Chapter4−1 人間界アルディンの少年


 6人は翌日ユグシルを後にし、ラバハキアへの街道を歩いていた。今は森を貫くように作られた道にいる。

「名前…気に入ってくれるかな」
「きっと気に入ると思うよ。」

 クレイアとアルフが話している「名前」は、もちろんハーベスとリーフの子供の事だ。ちなみに、子供のうちは性別が固定していないため、両方の名前をつけてあるのが普通だ。
 出発する前にリーフの奨めもあって、クレイアが名付け親になったのだ。

「男の子ならブロッサ、女の子ならプルムかぁ。私もいい名前だと思うわよ」

 2人の話にルフィーナも加わる。そんな中、シェイディルがしきりに周囲を気にし始めた。

「なんでしょう…感じたことの無い感じのする気配がこのあたりにあります」
「感じた事の無い…て、新種の魔物かい?」
「いえ、悪い感じはしません…ただ、良い感じとも言えませんが…」
「なんだよ?それは」

 シェイディルの話はやや難解で、サンドラもヴォルティスも意味を理解できなかった。

「…ともかく、行ってみようか。シェイディル、案内できるかい?」
「はい。何とか」
「行くぞ。3人とも。置いて行くぞ」

 シェイディルの案内の元、6人(アルフ、クレイア、ルフィーナややふてくされているが…)は、彼女が感じ取った「感じたことの無い気配」を探して、森の中に分け入っていった。



「どうやら、ここのようです」
「ねぇ、この子って…もしかして」

 シェイディルの感じた気配の正体…そこにはルフィーナと同じくらいの年頃の少年が倒れていた。しかし、その耳は精霊族の物とは異なり、先が丸い。

「《アルディン》の人間…だな」

 ヴォルティスがその答えを言った。それに対してアルフが疑問を言う。

「でも、何で人間が《インブライト》にいるのだろう?」
「エターナル・ダイバーかもしれないわね」

 クレイアの言う「エターナル・ダイバー」とは、ゲートを利用して時空間を旅する冒険者の事だ。しかし、他の世界との繋がりの薄い人間界《アルディン》の者が、エターナル・ダイバーをしているのはやや不自然な感もある。

「しかし、どうするんだい?街に連れて行ったら、それこそ大騒ぎになるよ」
「決まってるだろ、こうするしかないんだ」

 ヴォルティスは《魔法剣》を作り出すと、少年の首に突きつけた。

「ちょっと、ヴォルティス。何をする気なの!?」
「決まってるだろ。この世界に被害が及ばないようにするんだ。精霊族は昔、こいつらに滅ぼされかけたんだからな」
「だからって、この子が悪いって決まったわけじゃないわ!」
「俺達の先祖もそう言ってこいつらに狩られて行ったんだ!同じ過ちを繰り返すのか!?」

 クレイアとヴォルティスの口論はより一層激しさを増していく。
 しかし、ヴォルティスの言うように、はるか昔、精霊・妖精・人間は同じ世界《ダイ・アモル》で暮らしていた。しかし、精霊の心臓である《核》から強力な魔法の品を作るために、多くの精霊達は人間によって狩られていったのだ。
 そして、わずかに生き残った精霊達は時と空間を隔離し、今の《インブライト》が作られたのだ。

「もういい!俺は先にラバハキアに行く。お前達で勝手にしろ!」

 2人の口論の末、ヴォルティスはそういい残し、空へと消えていった。

「追わなくて良いのですか?」
「いいのよ!あんなヤツ放っておけば」

 実際のところはクレイアも心配ではあるのだが、意地を張っている。シェイディルも気配でそれを感じ取ったのか、それ以上の事は言わなかった。

「ねぇ、この子もうすぐ目を覚ましそうよ」

 ルフィーナの声に残った5人は少年の方を見た。やがて、うっすらを目を開けた。

「気がついた?どこかケガはない?」

 クレイアが少年が上体を起こすのを手伝いつつ、少年に尋ねた。しかし、少年は口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。

