Chapter:5−3 マナイーター |
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6人は、《聖域》の門前街としても機能している闇精の街『シャンブール』に向かうため、ラバハキアから「マナ機関車」に乗って移動していた。ただ、今はアルフとサンドラの姿は無く、他の4人が一つの個室にいた。 というのも、ラバハキアからシャンブールまではマナ機関鉄道でも5日かかる事からも分かるように、かなりの距離があり、とても歩いていける距離ではないのだ。 「間もなく、地精都市マーブフェリーに到着します」 車掌が間もなく停車する事を告げながら車内を歩いていく。 「やっとマーブフェリーか…順調に行けば、あと半日でシャンブールに着きそうだ」 ヴォルティスがそう説明する。雷精族の彼は、ある程度はこの機関車について詳しい。もっとも実際に乗るのは彼も初めてだが。 「…でも、シャンブールって、闇精族の街…でしょ?という事は、シェイディルの故郷かもしれない…という事にならないかしら?」 ルフィーナが車窓の外を眺めながらつぶやいた。その日は朝からずっと雨が降っている。 「そう…ね。シェイディルには、辛い所なのかもしれないわね…」 「どうする?シェイディルはマーブフェリーで降りるか?」 クレイアとヴォルティスも、彼女を心配して話しかける。しかし、彼女は、表情こそ曇ってはいるが、首を横に振り「私も一緒に行きます」と決意したかのように言った。 なんとなくだが、重苦しい空気が流れ、4人は黙り込んでしまった。 「…ね、ねぇ、この前の事、もっと詳しく話して」 その空気に耐えかねたのか、クレイアがヴォルティスにそう切り出した。 「ああ、アレか。今思えばよく生きてるよな…」 ヴォルティスもどこか遠い目で「この前の事」を話し始めた。 4日ほど前の話である。6人はマナ機関車に乗り、ラバハキアを出発して半日ほど後のことである。 「なんだか、飛んだ方が早い気がするわ」 「まぁ、ルフィーナちゃんは風精族だから、そう思うかもしれないな。しかし、コレでも結構な速度で走っているんだ。それでも5日もかかる距離なんて、いくら風精族でも飛べないだろ?」 ヴォルティスの話に、ルフィーナは唇を尖らせている。風精族の彼女は、羽が邪魔で背もたれのある椅子に思うように座れず、ずっと前かがみになって座っているのだ。さらに「飛ぶ」という、日常で当たり前の事が出来ず、既にかなりのストレスになっている。 「…こっそり窓から出て、飛ぼうかしら」 「やめとけ。後で車掌さんにこってりとしぼられるぞ」 「あ〜イライラする〜!」 ルフィーナはそういって、個室を出て行った。 「大丈夫かな…」 「多分、羽を伸ばしに行ったのよ」 心配するアルフに、クレイアがそう説明する。しかし、この時はまだ、誰も「異変」が起こりつつあることに気が付かなかった。 「…何故でしょうか?マナが薄くなっています」 シェイディルがあたりを見回しつつ、彼女には珍しくあわてた口調で話した。そして、彼女が言い終わるかどうかのうちに、機関車が止まってしまった。 「一体、何があったんだい?」 「分からない。車掌さんが来てくれれば、何か聞けるかもしれないのだけどな…」 しかし、いくら待っても、車掌は来ない。そのため、やむなく機関士に聞きに行こうと個室のドアをに手をかけた時である。 「…ああっ!」 「シェイディル!大丈夫!?」 突如、シェイディルが頭を抱え、その場にうずくまってしまった。さらに、羽を伸ばしに行ったはずのルフィーナが、青白い顔で戻ってきた。さらに、戻ってくるなり、先頭にいたヴォルティスによりかかる様にその場に倒れ込んでしまった。 「何が…何が起こっているだ!?」 サンドラの困惑した叫びが響く。その叫びに応えるかのように車掌が、やはり青い顔で走ってくる。 「ああ、君達!急いで機関車から離れるんだ!出来る限り遠く、安全な場所に避難して!!」 「一体、何があったの?」 アルフの質問に、車掌はあわてた様子で、早口に状況を話した。 「マナイーターが現れたんだ!ともかく早く逃げて!!」 「マナイーター!?」 そこにいた全員が一瞬、固まってしまった。これは、無理も無い話しで周辺のマナと貪欲に食い尽くしてしまう植物『マナイーター』は精霊にとっては天敵と言っても過言ではない存在である。 さらに、この植物は根を動かし、移動する事が可能なのだ。ただ、マナイーター自体の存在は少ない。しかし、それでも多くの犠牲者を出しているのだ。 「じゃあ、シェイディル達が倒れたのも…」 「多分、急激なマナの変化に体が付いていけないのでしょうね…命に別状は無いと思うけど」 2人の様子を診ていたクレイアが、予測を立てる。彼女も既に、肩で息をしている状態だ。いつ倒れてもおかしくは無いだろう。 「けど、何で俺達は平気なんだ?」 「それは…体質の問題で…3人は…マナの変化…に…」 クレイアも最後まで言いきれず、その場に前のめりに倒れてしまった。