Chapter:0−1 水精クレイア

水の精霊の街「アクアリス」
 無数の島々と街中を網の目のように走る水路から、とても美しい景観で知られている街だ。しかし、それが原因で、道に迷う者が後を絶たない。

「はぁ…」

 ここにも1人、道に迷った者が居るようだ。歳は人間年齢で10歳くらいで、黒髪の少年だ。白いローブと腰までしかない、丈の短い空色のマントを身につけていることから、虹の精霊、虹精族の子供だろう。
 中央に1本の木が植えられているだけの小島で、木にもたれかかるようにしゃがみ込み、うなだれている。

「どうしよう…せっかく妖精界《エピード》の劇団がゲートを通ってやってきたのに…アクアリスってこんなに入り組んだ街だったなんて…一体どこなんだよ?中央劇場って…」

 少年は独り言のようにつぶやきながら頭を抱えている。道行く人に道を聞こうとも思ったが、その人に迷惑が掛かると思い、実行出来ずにいた。

 そして、そのまましばらく時間が経った。

 少年はまだ、同じ場所で考え込んでいたが、半分諦めも入り出しているようだ。そんな時、少年の前に一つの影が立ち止まった。

「どうしたの?大丈夫?」

 少年は、その声に気づくと顔を上げた。そこには自分と同じくらいの年頃の少女が心配そうに見ていた。

「いや…その…道に迷って…」

 少年は少しもじもじしながらつぶやいた。あまり他人と関わるのは得意ではないらしく、言葉遣いもどこかぎこちない。

「そう…ねぇ、私で良かったら案内してあげるわよ。」

 少女はそう言うと、少年に向かって手を差し伸べた。

「いや…いいよ。」

 少年は心の中では嬉しかったが、少女に迷惑を掛けてしまうかも知れない。という不安の方が大きかったようで、そう言ってしまったようだ。

「そう…」

 少女は残念そうにつぶやくと、差し伸べていた手を戻し、再び道を歩き始めた。しかし、やはり少年の事が心配なのか、何度も少年の方を振り返っている。
 少年も、小さくなって行くその少女の背中を見ていると、次第に孤独感と後悔の念が募っていっていた。

「待ってよ!!」

 少年は、そう叫ぶと少女の後を追って、走り出した。



「なーんだ。そうならそうだって言ってくれれば良かったのに。」

 2人は並んで歩いている。
 少女はクスクスと笑いながら、そう言った。さっきの事は全く気にしていない様子だ。

「迷惑が掛かると思ったから…」

 少年もどこか少女に対して、信頼感が生まれているようだ。しかし、言葉はまだどこか固さが抜けきっていない。

「それなら大丈夫よ。私も中央劇場にWild godの演劇を見に行こうとしていた所だったから…ほら、あの建物よ。」

 少女が指さした先には、大きな建物が建っていた。どうやらあれがアクアリ
ス中央劇場のようだ。

「さ、行きましょう。」

 少女は、再び少年に手を差し伸べ、精一杯の笑顔を見せた。

「…うん。」

 少年も笑顔を浮かべると、少女の手を取った。心には安心感があふれているようだ。
 そして、2人は手を繋いだまま、中央劇場へと駆けだしていった。

「あ、あのあたりに空きがあるよ。」
「じゃあ、あそこにしましょうか。」

 既に、入場開始から時間が経っているせいか、席はほぼ埋まっている。2人は空いている所を見つけると、隣同士の席についた。さすがにもう手は繋いでいないようだ。
 少年は改めて少女を見た。この街に住む水精族なのだろうか、青髪で、薄い青色のローブを身にまとい、水色の大きな宝石が付いたペンダントが胸元を飾っている。

「あ、そう言えば」

 2人は同時に声を出し、顔を見合わせた。お互いに、大事な事を忘れていた事に気づいたようだ。

「自己紹介、まだだったわね。私はクレイア。よろしくね。」
「僕はアルフロスト。こちらこそよろしく。」

 お互いに簡単な自己紹介をした。しかし、クレイアはどこか引っかかる物があるらしく、しばらく考え込むと、再びアルフロストの方の見て。

「アルフロストってなんだか言いにくいわ…『アルフ』って呼んでもいいかし
ら?」
「うん。いいよ。」

 アルフも実を言うと自分の名前の読みにくさを少し気にしていたようで、あっさりとクレイアの提案を受け入れた。

「ふふ。じゃあ…改めてよろしくね、アルフ。」

 2人は再び握手を交わた。アルフもすっかり固さが抜けている。どうやらお互いに友達として認め合ったようだ。

「え〜。精霊界《インブライト》の皆様、この度は………」

 それから間もなく、舞台の中央に団長と思われる人が登場し、挨拶と観劇の際の諸注意が伝えられる。

 そして、幕が開きWild dogの演劇が始まった。


Chapter:0−1 終わり


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