蒼の温もり


「──やっぱり、そんなうまく行くはずないか」
 落胆とも安堵とも取れる息をついて、ランディは小さく呟いた。
 深い霧に閉ざされた村の、山奥の小さなログハウス。
 あの人が住んでいた場所。あの人との、再会の場所。
 急に会いたくてたまらなくなって、聖地を抜け出してきてしまった。
「ゼフェルのこと、もう怒れないな」
 やわらかな栗色の髪を、掴むように掻き上げて自嘲めいた笑みを洩らす。それは奇しく
も彼の想い続ける人の仕草によく似ていた。
 人の気配は、もうない。
 生活のための道具はもともとあまりない部屋だったが、棚の上や壁の前や、いたるとこ
ろに散らばっていた数多の作品が、それらを生み出すための道具が、すべてなくなってい
た。
 ただ床に付いた絵の具の染みだけが、ここに確かに彼がいたことを物語っている。
『……何をやってるの、あなたは』
 呆れたような、怒ったような口調。思わず振り返ったドアのところには、人影はもちろ
んなく。
『あなたに会いたくて』
 ただ会いたくて、会いに来てしまったと。そう口にしたら、守護聖様っていうのはよっ
ぽど暇なんですね、と返された。顔を背けて露わになった白い首すじがほんのり色づいて
いた。
「会いたいよ……セイランさん……」
 あれから外界ではどれだけの時間が流れたのか。
 この小屋の様子からすると、とりあえず彼がすでにこの世の人ではなくなっているほど
の時は経っていないようだ。
 女王試験に関わった教官協力者がいる間は時の流れの差はさほどないという噂を信じた
くなる。まさか、女王陛下が二人の関係を知って取り計らってくれているわけでもないだ
ろうに。
 窓辺から部屋の中心に向かって立つ。奥の寝室へと続くドアに目を向ける。
 ここで彼を抱いた。数秒で辿り着けるベッドまでの時間が惜しかった。夕食を共にして、
狭いベッドでくっついて、背中に回された体温の低い細い腕にまた愛しさが募った。
 何もない寝室。もう、あの熱い吐息の名残さえ、霧に溶けて消えてしまった。
 だんだん暗くなる思考に終止符を打とうと、ランディは窓を開け外の空気を吸い込んだ。
そのまま行儀が悪いけれど窓枠を乗り越えて外に出てしまう。
 目を閉じて、手を広げて大きく深呼吸をする。さすがにもう、後ろから呆れた声が投げ
かけられることはなかった。
 ここからの景色をセイランは愛していた。自然の、ありのままの姿だと。飾らず魂の在
り方そのままに生きる姿が一番美しいのだと、ひどく愛おしそうに呟く横顔がとても綺麗
で、気がついたら手を伸ばして抱きしめていた。
 そんな風に想ってもらえる景色が羨ましいと言ったら、小さな声で馬鹿と言われた。
『────あなたのことだよ』
 腕の中のセイランが自分よりあたたかいと感じた貴重な一瞬だった。
「セイランさん、」
 また会えるって、信じてる。あの時言った言葉。今も、そう思い続けている。
 大切なものを抱きしめるように、胸に手を当て、再び誓う。この世界のどこかにいるあ
なたへ。
 天へ差し伸べた手のさらにその先に想いを放って、山を下りる道に目を向けたランディ
の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。




                                    fin.
  



こめんと(byひろな)     2001.12.13

ランセイペーパーNo.3発行記念に、皆様に送りつけた(またかい)SS。
課長オフ会記念の『風の温度』と対になっているようないないような。そして、おそららく初めて(?)の、ランディ視点のお話、だったんですが、──いまではもう、ランディ一人称も書いてるしね(もっと早くUPしなさい\(-゛-;))。
いや、UPしたと思ってて、忘れてて(^^;)。ばかですな、ええ。
ところで、うちのランディ&セイラン、天レク後に霧の惑星でなぜか一度再会したことになっているので(『Deep Moist』参照)、その設定をここでも勝手に使っています(^^;)。
いろいろチャレンジャーな感じのSSですが、自分では結構気に入っていたり。なんかあれだな、短編の方が、さらっと書けて、「お、イイじゃんv」ってカンジになりやすい気が。いやでもそれは良いのか悪いのか!? もっとちゃんと、ストーリー組み立てて、それで読ませるようなものを、書けた方が良い気もするのですが。なんていうか、情に訴える系じゃありませんか?(苦笑)まあそれはそれで持ち味だし、そこがイイと言ってくださる方もいるのでアレですが、精進精進。




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