friends


「早くおいでよ!」
「まって、はるちゃん」
「しょーこ。ほら、いっしょに行こう?」

 さしのべられる手の力強さ。
 手を伸ばすといつも受け止めてくれる温もり。

 この手をはなさなければどこまでも行ける。
 そんなことを、信じていたあの頃。


                    *                  *                  *


 モトムラ    ハナイショウコ
 本村はるかと花井翔子は、幼稚園からの親友だ。活発で皆のまとめ役のはるかと、どこ
かのんびりしている翔子。一見すると、気が合うようには見えない。けれど二人はなぜか
キレイだとかカワイイとか、ステキだと思うものがとてもよく似ていて、それがきっかけ
で仲が良くなった。
 いつでもいっしょ、家族より大好き。世界中の誰よりもお互いのことが大切。そう言っ
ても過言ではない、いや、むしろまだ足りないくらいだと二人は思っていた。


 小学校も高学年になると、いろいろな情報に刺激されて“コイ”とかいう考えが心の中
に忍び込んでくる。“トモダチ”とは少し違う“大好き”のカタチ。“カレシ”とか“カ
ノジョ”とか、“コイビト”と呼ばれる関係。そわそわと、落ち着かない視線がクラスの
中を飛び交いはじめる。
 今日由美子ちゃんって圭太くんのこと見てたよね。
 あの二人って“つきあってる”のかな。
 淳一くんて絶対あかりのこと好きだからいじめるんだよねー。
「ねぇねぇ、はるかはダレがいい?」
「ダレがいい、って?」
「えー、もうすぐ遠足じゃん。お昼いっしょに食べるのさ、班の人とじゃなくてもいいん
でしょ? そしたら誰と食べたい?」
「しょーこ」
「えーもうちがうよぉ! 男子の中で!」
              カズミ
 地団駄を踏みながら力説する和美のことを、はるかは宇宙人でも眺めるような目つきで
見やった。
「なんで? 男子なんか別にいらないじゃん。しょーこがいればいいよ」
 今度ははるかが宇宙人になる番だ。話を聞きつけて、他の女子までもが集まってくる。
「ええ〜っ。はるか好きな人いないの?」
「タケルくんは? よくしゃべってるじゃん」
「タケル? べつに、席トナリだし」
「えーでも絶対タケルくんってはるかちゃんのこと好きだよ?」
 そんなこと言われても。タケルもまあ好きだけど、遊ぶのも楽しいけど、でもしょーこ
と遊んでたほうがもっと楽しいし。
 なんで無理矢理“好きな人”を作らないといけないんだろう。好きな人なんて、翔子が
いるから他にはいらない。
「オンナってそーゆうハナシ好きな」
 よほど困った顔をしていたのだろう、呆れた声で助け船を出してくれたものがいた。
「まーくん」
   マサミ
「やだ雅己くんなんでいんの〜!?」
「鈴木くんのえっちー!」
 “女の子の会話”を立ち聞きしていた雅己に女子の非難の雨が襲いかかる。正確に言う
と、彼女たちの甲高い声は立ち聞きするまでもなく教室中に聞こえるようなものだったの
だが、そんな正論が通用する相手ではない。
「おまえらが勝手に大声でさわいんでんじゃん……」
 濡れ衣を着せられて、雅己の眉がわずかに寄る。けれど基本的に雅己は女子には優しい
のだ。スカートをめくったり髪の毛を引っ張ったり、そういうイタズラは絶対しない。お
姉さん達にかわいがられて育ったせいか、女の子は大事にするもの、という考えを植え込
まれているようだ。
「まーくん、しょーこまだ?」
「え? ああ、そういやちょっと遅いな。また図書室でつかまってんのかな?」
「あたし見てくる。──じゃね」
「あっちょっとはるかぁ!」
 引き止めるクラスメイトの声を背に、はるかは教室を出ていった。


