Chapter:EX−1 White Wings(B−Side)


 アルフとクレイアは、負傷したルインを抱えて森の中を歩いていた、しかし、ルインは子供とはいえドラゴンだ、子供二人で運ぶには無理がある重さだった。
 キーベツに小屋を目指してはいるが、既に息が絶え絶えになっている。

「ねぇ、クレイア…本当にこっちでいいの?」

 歩いていくうちに、不安と焦りが大きくなっていき、たまらずにアルフが口を開いた。

「多分…当たっていると思うわ…」
「多分って…」

 正直なところ、クレイアにもちゃんと向かっているのかは分からなかった、ただ、そうであって欲しいと願う事しか出来ないでいるのが実情だ。

「やっぱり、アクアリスに戻った方が…」
「無理よ。ドラゴンなんて治療した事のある薬師なんていないもの」

 クレイアの言うように、ドラゴンを治療できる薬師はほとんどいない。

「ウルーシアさんなら、何とか出来るかもしれないけど…ルインを運んでプリナスまでは飛べないし…どうすればいいんだ…」
「あ…待って」

 2人の行く先に1人の人影が見える…とは言っていも、正確には猫のような姿だが。その人影は、2人に気づくと駆け寄ってきた。

「キーベツさん」
「こんなところで何をやって…って、どうしたんだ!?そのケガは」

 2人は手短に事のいきさつを話した。

「なるほど…ともかく詳しい事は後で聞こう。今はワシの小屋に運ぶのが先決だ」

 キーベツはそう言うと、2人に代わってルインを抱えて歩き出した。

「そうだ、僕はプリナスに行ってウルーシアさんに相談してみるよ」
「分かったわ。お願いね、アルフ」
「今、ワシが使っている小屋の近くに大きな枯れ木がある。戻ってくる時はそれを目印にするといい」

 アルフは空中へ飛び上がると、出せる限りの速度でプリナスに向かっていった。そして、クレイアは、キーベツと共に、彼の小屋へ向かった。



「どうなの?キーベツさん」
「あまり、良くないな…」

 小屋に着いた2人は、ルインの手当てに追われていた。事前にクレイアが応急処置を施しておいたため、大事には至らなかったが、危険な状態には変わりない。

「ただ…急所は外れている。何とか助けられない事は無いが…ちと粗療法になるぞ」
「どうするんですか?」
「傷口を縫い合わせるのだよ。本来は狩りの最中にケガをした時の方法だが、今の状況でルインを助けるには、それ以外にないだろうな」

 その話に、クレイアはしばらく言葉を失ったが、やがて「何か手伝える事は無いですか?」とキーベツにたずね直した。

「ワシが傷を縫い合わせている間、ルインを押さえてやっていて欲しい。一応の麻酔は施すが完全なものではない。本来なら、木の幹に縛りつけて行うのだが、それも出来ないようだからね」
「…分かりました。」
「よし。では始めるぞ!」

 キーベツの言うとおり、粗療法以外の何物でもなかった。いくら度数の高い酒で傷口の麻酔と消毒を行っているとはいえ、完全に痛みを消せるわけではない。さらに、ドラゴンの鱗は硬く、なかなか針が通らず、思った以上に時間が掛かっている。
 ルインも、顔を苦痛に歪ませ、悲鳴にも似た叫び声を上げている。

「頑張ってルイン!もう少しで終わるから」

 クレイアは、ルインの胴に馬乗りになる形で押さえ込みながら励ましている。その声はルインに届いているかは分からないが、それが、今彼女に出来る精一杯の事だった。

「…よし。終わったぞ」

 ルインの叫びにも負けない声が響いた。クレイアはその声を聞くと同時に、転げ落ちるかの様にルインの傍らに倒れこんだ。

「お前さんもよく頑張った。後の事はワシに任せなさい」

 クレイアはその言葉を聞きながら、半ば気絶に近い眠りについていた。



 それから、10日余り後、ルインの傷もすっかり良くなっていた。アルフがウルーシアにもらった薬の事もあり、思った以上の回復を見せていた。
 その日、ルインとアルフ達2人はアクアリスに程近い海岸の岬にいた。また、今日は仕事が一段落したキーベツも共にいる。

「あれ…なんだろう?鳥かな」

 アルフが指差した先、何かが2匹飛んでいる。そしてそれは次第にこちらに近づいてくる。

「いや、鳥ではないな。あれは…」

 キーベツが気づくより早く、ルインが岬の先へと駆け出していった。
 やがて、その2匹が岬の先に降り立った。真っ白な大人のホワイト・ドラゴン…

「ルインの、両親だ」

 ルインと2匹のドラゴンはまるで再会を喜び合うかのようにも見える。おそらくは、アルフの言うとおりだろう。

「……!!!」

 その光景を見ていたクレイアは、表情を変えるとルインの元に駆け出そうとした。「今は私がルインの母親だ」と言いたいかのように。

「だめだ!クレイア!!」

 その事にいち早く気づいたキーベツがクレイアの腕をつかみ、それを制した。

「キーベツさん、放してっ!」

 クレイアはいつに無く取り乱している。キーベツは彼女を抱きしめるとクレイアにしか聞こえない程度の声で話した。

「クレイア…お前さんの気持ちは分かる。しかし、両親と共にいることが、ルインにとって本当に幸せな事ではないのかね?」

 それを聞いたクレイアは、キーベツの胸の中で小さく頷いた。その頃にはだいぶ落ち着きを取り戻していた。
 やがて、ルインとその両親が3人の所に歩み寄ってきた。

『息子が世話になった。礼を言うぞ』
『あなた方には、とても感謝いたします』

 ルインの両親は3人の頭に直接語りかける、ドラゴン特有の言葉で礼を言った。ルインも別れを惜しむかの様に、3人に近づいてくる。

「元気でね。ルイン」
「達者でな」

 アルフとキーベツはルインに別れの言葉を告げた。しかし、クレイアだけは、うつむき、背を向けた状態で立っている。

「クレイア、お別れを言わなくて良いのかね?」

 キーベツの呼びかけに一瞬、体を震われたが、大きく首を横に振った。やがて、ルインがクレイアのすぐそばまで行き、鼻先でクレイアをつついた。

『ク…レ…イ…ア…?』

 小さく、注意していなければ聞き取れないほどの声ではあったが、ルインはたしかにクレイアの名前を呼んだ。クレイアは振り返ると、ルインの首に抱きつき、声の限り泣き続けた。

「…ルイン…ありがとう」

 それから、どれくらいの時間が流れただろう。クレイアはようやく泣き止むと、ルインに一言そう言った。それを聞いたルインは、安心したように両親の元に戻っていった。
 3匹は空へ舞い上がり、西の水平線へと向かっていった。クレイアも岬の先端まで3匹の追いかけて行った。

 その日、クレイアは日が沈むまで、西の水平線を見つめ続けていた。

Chapter EX−1 終わり


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