Chapter:EX−4 新たな始まり

 アルフ達の冒険から1年半ほど経ったある日のプリナス。時間は夕方で、西の空が紅く染まっている。そんな中を1人の少女が細い裏通りを歩いていた。

「ウルーシアさんに頼まれた物は、全部配達し終わりましたね。すっかり遅くなってしまいましたし、急いで帰らないと」

 その少女は紛れもなくシェイディルである。彼女はウルーシアからお使いを頼まれ、何件かの家に薬の配達に出かけていたのだ。また、彼女はアルフ達と出会って以来、ウルーシアの家で助手をしながら居候をしている。そのため、今となってはごく初歩的な薬であれば調合出来るまでに成長していた。
 その帰り道で、ふと彼女は足を止め、あたりを見回した。そして、建物の影に一つの人形が捨てられているのに気が付いた。

「まぁ…かわいそう。寂しかったでしょ?一緒に来ませんか?」

 その人形は、あまりに薄汚れており、首が破れて中の綿が飛び出している。普通ならそのまま素通りしてしまうだろう。しかし、人形にこもった「意識」を感じ取った彼女は、迷うことなくその人形を抱きしめ、家路に着いた。


「ただいま」
「お帰りなさい。…どうしたの?その人形は」
「はい。帰る途中で見つけたものです。とても寂しそうだったから…」
「そう…ね。少し貸してもらえるかしら?」

 ウルーシアはそう言って、シェイディルからその人形を受け取った。しばらく見つめてこの人形は「ただの人形」では無い事に気がついた。

「これは…パペッドドール?」
「パペッド…ドール?」

 シェイディルもオウム返しで聞きなれないその言葉を行った。その様子に気が付いたウルーシアが説明を加える。

「パペッドドールというのは、魔法で命を吹き込まれた人形の事よ。多分、この子は首が破れてしまって捨てられてしまったのね。まだ死んでいないのに…」

 おそらくは元の持ち主に対してだろう。ウルーシアの言葉にはわずかだが、憤りが感じられる。薬師であり、そして月精族である彼女は、とても生命を重んじる人物だ。たとえ魔法で与えられた命といえども、彼女には同じなのだ。

「死んでいない…ということはまだ助かるんですか?お願いします。助けてあげてください!」

 普段のシェイディルからは想像も付かない、必死な目でウルーシアに懇願する。しかし、彼女はすまなそうに首を横に振った。

「残念だけど…薬では人形は治せないわ。それにね、この子はあなたが修理してあげなくてはならないのよ。これはね、パペッドと共に生きようと決めた人が絶対に守らないといけない事なのよ。」
「で…でも、私、お裁縫なんて…」
「下手でもいいのよ。一針一針、この子がまた元気になれる事を願いながら縫えば、この子もそれに応えてくれるわ。大丈夫。私が教えてあげるから、頑張って」

 その後、シェイディルはウルーシアの家の自室にこもり、パペッドの修理を始めたのだった。


「…そう。そこに針を通して…」
「こう…ですか」
「だいぶ上手になってきたわね。もう少しで終わるわ」
「はい…もう少しで直るわよ、早く元気になってね…」

 シェイディルは、パペッドに話しかけつつ、一針づつ縫って行く。その作業が終わったのは、もう夜もふけている頃だった。



 それから数日後、よく洗い、新しい服を着せたそのパペッドは、首の部分の縫い目を除けば新品と見間違えそうなほどになっていた。しかし、まだ動き出す気配はない。籠を使って作られたベッドの中で、眠っているかのように目を閉じ、身動き一つしない。

「ねぇ、今度私の友達に会いませんか?皆良い人ですよ。きっとあなたとも友達になってくれるはずです」

 シェイディルは可能な限りパペッドに話しかけるように努めていた。そうする事で、少しでも早く回復すると信じていたからだ。
 そして、毛布に見立てた厚手の布をかけ直そうとした時…

「あっ!」

 パペッドは突如目を開けたかと思うと、彼女の手を振り払い、部屋の隅に行ってしまった。

「大丈夫ですよ。私はあなたを傷つけたりはしません」

 シェイディルがそう言って、抱きかかえようとするが、その手を振り払うかのように手を振り回した。そして、頭を抱えるとその場にうずくまった。シェイディルも怒りや悲しみなど、様々な感情がパペッドの気配から感じた。

「私は、あなたの以前の持ち主とは違いますよ。大丈夫…大丈夫です」

 シェイディルはそう言うと、パペッドを優しく抱きしめる。パペッドは一度大きく震えると、ゆっくりと彼女を抱き返す。そして、少しだけ心を通わせた1人の少女を1体の人形は、本当の意味での友人となった。



 そして、それから1ヶ月程がたったある日の事だった。

「おはようございます」

 シェイディルはいつものようにパペッドに話しかける。しかし、その日は何か様子がおかしかった。あの日以来、自分から飛びついて来ていたはずのパペッドが、動こうとしない。それに、全身が小刻みに震えている。

