Chapter:1−3 優しさの狭間


 アルフ達がキーベツの猟師小屋についた頃から降り始めた雨は、時間が経つにつれて激しくなり、凄まじい雨音が外から聞こえてくる。

「こんな中を歩かなくて、助かったな」

 ヴォルティスが、やや安心したように言った。事実、キーベツに会っていなかったら、こんな土砂降りの中をさまよい歩く事になっていた。そのことを思うと気が滅入って来る。

「もの凄く風が乱れているわ…これはしばらく上がりそうに無いみたい。」

 ルフィーナが窓から外を見ながら呟いた。しかし、どこか気分が悪いようで、声もやや重い。

「ルフィーナちゃん。疲れいるのかい?少し休んでな」
「…うん。ありがとう、サンドラ」

 ルフィーナは窓から目を離すと、床に座り込んだ。しかし、気になる事が一つあった。
 たいていの場合、一番先に心配してくれるのはクレイアだ。しかし、クレイアは何も言っては来ない。

「…そろそろお茶が沸いた頃だろう。皆で飲んでてくれ。棚の上にティーカップと茶菓子があるじゃろう?」

 キーベツは6人に背を向けた状態で、獲物の皮を剥ぐ作業をしている。精霊族は食事を取る必要が無い以上、狩人の仕事はもっぱら毛皮を採取する事だ。
 アルフが、キーベツに言われた通りに6人分のティーカップと、砂糖を固めて作った様な、《インブライト》では一般的なお菓子を皿に盛って持ってきた。お茶は小屋の隅にある暖炉で沸かされていた。

「はい、クレイア」
「…いらない」
「さっきから、どうしたの?クレイ…」
「いいから、放っておいて!」

 クレイアは、キーベツに会って以来ずっと機嫌が悪いままだ。お茶を渡そうとしたアルフに対してもどこか苛立った声でそれを拒否した。
 その「原因」がどこにあるのかが、全員が次第に気付き始めた。そうは言っているが、彼女の視線はアルフに向いていない。
 クレイアは、今まで他の5人が見た事のない、怒りを表にむき出しにした表情をしている。その視線は、ずっと、キーベツの背中をにらみつけている。その視線に気が付いたのか、キーベツは、作業の手を休め、後ろを振り向いた。次の瞬間、クレイアを目が合う。しかし、彼は視線を外すことなく、受け止めている。
 沈黙があたりを包む。



「…狩人は、嫌いかね?」

 しばしの沈黙の後、キーベツがクレイアに尋ねた。クレイアはそれに答えようとはしなかったが怒りのこもった視線がそれを物語っている。
 キーベツは、少し肩をすくめるを、クレイアの方をむき直し、話を続けた。

「クレイア…だったね。では君に聞こう。毛皮を得ることが許されない事なら、そうして得られた毛皮や革を使った物を身につける事もまた、許されない事ではないのかね?」
「…そ…それは…」

 クレイアは、気まずそうに下を向き口ごもった。確かに、彼女の履いているブーツや、ペンダントの紐は革で出来ているし、冬になれば、毛皮で作られた防寒用のローブを着ている。そこまで気付かずに、一方的にキーベツをせめていた自分が悔しく、クレイアは下を向いたまま小刻みに体を震わせている。
 そんなクレイアを見かねてか、キーベツは表情を和らげると再び話しかけた。

「だが、君の考えも決して間違いではない。その優しさはとても大切な事だ。しかしな、クレイア…これだけは分かってくれ。我々は決して獲物を粗末にはしない。その命に感謝し、利用出来る物は全て利用する。それが、我々に出来るせめてもの弔いなのだよ。」

 キーベツはそう言って、クレイアの肩に手を置いた。クレイアは一瞬体を強ばらせ、泣き出しそうな声を出した。

「キーベツ…さん。その、私、何も知らなかったのに…」
「いいんだよ。そう言われ続けるのも、狩人の悲しい所さ。」

 しかし、そう言われても、クレイアの心は晴れないままだった。

「…ま、まぁ。その、そんなに気にせんでもいいぞ。それに、な。あんまりそんな顔してるとみんなが心配するだろ?」

 キーベツは、少しあわてながら言葉を付け足した。キーベツの言うとおり、他の5人は心配そうにクレイアを見ている。

「みんな…ごめんね。でも、もう大丈夫。私の考えたかが間違っていたって分かったから。」

 クレイアはそう言うと顔を上げ、いつも(まだ少し強ばってはいるが)の笑顔を見せた。



 そして、次の日。
 夜の内に雨も上がり、キーベツの小屋に泊まった6人は、キーベツと共に森の中を歩いていた。彼が「是非とも見せたい物がある」と言う言葉に6人ともついて行く事にしたのだ。また、今度は今までのわだかまりが取れたためか、クレイアが率先してついて行く事を提案した。

「みんな、ついたぞ」

 そこは猟師小屋からしばらく歩いた所にあった。森の開けた部分に、高く土が盛られている。そして、その頂上には、一枚の石碑が立っている。

「これは、何?」
「これはな、獲物となった物達の魂を慰める意味で立てられたものなんだよ。」

 アルフの質問にキーベツが答えた。

「昨日、狩ったヤツもきっと、マナの中に還っていったのだろうな…」

 キーベツがやや物悲しそうに呟いた。そんな中、ルフィーナが何か思いついた様な表情をした。

「そうだ。良いこと思い付いちゃった」
「あっ!どこ行くんだ!?」

 ヴォルティスが呼び止めるより早く、ルフィーナは森の中へと消えていった。それからしばらくして、後ろに何かを隠しながら戻ってきた。

「どうしたんだよ?いきなり?」

 ヴォルティスが呆れたように戻ってきたルフィーナに言った。ルフィーナはほほえみながら、背中に隠していた両手を前に出した。
 そこには、両手に1つずつ花があった、根の周りの土も一緒に掘り出されている。

「こうしておけば、みんなきっと喜ぶと思ったから」

 ルフィーナは、石碑の前に花を植え付けながら楽しそうに言った。おそらくは、あと何年もすれば、このあたりな花畑になっているだろう。

「なかなかの名案ではないか。さて、ウィバースへの街道まで送ってやろうかの」

 6人はキーベツと共に再び歩き出した。


chapter:1−3 終わり



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