Chapter:0−3 雷精ヴォルティス


アルフ、クレイア、ルフィーナの3人は、虹精の街「プリナス」近郊の森に薬草を採るために入っていた。普段アルフは薬草を採って生活しており、たまたまクレイアとルフィーナが遊びに来ていた事もあって、3人で森に入っていたのだ…もっとも、初めのうちはアルフもダメだと言っていたのだが、この2人を相手に口で勝てるわけが無く、しぶしぶ連れて行ったのだった。
 しかし、もうすぐ冬と言う事もあり、なかなかめぼしい薬草は見つからず、気付かぬうちにかなり森の奥まで来てしまっていたようだ。

「どうしよう…」

 ルフィーナが今にも泣きそうな声でアルフに尋ねた。

「だからダメだって言ったんだよ…」

 アルフはただ一言そう言っただけだった。
 ただ道に迷っただけならまだ救いようはあるだろう。3人の前には体長4メートルはあろうかという巨人《トロール》が居たのだった。どうやら迷っている間にトロールの縄張りに入ってしまったらしい。
 さらに、悪い事は重なる物で、生い茂った木々の枝が邪魔で、空へ逃げる事も出来ない。

「…なんとかするしか無いよ」

 アルフはそう言って、クレイアに目で合図を送った。その意味が解ったかのようにクレイアは小さく頷く。それを合図にアルフはトロールに目掛けて突進していった。
 トロールはアルフに向かって丸太をくり抜いたような、巨大な棍棒を振り下ろそうと、思い切り振り上げた。

『…水のマナよ、氷の槍となれ!アイシクル・ランス!!!』

 トロールがアルフに気を向けている間に、クレイアは水の精霊術の1つである、氷の槍を作り出す魔法を詠唱した。次の瞬間、何もない空間に青白い光が集まり、槍状の氷の塊を作り出した。その槍は狙いを定めたかのように、トロールに飛来する。
 トロールもまた、振り上げた棍棒を振り下ろし、氷の槍を力任せに打ち砕いた。
 その間に、アルフは左手(左利きのため)に意識を集中した。

「…出でよ!光の剣!!」

アルフの左手が光り、柄の両端に刃が付いた様な、虹色の剣が現れた。《魔法剣》と呼ばれる物で、マナを収束した武器を作り出す精霊術だ。発現する武器は術者のイメージによって、様々な形状が存在する。
 一見すると使いにくそうな形状の武器だが、アルフはそれを自らの手足のように自在に操り、トロールとの攻防を演じている。クレイアは魔法による後方援護を行っている。ルフィーナはまだ、攻撃用の魔法を使う事が出来なため。やや離れたところで2人を見守っている。

 『ウガァァァァァアアアア!!!』

 突如、トロールが吠えだし大きく飛び上がった。アルフとクレイアは、一瞬背筋が凍る感覚を覚えた。
 そう、トロールが着地したすぐ前にはルフィーナがいたのだった。ルフィーナは恐怖のあまり言葉すら発せない状態だった。トロールは口元に笑みを浮かべると、棍棒を振り上げた。アルフ達は防御用の魔法を詠唱するが、間に合わない。
 ルフィーナは思わず目を閉じていた。



 目の前で雷が落ちる様な轟音が鳴り響く。ルフィーナには自分の体が粉々に砕かれる音だと思えたかも知れない。
 しかし、棍棒が振り下ろされる事は無かった。ルフィーナは恐る恐る目を開けた。そこには白目を剥き、フラフラと頭を揺らしているトロールの姿があった。アルフ達も、あまりの出来事にあっけにとられていた。
 トロールの持つ棍棒が黒く焼け落ちている。さっきの轟音は、「雷が落ちる様な」音ではなく。「雷が落ちた」音だったのだ。
 トロールはそのまま、支えが無くなったかのように、ルフィーナの方に倒れ込んで来た。ルフィーナも我に返ると、その場から飛び退いた。

「危ないところだったな」

 ちょうど3人の中心あたりに1人の少年が降り立った。歳はアルフやクレイアと同じくらいのようだ。

「…君は?」

 しばしの沈黙(実際はごくわずかな時間だが)の後、アルフが少年に尋ねた。

「自己紹介は後だ。早くここから立ち去った方が良い。こんな程度で死ぬようなヤツじゃないからな。」

 3人は少年の話に同意するようにうなずき合うと、すぐにその場を後にした。

 そこからしばらく行った所で、大きな木の根元に空いたうろがあった。子供なら少し狭いが4人は入れそうな穴だ。ひとまず4人はそのうろに身を隠す事にした。
 まず、クレイアとルフィーナが奥に入り、アルフと先ほどの少年で入り口を固めた。下手に魔法と使うと居場所がばれてしまいかねないため、防御用の結界は張っていない。

