Chapter:EX−2 失われた絆、そして…


「起きて、ルフィーナ」

 ルフィーナは自分の体が大きくゆすられているのに気づき、目を開けた。時は、アルフ達と出会う前。そして、その冒険から6年程前の頃だ。

「どぉしたの?お母さん…まだ眠いよぉ…」

 目をこすりつつ、ルフィーナは目を覚ました。しかし、次の瞬間、まだ幼かった彼女にも分かるほど、風が乱れていた。
 そこにいたのは、まだ健在だったルフィーナの両親。しかし、その顔には焦りの色があった。

「くっ…もう時間が無い。エリアル。ルフィーナを頼む」
「分かったわ。あなたも気をつけて」

 エリアルというのは、ルフィーナの母親(もっとも、形式的なものだが)の名前だ。また、父親の名前はエアロ。風精騎士団の一人だった人物だ。
 エアロは家の扉を開けると、凄まじい突風が入ってきた。すぐさまエリアルが再び閉じられた扉の前に、タンスを引きずるようにして扉を塞ぐ。

「ねぇ、何があったの?」

 幼さからか、寝ぼけているのかはわからないが、ルフィーナはエリアルに訊ねた。
 しかし、エリアルは何も言わずにタンスで入り口を塞ぐと、ルフィーナを抱きかかえ家の奥にある倉庫に向かって走り出した。


「ねぇ、何があったの?」
「いい、ルフィーナ。倉庫の影に隠れていなさい。今ね、この街に大きな…」

 エリアルが最後まで事の次第を話終わる前に、家そのものが大きく振動し周囲から木の割れる音が響きわたる。
 この時、ウィバースは大竜巻に襲われていたのだ。

「きゃーーー!!!」

 あまりの事に耳を塞ぎ、叫ぶ事しか出来ないルフィーナ。元々ウィバースはその地形から竜巻が発生しやすい。そのため、倉庫は避難するために、丈夫に作られている。
 しかし、この竜巻の威力は凄まじく、その倉庫でも耐えうるような代物ではなかった。

「早く!倉庫の隅に逃げて!!」

 しかし、エリアルの声も今のルフィーナには届かない。その場にしゃがみ込み、叫ぶ事しか出来ずにいた。
 やむなくエリアルは、半ば引きずるように、ルフィーナを倉庫の中でも最も安全そうな所に連れて行った。
 ルフィーナにここから動かないように言い、倉庫の入り口を塞ごうとしたその時、ドアが外側から、凄まじい力で粉みじんに破壊される。そして、その木片の一つが凄まじい風に乗り、弾丸のようにルフィーナに襲い掛かる。

「うぅ…!」

 「もうダメだ!」少なくともルフィーナはそう思った。しかし、目の前のうめき声にルフィーナは目を開けた。
 そこに飛び込んできた光景…おそらくは、まだ幼かった…いや、そうでなくとも目を疑う光景だった。
 目の前にうずくまっていたのは、他ならぬエリアルだった。彼女はルフィーナをかばい、自分が盾になったのだ。木片は彼女の胸を貫き、背中から木片の先が突き出ていた。明らかに致命傷である。

「お母さんっ!!!」
「ああ…ルフィー…ナ…無事だった…のね…よかっ…た………」

 エリアルは消え入るような声でそういいつつ、ルフィーナの頬をなでた。しかし、最後まで言い終わるかどうかといううちに、彼女の手はガクリと力を失った。
 そして、その次の瞬間にはその体は風に溶けるように消えて無くなった。精霊族は死を迎えると、その肉体は消滅し、マナの中に還る。つまりそれは、エリアルの死を物語っていた。

「いやーーーーーーー!!」

 ルフィーナは声の限り叫んでいた。しかし、その後の事はよく覚えていない。気が付いた時には、瓦礫の僅かな隙間に挟まれていた。幸いな事に目立った外傷は無い。

「こんなの、悪い夢…早く覚めて!」

 もちろん、全て現実の出来事だが、彼女は瓦礫の中でそう願い続けていた。
 それからどれくらいの時間が経っただろう。ほんの僅かな時間かもしれないし、かなりの時間が経っているのかもしれない。
 不意に物音が聞こえ、ルフィーナは目を開けた。ずっと泣き続け、その目は真っ赤に腫れ上がっている。
 今まで真っ暗だった世界に光が差し込み、「誰かいる!まだ生きてるぞ!!」という声が聞こえる。そして、心配そうに眺めている青髪の少女の姿(実は幼い時のクレイアなのだが)が見える。この時のルフィーナには、その少女の姿が母親と重なって見えていた。