「多分だけど…《インブライト》と《アルディン》では言葉が違うんじゃないかな?」
「きっとそうだと思いますが…この子、喉が渇いているようですね」

 アルフとシェイディルがそれぞれ意見を述べた。それを聞いたクレイアが困った表情を見せた。

「困ったわね…言葉はともかく、喉の渇きは何とかしないと。でも、魔法で作った水じゃ人間は飲めないと思うし…」
「私、近くの川で水を汲んでくるわ」

 ルフィーナはそう言うと、空へと舞い上がった。風精族である彼女なら、すぐに水場まで飛んでいけるだろう。

「水は何とかなるとして…次の問題は言葉…か」

 困惑を隠せない表情で、アルフはつぶやいた。



 そして、そのまま夜になった。5人は身振り手振りで、何とか言葉を伝えようとしているが、なかなか上手くいかない。

「なにやってんだ?お前ら…」
「ヴォルティス!いまさら何よ?」

 いつの間にか戻ってきていたヴォルティスに、クレイアが棘のある口調でそういった。
しかし、ヴォルティスも面倒くさそうに、一冊の本を彼女に投げてよこした。

「これは…?」
「よく読んでみろ。人工的にゲートを作り出す方法が書かれている本だ…だが、勘違いするなよ。俺はこいつにとっとと元の世界に返って欲しいだけだ。それと、アルフ」

 ヴォルティスはそれ以上の反論を避けるかのように、アルフに話を持っていった。

「お前…本当に虹精族か?虹精術には異なる言語のやり取りを可能にする魔法があるって聞いたことがあるけどな」
「…あ!そうか!忘れてた」
「虹精族が虹精術を忘れてどうするんだよ…」

 ヴォルティスがため息混じりにそういったが、《インブライト》では既に共通の言語が制定されているため、使う機会などほとんど無い魔法だ。そのため、アルフが忘れているのも無理の無い話ではある。

「じゃあ、みんな。僕の手の上に手を乗せて」

 ヴォルティスを除くその場の6人(人間の少年は皆のやっている事をまねているだけだが)は、アルフの言われたとおりにした。

「ヴォルティスも早く…」
「俺はいい。精神で会話するんだから、やめておいたほうがいいだろ?」
「じゃあ、始めるよ。『虹精の名の下に命ずる。虹のマナよ、心の声を伝えよ!言葉の壁を取り払え…マインド・ランゲージ!』」

 残りの5人は、アルフの手を通じて虹色の光が額へと上っていくのを感じていた。やがて、それもおさまり。アルフから、この魔法の事についての説明を受けた。

「つまり、心で話せばいいのね。じゃあ、君の名前は?」
「…コーズ…コーズ・アールライト」

 コーズというのがおそらく彼の名前だろう。そして、アルフたちは、もうひとつの問題へと取り組み始めた。


「この本によると。相反するマナをぶつけて高速のマナの渦を生じさせることでゲートの代わりをさせる…って書いてあるわね」

 ヴォルティスが持ってきた本には、ゲートの仕組みや、作り方までもが完全に網羅されていた、クレイアが読みつつ。杖の先で地面に魔法陣を描いていく。
 その間にも、コーズからは様々な事を聞く事が出来ていた。特に、同年代のルフィーナとはなかなか気が合うようだ。

「…これでよし…っと。問題は相反属性のマナの確保…ね」
「あたいじゃ、役不足かい?」
「大丈夫…というより、むしろ私とサンドラが適任じゃないかしら?」

 クレイアの言った問題にすぐさまサンドラが答えた。少なくとも、この6人で相反する属性を持っているのは、水精族であるクレイアと、火精族であるサンドラだ。
 2人は魔法陣を挟んで向かい合い、確かめ合うかのように目礼した後、手のひらを足元の魔法陣にかざした。しばらくして、2人の魔力に反応するかのように魔法陣が輝き始めた。さらに彼女らは精神を集中し、より多くのマナを魔法陣に送り込んだ。

「…やった!成功したわ!」

 クレイアが歓喜の声を上げた。その頃には魔法陣から1筋の光がほとしばっている。

「さぁ。コーズ」

 ルフィーナがコーズの背中を軽く押すとゲートを指差した。

「後は、あなた次第よ」
「ルフィーナ…みんなの事…忘れない」
「私もよ。元気でね」

 他の5人もコーズに別れを告げた。最後にヴォルティスがそっぽを向きながら、コーズに手を差し伸べた。コーズもその手を握った。
 そして、コーズは光の筋へと足を踏み入れた。まばゆいばかりの光がコーズの後姿を隠す。
次の瞬間、光の筋は天へと消えていった。

「コーズ…元の世界に戻れたかな…」
「それは、あいつの『戻りたい』という意思次第…だな。それにしても、人間の中にもコーズみたいなのがいるもんだな」

 ヴォルティスもようやくコーズの事を認めたのか、最後の方はポツリとはいえそう言った。
そして、いつしか空は白み始めていた。



Chapter:4−1 終わり


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