Chapter:1−2 獣精キーベツ


 シェイディルの叫び声と共に現れた無数の影。背は低くアルフ達とほぼ同じくらいだ。 どうやら森に住む魔物《ゴブリン》のようだ。ゴブリンは個体としての戦闘能力や知性は低いが、集団性を最大の武器としている種族だ。見えているだけでも10体以上。おそらくはまだ茂みの中に潜んでいるだろう。
 シェイディルの気配を読みとる力が無かったら空に出たとたんに襲われる事になっていただろう。いくらサンドラの戦闘能力が優れているとはいえ、1人で対処できる数ではない。

「これはまた、大勢出てきたねぇ」

 サンドラは炎の拳を鳴らしながら呟いた。しかし、楽しそうな口調とは裏腹に、表情は堅い。他の全員もそれは同じだった。

「さて…来なっ!!!」

 サンドラの怒号と共にゴブリン達が一斉にアルフ達に飛びかかってきた。しかし、大半はアルフ達の《魔法剣》で阻まれており、その間に後ろのクレイアは魔法の詠唱を始め、ルフィーナは空へと舞い上がった。

『水精の名の下に命ずる。水のマナよ、冷気の刃となれ…フローズン・ブレード!』

 クレイアの杖の先端から青白い光がほとしばり、ゴブリン達の中心に冷気の刃が突き刺さった。何体かのゴブリンが巻き沿いになり、氷漬けになっている。

『風よ、その力をここに表せ…ソニックウェーブ!!』

 さらに間髪入れずに上空から急降下してきたルフィーナがゴブリン達の目の前で急停止し、衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばした。風精族が最も得意とする攻撃方法だ。

「2人とも、やるなぁ…」
「無意味にマナを消費させやがって」

 《魔法剣》でゴブリン達の攻撃を防ぎつつ、アルフとヴォルティスがそれぞれの感想を述べた。もっとも、本来そんな余裕は無いのだが。しかし、シェイディルが5人に的確な指示を出しており、ゴブリンの出方は、ある程度の事は分かっていた。

「僕たちも、負けられないね。ヴォルティス」
「ああ、同感だ」

 二人は、至近距離で防御結界を張り、ゴブリン達を押しのけた、そして、結界を解除すると同時に、二人の持つ《魔法剣》を重ね合わせた。それぞれの武器が融合しあい、1つの巨大な光の剣に変化した。

『聖竜剣!!!』

 アルフとヴォルティスは2人でその巨大な剣を持ち、一気に振り下ろした。光の刃が多くのゴブリンを切り裂いて行く。  しかし、アルフ達の優勢に事が運んだのはここまでだった。


「一体…どれだけ…いやがるんだ!?」

 ゴブリン達はかなりの数がいた、どうやらこのあたりの群が総出で来ていたようだ。既に6人とも息が絶え絶えで、サンドラがうなるように叫んだ。既に彼女の拳には炎は宿って いない。アルフとヴォルティスの《魔法剣》も、すでに「斬る」ではなく「叩く」程度の状態で、一撃ではゴブリンを仕留める事が出来ない。クレイアとルフィーナも既に魔法を使う事すら難しい状態だ。シェイディルもかなり神経をすり減らしている。  精霊にとって『マナ』は魔法を使う際に使用するエネルギーであると同時に、生命エネルギーでもある、魔法の使用によって周囲のマナを消費しすぎたため、6人はほとんど高山にいのと同じ状態に陥っているのだ。 また、完全に囲まれており、逃げることすら出来ない。

「…あ」
「どう…したの?シェイ…ディル」
「他の何かが…こちらに近づいています。ものずごい早さで」

 シェイディルが他の気配を感じ取ったようだ。そばにいたクレイアが、一瞬放心状態に陥ったが、すぐに立ち直った。

「まだ…他の…魔物が…」
「いえ、違います。これは…」

 シェイディルが言い終わらないうちに、2人の間を黒い影が駆け抜けて行った。体長は2メートル近く。太めの体つきだ。その影はそのまま、ゴブリン達の真っ直中に突っ込んで行く。