「待てよ、オレも行く」
 廊下に出てすぐ、雅己が追いついた。自分とさほど変わらない高さにあるその顔をちら
りと見やって、はるかが口を開く。
「なんで好きな人がいないとヘンなの?」
 前を向いて歩きながら、雅己が答えた。
「ん〜……、別にヘンじゃないんじゃん?」
「あんたは好きな人いるの?」
「──ナイショ」
「どういうのが“好きな人”なの?」
 続けざまの3つ目の質問に、雅己は少し考え込むような顔をして、その後静かに微笑み
を浮かべた。
「ん……、そうだな、見てると楽しいとか、会えると嬉しいとか、一緒にいたいとか。あ
と……、大事にしたいとか、幸せにしたいとか。」
「好きな人いるんだ」
「──うん」
「そっか……」
 やがて辿り着いた図書室のドアを開けると、案の定受付には翔子が座っていた。
「あっ、はるちゃん、まーくん!」
 そして満面の笑顔が広がる。はるかも自然と笑い返していた。

 見てると楽しいとか、会えると嬉しいとか、一緒にいたいとか。


                    *         *         *


 帰り道、はるかと翔子は公園の前を通る道を歩いていた。ふと公園に目を向けると、い
つも低学年の子達に占拠されているブランコが2つ空いている。目を合わせ、どちらから
ともなく公園の中に入っていった。寄り道はしてはいけないこと、だけどせっかくのブラ
ンコ、しかも2つ空いているのだ、乗らない手はない。
 キィ、キィッ。
 軋んだ音を立てて、2つのブランコが揺れはじめる。
「ねぇしょーこ。あんた好きな人いる?」
「うん。はるちゃん」
 キィッ。
「そーじゃなくて、」
「あとパパでしょ、ママでしょ、和美ちゃんでしょ、まーくんでしょ、」
 次々に名前をあげ連ねる翔子を止めようとしてはるかは横を向いたが、そのまま言葉を
紡ぐことはできなかった。
 こんなに嬉しそうにしている翔子をさえぎってしまうのがためらわれたのだ。
 家族とクラスのみんなに始まり、図書委員会で一緒の子達や先生や、小学校は別になっ
てしまったが幼稚園で仲の良かった子達まで、かなりの大人数だ。
「……でしょ、佳奈子ちゃんでしょ、あれ? 美由紀ちゃんってわたし言ったっけ?」
「もういいよ」
「でもまだみんな言ってないよ」
「全部聞いてたら日が暮れちゃう。──好きな人いっぱいいるんだ」
「うん! はるちゃんもみんなのこと好きでしょ?」
「うん。──しょーこ、そんなかで特別に好きな人って、誰?」
「はるちゃん」
「あたし?」
「うん。いちばん大好き」
 即答。一片の迷いも曇りも見られない。
 その答えに喜びながら、どこか彼女がそう答えてくれることを期待していた自分に気づ
く。ずるい。自分は初めからその答えを知っていたのだ、彼女が必ずそう答えると知って
いて聞いたのだ。
「じゃあさ、」
 ずるい聞き方をする、自覚はあるけれど。止められない。
「じゃあ男子の中でなら誰がいちばん好き?」
「男子の中で?」
 うーんそうだなぁ。呟きながら、その瞳は少しも迷ってなんかいなかった。
「まーくん」
「なんで?」
「わたしのこといじめないから」
 翔子は髪が長い。だからよく男子に三つ編みを引っ張られて泣かされる。それを追い払
うのはいつでもはるかの役目で。けれど幼稚園の時から、雅己が翔子の髪を引っ張ったこ
とは一度もない。
「ふうん」
「はるちゃんもまーくんのこと好きでしょ?」
「うーん」
 唸るような返事をしたはるかに、翔子は不思議そうな目を向けた。
「なんで? はるちゃんまーくんといて楽しくないの? わたしははるちゃんといるのも
まーくんといるのも楽しいよ? はるちゃんも、まーくんといるとき楽しそう、まーくん
もはるちゃんといるとき楽しそうだよ」
「うん。────でもあたしはしょーこといるのがいちばん楽しい」
「うん! わたしもはるちゃんといるのがいちばん楽しい!」
 言った勢いで、翔子はブランコから飛び降りた。たたっと数歩進んで振り返る。
「ねっ!」

