Chapter:6−1 悲観の心


 6人は、闇精の街「シャンブールへ」と到着し、今はその広場にいる。先日のマナイーターとの戦いで、服の右袖が燃えてしまったサンドラが、服を直しに行っているのを待つためだ。

「なんだか、薄暗い街ね」

 クレイアが言うように、シャンブールは《聖域》の北側にある。《聖域》は険しい山(というよりは断崖絶壁)の上にあり、その山の影響でいつも日が差す事は無い。
 しかし、建物の建材や石畳の一部そして使われている、黒く半透明の石のせいか、陰湿な感じはしない。

「それにしても遅いな…一体どこまで行っているんだ?シェイディル、サンドラの気配は感じないか?」

 ヴォルティスがシェイディルに、サンドラの気配を探してもらおうと思ったが、彼女はうつむいたまま、答えようとしない。

「シェイディル、どうかしたか?」
「…えっ!?いえ…なんでもないです」
「なんでもないようには見えないけどな」
「本当に、大丈夫です。サンドラさんは…」

 これ以上の会話を避けるように、シェイディルはサンドラの気配を探し始める。しかし、他の4人には何か引っかかる事ではあった。

「ねぇ、やっぱりシェイディルはプリナスに帰した方がいいかもしれないわ」
「でも、本人がついてくるって言ったんだし…」

 クレイアをアルフは小声でそう話しているが、やはり本人の意思を尊重しようと言う事で話はまとまったらしく、それ以上の事は何も言わなかった。

「ごめんごめん。待たせたね」
「一体どこまで行っていたんだよ?」
「ついでの泊まる先も確保してきたのさ。今から《聖域》に行くわけにも行かないしね」

 サンドラの言うとおり、時刻は既に夕方で、これ以上先に行くのは危険と判断した6人は、彼女が確保した泊まり先へと移動を始めた。



 その日の夜。

「どうして…私が何をしたの?」

 答える者は誰もいない。

「私には、そんな力なんか無い…」

 それでも、影たちは無言で「彼女」に近づく。その後ろには5人の子供たち。皆瀕死の怪我を負っている。そして、その子供たちには見覚えたあった。いや、「見た」のではなく、「感じ」で知っている5人だった。

『君をかばわなければ、こんな事にならずに済んだものを…』

 不意に影の一つが口を開く。そして、1人、また1人とその肉体が消えていく。「彼女」も記憶のどこかに残っている、精霊の死…それが目の前で起きていた。

『悪く思うな…君の力を封じるには、こうする以外に無いようだ』

 影たちは同時に魔法を唱える、喉も裂けんばかりの少女の絶叫…次の瞬間、少女の意識は薄れていった。


「私は…私は」

 うなされ続けたためか、肩で息をしてしているシェイディル。あわてて、アルフ達の気配を探す。まだ「夢」だった事を飲み込めていない様子だった。
 5人とも無事なようだった。しかし、このままここにいて良いのだろうかという疑問が頭をよぎる。

「このままでは…みんなに迷惑をかけてしまう…」

 考えは次第に悪い方向へと向かう。そんな中、やたら冷静に考える自分もいた。

「ドウスレバ、ミンナニ迷惑ヲカケズニスム?」

 方法は一つしか思う浮かばなかった。普段アルフ達が《魔法剣》を作り出す時を思い出し、それをまねる。彼女に手の中に作られたそれは「剣」と呼ぶにはあまりに短い、小ぶりのナイフ程度のものだった。もちろん、きちんとした修練を積めば、より長い武器を作り出す事も出来るだろう。

「こうするしか…無いのですね…」

 彼女は、その闇を固めたようなナイフを逆手に持ち、目を閉じる。そして、自らの胸に突き刺した。皮膚を裂く痛みにひるむも、さらに力を加える。しかし、まるで腕が別の意思を持っているかのように動こうとしない。次第に彼女の目から涙があふれ出す。
 そして、その時はまだ気づいていなかった。1人だけ眠っていない事に。その1人が、彼女のいる部屋のドアを開ける。

