*          *         *


 一つの町での滞在は2・3日から長くて10日、エレスの仕事が終わると次の土地へ移
動する。そんなやり方で旅を続け、二人は4つ目の街、カーラに辿り着いた。このあたり
ではかなり大きな街だ。隣接する森のおかげで水にはさほど困らない。ということは、食
料も豊富だ。森から少し離れたところに街の中心があり、そこから森へ向かって少しずつ
畑が増えていく。自給自足もできるこの街は、けれど商業都市、貿易の中継地点としても
栄えていた。
「こんにちは! この紙に書いてあるもの、全部そろいますか?」
 旅人用の、保存のきく食料を扱う店で、高いカウンターに両手を載せてメルーカは女将
に声をかけた。
「んーどれどれ? ──ああ、いくらでもあるよ、ちょっと待ってな」
「あ、それと、──あのね、この街で一番物知りな人って誰ですか?」
「一番物知りな人? ……う〜ん、そうだねぇ、この先5件隣にある道具屋の隠居なんか、
いろいろと知ってんじゃないのかい?」
「道具屋……」
「そ。武器屋って言うと怒るんだよ、あのじーさん。武器じゃなくて、旅人の身を守るた
めの道具を売ってんだ!ってね」
 女将はメモを見ながら品物を揃えるために太った身体を揺らして動き始めた。メルーカ
はその様子を面白そうに目で追っている。気づいて女将が声をかけた。
「なんだい、何か珍しいモンでも見つけたかい?」
「え? ──うん、不思議な色の髪だと思って」
「ああ、これね。あんたは初めてかい?」
 言って女将は、後に垂らした長い三つ編みをつまんでみせた。赤褐色と黒とがまだらに
混じり合う、なんとも不思議な色合いだ。
「あたしには赤耳族の血が流れてるからね」
「赤耳族?」
「ああ、だからボウズ、こいつを怒らせない方が良いぞ」
 聞き返したメルーカに、奥から現れた店の主人が代わりに答えた。
「はん! そんな何代も前の血なんてとっくに薄れちまってるさ。──それにあんた、こ
の子は女の子だよ、こんなカッコしてるけどさ」
「なんだと? ──ふむ、そう言えばそうだな」
「えっちがいますぼく、」
 主人にまじまじと見つめられ、メルーカは慌てて両手を振った。
「いいんだよ、旅をしてるんだろ? ここらへんは、旅人を狙う盗賊が多いからね。中に
は女ってだけで年端もいかない幼子を連れ去るヤツらもいる。──まあ、男の子でも全く
危険がないわけじゃないけどね」
 腕を組んで頷く女将たちは、メルーカの話を聞いてくれそうにない。
「ぼく、ホントに、」
 言いかけて、メルーカはふと口をつぐんだ。
 その時。
「おい、メル、買い出しにどんだけ時間かけりゃ気が済むんだ」
 入口の方から低い声がかかった。3人同時にそちらを振り返る。目に入ったのは、逆光
のせいだけでなく、黒い人影。
「エル! ごめんなさい、ちょっとお話してたの」
「必要なものだけ買ってすぐ戻れと言っただろう」
「……うん、ごめんなさい」
「ちょっと、お兄さん!」
 二人のやりとりに、見かねて女将が割り込んできた。
「あんたこの子の連れかい? 何もそんなに怒ることないじゃないか、かわいそうに。遅
くなったのは、あたしが品物を揃えるのに時間かかったせいさ、この子のせいじゃない。
それに、話って言っても、この子にはただ街一番の物知りを聞かれただけさ」
「物知り? ──メル、おまえ」
「うん、ぼくにも何かできることないかなって思って。でも、5件隣の道具屋のおじいさ
んて、きっとエルがもう行ったよね?」
「ああ。──メル、おまえはそんなことしないでいいと何度言えばわかるんだ? 情報収
集は俺がやる、物資調達もできる限り俺がやる。おまえはただ俺についてくれば良いんだ」
「だってそれじゃあなたの負担が大きすぎるよ! それにぼくだって、他の町や村の様子
知りたいし、いろいろ勉強したいんだ!」
 押さえつけるエレスの口調に、メルーカも負けじと言い返す。水色の瞳がエレスを真っ
直ぐに見上げてくる。
「────わかった」
 渋々頷いたエレスに、メルーカがぱっと顔を輝かせた。
「だがこの街はだめだ。森を抜ければディンナの村に着く。その後だ」
「ディンナの村!? カーラの森を抜けるだと!?」
 エレスの言葉に、主人が大声をあげた。
「あんたそれはムチャってもんだよ、そんな女の子を連れて通れる森じゃない!! 森を
迂回すべきだ。すぐ近くに住んでるわしらだって、あの森には滅多に入らないんだぞ」
                                               ・・・・・・・・・・・・・
「知ってるさ、そんなことは。──だがあの森の中に、まっとうな話のできる赤耳族の村
があるらしいな」
「カーラの村、か……? だがあれはただの言い伝えだぞ、赤耳族にはそうそう関わるも
んじゃ──って!」
「ちょっとあんた、あたしの前でよくもそんなことが言えたもんだね!」
 手に持った革の小袋で主人の頭をはたいておいて、女将はエレスに目を向けた。
「だけどあたしもおすすめしないよ。確かにカーラの村の言い伝えはある。あたしのひい
じいさんがそこの出身だったと言われてる。だけど」
「──ほう、案外最近のことじゃないか。なら尚更だ、俺は行く、こいつを連れて」
「ちょっと!」
「いいんです。おじさん、おばさん、ありがとう。でもぼく、エルと一緒に行きます。─
─そこで手がかりが得られそうなんでしょう?」
 女将を制し、二人を真っ直ぐ見つめて告げると、メルーカはエレスを見上げた。無言の
まま、エレスが小さく頷く。
「ちょっとくらい危険なところでも、エルがいるならぼくは平気。エルが守ってくれるか
ら。それに、──カーラの森って、向こうに見える森のことでしょう? 呼んでる気がす
るんだ、ぼくを──ぼくたちを」
「そうか。──女将、俺たちは明朝ここを発つ。話してくれる気になったら宿に来てくれ」
 そう言うとエレスは身を翻した。麻袋に入れた品物を受け取り支払いを済ませ、メルー
カは女将に笑いかける。
「心配してくれてありがとう。でも、やっぱりぼくはエルと行きます。──エルのために、
ぼくのために」
「あんた……。何があっても行くつもりなんだね。──そんな危険を冒してまで、あんた
たちは何のために旅をしているんだい?」
                           サマヨ
 女将の問いに、メルーカは言葉を探して口ごもり、視線を彷徨わせる。やがて顔を上げ
たメルーカの後に、二人は純白に輝く翼を見た気がした。
「──光を探しに」
                                  to be continued・・・




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