 きれいなもの、すきなもの、いつもいっしょ。いつもはんぶんこ、いつもおそろい。


          *         *         *


「はるか、最近どうしたの……?」
「なにが?」
「なんか、キゲン悪そう」
 和美の視線はじーっとはるかの顔に注がれている。はるかから話を聞き出すまで、てこ
でも動かないという意思の表れだ。こうなった和美の追求を逃れることは何人にも不可能
だと言われている。学年一の情報通の最大の武器は、この低い位置から見上げてくる人一
倍大きいどんぐり眼だ。さらに今回は、ホウキを両手に握りしめてのお願いポーズまでが
ついている。
「……別に、なんもないよ」
「うそ、」
 じー。皆まで言わないかわりに視線が突き刺さる。居心地が悪い。針のむしろとはまさ
にこのことだ。
 どんぐり光線に耐えかねてはるかが舌打ちをしたそのとき、がらっと音を立てて扉が開
き、隣の図工室から雅己が顔を出した。
「準備室終わったー?……て、佐野? おまえなにやってんの?」
「鈴木くんにはカンケイありませんー!」
「……またそれかよ。早く終わらせろよな」
 はいはいわかったよ、投げやりに答えて雅己は二人に背を向ける。と、はるかを振り向
いて覗き込むような目を向けた。
「なに?」
「はるか。オレ、なんかした?」
「は?」
「……いや、なんでもない」
 一瞬目を伏せ、くるりと背を向けるともう振り向かずに去っていく。はるかの制止の声
にも止まる気はないようだった。
「……はるか、まーくんとなんかあったの?」
「ないよ。──なんなの!?」
 隣と扉とにホウキを投げつけてやりたい気分だ。ただでさえ自分でもワケわかんないの
に。気がつくとイライラしてる、でもいつどうしてイライラするのか、そんなの知らない、
わからない。だから余計にむしゃくしゃするのだ。
 しょーこに会いたい。ふんわり温かいホットケーキみたいな笑顔で、はるちゃん、そう
名前を呼んでもらえたらきっとこのトゲトゲの気持ちもおさまるのに。


「あ、はるちゃん」
 期待に反して、翔子のふんわり笑顔つきの呼び声は、はるかの気持ちをホットケーキに
はしてくれなかった。甘いけれどカドが痛い、とがりすぎたコンペイトウだ。あるいは、
ホットケーキでもキツネ色もタヌキ色も通り越してヒグマのようになった焦げ焦げホット
ケーキ。どちらにしろあまり歓迎できたものではない。
「お、はるか、──あのさ、明後日の日曜日」
「あたし帰る。明後日はお買い物に行くの」
 皆まで聞かずに断る。コンペイトウがウニになってしまったのが分かった。二人の横を
足早に通り抜け、荷物をまとめてひっつかんで駆けだした。
「えっ、はるちゃん?」
「お、おいはるかっ!?」
 階段を一気に駆け下りて、昇降口で靴を履くのに手間取ってイライラに拍車がかかる。
ウニのトゲが焦げてぼろぼろこぼれて苦くてまずい。
「──なんなのもうッ!!」
 今までもイライラの自覚はあったが何が原因かは分からなかった。でも、今ので分かっ
た。でもなんでそれでイライラするのかは分からないままだ。
 大好きなのに。一緒にいると楽しいはずなのに。
 なにがいやなの?
 大好きなしょーこと大好きなまーくんと一緒にいるのに、なんでイライラするんだろう?

 名前を呼んでもらえたら。笑顔を向けてもらえたら。

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