「何があったのですか!?ともかく、ウルーシアさんに相談してみましょう!」

 シェイディルはしっかりとパペッドを抱きしめ、1階へと駆け下りていった。

「おはよう。シェイディル」
「ウルーシアさん!大変です。急にこの子が動かなくなって…」
「落ち着きなさい。何があったの?」

 シェイディルはウルーシアに、朝起きたら動かなくなっていた事を伝えた。また、アルフもそこにはいたが、彼女は気がついていない。

「…そうだ!確かプリナスにもドールマスターはいたはずだよ!その人に診てもらえば直るかもしれない!」
「そうね。アルフロスト、案内してあげて」
「うん。行こう!シェイディル」

 2人はウルーシアのアトリエを飛び出すと、プリナスの街中を駆け抜けていった。


 2人はドールマスターのアトリエの前に着き、ドアをノックした。しばらくして出てきたのは、とても優しそうな女性だった。

「どうしたのです?こんな朝早くに…その子は!?」
「朝になっていたら、動かなくなっていたのです!昨日の夜までは元気だったのに…」
「ひとまず、中に入りなさい。その子の様子も気になりますし」

 2人はドールマスターのアトリエに入った。そこには何体ものパペッドが駆け回り、遊んでいる様子が目に写った。

「では、その子をこちらへ」

 シェイディルは、言われたとおり、作業台と思われる机の上に置いた。そして、ドールマスターがしばらく調べた後、シェイディルの方を向きなおした。

「どうなのですか?助かりますか?」
「残念ですが…これはどうする事も出来ません。もう、この子の寿命が来たのです」
「そ…そんなっ!頑張って!お願いですから目を開けて下さい!」

 シェイディルは必死に呼びかける。そして、それが通じたのかパペッドはゆっくり目を開けた。そして、何となくだがシェイディルに微笑みかけた。そして…

 一つの人形の命は尽き果てた。その様子を見て首を横に振るドールマスター。シェイディルは、もう「ただの人形」となった、そのパペッドを抱きしめ、泣き叫んでいた。


 その後、パペッドの葬儀(弔いの花と共に、暖炉で燃やす)も終わり、ドールマスターは2人に話しかける。

「実はね、もうこの店を閉めようと思っているのよ。多分、あなたたちが最後のお客さんね」
「どうしてですか?」
「パペッドは、命の大切さを教えるための人形…それなのに、みんな飽きたり、少し傷がついただけで捨ててしまう。それが耐えられないのよ。あの子もきっとそのかわいそうな犠牲者の一人。でも、最後にあなたと出会えた事は、あの子にとって幸せだったはずよ」

 ずっと泣き続けているシェイディルに、ドールマスターは優しく話しかける。しかし、シェイディルがその言葉に答えることは無かった。


 その日以来、シェイディルは自分の部屋に篭ったきり出てこない。アルフとウルーシアも、心配でならない様子だ。そんな中、アルフが何かを思いついたかのように言った。

「あの人に頼んでそっくりのパペッドを作ってもらったら…」

 しかし、その案にウルーシアは無言で首を振った。

「あの子にとって、あの人形は世界でたった一つの物なのよ…例え外見はそっくりでも、シェイディルは喜ばないわ…」
「でも、このままじゃシェイディルがかわいそうだよ」
「あのパペッドは、あの子の思い出の中で行き続けていくわ。あとは、あの子がこの悲しみを乗り越えるだけよ。それに、もう店を閉めるって言っていたでしょ?」

 2階からシェイディルが降りてきたのは、その時だった。表情は、どこか吹っ切れた感じで、それでいて、何か決意を感じさせる。

「どう?少しは気持ちは晴れた?」
「あの…実はお話したい事があるのです」

 シェイディルは自身の「決意」をウルーシアに話した。彼女も最後までその話を聞いている。

「そう…あなたが決めたことなら、私は何も言わないわ」
「では、よろしいのですか?」
「もちろんよ。あなたの未来は私が決める物じゃないわ…少し寂しくなるけど…でもね」

 そこまで言うと、ウルーシアはシェイディルを抱きしめる。

「これだけは忘れないで…ここも、あなたが『帰るべき場所』だという事を…」
「ありがとうございます」

 シェイディルもウルーシアを抱き返す。不思議と悲しさは無い。彼女やアルフならきっと応援してくれる。根拠は無い。でも、私はそう信じる。
 シェイディルはウルーシアの腕の中、心中でそうつぶやいた。


 そして、翌日。数日分の着替えと共にドールマスターのアトリエにやってきた。彼女がこれから生活して行く家は、後日ウルーシアが用意してくれる事になっている。

「今日はどうしたんです?もう店は閉めてしまいましたし、残っているパペッドたちも与えるつもりは…」
「お願いします!私にパペッドの作り方を教えてください!」
「急に教えてくれと言われても、そう簡単に教えられる物では無いのですよ」
「私も、命の大切さを伝えたいのです!お願いします!」

 シェイディルの言葉に彼女は天を仰いだ。そして、彼女の出した答えはこうだった。

「…わかりました。しかし、パペッドを作る修行は厳しい物です。ついて行ける自信はありますか?」
「はい!」
「いい返事ですね。では早速、簡単な所から始めましょう」

 そして、シェイディルの新たな生活が始まった。


文芸館トップへ


EX.3へ


EX−5へ