その日の夕方、エレスが野営地を離れたほんの少しの間に、それは起こった。
 荷物が見える範囲を動いて薪を拾っていたメルーカが、葉の揺れる音に振り向く。
「エル?」
 呼びかけて、すぐに違うと悟る。人の気配が、3人、メルーカの知覚に捉えられると同
時に茂みを揺らして現れた。
「へぇ……、こんな森ン中でべっぴんさんに会えるとはツイてるぜ」
 舌なめずりをして、赤黒い瞳が細められた。
「え、男じゃないのか?」
「男装してるだけだろう。まだ子供だが、かなりの上玉だぜ」
「しかもここらじゃ珍しい金髪だ。星みたいだな」
 3人の男は口々にメルーカの品定めをしながら近づいてくる。髪や眼の色だけでなく、
                イメージ
彼らの目つきや雰囲気全てが赤黒い空気で、メルーカは本能的な恐怖に後ずさった。
 ──これが、赤耳族……。
 カーラの街で出会った女将の優しさとはかけ離れすぎている。あの森は危険だと言った
彼らの言葉が、今初めてわかった。
「おおっと、逃げるなよお嬢ちゃん。一人旅かい? ──この森は危ないぜ。へへ、オレ
      ガード
たちが護衛してやろうか?」
「ゃっ、──ぼくに触るな!」
 腕を掴まれそうになり、咄嗟に薪を投げつけて逃げる。だが大人と子供、多勢に無勢で
すぐに地面に押さえつけられてしまった。
「いやだっ、離して!」
                               パーティ
 必死の抵抗も彼らには通用しない。いやむしろ、降って湧いたこの遊宴をより楽しむた
めのスパイスとでも思っているのだろう。下卑た笑いを張り付かせてメルーカの衣をはだ
けた男が、露わになった白い胸を見て声をあげた。
「アレ? こいつ、ホントに男だぜ。──まあいっか、どっちでも。やることに大した変
わりはねぇしな」
 すぐに気を取り直した男の手が、ざらりと下肢を這い上がってくる。逃げようとばたつ
かせた足首はあっさりと捉えられ、ぐいと宙に掲げられた。自分で脚が見えるほどに持ち
上げられ、メルーカは脚の付け根に眠る秘密を男たちの前に晒すことになる。けれど視野
                                 ・・
の狭まった男たちはそれに気づかなかった。ただ自分たちが楽しむため、少年の身体を犯
すための、慣れきったプロセスを踏むだけだ。すなわち。
「!? ぃっ、やだ! やめ……!」
 唾液で湿らせた指を後ろの秘所に差し入れる。拒絶する動きを見せるそこを無理矢理押
し広げようとして、メルーカのあまりの抵抗に一度指を抜いた。擦り切れたような痛みの
余韻がメルーカの身体から力を奪う。
「おい、ユムを噛ませろ」
 メルーカを押さえていた男の一人が手を放し、腰に下げていた包みから青緑色の丸い葉
を取りだした。ユムの木の葉──神経を麻痺させる作用があり、痛み止めとしてよく使わ
れる。また、青緑の新芽や花びらには催淫作用があり、媚薬としても重宝されているもの
だ。
 丸い肉厚の若葉は、メルーカの口の中に押し込まれ噛み潰されて、青緑色の汁を出した。
その独特の青臭さと苦みに思わずむせて、メルーカの口の端からも濁った青緑の筋が伝う。
 反動で大きく息を吸ったメルーカは、身体の内側を何か熱いものが通ったのを感じた。
徐々に熱を増すその感覚にメルーカの双眸が揺れるのを見て、男たちが得たりと笑う。
「ほら、だんだん気持ち良くなって来たろう?」
 男はさらに念入りに、ユムの若葉を握りつぶした指を幼い身体に差し込んだ。途端、背
すじを駆け抜ける、初めての感覚にメルーカが怯える。これはイヤだ、そう思うのは確か
に自分──でもその感覚をもっと求めようとする自分を感じる。自分の身体が、自分のも
のではなくなっていく、変わってしまう恐怖。
「……へえ、ホントに初めてかい。そいつぁ更に儲けモンだな」
              ワ ラ
 メルーカの表情を読んで男が嘲笑う。と同時に後ろを犯していた指が、メルーカの心の
砦を崩すように動いた。
「やっ……、ぅ、ん……っ」
 動揺したメルーカは、力ない抵抗をする。しかしその口から漏れる声は喘ぎに近い。自
分の声を耳にして、メルーカの目に涙が滲んだ。
「やだ……っ、助けっ……」
 ──助けて、エル!!
 メルーカが心の中でエレスの名を叫ぶと同時に、がさりと茂みが揺れた。現れる黒い長
身の影──エレスだ。3人の男に押さえ込まれたメルーカを見るなり、エレスは男たちに
飛びかかる。一人目の男を瞬時に蹴り倒し、二人目に手を伸ばす。その隙に三人目の男は
逃げだし、残る二人もほうほうの体で逃げていった。
 男たちが消えた先の闇を睨むエレスがそっと息をついて、振り向くのがわかった。その
気配にメルーカは怯え、咄嗟に服を掻き合わせて叫ぶ。
「いやっ、来ないで! ──見ないで……」
 静かに瞠目したエレスの視線の先、自らの身体を抱きしめ震えるメルーカの姿があった。
ぱたぱたと落ちる雫が衣服を濡らす。
「メルーカ……」
 しゃくり上げ、それでもまだ声を殺して泣く身体を抱きしめてやりたい。けれど、目の
前で涙を流すその姿が、灰色の闇の中で散らした女神に重なって、エレスは手を伸ばすこ
とができずにいる。
 抱きしめたいのに、触れられない。
 エレスの視線が突き刺さるように痛くて、メルーカは涙を抱くように身体を丸めた。
 見られた。複数の男に押さえ込まれ、身体を無理矢理開かれようとしていたところ
を。誰よりも見られたくない人に、たったひとりの人に。未だ消えない恐怖に震える身体
を抱きしめてほしい、もう大丈夫だと、髪を撫でてほしい。けれど、<祝福の水の子>、
そう呼ぶときの、どこか大切なものを見るような彼の眼差しが消えてしまうことを恐れて、
メルーカは顔を上げることができずにいる。
 抱きしめてほしいのに、触れられるのは……こわい。
「ぃやだ……」
 小さな呟きが痛々しい。
 相反する想いに引き裂かれるように、二人はそのまま動けずにいた。


