Chapter:5−1 雷光・焔・金剛




 アルフ達がラバハキアに着いてから1週間(なお、《インブライト》の1週間は12日である)が経った。6人はその間、毎日のように図書館に通う日々を送っていた。
 しかし、そんな生活も長く続くと、精神的にまいってしまい、効率が悪くなってしまうので、その日はそれぞれが思い思いに時間を過ごしていた。

「悪いな、アルフ。付き合あわて」
「別にいいよ。僕だって、特に行く所は無いし」

 アルフとヴォルティスは共にラバハキアの街を歩いていた。これから町外れに、《魔法剣》の訓練として、模擬戦を行うためだ。
 どこの町にも、必ず《魔法剣》の修練所があり、そこで、日々鍛錬が行われているのだ。

「けど、本当は、クレイアとクレイアの兄キ…確か、セシウスだったか?その人に会いに行くんじゃ無かったのか?」
「それも考えたけどね…久々に兄妹が会ったんだし、それに、僕がいたら、いろいろ気を使ってしまうと思うから」

 実際、クレイアから誘われはしたが、そういって断ったのだ。クレイアも、特に気にした様子も無く、マナ機関学校に向かって行った。

「まぁ、そういうことなら大丈夫か…よし、最近ずっと図書館に通ってばかりで、体がなまってたんだ。とことん付き合ってもらうぞ!」
「僕だって負けないよ!…ってちょっと待って」

 アルフが立ち止まって、あたりに見回した。

「…どうした?」
「何か、泣き声が聞こえたような…」
「はぁ?俺は何も聞こえなかったぞ?」
「いや、絶対誰かいる!」

 アルフは、声がしたと思われる方向に走り出した。ヴォルティスもため息混じりに、その後に続いた。



「あ、いたいた。多分この子だよ」
「って、良く聞き取れたな…お前もシェイディルみたいに、気配を読み取れるんじゃないのか?」

 そこは、ラバハキアの路地裏にあたる細い道だった。ルフィーナと同じか、もう少し幼い少年が壁を背にしゃがみこみ、泣きじゃくっている。

「ねぇ、こんなところでどうしたの?」

 アルフがその少年に問いかけた。少年は一瞬体を震わせると、ゆっくりとアルフ達の方を見た。

「ひっく…友達とはぐれちゃって…ぐすん」

 泣き声の合間から聞き取れた内容はそんな感じだった。そして、アルフ達の目を引いたのは彼の目だった。
 雷精族の濃い青と火精族の真紅の瞳を持っている。どうやら、ドットアイズのようだ。
 
「友達とはぐれた?けど、こんなところで泣いてたって、見つかりっこないぜ」
「一緒に探してあげようか」
「そうだな。いずれにせよ、このまま放っておくわけにはいかないしな」

 ようやく泣き止んだ少年がしつこいくらいに「本当に?」と2人に問いかける。

「まぁ、俺はこの街の出身だから、ある程度の道は知っているし、それでもダメだったら、騎士団の詰め所に預かってもらうようにするから、安心しな」
「ところで、君の名前は?」

 そうアルフに訊ねられ、少年は「雷光」と名乗った。

「東方の出身か…俺はヴォルティス。で、こっちがアルフ。まず、聞きたいんだが、友達の名前と特徴を教えてくれないか?」

 雷光の話によると、3人でラバハキアに旅行に来ていたとの事で、一緒に来た友達は、まず1人は「焔(ほむら)」という火精族の少年。そして、もう1人は「金剛」という金精族の少年らしい。

「金精族なのは運が良かったかもな。ここは雷精族の街だから、金精族は少ないはずだからな…ひとまず、はぐれたって場所から案内してくれないか?」
「うん!」

 雷光は、2人を連れて歩き出した。


 3人は、そのはぐれた場所を中心に、聞き込みや、焔と金剛の名前を叫びつつ歩き回ったが、未だに2人は見つかっていない。
 そうこうしているうちに、時間だけが過ぎていった。

「まいったな…一向に手がかりが得られない。これは本当に騎士団に頼った方がいいかも知れないな…」
「ひとまず、日が沈むまでは探してみようよ」

 しかし、『日が沈む』という言葉に、雷光ははっと思い出した。

「今日の夕方の船で、僕達は帰るはずだったんだ…でも、乗船券は焔が持っている…」
「なんだって!?それを早く…」
「多分、2人はもう、ラバハキアにいない…きっと僕をおいて帰っちゃんだ。お兄ちゃんたちも気づいているでしょ?僕がドット…」
「それ以上言うな」

 ヴォルティスが、雷光の肩に手を置き、視線を合わせるようにかがみこむ。

「瞳の色が左右で違うくらいどうした?そんな小さい事で、お前の価値観は決まっちまうのか?それを言ったら、こいつなんてどうなるんだ?褐色の瞳の精霊なんて、見たこと無いだろ?」

 ヴォルティスの言ってる「こいつ」というのは、もちろんアルフの事である。事実、アルフは精神的にダメージを受けたらしく、全身の力が抜けきっている。

「俺も、焔や金剛に会ったわけじゃないから、断定は出来ないが、お前の瞳の事なんか気にして無いと思うぞ。もし気になるのなら、本人達に直接聞いてみればいいだろ?」
「でも、僕は無理矢理ついてきただけだし…」
「とにかく、ウジウジしてるヒマがあったら、2人を捜すぞ!アルフも、何へこたれてるんだ!」

