Chapter:4−2 水精セシウス


 「ねぇ、ところでクレイアはどこに行ったの?」

 6人がラバハキアに着いた時には、既に夕方になっていた。そのため図書館には明日行く事にして、今はヴォルティスの家にいる。
 しかし、クレイアだけは「よりたいところがある」と言って別行動をとっている。

「あたいも、詳しい事は聞かされてないから、分からないよ…でも、あの子も結構大人びたところがあるし、案外好きな男の子のところかもしれないねぇ」

 アルフの問いにサンドラが答えた。とは言っても、後半は冗談まじりではあるが。

「どうしたの?アルフ。顔色が悪いわよ」

 サンドラの冗談を真に受けたのか、アルフの顔色が変わっている。

「…いや、なんでもないよ。ちょっと疲れただけだから」
「そうですか?随分と動揺しているみたいですが?」
「本当に疲れてるだけだから…僕は先に休むよ。ヴォルティス、寝室借りるよ」
「ああ」

 そう言って、アルフは寝室へと入っていった。


 翌日、6人はラバハキア図書館に向かっていた。しかし、相変わらずアルフの様子がおかしい。

「ねぇ、私がいない間になにかあったの?」
「え!?い…いや、なんでもないよ」

 クレイアがアルフに尋ねたが、アルフはそう言っただけで、それ以来口を開いていない。それに、どこかクレイアを避けているようにも見えた。

「みんな、着いたぞ」

 ヴォルティスがそういって指差した建物は、いかにも歴史がありそうな古びた建造物だった。しかし、その大きさは、正面だけでも家数件が並んだくらいの大きさを持っている。

「ここの蔵書数は数十万冊はあると言う話だ。だから、この世界の知識の大半はここで手に入る…らしいんだがな。とりあえず、行ってみようぜ」

 他の5人もヴォルティスに続いて図書館の扉をくぐった。



「…これも違うな。『時』と『空間』の精霊の伝説を扱ったものだ」
「じゃあ、これは?」
「これも違う」

 6人は『時』と『空間』の精霊の事について書かれた本を読み漁っている。しかし、ほとんど全てが伝説上の話で、アルフ達が求めている事は見つかっていない。

「しかし、こうも多いと気が滅入ってくるねぇ」
「だから、来たくなかったんだよ…」
「確かにね。あたいも同感だよ」

 ヴォルティスとサンドラがぼやくように、『時』と『空間』の精霊を扱った本だけでも凄まじい数があり、最も背の高いサンドラの、さらに3倍はあろうかという本棚がズラリと並んでおり、さらに、その巨大な本棚にびっしりと本が入っている。

「ねぇ、またクレイアが居なくなっちゃたみたいよ」
「サボりか?…ったくしょうがないなぁ。アルフ。ちょっと探して来い」
「ええ!?何で僕が?」
「お前が一番ヒマそうにしているからだ」

 ヴォルティスが指摘するように、アルフの指は完全に止まっており、他のメンバーから見たら、ぼーっとしているように見えた。

「…分かったよ。探してくるよ」

 アルフはしばらくしぶっていたが、やがて立ち上がると、クレイアを探して歩き出した。


「あ…いたいた。おーい、クレ…」

 クレイアは読書用のテーブルに腰掛けていた。しかし、その4人掛けのテーブルには彼女以外にも、誰かが座っている。アルフからは背を向ける状態で座っているため、顔は分からないが、おそらくは水精族の男性で、歳はサンドラと同じくらいか、もう少し上だろう。ある程度距離があるためと、向こうも大きな声で話していないため、声は聞き取れないが、とても親しい感じがする。

『でも、あの子も結構大人びたところがあるし、案外好きな男の子のところかもしれないねぇ』

 不意に昨日サンドラが言っていた事が頭をよぎる。そして、アルフ自身も、自分の心の奥底に何か黒くて重いものが溜まって行く感じがしていた。
 やがて、クレイアの方がアルフに気づいたのか、彼のところに駆け寄って来た。

