Chapter:EX−3 紅の正義

 アルフ達の冒険から2年ほど後の話。火精族の街「プロメレア」にあるサンドラの家に、ルフィーナとヴォルティスが来ていた。
 その日、サンドラが火精騎士団に入隊した事を祝うために集まっていたのだ。また、アルフとクレイアはそれぞれ用事があって来れず、シェイディルも遅れてくる予定になっている。

「でも、騎士団に入るのって大変なんでしょ?凄いわよ」
「そんな大げさな事でも無いけどね…」

 関心するルフィーナに大して、サンドラ返事は大した事でもないかの様だった。
 しかし、実際は基本的にどのような職業に就くかは自由の《インブライト》にあって、騎士団だけは例外的に、入隊試験がある。
 その年15歳になる少年少女から、志願者を募るが、その志願者は多いものの、戦闘能力、教養共に優れた者のみしか入隊出来ない。文字通りの狭き門なのだ。
 また、サンドラの表情もどこか冴えないものがあった。

「それに…せっかくお祝いに来てもらって悪いんだけど、あたいはもう騎士じゃないんだよ」
「なんでだよ?配属だって決まってたんだろ?」
「いや、実は…」

 サンドラは何があったのかを2人に話し始めた。



 時をさかのぼる事7日前。サンドラは騎士団に入隊して、初めての仕事についていた。
 その日の仕事は、プロメレア付近の夜警である。

「ふぁ〜…いたっ!!!」

 彼女は街の入り口付近に作られた詰め所にいたが、あくびをしていたところに、後ろから頭をこづかれる。

「これ!気を引き締めんか」
「でも隊長。本当に魔物なんてくるのかい?」
「いつ来るか分からないから、気を引き締めろと言っているんだ。もし、お前の足元からサンドワームが出てきたらどうする?戦闘準備を整える前に食われてしまうぞ」

 隊長にそう叱咤され、サンドラもあたりを見回し始めた。しかし、時間は真夜中で、視界は悪い。彼女もまた、そうは言われたが、魔物が出てくるとは思えなかった。
 しかし、見張り台にいた1人が叫ぶ。

「南東の方角からサンドワームが向かってきます!」
「距離は!?」
「分かりません。発見と同時に砂に潜りました!!!」

 プロメレアの周囲は砂漠に囲まれており、時折サンドワームや巨大サソリなどが街の付近に現れるのだ。この時も、一体のサンドワームがプロメレア付近に現れていたのだ。もし街の中に入り込んだら、大変な事になってしまう。

「そうか…全員戦闘準備を整えろ!飛行能力を持っている者は、空から攻撃するのだ!」

 あたりに隊長の指示が飛ぶ。その姿にサンドラは目を奪われたが、すぐに我に返り、《魔法剣》を発動した。
 そして、あたりに振動が走る。

「来るぞ!!!」

 隊長の叫び声と同時に、サンドワームがその巨大な頭を砂の中から出した。出ている部分だけでも、3メートルはあるだろう。ほとんど口だけの頭を振り上げ、サンドラのいる付近へと突っ込んでくる!

「くっ!」

 サンドラと隊長はそれぞれ横に飛び、その攻撃をかわす。次の瞬間2人のいた場所にサンドワームの頭が突き刺さった。

「コレでもくらいな!!」

 サンドワームの胴に拳を叩き込む。しかし、手ごたえは無く、グニャリとした嫌な感触だけが残った。そして、次の瞬間サンドワームの尾がサンドラのわき腹をなぎ払う。
 彼女は大きく弾き飛ばされたが、空中でバランスを取り、どうにか着地した。

「げほっ!げほっ!…《魔法剣》が効かないなんて…」

 サンドラはわき腹を押さえ大きく咳き込んだ。その間も騎士団達は魔法で応戦していたが、ほとんど効果がない。もちろん火精術には大爆発を起こし、そこに存在する物を焼き尽くす魔法もあるが、周囲に甚大な被害をもたらしてしまうため、著しく使用は制限されているのだ。
 何か良い方法はと、サンドラは周囲を見回した。そして、今まで気が付かなかったが、自分のすぐそばに同じ騎士団の人間がいた。
 彼は、サンドラにとっては先輩にあたる騎士である。しかし、彼女と同じように攻撃を受けて飛ばされたのではなく、完全にしり込みしているのだ。
 その証拠に、歯の根が合わず、完全に腰を抜かしている。そして、その腰には一本の剣があった。

