限額を超える額の金銭の支払をし た場合には,制限超過部分を自己の自由な意思によって支払ったものということは できず,同項の規定の適用要件を欠くというべきである。

 (2)本件期限の利益喪失条項がその文言どおりの効力を有するとすれば,上告人らは, 支払期日に制限超過部分を含む約定利息の支払を怠った場合には,元本についての 期限の利益を当然に喪失し,残元本全額及び経過利息を直ちに一括して支払う義務 を負うことになるが,このような結果は,上告人らに対し,期限の利益を喪失する 不利益を避けるため,本来は利息制限法1条1項によって支払義務を負わない制限 超過部分の支払を強制することとなるから,同項の趣旨に反し容認することができ ない。【要旨1】本件期限の利益喪失条項のうち,制限超過部分の利息の支払を怠 った場合に期限の利益を喪失するとする部分は,利息制限法1条1項の趣旨に反し て無効であり,上告人らは,支払期日に約定の元本及び利息の制限額を支払いさえ すれば,期限の利益を喪失することはなく,支払期日に約定の元本又は利息の制限 額の支払を怠った場合に限り,期限の利益を喪失するものと解するのが相当である。

 そして,本件期限の利益喪失条項は,法律上は,上記のように一部無効であって ,制限超過部分の支払を怠ったとしても期限の利益を喪失することはないものであ るが,この条項の存在は,通常,債務者に対し,支払期日に約定の元本及び制限超 過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額及び経 過利息を直ちに一括して支払う義務を負うことになるとの誤解を与え,その結果, このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを債務者に事実上 強制することになるものというべきである。

 したがって,【要旨2】本件期限の利益喪失条項の下で,債務者が,利息として ,制限超過部分を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるよ うな特段の事情のない限り,債務者が自己の自由な意思によって支払ったものとい うことはできないと解するのが相当である。
 そうすると,本件において上記特段の事情の存否につき審理判断することなく, 上告人らが任意に制限超過部分を支払ったとした原審の判断には,判決に影響を及 ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れな い。





2013.2-

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