そんな中、サンドラが何か思いついた表情で話す。 「たしか…マナイーターって植物…だったね」 「だったと思うけど?」 「じゃあ、簡単な事じゃないか。燃やしちゃえばいいのさ」 かくして、サンドラ、アルフ、ヴォルティスによる、マナイーター撃退作戦が始まった。 「まったく。どいつもこいつもマナイーターって聞いただけでしり込みして…か弱い女の子がバケモノに立ち向かおうとしてるのにさ」 サンドラが「か弱い女の子」かどうかという突っ込みはともかく、3人は森の中を歩き回っていた。機関車に乗っていた他の火精族にも協力を依頼したが、ことごとく断られ、結局3人で迎え撃つ事になってしまった。 「う〜…頭がクラクラしてきたぜ…さっさと片付けないとマジでやばいぞ」 「でもさ、サンドラ。燃やすって簡単に言ったけど、方法はあるの?」 「懐に入って、あたいの《魔法剣》をお見舞いしてやれば、後は燃え移って灰になるだけ。簡単な事だろ?」 「そんな簡単にいかないと思うけど…」 「…いたぞ!」 3人は、マナイーターを見つけ、作戦の準備を始めた。 ちなみに、3人の作戦とはこうである。 まず、アルフとヴォルティスがマナイーターの注意を引きつけ、その隙にサンドラが懐の入り込み、《魔法剣》で一気に燃やして片付けるという、ある意味合理的ではあるが、ある意味で無謀な作戦である。 当然、倒す前に、マナを搾り取られて動けなくなったら、その瞬間にマナイーターのエサ確定である。 「なんなんだよ!こいつは!?」 「注意を引き付けろって言っても、《魔法剣》が全く通用しないじゃないか!」 2人が《魔法剣》でいくら斬りつけても全くダメージが与えられない。それどころか、「つる」を鞭ののようにしならせて襲い掛かってくるマナイーター相手に、3人はどうする事も出来なかった。 「作戦失敗じゃないか!なんとかしろ!サンドラ」 「あたい的には確実に成功と思ったんだけど」 「こうなったら、俺の雷で!『雷精の名の下に命じる。雷のマナよ、荒れ狂う刃となれ!…ライニング・カッター!!』」 しかし、ヴォルティスの放った魔法も、空しくマナイーターに吸収されるだけだった。しかし、何かの『異変に』サンドラ気が付いた。 偶然、口(俗に言う人食い花である)の中に命中した部分にだけ、少しだが、焦げた後がある。 「そうか!コレだ!2人とも、下がってな!」 「下がれって、何をする…」 「いいから!早く!!」 2人が後ろに下がったのを確認すると、サンドラは一直線にマナイーターへ突っ込んで行った。あまりに無謀な行動に2人は言葉を失った。 案の定、つるはサンドラの腰に巻きつき、捕らえられてしまった。そして、サンドラの体内のマナを吸い取るべく、口を開け、サンドラに襲い掛かる!しかし、サンドラの口元には笑みがあった。 「かかったね!」 彼女は《魔法剣》を作り、マナイーターの口の中に拳を叩き込んだ!やがて、マナイーターの口から湯気が立ち上り始める。マナイーターはサンドラを振り払おうとするが、彼女もつるを掴み、逃がさない。 「ぐるぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」 サンドラが突如、獣のような咆哮を上げる。その直後、周囲の気温が急激に上昇した。既に白熱の炎と化した《魔法剣》をより深く突き刺す。やがて、マナイーターの動きが鈍くなってきた。 サンドラがさらに咆哮を上げる。その咆哮にアルフはどこか聞き覚えがあった。ユグシルの地下で戦ったドラゴンの物に似ている気がしたのだ。 しかし、考えをまとめる間も無く、爆風があたりを包み込んだ。やがて、それも収まり、そこに残ったのはケシズミと化したマナイーターと、倒れているサンドラ。そして、その様子を見ていた2人の少年だけだった。 「…で、どうにかなったものの、サンドラの意識は戻らないままなんだけどな」 「本当にびっくりしたわよ。サンドラがあんな大怪我で戻ってくるなんて」 マナイーターの口の中に手を突っ込んだせいなのか、自身の《魔法剣》のせいなのかは不明だが、サンドラの右腕は、二の腕から下の皮膚が完全に焼け落ちいたのだ。 機関車に戻った後、クレイアと乗っていた他の水精族や薬師によって治療が施され、多少の火傷の跡は残ったが、元通りになった。しかし、それ以降彼女は空いている個室で、ずっと眠ったままの状態なのだ。 「あ、アルフ。サンドラの様子は?」 「相変わらず意識不明のままだよ。でも、少しだけど寝返りもうつようになったし、もう少しで目を覚ますと思うよ」 「まぁ、あれだけ派手に暴れた後だ。いくら寝ても寝足りないだろうな…」 機関車はその後は何事も無かったかの様に進んでいく。サンドラが目を覚ましたのは、シャンブールに到着する直前の事だった。 Chapter:5−3 終わり |
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