 彼はそこまで言った後、暗黙のうちに「禁句」となっていた、アルフの瞳の事を話した事にを思い出した。

「…悪ぃ。アルフ…言葉のあやだ」
「いくらなんでも、そんな大声で言わなくても良いじゃないか…でも、待てよ…」

 アルフは、雷光の言葉を思い出し、ある事に気が付いた。

「ねぇ、雷光。どこから出港する船に乗るはずだったの?」
「えっとね…ラバハキアの港からだよ」
「出港する船の事なんか聞いて…って、なるほど、船で帰るなら、嫌でも港に行く必要がある…というわけか」
「うん。そこなら、2人を見つけられる可能性も高いと思うし、行ってみよう!」

 3人は、ラバハキアの港に向かって走りだした。


「これだよ。この船にのるはずなんだ」

 雷光が指差した船に3人は近づいた。そして、桟橋で乗船者の受付をしている船乗りに聞いてみることにした。

「…というわけで、その2人はもう乗船していないか?」
「う〜ん、ちょっと待ってくれよ」

 船乗りはそういって、手に持っていた名簿を読み出した。
 しばらくして、その船乗りが出した答えはこうだった。

「たしかに、その2人はこの船に乗るはずのようだが…まだ乗船はしていないようだね」
「まいったな。当てが外れたか?」

 ちょうどその時、1人の少年が、3人の所に駆け寄って来た。歳は雷光と同じくらいの、金精族の少年だ。

「金剛!」

 その少年の気が付いた雷光は、その少年の名前を呼んだ。しかし金剛は、何故か滝のように汗を流し、荒い呼吸をしている。

「やっと見つけた!焔が大変なんだ!!お兄ちゃん達も、お願い、焔を助けて!」
「焔が?一体何があったの?」

 金剛は呼吸を整えると、事の次第を3人に話した。

 彼の話では、まず、雷光がはぐれた事に気が付き、2人は彼を探していたのだが、気づかないうちに街の外に出てしまい、そこで魔物に遭遇したのだ。
 そこで、逃げれば良いのに、火精族の性からか、焔は魔物に向かっていったのだ!そのため金剛は助けを求めに港まで走ってきたのだ。

「なんだって!?しかし、それならなんで騎士団の詰め所に行かないんだ!?」
「騎士団の詰め所の場所なんて…知らない」
「でも、どうして?僕がドットアイズだって知ってるのに…」
「焔、すごく喜んでいたよ。雷光が自分から付いて行きたいって言ってたって」
「とにかく、2人はここにいるんだ。焔のいる場所は!?」

 金剛から焔が戦っているという方向を聞いた2人は、その場所へと文字通り飛んで行った。



「あ、いたいた。多分あの子だよ!」

 2人は空中からその姿を捉えた。彼が対峙している魔物は、半透明の巨大なアメーバ、《スライム》だった。この魔物は、体の周囲に強い酸性の分泌液を出しており、最低限の《魔法剣》の技術が無ければ、戦う事は困難だ相手だ。
 事実、焔とおぼしき人物は拳や腕に、ただれたような傷が付いている。さらに、疲労も重なって、アルフ達の目からも危険である事は分かった。

「俺が焔を助け出す!アルフは援護を頼む!」
「分かった。やってみるよ…『虹精の名の下に命ずる。虹のマナよ、世界を閉ざせ…プリズム・ブラインド!!!』」

 アルフの魔法によって、スライムの周囲の光が歪み、スライムの視界を虹で遮る。その隙にヴォルティスは焔のそばに降り立ち、抱きかかえると素早くその場から飛び去った。

「ここまでくれば、もう安全だ」

 3人は港に向かった飛んでいる。しかし、焔はふてくされた様子だった。

「あんなヤツ、俺1人で十分なのに…いてっ!」

 そういった焔の頭を、ヴォルティスが軽く小突く。

「何いってやがる!もう少し俺達が来るのが遅かったら、スライムに食われてたところだぞ!!いいか、勇敢と無謀を履き替えるんじゃないぞ!!」
「ヴォルティス。そのくらいにした方がいいよ…」

 さすがにアルフも止めに入った。

「まったく…とにかく、港に行くぞ!雷光も金剛も心配しているだろうしな」
「雷光を知ってるの?」
「知ってるも何も、朝からずっと雷光とお前達を捜していたんだよ」

 そうこうしているうちに、港まで戻ってきた。


「ったく、いきなりいなくなりやがって。本当に心配したんだぞ!」
「そういう焔だって、危ない所だったじゃないか」
「まぁ、とにかく、2人も無事でよかったよ」

 焔のケガは、船中の医務室で応急手当を受けはしが、幸いにも大したことはなかった。3人は再会を喜びつつも、そんな会話を交わしていた。
 それからしばらくして、船が動き出した。

 その頃、港の桟橋では、アルフとヴォルティスが船に向かって手を振っていた。

Chapter:5−1 終わり


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