「借りるよ!!」

 言うが早く、青年の腰から剣を抜き取り、剣を確かめた。よく手入れされた細身の剣で、材質もかなり高級なものだ。しかし、持ち主の性格が災いしてか、一度もその役目を遂げた事は無い。

「…これなら、使えるかも」

 サンドラはそう確信すると、剣を手にサンドワームへと向かって行った。彼女は剣の扱いには不慣れだが、今の状況を打開するには必要な物だったのだ。
 剣を握ったまま、《魔法剣》を発動する。次第に剣は熱伝導で焼け、高熱を発するようになった。

「これでもならどうだいっ!!!」

 サンドラは焼けた剣をサンドワームに突き刺した。傷口から鼻を突く、不快な臭いが立ち込めるが、構わず《魔法剣》の力を強つつ、横になぎ払った。
 胴体を焼かれた上にほとんど寸断されたサンドワームは、そのままくず落ちた。もっとも、サンドラもサンドワームの体液を頭から浴びる事になり、3日間その臭いが消えなくなってしまったが…


「へぇ…でも、それなら大手柄じゃない。どうしてそれなのに辞めちゃったの?」
「まだ、話は終わってないよ。これからが重要なんだよ」

 少し肩をすくめると、サンドラは話を続けた。



 それから5日後。体に染み付いた臭いもなくなり、その日はプロメレアのパトロールに当たっていた。

「今日も平和でなにより…あれ?あれは…」

 街の路地裏から、見覚えのある後姿が見える。彼女は密かに近づいてみる事にした。

(あ…あの人は…!)

 その後姿は、先日、サンドラがサンドワームを倒す時に使った剣の持ち主であった青年だった。しかし、何か様子が違う。
 彼以外にも、歳は18、9の子連れの女性がいた。彼の家族だろうか。初めは彼女もそう思っていたが、すぐにそうではない事に気づいた。

「お願いです。子供のしたことですし、お許しください…」
「うるせー!そのガキはな、俺の前を横切りやがったんだぞ!ガキの責任、どう取ろうってんだ!」

 明らかに、チンピラ同然の脅し方である。サンドラは入隊した時、彼とは異なる先輩から「自分の力を誇示するような事だけはするな」と言われていた。彼は明らかにそれに反している。
 しかし、騎士の世界は縦社会のため、自分より上の者…例えば先輩のやることには口出ししてはいけない事になっている。しかし、この状況を放っておいて良いのだろうか…
 その答えは人それぞれだろう。少なくともサンドラにとっては「即答でノー」だった。彼女は迷うことなく、その場に近づく。
 脅されている側の女性は、サンドラのことに気が付き、助けを求めるように視線を向けたが、サンドラは、気づいていないふりをするように、目で伝えた。
 そして、青年のすぐ後ろに立ち、その肩に手を置く。

「なんだよ!邪魔する…!!!」

 振り向き、怒りの矛先を後ろの人物にぶつけようをした次の瞬間、彼の顔面にサンドラの拳が命中する。彼は、そのまま後ろの壁に激突し、その場に崩れ落ちる。
 サンドラも間髪いれずに馬乗りになり、その動きを封じる。

「早く逃げなっ!!」

 親子はサンドラの叫び声に我に返ると、急いでその場から走り去った。
 2人が視界から消えたことを確認した後、彼の胸倉をつかみ、無理矢理立たせる。

「サランドリア…!貴様のやってることが分かっているのか!!」
「ああ、当然さ。先輩だろうが隊長だろうが、間違っている事を見過ごせるほど、あたいは腐っちゃいないんだよ!」
「ふん!奇麗事ほざきやがって…結局は俺と同じじゃねぇか…お前の自分の力を他人に見せびらかしたいんだろう?」
「あんたってヤツは…!!!」