「おかあさん…」

 次の瞬間、視界が真っ白にぼやけ、意識も薄れていった…




 意識が戻るにしたがって、ルフィーナは周囲が暖かい事に気が付いた。
 目を開けると、そこは瓦礫の山ではなく、とある家の寝室だった。

「また、あの時の夢…」

 時は、アルフ達と出会い、その冒険から2年ほど後の頃。そして、今彼女がいるのは、ハーベスたち一家の家だ。
 リーフが彼女の手をとり、そばにいてくれていたのだ。

「気が付いた?いきなり空から落ちてきたからびっくりしたわ。でも大きなケガも無いみたいだし…良かったわ」

 リーフがルフィーナに話しかける。そして、ルフィーナは何故自分がここにいるのかを思い出していった。
 彼女は最近、体調が悪かったが、気にせずラバハキアに向かおうとしていた時のことである。ユグシル上空に差し掛かったあたりで、突如腹部と腰に激しい痛みが走り、飛んでいる事もままならなくなってしまったため、半ば墜落に近い形でユグシルに不時着したのだ。
 その後の事はよく覚えていないが、無意識のうちにハーベス一家の家の庭に落ちるように調整しつつ、防御結界を張っていたのだ。
 そのため、庭には大きなクレーターが出来てしまったが、ルフィーナはかすり傷を負った程度で済んでいた。

「どこか、痛む所は無いかしら?」
「…お腹と腰が痛い…それに、前から体の調子が悪かったの…何かの病気なのかな…」

 それを聞いたリーフは、何か思い当たる所があったらしく、すぐさまその答えを言った。

「大丈夫よ。あなたくらいの年頃の子供なら、よくあることだわ。しばらく安静にしていれば良くなるはずよ。でも、念のため痛み止めの薬を持ってくるわ。少し待っててね」

 リーフは立ち上がり、今に向かおうとしたが、ルフィーナは彼女の手をより強く握り締め、それを制した。

「お願い…私のそばにいて。私を一人ぼっちにしないで…」

 その声は、まるで必死に自分の願いを言う子供そのものだった。リーフもまた、ルフィーナが、ずっと泣きながら眠っていたのを見ていた。
 重苦しい空気が、寝室に流れる。
 しかし、実はこの時もう一人いた人物が、その空気を消し飛ばした。

「ねぇねぇ、おねーちゃん。どしてずっとめをとじていたの?」

 いつの間にか寝室に入ってきていたハーベス夫妻の息子のブロッサがルフィーナに訊ねた。もちろん、答えは「眠っていた(正確には気絶していた)から」である。しかし、まだ2歳のブロッサには不思議でならなかったのだ。

「えっとね、それは…」

 ルフィーナも彼に出来るだけわかりやすく教える。その姿は歳の離れた姉弟のようだった。しかし、その説明にもすぐに飽きたのか、今度は遊んで欲しいとルフィーナにねだる。

「ブロッサ、ルフィーナちゃんは体の具合が悪いから、あまり無理をさせたらダメよ」
「はーい」

 ルフィーナの事はひとまず、ブロッサに任せて、リーフは薬を取りに今に向かった。



 その日の夜。

「ねぇ、ハーベス。ルフィーナちゃんの事だけど…」
「分かってるよ。どうにかして、あの子を元気付けてあげられないかな?」
「そうね…」

 2人とも、ルフィーナの過去はある程度は知っているし、ウィバースで起きた大竜巻の話は今でも良く覚えている。
 最終的には、風精騎士団の捨て身の魔法でどうにか沈める事が出来たが、結局騎士団は全滅。それはつまり、ルフィーナの父親の死も意味している。

「これなら…どうかしら?」

 リーフの意見は確かに的を得ていたものだった。

「よし、それで行ってみよう」

 ハーベスもその意見に賛成した。


 そして、次の日。
 ルフィーナの体調もだいぶ良くなり。普通に歩けるまでに回復した。
 そして、話したい事があると、ハーベスに居間に来るよう言われたのだ。

「話って、なんですか?」

 椅子に座り、出されたお茶を飲みつつ、ルフィーナが訊ねた。しばらくして、ハーベスが口を開く。

「君を養女として迎えようと思うのだが…どうかな?」
「ええ!?それって…つまり…」
「私達が君の新しい両親になる。という事だよ。もちろん精霊族の決まりに従い、10歳を過ぎている君と一緒に暮らす事は出来ない。ただ…君にとって『帰るべき場所』がもう一つ増えた。という事になるかな」

 ハーベスの言葉に、ルフィーナは一瞬、言葉を失う。正確にはうれしさのあまり、言葉が出なくなっているのだ。

「ありがとうございます。でも、それではハーベスさん達に迷惑がかかるのでは…」
「そんなこと無いわ。あなたさえ良ければ、私が今日からあなたのお母さんよ」
「ぼくもおねえちゃんがほしいな…」

 次第にルフィーナは涙をこらえる事が出来なくなっていた。

「あれ…どうしてかしら?嬉しいはずなのに、涙が出てきちゃった」

 こうしてルフィーナは、幼い時に失った物を取り戻した。


EX−2 終わり


文芸館トップへ


EX.1 (B−Sideへ)


EX.2へ