「シェイディル!何をしているんだ!」

 その1人。アルフは、すぐさま彼女の手を押さえ、彼女の「しようとしている事」を阻止する。

「放して!!」

 シェイディルは手に持っていたナイフを振り回す。その一撃は、いきなりの事で避ける動作の遅れたアルフの右腕を切りつけた。
 右腕を押さえ、うずくまるアルフ。この時ようやくシェイディルは自らのした事に気がついた。

「アルフさんっ!」
「どうして…そんな事…するんだ…」

 痛みをこらえるアルフの声は震えている。しかし、それでもシェイディルに話しかける。

「そんなことして…何になるんだ…そんな事…僕は」
「なにがあったんだ!?」

 その騒ぎに気がついたのか、サンドラも部屋に入ってくる。さらに、シェイディルと同じ部屋で寝ていたルフィーナも目を覚ます。

「シェイディル…あんたっ!」

 怪我をしている、アルフを押しのけ、サンドラはシェイディルのむなぐらを掴む。彼女の胸の傷、そして、手に握られた《魔法剣》…その事からシェイディルが何をしようとしたのかは分かったからだ。
 次の瞬間、サンドラの拳がシェイディルの頬を直撃する。シェイディルは横に大きく飛ばされ、壁に激突してようやく止まる。殴られた頬を押さえつつ、サンドラを見る。

「痛いのは当然だよ!本気で殴ってるんだからね!!」

 怒りを目に宿しつつ、サンドラはさらにシェイディルに向かって叫ぶ。

「いいかい、もう二度とこんなことするんじゃないよ!もしまたやったら、もうそんな事出来ないようにあたいがあんたの両腕をケシズミにしてやるよ!!分かったかいっ!!!」
「あ…」
「分かったか分かってないか聞いているんだよ!分かっていないんなら…」
「もういい…もういいよ…」

 アルフがサンドラの肩を掴み、止めに入る。

「アルフ…」

 しかし、アルフはそれ以上何も言えなかった、傷が思ったよりひどく、その痛みをこらえきれなくなったのだ。

「わ…私、クレイア起こして来る!」

 状況を飲み込めず、呆然をしていたルフィーナが、ようやく我に返り、クレイアを起こしに向かった。



「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」

 6人は居間に集まり、事の次第を聞いた。また、アルフとシェイディルの傷は、クレイアによって治療されている。

「つまり、その夢が現実になる前に、何とかしようを思った…という訳か」

 ヴォルティスが話を聞き、そう結論付ける。その後「しかしな」と付け加える。

「だからって、自分に《魔法剣》突き刺す事も無いだろ。俺だってそんな状況を黙って見てられないぞ」
「なら、どうすれば…」
「もう、答えなんかとっくに出ていると思うよ」

 アルフが皆の顔を見つつ続きを話す。

「シェイディルが何者であったとしても、僕達はシェイディルの味方だよ。そうだよね?」

 シェイディルを除く4人は同時に頷く。

「そうだね。さっき、殴っといて言うのもなんだけど…もしシェイディルの事を悪く言うヤツやいたら、あたいが一人残らずぶっ飛ばしてやるよ!」
「…こんな私ですけど…これからも友達でいてくれますか?」

 5人はそろって親指を立てる。目には見えないが、シェイディルは気配でそれを感じた。そして、ある事を思っていた。

「あと、もう一つお願いが…」
「私達に出来る事なら、何でも話して!」
「私達が出会ったときの、あの歌を聞かせて下さい」
「うん!いいわよ」

 ルフィーナの澄んだ歌声がシェイディルの心から悲観を洗い流していく。何度も聞いてきた歌声だが、いつもにより、優しく聞こえるのは気のせいだろうか。
 そしていつしか、その歌声に包まれながら眠りについていた。

 口元に、微笑みを浮かべながら。

Chapter:6−1 終わり


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