 その直後、さっきまで居た所から、トロールの叫び声と、木々がなぎ倒される不快な音が鳴り響いた。獲物を逃がした怒りで暴れているのだろう。
 アルフは、奥の2人を見た。ルフィーナは今にも泣き出しそうになっており、クレイアがルフィーナを抱きしめ、落ち着かせている。アルフも2人に視線だけで『大丈夫だから』と言う。
 それから、どれだけの時間が経ったのだろう。ようやくトロールも諦めたのか、重い足音が遠ざかっていく。

「…もう、大丈夫だ。」

 少年がそう言っても、しばらく外に出る事も動く事も出来なかった。ただ、今まで押さえ込んでいた物が一気にあふれかえる様に泣きじゃくるルフィーナを除いては…

「ルフィーナちゃんは?」
「もう寝ちゃったわよ。よっぽど疲れていたみたい。」

 4人はそのまま夜を迎えた。しかし、ルフィーナはもう眠ってしまっているようだ。残りの3人はたき火を囲んで座っている。しかし、アルフもクレイアもかなり疲れており、口数も少ない。

「そう言えば、まだ自己紹介してなかったな。俺はヴォルティスっていうんだ。」
「僕はアルフロスト。『アルフ』でいいよ。」
「私はクレイア。で、あの子がルフィーナちゃん。」

 3人は自己紹介をしたものの、それ以上の会話は続かなかった。3人とも誰が言うともなく、眠りにつく事にした。
 また、別の魔物が襲ってくる事も考えられるため、念のため周囲にはアルフとクレイアが協力して作り出した魔法結界を張り巡らしてある。2人とも疲労から強力な結界は張れないが、ひとまず何もしないよりはましだろう。
 あまり寝心地は(精神的な物が大きい)良くないが、残りの3人もあっという間に深い眠りに落ちていった。



「やっと見えてきたよ」

 次の日、4人はプリナスへ向って歩いていた。聞くところによると、ヴォルティスは雷の精霊「雷精族」で、地磁気を利用して方角を読む事も可能だったのだ。そのおかげで、迷うことなくプリナスへ戻る事が出来た様で、アルフが指さす先には、プリナスのシンボルとなっている《クリスタル・オベリスク(水晶の塔)》があった。
 また、その途中で薬草として利用出来るキノコの一種が群生している所があり、アルフが持っているカバンに入るだけそのキノコを採ってある。

 4人はプリナスへ着くと、ある薬師の家へ向かった。アルフとしては、3人を自分の家に待たせておきたかったのだが…

「こんにちは、ウルーシアさん」
「全然来無いから心配していたよ。どうしていたの?」

 アルフ達が向かった家、そこはプリナスで薬師を営む月精ウルーシアのアトリエだった。彼女が何故、相反する属性の精霊の街で生活しているかは定かではない。
 アルフは昨日の出来事を話すと、カバンの中から採って来た薬草を出した。

「そんな事があったの…けど、《ツキカゲダケ》しか無いじゃない。こんなに持ってこられても、保管しようが無いのだけどね」

 事実、採って来た薬草の9割はツキカゲダケなのだが…

「…今日は、これくらいね」

 ウルーシアはそう言って紙袋をアルフに手渡した。中身はキャンディの様だ。

「あまり、無理したら駄目だよ。昨日もたまたま無事だったんだから。ヴォルティス君に感謝しなさい」
「うん。そうだね」

 しかし、ヴォルティスは「たまたま通りかかっただけだよ」と、ややそっけなく答えただけだった。ただ、ウルーシアには照れ隠しのようにも思えたようだ。
 4人はウルーシアのアトリエを後にすると、中央広場に向かった。クレイア、ルフィーナ、ヴォルティス共にプリナスに来るのは初めてだったため、アルフが案内する事になったのだ。先ほど渡されたキャンディは均等に4つ分にけて、それぞれに手渡してある。

「うわぁ、大きな水晶」
「これがクリスタル・オベリスク。この街が出来る前から既にあったらしいよ」

 3人とも、クリスタル・オベリスクを間近で見るのは初めてのようだった。ルフィーナが思わず感嘆の声を上げる。他の2人も巨大な水晶の塔に魅入っているようだ。高さ50メートルはあろうかという巨大な水晶の柱を見れば、誰でもそうなるかもしれないが…
 4人は中央広場を囲む掘りに腰掛け、それぞれの街について話している。もちろんそれぞれの街にも、クリスタル・オベリスクに負けないようなシンボルはあり、日を改めて見て回る事になったようだ。
 4人はそれからもしばらく会話を続けると、プリナスのもう一つの見所、北にある「水晶山」へと向かっていった。


Chapter 0−3 終わり


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