 傾きかけていた陽がすっかり消え、辺りが暗くなる頃、ようやく落ち着きを取り戻した
メルーカが身体を動かした。
「ぼく……、身体洗ってくる」
 呟いて、立とうとするが、身体が思うように動かない。その上忘れていたユムの葉汁が
脚を伝うのを感じ、よみがえる熱にメルーカの身体がびくりと震えた。
 顔を上げたメルーカの口元、薄暮れの中でもわかるその色に、エレスの目が見開かれる。
「っ……」
 小さく呻いて、メルーカは羞恥に頬を染めた。唇を噛み、無理矢理立とうとする。
「メルーカ、いい、じっとしてろ」
 低い声が間近で聞こえ、あたたかい身体に包み込まれた。
「やっやだ! 触らないで!」
 咄嗟に払った手がエレスの頬を打った。驚いて身を引こうとするメルーカを、エレスは
そっと抱き寄せる。
「ユムの葉だな……。そのままではつらいだろう。──何もしない、おまえの嫌がること
は。ただその熱を鎮めるだけだ」
 メルーカの口元を汚す青緑色の筋を拭って、エレスは囁いた。その優しい声色に、メルー
カはすがりつきたい想いを必死にこらえる。
 ユムの葉の催淫効果のやっかいなところは、高められた欲望を解放しないことにはその
効果は薄れないというところにある。ユムの葉汁を全て落とすだけでは効かない、張られ
た罠の中の快楽に一度落ちるしかないのだ。
 エレスの手が、服をくぐりメルーカに触れる。理不尽に高められた熱を持て余すメルー
カをなだめるように。
「ふ……っ」
 メルーカの唇から吐息が漏れた。彼の手にそこを探られるのは、初めてではない。あの
時はわけも分からず抵抗するだけだったけれど、今もそれを望むわけではないけれど。泣
きたいような安堵がメルーカの身体を突き抜ける。
 小さく叫びをあげ、メルーカが熱を解き放った。浅い息をするメルーカの背を撫で、エ
レスがそっと問いかける。
「メルーカ、……もう大丈夫か?」
 メルーカは戸惑うように視線を揺らして、エレスの服を掴み頭を振った。一瞬眉を寄せ、
エレスはひとつの予測に辿り着く。ぐっと強く目をつぶって、エレスは決心したようにメ
ルーカの背を抱き直した。
「メルーカ……。俺はおまえを傷つけたりはしない。俺を、信じてくれ……」
「うん……」
 メルーカの腕が肩に回された。いたたまれない思いでエレスは再びメルーカの下肢に手
を伸ばす。いつか無理矢理開こうとした少女の扉には触れないように、ユムに侵された少
年の入口を探る。
 反射的に逃げようとした身体を抱きしめ指を差し入れた。思った通り、ユムの葉肉と思
しきものが指先に触れる。それを掻き出すように、エレスの指が動く。
「あっ……や……」
 震える声が耳を掠める。必要以上にメルーカの身体を刺激する前に、ユムを取りだし熱
を解放してやらなくてはならない。それ以上の意味を持たないはずの指が、けれどそれ以
上を求めて動き出しそうになる。そのたびメルーカの笑顔を、そして先刻の泣き顔を思い
浮かべて、エレスは必死に自らを律した。
 メルーカの前に手を滑らせ、解放を促す。やがて力をなくして滑り落ちる身体を支えな
がら、エレスは噛みきった唇に滲む血を舐め、祈るように目を閉じた。


                                  to be continued・・・




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