Chapter:0−4 火精サンドラ


 厳しい冬が終わり、春が訪れた。アクアリスでは春の始まりとともに毎年恒例のカーニバルが催されており、その中にはアルフ達4人もいた。しかし、クレイアは、どこか元気が無い。

「はぁ…」

 クレイアは、うつむいたまま、深いため息をついている。
 今日はアクアリスにある8つの楽団の発表会が行われており、クレイアもその楽団の一つに所属している。しかし、クレイアの所属する楽団は、7年間ずっと、あと少しという所で最優秀賞杯を逃しているそうだ。

「まぁクレイア、また来年頑張れば良いじゃない」
「私は、クレイア達の楽団の方が良かったと思うわよ」
「たかが最優秀賞杯くらい気にするなよ。死んだわけじゃないだろ?」

 クレイア以外の3人は、それぞれ慰めの言葉をかける。クレイアも少し励まされたようで、顔を上げ、少し笑ってみせた。

「…みんなの言う通りね。ありがとう。」

 いつまでも落ち込んだままのクレイアを見ていたくないと言うのが、他の3人共通の考えだったようで、アルフ達も、少し安心したようだ。

「あ…あれ、なんだろ?」

 ルフィーナが指さした所。街の街道の一角になにやら人だかりが出来てる。一体何があったのかは、ここからでは解からない。

「行ってみよう」

 4人は、その黒山の人だかりに向かって走っていた。



 4人は、人だかりをかき分けて、一番前まで進む事が出来た。そこでようやく何が起こっているのかが解った。1人の少女と大人が言い争いをしている。どうやら、この人だかりは野次馬のようだ。

「なんだいっ!あたいは道を聞きたいだけだっ!!」
「口の利き方を考えなさい。女の子がそのような言葉を使う物ではありません」

 少女は、アルフ達よりも少し年上、人間年齢で13歳くらいだろう。まるで炎を思わせるような、真紅の髪と瞳。また、祭事用のローブも真紅。どうやら火の精霊、火精族のようだ。
祭事用のローブとは、祭りや儀式の時に着る。「正装」で、基本的にデザインは同じだが、色が各種族ごとに違う。
 大人の方は、落ち着いた口調。決してなだめるでも、挑発するでもない。まるで諭す様な口調だ。防寒用のローブを重ね着しており、フードを目深に被っているため、素顔は見る事は出来ないが、体の線と声の質から、女性である事がうかがえる。

「うるさいっ!」

 少女は一言叫ぶと同時に、大人の精霊に向けて殴りかかった。腰の入った、理想的な攻撃だ。しかし、大人の方は易々とかわし、少女の拳を軽く払った。少なくともアルフ達にはそうとしか見えなかった。
 しかし、少女はまるで、何かに引っ張られるかのように大きくバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。

「これならどうだいっ!!」

 少女は、起きあがると同時に今度は鋭い蹴りを繰り出した。鋭い刃物を思わせる様な蹴りだ。しかし大人の方は、また同じ様に半歩下がってかわすと、足を軽く払った。少女はは再びバランスを崩して倒れる。
 だがこの時、蹴りの風圧でフードがとれて、素顔が現れた。

「ウルーシアさん!?」

 アルフ達はその女性を知っていた。他でもない。月精ウルーシアだった。しかし、何故ウルーシアがここにいるのだろうか。

「あーもう!こうなったら本気だ!!!」

 少女が意識を集中すると、突如両腕が凄まじい勢いで燃え始めた。アルフとヴォルティスには、それが《魔法剣》である事が解ったようだ。

「やれやれ…口で言っても解らないようだね。なら少し痛い思いをしてもらうよ」

 ウルーシアは軽く肩をすくめると、ゆっくりと両腕を動かし始めた。まるで円を描くような独特の動きだ。それはまるで、優雅な踊りを思わせる。

「痛い思いをするのはあんただっ!」

 少女は炎の拳でウルーシアに向かって三度殴りかかった。少女の言うとおり、もし直撃したら、ひとたまりも無いだろう。
 ウルーシアは再びかわすと突如消えた。正確には、少女の目からは消えたように見えたと言った方が正しいが。ウルーシアは素早く少女の背後に回り込んでいた。

「破ァ!!!!!!」

 ウルーシアは、少女の背中に軽く掌を当てると同時に地面を振るわせるかの様な大声を発した。ウルーシア本人はほとんど微動だにしていないが、少女は何かに跳ね飛ばされたかの様に吹き飛んでいく。そして、その先には水路がある。
 そして、凄まじい水しぶきが上がる。少女はそのまま水路に落ちた様だ。

「そこで、頭を冷やしなさい」

 ウルーシアは水路の方を見ながら静かに言った。



「すまないねぇ…クシュン」

 5人は、少女を水路から引き上げると、クレイアの家に向かった。少女はローブが乾くまでの間、毛布にくるまって、暖炉のそばに座ってる。アルフ達も泳げないで暴れる少女を引き上げるのに手間取り、びしょ濡れになってしまっている。
 また、話を聞いていると、少女の方が一方的につっかかっていたようだ。

「あたいはサランドリア。あたいを知っている人はみんな『サンドラ』って呼んでいるけどね…」

 とりあえず、それぞれ自己紹介をした。

「ウルーシア…さん。どうしてあたいの格闘術が効かなかったんだい?あたい、ケンカで負け た事、無いのに…」
「柔よく剛を制す。良く覚えておきなさい」

 アルフ達も、ウルーシアが格闘術の使い手だった事は知らなかった。本人の話では、かつて詩人をしながら旅をしていた際に身に付けた物だそうだ。

「しかし、楽団の発表会を見に来たのに…今から中央劇場に行けば間に合うかねぇ」
「もう、終わっちゃたわよ」
「なんだって!?」

 クレイアの一言を聞いたサンドラは突如立ち上がりった。が、その拍子に毛布が取れてしまった。

「きゃーーーー!!!!」
「アルフ、ヴォルティス。後ろ向いて!」
「は…はい」

 クレイアの言葉に2人は飛び上がると同時に声を出し、後ろを向いた。しかし、首筋まで真っ赤になっている。

「2人とも、年頃の男の子だから仕方が無いけど、変な想像しないようにね」
「はいっ!!!」

 ウルーシアは2人の首に後ろから腕を回すと。静かに注意した。2人は一瞬体を硬直させるとやたらと大きな声で返事した。どうやら図星だった様だ。
 そんな事が起きているとは誰も気付かず、カーニバルは進行して行っていた…

Chapter:0−4 終わり


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