 青年の言葉に、ついに怒りの限界を超えたサンドラは、胸倉をつかんでいた手にさらに力を込めた。そして、右腕を外し、その手に炎をまとわせる。

「どこまで腐ってるんだ!!!」
「何をしている!!」

 サンドラの後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。彼女が振り向くと、そこには彼女達の部隊の隊長いつの間にか立っていた。
 ほんの一瞬だが、彼女の手の力が緩んだ隙に、青年は手を振り解くと、隊長に泣き付いた。

「た…隊長!こいつが…こいつがいきなり殴りかかってきて…わけの分からない言いがかりをつけて来て…それで…それで…」

 青年は明らかにうそをついてる。しかし、一部始終を見ていたわけではない隊長は、その話を信じてしまっている。

「なんのつもりだ!サランドリア!!」
「ち…違う!あたいは…」
「自らの力を誇示するとは何という愚かな行為…先日サンドワームを倒したからといってうぬぼれるな!恥を知れ!!」

 隊長の言葉に、しばらく目を閉じて考えるサンドラ。そして、意を決したように目を開くと、その横を通り過ぎ、しばらく行った所で、胸についていた騎士団の紋章をむしりとると、それを握り締めたまま、《魔法剣》を作り出した。
 そして、数秒後にはそれを握りつぶし、横へ投げ捨てた。

「あたいは騎士団を辞める。あたいは弱い人たちを守りたいから騎士団に入ったんだ。弱い人を傷つけるのが騎士団なら、あたいがここにいる理由なんかない!」
「待て!サランドリア!」

 しかし、サンドラは振り返ることなく、その場を後にした。



「…と、いうわけだよ」
「でも、それなら、自分が正しい事を証明した方が良かったんじゃないのか?」
「それも考えたけどね…やっぱり、そういうのはあたいの柄じゃないし、それに、あんなヤツと顔あわせなくて済むって考えれば、むしろせいせいするよ」

 そうは言ったものの、明らかに空元気である。
 その時、家のドアがノックされた。

「あ、シェイディル。よく来たね」
「サンドラさん、どうしたんですか?悲しい感じがしますが…」
「ああ、少々あってね…それよりもその書簡、どうしたんだい?」
「入り口に伝書竜がいましたよ。気づかなかったのですか?」
「という事は、あたい宛の手紙…ってことになるね」

 サンドラはシェイディルから書簡を受け取ると、その封印に目が行った。真紅の蝋で、その上にはドラゴンをかたどった火精族の紋章が入っている。そして、振ると何か音がする。
 彼女は書簡の封印を解くと、中の手紙を取り出した。その手紙の内容はこうなっていた。


サランドリア殿

 先日の一件。報告を受け、こちらで調査を行った結果。そなたに非は無いことが明らかになった。その日、そなたに助けられたという者が、騎士団の詰め所を訪れ、是非ともそなたにお礼を言いたいと申し出てきたのだ。
 なお、ファイラス(例の青年の名前である)には、その後騎士団追放の裁きが下りたことも付け加えておこう。

 しかし、いくらそなたに非は無かったとはいえ、そなたのした事は騎士としてあるまじき行為であり、見過ごせる物ではない。
 以上の事を踏まえたうえで、そなたに対する処分を言い渡す。



「処分って?」
「あたいにも分からないよ。まぁ命を取られる事は無いよ…次のページに書かれているようだね…読むよ」
「こっちが緊張してきたぜ…」


 処分

 そなたが騎士団より抜ける事を認めず、火精騎士団への配属ならびに、この書簡が届き日より復帰を命じる。
 なお、この処分は既に決定した事であり、拒否は認めない。

 最後に、そなたが持つ、弱き者を守りたいという意思。これからも忘れる事の無い事を願う。


大火精長 ならびに インブライト騎士団総長 サラマンダー



「これって…つまり…」
「あたいは、まだ騎士って事になるね」

 書簡の中には手紙以外にも、火精騎士団の紋章が入っていた。

「良かったじゃない!改めておめでとう!」
「まぁ、結果オーライだな」
「おめでとうございます。アルフさんやウルーシアさんからもおめでとうと伝えるよう頼まれていました」
「こうなったら、みんなあたいに任せな!みんなあたいが守ってやるよ!」

 その後、しばらく4人で過ごした後、サンドラは気持ちを新たに騎士団の詰め所へと向かっていった。

Chapter EX−3 終わり


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