「あ、アルフ。ちょうど良かった」
「…どうゆうことだ?」
「え!?どうしたの?そんな怖い顔して」
「一体どういうことなんだ!…僕には分からないよ!!」

 アルフはここが図書館と言う事も忘れ、大声をあげると、逆方向へ走り去った。

「待って!彼は…セシウスは私の…」

 しかし、クレイアが言うより早く、アルフの姿はもうどこにも無かった。



 アルフは、図書館前の街道を行き来していた。自分の足元にあった小石を蹴飛ばし、うつむきながら考え込んでいる。

「でも…よくよく考えたら、僕はクレイアの友達なんだし…」

 少しづつではあるが、アルフは冷静さを取り戻していた。

「だから、クレイアにそういう人がいてもおかしくなんだ…やっぱり、戻って謝らなきゃ…」

 アルフが図書館に戻ろうと、振り返ったとき、先ほどの青年が出てくる所だった。しかし、その隣にはクレイアではない別の女性がいた。
 それを見た次の瞬間、アルフの頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。そして、次第に、先ほどとは違う、黒い感情が心を満たしていき、心の奥底で何かが弾けた。

「うわぁぁぁぁあああ!」

 次の瞬間、アルフはその青年に飛び掛っていた。
 いきなりの事に驚いた青年の顔にアルフの拳が命中する。彼は決して腕力は高くないが、飛行による速度と全体重の乗ったその一撃は、人一人を殴り倒すのに十分な威力を持っていた。

「…お前にとって、クレイアはなんだ!?」

 倒れ、起き上がろうとした青年の目の前に、着地と同時に作り出した《魔法剣》を突きつけつつ、アルフが叫んだ。その声は、明らかな怒気をはらんでいる。

「いや、お前はクレイアの何だ!?答えろ!!!」

 アルフはさらに声を荒くして叫んだ。やがて、青年がゆっくりと口を開く。

「…僕は…」
「やめて!アルフ!!」

 青年の声にクレイアの声が重なる。アルフがそちらの方を見ると、驚きのあまり両手で口を押さえ、目だけが忙しく動き回っているクレイアの姿があった。

「クレイア!なんでこんなヤツをかばうんだ!」

 声色はそのままにアルフはクレイアにそう言ったが、彼女は相変わらず目だけが動いているだけだった。その視線は、まずアルフを。次に彼の《魔法剣》を。そして、倒れている青年へと…
 クレイアの視線が、彼の顔の痣に向かった次の瞬間、彼女は眉を吊り上げると、大股でアルフに歩み寄った。そして、そのままアルフの目の前まで迫った次の瞬間。
 アルフの頬を打つ平手打ちの音が、ラバハキアの一角に響き渡った。


「…なるほど。それでか」

 4人は図書館近くのカフェへ行き、そこでアルフが落ち着くのを待って話を聞いた。

「じゃあ、何だって言うんですか?」

 落ち着きを取り戻したとはいえ、まだアルフの声には棘がある。青年は少し考えると、話を続けた。

「確かに、君の言うとおり、僕にとってもクレイアは大切な存在だ。しかし、友人でもなければ、ましてや恋人なんかじゃない」
「一体どういう事なんですか!?」

 アルフは机を叩き立ち上がった。その様子をクレイアがあきれ半分に見ながら青年の話引き継ぐ。

「なんだか、今日は朝からヘンよ、アルフ。…もう、私から言うわ。いいでしょ?お兄ちゃん」
「クレイアも、お兄ちゃんだなんて…『おにいちゃん』?」
「そうよ。彼はセシウス。私の兄よ。今はマナ機関の勉強のためにアバハキアにいるのよ…あれ?言ってなかったかしら?」

 それを聞いたアルフは力の無い、乾いた笑い声を上げつつ、へなへなと椅子に座り込んだ。

「ごめんなさい!知らなかったとはいえ…」
「いや、気にしなくてもいいよ」

 ひとしきり笑った後、アルフはテーブルに額をこすり付けそうなくらいに深々と頭を下げた。しかし、セシウスは気にする様子もなく、話を続ける。

「君の話によれば、勘違いとはいえ僕がクレイアの事を傷つけていると思ったから許せなかった。違うかい?」
「確かに、そうですけど…」
「つまり、それだけクレイアの事を大切に思っている証拠だからね」
「は…はぁ」
「クレイアも君の事を大切に思っている。一度、僕達の寮に来るといい。場所はクレイアが知っているよ」

 アルフは、今日の夕方頃、クレイアと共に彼らの寮に向かう事にして、ひとまず、図書館に戻った。




 ちょうどその頃、他の4人は…

「あいつらどこ行きやがったー!」
「もうイヤー!本なんて読みたくないー!!!」

 既にヒステリー状態の4人がそこにいた…

Chapter4−2 終わり


文芸館トップへ

Chapter:4−1へ

Chapter:4−3へ