『ニャーーーーー!!!』

 その影が、右腕を振り下ろし、何体かのゴブリンをまとめて払いのけた。次の瞬間には、アルフ達をかばうようにゴブリン達の前に仁王立ちで身構えていた。  その後ろ姿から、それは「影」でな無く、「毛並み」だった事が分かった、どうやら獣の精霊、「獣精族」のようだ。黒い薄手のローブを着ており、黒猫のような姿で白いブーツと革手袋をしている。また、右腕に付けられた籠手から、鋭い爪が伸びている。

『フーーーー!!!』

 獣精族の青年(と思われる)は、凄まじい闘気を発しながら、ゴブリン達をにらんでいる。 しばらく拮抗状態が続いたが、ゴブリンの方が気圧され次第に森の中へと逃げ込んで行った。アルフ達は緊張がほぐれ、その場に倒れるように座り込んだ。

「さて…ケガは無いか?」

 その青年は、一番近くにいたアルフに尋ねた。アルフは少し動揺しながらもうなずいて答えた。そして、真っ先に思った疑問を聞き返した。正面から見ると完全な黒猫ではなく、口の周りだけ毛並みが白い。

「おじさん…誰?」
「わしか?わしの名はキーベツといってな…この辺で狩人をしておる」
「狩…人?」

 キーベツの話にクレイアが表情を曇らせる。しかし、キーベツはそれに気付いていないようだ。

「そういう、お前達こそ、ここで何をしておる?迷子か?」
「ち…違うよ。僕たちはウィバースに行く途中で…」

 しかし、アルフはそこまで言って、言葉に詰まった。よくよく考えてみれば、道に迷ったのは確かな事だ。

「ウィバース?それなら逆方向だぞ。向こうの方にずーっと行くとウィバースへ向かう街道がある」

 キーベツは、アルフ達の方を向かって指を指しながら説明した。

「それはそうと…もうすぐ雨が降りそうだ…この近くにわしが使っている猟師小屋がある、雨宿りして行くと良い」
「え!?でも、風に乱れは無いけど…」

 「雨が降る」という話にルフィーナが驚きの表情を見せた。「風精族」の性質上、先天的に天候を読みとる力が強いが、そんな気配は感じなかったからだ。

「長年のカンじゃよ、風精のお嬢ちゃん…さて、では行くかの」

 そう言うと、キーベツは現れた方向の茂みに戻り、採って来たであろう獲物と、石弓を手に戻ってきた。

「さあ、ついて来なさい」

 6人は立ち上がり、キーベツの後を付いていこうとしたが、クレイアがそれに反対のようだ。

「ねぇ、あの人に付いていかない方が良いと思うわよ」
「そうかな…でも、僕たちを助けてくれたよ」
「あの人からは、悪い感じはしませんが?」

 クレイアはどこかキーベツに対して不信感があるようだが、アルフとシェイディルは揃ってそうは思っていないようだ。残りの3人もキーベツに付いていくようで、クレイアが何故ついていきたがらないのが不思議なようだ。

「おーい、何しているんだ?置いていくぞー!」

 森の中からキーベツの声がする。クレイアを除く5人はそのままキーベツの後を追っていく。しばらくしてクレイアもふくれっ面でついて来た。
 キーベツの猟師小屋はそこから少し歩いた所にあった、しかし、そこに向かう間に次第に空が雲で覆われ暗くなっていく。

「ほんとだ…風がざわめき始めている…」
「だから、言ったじゃろう?」

 キーベツの横でルフィーナが関心したようにキーベツを見上げている。6人から少し遅れてクレイアがついて来ている。

「クレイアー、少し急いだ方が良さそうだよ」

 アルフは立ち止まって、クレイアに呼びかけたが、クレイアはその横を大股で、ふくれっ面のまま何も言わずに通り過ぎて行く。

「クレイア…どうしちゃったんだろう?」

 アルフは目を白黒させながらつぶやいた。
 そうしている間に、本当に雨がぱらぱらと降り出して来た。アルフは急いで猟師小屋へと向かって行った。

Chapter:1−2 終わり



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