Chapter:0−5 闇精シェイディル |
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虹精族の街「プリナス」にある、とある薬師のアトリエ。時はすでに夕暮れで、このア トリエの店主が一人、晩のお茶を飲んでいる。精霊族は自然界を対流する『マナ』を生命エネルギーとしており、「食事」を取る必要は無い。基本的に呼吸する事でマナを取り込むが、水からマナを取り込む意味でお茶を飲むのだ。 「トントントン…」 誰かが入り口のドアをノックしている様だ。こんな時間に訪ねてくるのは珍しい。急な病気か、誰かけがでもしたのだろうか。 「どうしたんです?こんな夕暮れに…あ」 そこにいたのは、虹精族の少年だった。11歳か12歳くらいの黒髪の少年… 「アルフロストじゃない、どうしたの?」 その少年はアルフだった。しかし、よく見ると誰かを背負っている。歳はアルフと同じくらい、黒髪で漆黒のローブを着ている。 「とりあえず、中に入りなさい」 ウルーシアはアルフを家の中に招き入れた。 「で、どうなの?」 ウルーシアは数種類の薬草を調合しながら。アルフが背負ってきた少女の容態を確かめた。
「負のマナ」とはナマの中の「悪い」部分の気を指す。これは、精霊にとっては毒で、取り込むと体調を崩したり、病気になってしまう事がある。 「…助かるの?」 アルフは自分の家に戻り、そのままベッドに横になった。しかし、なかなか寝付く事は出来 なかった。 それから数日後。ウルーシア特製の薬が効いたのか少女の容態もだいぶ落ち着いたようだ、
ただ、その薬の副作用でずっと眠っている。 「おーい、アルフー」 外から聞き覚えのある声がする。アルフは2階の窓から外を見た。 「あ、クレイア、ヴォルティス」 クレイアとヴォルティスは、ウルーシアのアトリエの2階の部屋に上がってきた。2人ともベッ ドで眠っている少女が気になった様だ。 「誰なんだ?一体」 クレイアの声に気が付いて2人は少女の方を見た、少しうなされてはいるが大きく寝返 りをうっている。目が覚めつつある証拠だ。 「う…ん…」 それから間もなく、少女はうっすらと目を開けた。そして、ゆっくりと上半身を起こした。 「…ここは?」 少女の質問にアルフが答える。しかし、少女はまるで知らないかのように疑問型の返事を繰り返すだけだった。 「…まさか、もしかしたら」 ヴォルティスが何故その質問をしたのか、アルフとクレイアにはよく解らなかったが、次のヴォルティスの一言で全てを読みとった。 「記憶喪失だ。しかも目も見えなくなっている。多分…記憶を封印されている」 ヴォルティスは少女の瞳を見ながらそうつぶやいた。確かに少女の目に光は無く、まるでガラス玉のようだ。 「何とかならないの?」 クレイアは、ヴァルティスに訪ねた。しかし、ヴォルティスはすまなそうに首を横に振るだけだ。 「あまり、気は進まないけど…この子の心を読みとってみるよ」 アルフは立ち上げると、少女の目の前に手をかざした。しかし、少女はまるで見えているかのように、怯えた表情を見せた。 「大丈夫。落ち着いて」 アルフは少女に言い聞かせると、意識を集中した。 『我、虹精の名の下に命ずる。虹のマナよ、この者と我の心を繋ぎ…』 虹の精霊術の一つの、相手と自分の心を繋ぐ魔法を詠唱している時、怒号の様な声がアルフの集中を断ち切った。2階に上がってきたウルーシアの声だった。 「ウ…ウルーシアさん」 ウルーシアは怒りの表情でアルフに怒鳴りつけた、その場の全員を凍り付かせる程の勢いだ。アルフも言葉が発せなくなっている。 「いい、アルフロスト。あなたも、自分の心を無理矢理覗かれるのは嫌でしょう?それは、この子も 同じはずだよ。もっと違う方法を考えなさい」 ウルーシアは、表情とは裏腹に諭すようにアルフに言った。それを聞いたアルフは小さくうなずいた。 「違う方法かぁ…」 3人はアルフの家に向かいながら「違う方法」を考えている。しかし、どれも現実的に難しいものばかりで、なかなかまとまらない。 「クレイア…真面目に考えろよ」 3人の一番後ろでクレイアが歌を口ずさんでいる。ヴォルティスが呆れた様につぶやく。しかし、 アルフはある提案が浮かんだようだ。 「2人とも、悪いけどサンドラとルフィーナちゃんにも集まるように伝えてくれないかな」 アルフは2人に自分の提案を話した。クレイアとヴォルティスは話を聞き終わると、大きくうなずき、空へ飛び上がった。
冷たい石の上…そこに少女は寝かされていた… 『君は、あまりに強大な力を持っている。すまないが、君の記憶を消してもらう』
目の前の黒い影が少女に向かってそう言った。少女は必死に逃れようとするが、手足が同じように黒い影に押さえつけられている。 『君のためなのだよ。目に障害が出るかもしれないが…解ってくれ、シェイディ…』 ……… 「はぁ…はぁ……私は…一体…何なの?」 既に真夜中になっている。少女は悪い夢を見ていたようだ。しかし、本人はまだ気付いていない。 「どうしたの?」 ウルーシアが1階から上がってきた。叫び声に気が付いたのだろう。しかし少女はベッドの隅で怯えた表情でウルーシアを見ている。ウルーシアは再び1回に戻った、それからしばらくして、お茶の入ったティーポットと1つのティーカップを持って、2階に上がってきた。 「はい」 ウルーシアは1杯のお茶をいれると、少女に差し出した。とても良い香りのお茶だ。少女はそれを一口飲むと、大きく深呼吸をした。 「どう?落ち着いた?」 少女は、ウルーシアに覚えている限りの夢の内容を話した。 「そう…でも大丈夫だよ。私は、あなたに危害なんて加えないし、アルフロストもあなたの事を思ってやった事だから…さぁ、お茶が冷めないうちに飲みなさい。月の力を借りて作ってあるから」
少女はお茶を飲み終わると、お腹のあたりが熱い事に気が付いた、不快な熱ではなく、ある種の「温もり」に近い。そしてそれは次第に全身へと広がっていく。体内のマナを活性化させる月の精霊術だ。 「あの…私の名前は、シェイ……シェイディル。シェイディルだった気がします」 そしてウルーシアは再び1階へと戻っていった。 次の日。シェイディルは目覚めると1階から何かが聞こえてくるのに気が付いた。彼女はまるで引き寄せられる様にゆっくりと階段を下りていく。 「あ…」 アルフはシェイディルに挨拶をした。 「あ…おはよう…ございます」 ルフィーナは、シェイディルのローブの袖を軽く引っ張りながら問いかけた。 「え?でも私…」 その日、ウルーシアのアトリエからは、いつまでも子供達の歌声が聞こえていた。
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